Teach.5 勇気を、おしえて。
「あれ、木下先輩と…このみ、先輩?」
木下先輩に嫌われているわけではなかったということが分かったその数日後…私が高校の帰り、また木下先輩に会えないかと、あのベンチのある公園に向かっていた時のことだった。
相変わらず人のいない…といっても今日は平日なので当然なのかもしれないけれど、木に包まれながらそんな散歩道を歩いていた。
行く場所はいつものベンチ。あの場所は木下先輩のお気に入りの場所でもある。きっと今だったらいるだろうと、期待していた。
だけど、先客がそこにいた。ただ単に他の人がいるだけだったら特に何も思うことはなかったのに。
木下先輩は私と一緒にいる時と同じ場所に座っている。いつもの私の場所には…このみ先輩が。
この時、ようやく私は忘れていた不安を思い出す。色々と気持ちが振り回されていたので忘れていたけれど、そういえばこのみ先輩が木下先輩と話している時、いい感じに見えていたこと…
それは、もしかしたら今までの私と木下先輩の関係を外から見ていれば同じように見えたのかもしれない。でも、それでも…
「ねえ、もう一度言わせてもらっても…いいかしら」
私が考えをめぐらせていると、このみ先輩の声が耳に飛び込んできた。
遠目で見ているので、表情はよく見えない。だけど、今はこの2人の中に飛び込んでいける状況ではないことだけは確かだった。
通りかかっただけで悪いことをしているわけではないのに、見つかるといけないと思って、草の陰に私は隠れてしまっていた。散歩道を挟んだ反対側でけっこう遠い場所だけど、あたりは静かなので声だけはよく通って聞こえてくる。
草の隙間からのぞいてみると、それまで2人はまっすぐベンチに座っていたのに、このみ先輩が木下先輩の方に向き直っている。その間には、子供1人くらいが入れるスペース…その距離感が、私にまで緊張感をもたらしていた。
「もう一度って」
私が隠れることができるほどたっぷりとした沈黙の時間を、木下先輩が破る。
このみ先輩が、その言葉に続いた。
「私が、木下さんを好きだってことです」
「えっ…」
声をもらしたのは、木下先輩じゃない。私だった。
聞こえたかもしれないと口を両手でふさぐ。聞こえていなかったようで、2人の距離、見つめ合っている形が変わることはなかった。
「まだ諦めているつもりはないんですよ、私も」
「悪いけど、飯倉さんのことをそういう風に見ることはできない。前にも言ったよ」
このみ先輩の口調はどこか芯の通る感じがあって、強いようで、その反面、はかなくも聞こえる。そんなこのみ先輩の言葉をさえぎるくらいの早さで、木下先輩の否定が入る。
正直な話、ほっとしている自分がいる。だけどそのすぐ後には、そんな自分を恥じたりもする。
なぜ恥じる必要があるんだろう…私は木下先輩のことが好きだし、だからこそ、このみ先輩に取られてしまうのは避けるべきだと思うのはおかしくないはずなのに。
だけどそう思ってしまうのは、2人がお似合いなんだとどこかで思ってしまっているからなのかもしれない。
いつだったか、私と木下先輩で話していた中にこのみ先輩が来た、あのベンチの時。今も2人が座っているベンチのことだ。
いい雰囲気だと、私は思った。
あの時はこのみ先輩が木下先輩のことを想っていることは知らなかったけれど、それでもそう感じたのだ。
今、こうして振り返ってみると。
釣り合っているのはやっぱり、このみ先輩の方なのかもしれない。
そんなことを思っていると。
「やっぱり、あのコがいいと思ってるのね…かなめちゃん」
突然私の名前を呼ばれて、体が小さく跳ねて息が止まった。
私が呼ばれたわけではないのは話の流れですぐわかったけれど、隠れて見ている罪悪感からは逃れられないものがあるみたいだった。
心を落ち着けて、再び2人を見る。木下先輩は何も言っていないみたいだった。このみ先輩の言葉に何も反応していなかった。
「も、もうやめよ…こっそりするのはよくないよね…」
聞こえないように気をつけながら、私はそう自分に言い聞かせる。本当はバレないようにするには心の中で思うだけで声に出さない方がいいのはわかってる。でも声に出さなければこの場を離れられそうになかった。
足音が鳴らないように、2人に気付かれないように…
そっと、その場を離れた。
「やあやあ近葉さん、元気してるか?」
「きゃあっ!」
「うわあっ!」
公園の出入口近く、多少は遠ざかっているとはいえまだ木下先輩とこのみ先輩は近くにいる状況…そこまで来れた時に急に声をかけられた。
叫んでしまい、周りを見渡す。わざわざ確認しなくても公園の中にいる木下先輩たちの距離は充分にあるはずなので聞こえていないだろうし、幸いなことにあたりには誰もいなかった。
「竹内くん…脅かさないでよ…」
「脅かしてんのはどっちだ。こっちがびっくりしたっつの」
「何言ってるの、びっくりしたのはこっちよ」
「こっちだ」
「こっちだってば」
いつもこの人と話すと、何かと不毛な言い合いになってしまう。
竹内優斗くん。私と同じ高校3年生だ。高校1年の時に同じクラスだったんだけど、今のようなくだらない言い合いが出来る人はなかなかいないので、クラスが変わっている今でも時々話すようになっている。
「陸上部の練習、もう終わったんだ」
「まーな。なんせ期待のホープだから」
「期待されてたらもっと練習するものだと思うけど…」
「なんか言ったか?」
「ううん、なーんにも」
そういえば話すようになったそもそものきっかけに、木下先輩が所属していた陸上部でたまたま後輩の面倒を見る相手が竹内くんだったということがあったのをふと思い出した。
竹内くんはいつも大きく見開いているんじゃないかと思えるほど目が大きく、それがかわいいと言われる。身長も平均より低めで女の子と同じくらいしかないので、特に年下に人気がある。
「あ、今日もあのコと一緒なんだ」
「まあ、そうだな」
少し離れたところに、いかにも年下といったような女の子がいた。私が視線を向けると、女の子はちょっと焦りながらも小さくおじぎをしてきた。そこには守ってあげたくなるようなかわいさがある。
「いいコだよね」
「嫉妬してくれてんのか?」
「まさかー」
テンポよく話が進む。それが心地良かった。一瞬、公園内の出来事を忘れかけさせてくれる。
だけどやっぱり、その光景は消えかかっても再び戻ってくる。だから、このままの勢いで。
「ところで…いきなりだけど、告白って考えたことある?」
私は、もやもやしていることをそのまま口に出していた。
「と、突然何を言い出すんだ…」
さっきの女の子と同じような焦り方をする竹内くんに、仲いいんだなと考えて笑いそうになってしまうのをこらえた。
「勇気のいることだよねーって思って」
「まあそうだな、そう簡単にできることじゃないとは思うが」
この様子じゃ、まだあのコに告白はしていないみたいだ。
「なーんだ、つまらないの」
「何がつまらないのかイマイチよく分からないんだが…」
でも、それは私にも言えていることなんだよね。
このみ先輩は、凄いと思う。もう一度言わせてもらってもいいかっていうことは、既に2回以上木下先輩に想いを伝えていることになる。
私は、どうだろう…
こんなに一緒にいるのに、はっきりと想いを伝えることができていない。
そもそもこれから先、想いを伝えるなんてことが私にはできるのかな…
とても不安になる私に、誰か。
勇気を、おしえて。