#1 見つけた世界
日常。
それはあまりにも退屈である。
小学生だろうが中学生だろうが、ましてや高校生になろうともそれは変わらないのだろう。
佐藤響にとってもそれは同じことであった。
そんな彼はとんでもないほどアニメ、特に異世界系のオタクである。
「やっぱり、このアニメになかなか勝るアニメはないなぁ」
深夜3時に目の前のパソコンでアニメを見つつ、彼はそう呟くのであった。
「そろそろ寝るか」
明日は月曜日、学校のある日である。
彼は若干鬱になりながら布団に入る。
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夢の中であるが、彼は白髪の綺麗な女性と話していた。
「お母様、僕はどうしてお父様に似ず、背が小さいのでしょうか」
どうやらこの小柄な8歳くらいの白髪の少女のような少年は自分の背が小さいことを悩んでいるらしい。
そしてその少年が自分であると彼は気づく。
しかし彼の意識はこの世界では通用しないらしい。
だがそれは彼にとっては瑣末なことであった。
「(なんだこの世界は、異世界とか最高かよ)」
彼はこの異世界について多大なる興味を抱いていた。
ちょうど彼の体であるその少年が部屋の窓をみる。
そこには昔、歴史で習ったかのような、中世の街並みが広がっていた。
「(なんだ、なんなんだこの世界、中世の世界とか異世界モノの定番じゃないか!)」
しかし彼の体である少年はそうは思っていないらしく、
「僕はこの世界に向いていないのでしょうか…」
と悲しげに呟く。
残念ながら、そのセリフが最後に彼は夢から覚めてしまった。
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「はっ、異世界は…夢か」
布団からすっと響はでる。
時間は5時半、彼はショートスリーパーであるため、この睡眠量で十分なのである。
「学校か…めんどくさいなぁ、でも行かなくてはなぁ」
朝食の準備をしなくてはと何気にテレビをつけると、医療関係のドキュメンタリー番組で、ある時突然植物状態になってしまったという同年代くらいの女の子の話が書いてあった。
天月雫という少女はテレビで、お嬢様なのだろうか、ふかふかそうなベッドの上でまるでどこぞのお姫様のようにその体をベッドに埋めていた。
響の心には、それがかわいそうだと思うと同時に先ほどの、本当に夢心地だった世界を思い出して少し羨ましくその少女を思ってしまうのであった。
そうして響の高2の退屈な、平凡な日常がそう過ぎていく。
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それから3ヶ月程が過ぎた高校2年生の夏、あの時以来見ることのなかったあの夢を響はまた見ることになる。
ただしあの時とは少し違った。
この幼少な体を自分の体のように動かすことができた。
「(異世界、いや夢だろうが、また来れたのだな)」
部屋の布団、ではなく高価そうなベッドの上で彼は目覚める。
外は少し明るいため、日本での時間感覚が通じるのであればだいたい6時くらいなのだろうと考える。
「ん〜、朝ですね〜」
ここで響はふと口癖が敬語っぽくなっているのに、またこの世界の常識もなんとなくわかっているのを気づいた。
「リン、起きましたか?」
「はい、起きていますお母様」
直感的に扉の近くにいる綺麗な白髪の人が母親であることが彼にはわかった。
リンと言う名、彼はこの世界ではリンネル・バックフィールドと言う名であった。
そしてまるで日常であるがの如く学園の制服を着る。
鏡には、3ヶ月前のあの時とほとんど変わらない背丈と相変わらずの可愛い顔をした少年の姿がそこにあった、まるであの時から何も変わっていないような。
でも感覚的に彼にはあのことがこの世界での3年前であることがわかる。
響はリンの記憶をそのまま受け継いでいた。
これは夢なのだろうが異世界を満喫できるチャンスだと響は思い立ち、すっとリンは自室の大きな本を鞄にしまいこんで支度を仕上げる。
この異世界は主に三つの大陸に分けられている。
その中でリンが住む此処は、ペリエ大陸のヴェネット国、その王都ローマである。
そんなヨーロッパのどっかの国のようなそんな国で、リンは学生として学園に通っている。
学園の名は国立のシルヴィア学園、国民の殆どが通う学校である。
学校では学部という日本の大学に似たようなシステムがあり、例えば農家の子供は農学部、商家の子は商学部や経済学部などといった色んな、その職種に応じた学部に進むことが可能である。
もっともその学部に進む必要などなく、農家の子が経済を学んでもなんら問題はない、比較的自由に受けることができる、非常に自由な校風なのである。
というわけで今もいろんな学生が通っているわけだが、ことリンは戦闘部というこの国を守る軍人及び守衛を作るのを目的とした部に所属していた。
これはリンの父親が国を守る軍隊の幹部であるからであったからだ。
しかし、残念ながら母親の影響を非常に色濃く受け継いでいるせいか、リンは主に体格的に恵まれていなかった。
11歳になるにもかかわらず、身長は140cm代、筋肉も男性的というよりは女性的な華奢な体つきであった。
故にリンは基礎学力についてはともかく、こと実戦訓練に当たっては他に比べて劣っているのは仕方のないことであった。
そんな、実戦訓練の日であった。
担当教官が指導者らしく、学生に向かって授業内容をしゃべっていた。
「では今日は低級魔獣を倒す練習をする、チームは2人1組で実技成績に応じてこちら側で決めておいたから、見るように。倒す方法は魔法でも体術でも構わん」
リンの相棒は体術においては定評があるレティシア・エルドホーンと言う11歳にしては身長が160cm以上、胸部も平均を大きく上回る、日本でいう小学生5年生とは全く思えない、女性としてはすでに熟しているであろうような体つきであり、主に身長においてリンは少し嫉妬するほどであった。
「よろしくね、リンネル君」
「よろしくお願いします、レティシアさん」
当たり障りのない挨拶をして、リンはレティシアに戦術をどうするか決める。
「確か今回は南東にあるボスコの森での戦闘でしたよね、あそこはウルフ系やゴリラ系の魔物が多い傾向があるのだと前書いてましたよね。そうすると体術だとあまり有効性がないですね、魔法の類で応戦しますか?」
「いや、私はあまり魔法は得意ではないの。使えるとしても初級のものしか使えないわね、リンネル君はあまり体術関連は得意ではなかったよね、中級魔法とか使えるの?」
「リンでいいですよ。魔法はそんなに触れてこなかったので、どのくらい出力が出るのかわかりませんが一応電流拡大装置(EEA)と水のカセットを持っていきますね、あと体術も多少はましになったと思いますよ」
この世界での魔法はいわゆる魔法とは違い、非常に科学的なものである。
電流拡大装置、Electric current Enlargement Apparatus、略してEEAを用いて体表面に流れている微弱な電流をEEA内部の演算子で拡大させ解き放つと言うものである。
その際打ち出す魔法の属性は、カセットと呼ばれる大きさがSDカード程度の金属の板によって作用され、今回はウルフ系統の魔獣に強い水属性のものを持っていくと言うことである。
また、一般に魔法の出力は使用者の脳波によって左右されると言われているが、高い出力を打てるものは非常に稀である。
また魔法を使いすぎると、MP切れのように使えなくなると言うことはないが、精神的に非常に疲れることが知られている。
そもそもこの魔法と言うシステムが作られたのは、魔獣に対抗するためである。
魔獣は古来より体のどこかにいわゆる魔法陣が描かれており、人間の作った魔法、この場合擬似魔法と言うべきか、ではなく本物の魔法を使うことができる。
このメカニズムは残念ながら解明がされていないが、少なくとも魔物であれば魔法を撃つことができることだけが一般に知られている。
稀に人間の中にも、魔法使いと呼ばれている、体のどこかに魔法陣を持つ者もいるが、どのような条件で発現するかなどはやはり解明されていない。
リンもレティシアも魔法使いではないためEEAを用いている。
「わかったわ、じゃあ基本遠距離でお願いね」
「了解です、余裕があれば僕も物理で殴りますね」
こうして2人は森に入る。
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彼らが森に入ってから10分ほどが経過したところでウルフの群れに遭遇した。
リンは、及び響は、リンの記憶の中にはあるが、響としては初めて見るその獣を見て頰が緩まずにはいられなかった。
響はこれが夢でなければどれほど良かったのだろうと本気で思いながらレティシアに先に魔法を撃ってみてもいいかを聞く。
「レティシアさん、魔法を撃つので少し離れてもらっていいですか」
「あら、魔法を撃ちたいのね、わかったわ」
レティシアが少し後ろに下がったのを確認して、ウルフの群れに対してEEAの銃口を向ける。
頭の中で群全体を水が覆うようなイメージをして、リンはトリガーを引く。
その瞬間、リンの前には大きな魔法陣が展開され、そこから濁流とも呼ぶべき量の水がウルフに襲いかかった。
リンはこれが魔法なのかと大いに感動していた。
リンの記憶ではわかっていても、実際に撃った時のその感覚は響にとっては初めてであり、体に染み渡る。
魔法を撃った後の脳への疲労もまた彼にとっては貴重な宝物であった。
だが、そんな感動は外部からの声によって一時停止される。
「いまの出力は上級魔法以上よね…、どうしてこんな出力が彼に…。まあともかくすごいじゃないリン、授業では隠していたの?」
「いや、特にそう言う訳でもないですけど…」
「じゃあこの短い期間で何かあったの?」
レティシアはこの出力の以上な変動の仕方に心当たりがあった。
それはレティシア自身に起こったことであったからだ。
しかしそれと決めつけるのはまだ早いだろうと思い、少しこのリンと言う少年を見守ってみることにした。
「レティシアさん?」
「ああ、ごめんなさい、すごい魔法を見せてもらったからちょっと興奮してしまっただけよ、気にしないでちょうだい」
「はあ、わかりました」
リンは、確かに出力を大きくしすぎた気もするが、そこまで重要視する問題なのだろうかと思いつつ、レティシアの後を追ってまた森の奥に入る。
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リンはレティシアのその圧巻の剣技に見惚れていた。
レティシアの使う剣は、その華奢な体躯に合わずに、ツーハンデッドソード、両手剣であった。
あんなに大きな剣を使えばむしろ剣に振り回されそうな気もするが、そこはさすがと言うべきか、自分の一部のように使いこなしていた。
響は幼少から武芸を嗜んでいたが、そんな彼の目を持ってしても彼女の剣捌きは見事なものであった。
何十年も腕を磨いてやっとたどり着けるであろうその域を、聞いたところによればたったの2年で習得してしまったと言う彼女の、何も着飾っていない態度をみて、体術では彼女には一生かないそうにもないだろうなあと響はつくづく思った。
そういうリンもまた、2本のナイフでダンスのように魔獣を切り刻んでいた。
「レティシアさん、本当に模範的な剣を振るいますね、惚れ惚れしちゃいます」
「あら、ありがとう、それにしても君はまた面白い戦闘方法を用いるのね、ナイフ、しかも2本なんて」
「これなら素手とそこまで大差ないですからね、けっこう使いやすいんですよ」
彼女の剣技を見てからではリンの武道もまだまだだと思ってしまうだろうが、彼もまた体術においては他よりは全くもって上であるのは言うまでもないことである。
さて、最終的に彼らのチームが授業の90分間で倒した敵の総数は50体以上に及び、プロに匹敵する成果を挙げて担当を大いに困惑させたのはまた別の話である。
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それ以降の授業は座学、主に魔法系統と治療用の薬学関連の話であった。
戦闘部と言いつつも、まだ11歳の学生であるから、受け入れるべき概念や知識量は膨大であったが、リンはそれをすんなりと受け入れていた。
響はこと勉強においてはどちらかといえば苦手であり、将来は家の道場を受け継げばいいと思うほどであった。
そんな彼がこの世界の勉学において優秀であるというのは、それはこの世界が彼にとって異世界であり、その世界の全てを受け入れる、その狂信的なまでの異世界への忠誠心からくるものであった。
そうして学園での一日が終わり、家の床の間に着いたとき、彼はふと現実世界に引き戻されるという恐怖を感じた。
もしこの世界で寝て仕舞えばまた現実に戻ってしまうのではないかと。
「(まあ夢にしてはとても長く、鮮明に楽しめたけれど、これが現実だったらなぁ)」
そう、彼にとってはこれは異世界と言う名の彼の夢であり、彼がすんなりこの世界を特に興奮もせずサラッと受け入れたのは、これが夢だと思っていたからだ。
異様にリアルではあったが、それは異世界アニメなどの見過ぎによるものだろうと結論づければ納得のできる範囲であろう。
「(また明日から学校かぁ、やだなぁ)」
そう思いつつ寝床につこうとしたその時であった。
「リン、起きてますか?貴方にお客さんよ」
母親の声がした。
この世界で夜10時といえば子供どころか大人もほとんど寝るような時間帯なのだ、にもかかわらず客、加えてリンという学生に用などとは非常に考えにくい話ではあったが、
「わかりました、すぐに準備していきます」
少しでもこの世界にいたい響にとってはまたとない嬉しきことであった。
準備してすぐさま応接間に着くと、そこにいたのはレティシアであった。
「お客様はレティシアさんでしたか、どうしたんですかこんな夜遅くに」
「ええ、君に確認したいことがあってね」
多分先ほど見せたとんでも出力の魔法のことだろうとリンは思っていたが、レティシアから出た言葉は全くもって予想していなかったことだった。
「君は地球を知っているかしら?」
「…え?」
地球、それは彼の、響の住む世界の惑星の名前である。
「地球…それは、この世界全体のことですか?」
この世界全体を地球と呼ぶのであれば、リンの記憶の中では無くても響の記憶の中ではそう考えるのが妥当だろうと考えて出したが、レティシアは思案顔をしたのち、またしても斜め上の回答を言い出す。
「いいえ、この世界に地球という言葉は存在しないわ、もっともこの世界では宇宙という概念がないのだけれど。やっぱり思った通りね、だったら前置きは不要よ、君はこの世界にどうやってきたの?」
「ちょっと待ってください、貴方は何を言っているんですか?そもそもこの世界ってどういうことですか?」
「…そうね、同族に会えて嬉しかったからかしら、少し端折り過ぎてしまったようね、ごめん、一から説明するわ」
レティシアの話によると、この世界での三年ほど前に突然日本からこっちに飛ばされたのだという。
当時、彼女は学生で高校二年の春頃に突然めまいに襲われたのだという。
「確か始業式の日だったかしら、学校の通学路が最後に覚えているところね、そこからはあっちの世界のことはほぼ何も覚えてないわ」
この世界での最初の一年は、ほぼ自暴自棄状態でまともに生活できる状態じゃなかった、だがしばらくしたのち整理がついて、この世界のことが記憶を通じてわかっていること、彼女自身が本来の自分とはまた違ったレティシアという存在としてこの世界に存在していること。
「そして、君がこの世界人間じゃないことがわかったのは、今までのリン君との今日のリン君があまりにも違い過ぎたのよ」
「それは魔法という点ですか?」
「確かにそれも一つね、人って脳波、つまり平たくいえば物事の見方かしら、が変わることなんて滅多にないし、加えて今までだったら戦闘においてはあそこまで積極的になるはずもなかったはずよ」
「なるほど、それで僕がこことは別のところから来たと仮定したと。」
「間違えではないでしょう?」
「まあたしかに、ですが僕はこれが夢だと思っています。というのも僕は貴方と違って突然気を失ったわけでも、ましてここでの生活も一日も経ってはいないわけですから、ここが僕の脳内世界と仮定すれば、完成度が非常に高い明晰夢として解釈できます。それに僕は実際に現実で寝たらこの世界にいたので、夢と考える方がまあ色々と都合がいいわけです」
たしかにこの世界は完成度が高い、まるで本当の異世界であるかのように、だがそう決めるのは早すぎるのだと響は考えていた。
彼の中では異世界とはどうしてもアニメの中や小説の中の話であった、それはやはり現実の世界で17年も学生をやっていれば嫌でもそうなる。
非現実的なものは簡単には認め辛い、それは現代っ子の性分なのかもしれない。
そんなあっては欲しいが認められないという彼の葛藤を他所に、レティシアはどうやったら本当にこの世界が異世界であるかを伝える方法を検討していた。
リンの挙動や言動を見れば彼はたしかに自分と同じだと確信していた。
「ならば、もし君がここから現実に戻れたとして、ネットはあるわよね、そこで私の名前を検索してちょうだい」
「名前を検索ですか…それはまたなんでです?」
「多分出てくるはずよ、中3の時に剣道で全国優勝しているから」
「ああ、なるほど。どうりで洗練された動きでしたよ、あんなの2年間で習得はできませんよね、それで日本でのお名前はなんでしたか」
「天月雫よ、確か日付は2030年の8月20日だったと思う」
「2030年ですか、僕もちょうど中3でしたねそういえば」
「あら、そうすると君は同級生なのね」
「そうですね、ってそれちょっとおかしくないですか?」
「何かおかしいところがあったかしら?」
「ええ、レティシアさんは高校二年生の時に飛ばされたんですよね」
「ええ」
「実は僕、今高校二年生なんです」
「高校二年生、ってことは私はまだ高校二年生ってこと?そうするとおかしい、そんなの3年間どころか1年間も経ってないじゃない、日付はいつ?」
「7月15日だと思います」
「てことはまだ始業式から100日くらいしか経ってないじゃない、それ本当?」
「ええ、事実ですよ」
「(リン君が嘘を言っているとは到底思えない、とすると可能性は)」
「なら多分時間が現実と異世界であってないわね、一つ確認をして欲しいのだけれど、もし現実に戻れたなら時間を確認してくれる?今11時だから、起きたのは何時?」
「こっちの世界でですよね、6時くらいかと」
「そしたら、だいたい16〜17時間か。あとで戻ってきたら睡眠時間を教えてちょうだい、ズレがわかるかもしれないから」
「あまりよくわかりませんが、わかりました、もし戻ってこれたら伝えます、あとお名前調べさせてもらいますね」
「お願いするわ。長居したわね、お暇させていただくわ、じゃあ報告待ってるわ」
レティシアは何かに気づいたかのように、そしてリンが必ず報告に来るのを確信しているかのような口ぶりで帰っていった。
その様子に、少しだけこの世界が異世界なんじゃないかという期待を抱きつつ、リンは自室のベッドに潜り込んだ。
**************
次に響の目が覚めたのは、現実の自室の布団の上だった。
「妙にリアルな夢だったな…」
頭を書きながら、おもむろに時計を見ると、たったの2時間ほどしか寝ていなかった。
響はたったの2時間で体感16時間の夢を、しかも彼の大好きな異世界系の夢を見るとは、どれだけ自分はこの世界が嫌いなのだろう、と逆に自分自身に呆れていた。
「それはそうと…」
響はレティシアの言っていたことを思い出す。
半信半疑どころか9割疑ではあるが、あとの1割を信じたい彼はパソコンの前で検索する。
「えっと…天月雫っと」
検索結果の上にまず最初に出てきたのはおよそ100日ほど前に突然昏睡状態に陥った、という記事だった。
「たしか、高校二年生の春に突如意識を失ったとか言っていたし、たしかにな」
「(だが、このニュースはもしかしたら昔見ているかもだし、これで異世界と信じるわけにはいかんしなぁ、まあたしかに偶然にしては出来過ぎな気もするが…)」
そう思いながら、リンは次の記事を読んでみる。
「剣道で全国優勝、中3のとき、日付は8月20日、たしかに合っている…、本当に偶然なのか、これは」
響は自分の顔が無意識に笑みをうかべているのに気づいた。
それは彼の、心の中には本当に異世界が存在して欲しい、という感情が作り出した、およそ考えうる限り彼にとっての最高の笑顔であった。
そして、なにかを決めた顔をして、彼は自分の部屋を飛び出し、自分の義妹の部屋を思いっきり開けた。
「兄さん!?」
朝5時にもかかわらず、机で大学だかでやりそうな、難しいものをやっている義妹に向かって、
「鈴、俺今日学校休むは。異世界行ってくる!」
とだけ義妹に行って速攻で自室に戻って、目をつぶった。
一方、残された義妹である、佐藤鈴は、ただただ義兄の突然の訪問に呆然としていたが、響の、あの宝物を掴んだような、あの笑顔を見たあとでは、仮にも兄妹でありながら女の子の部屋に無断で入るなどという暴挙など、とっくにどうでもよくなっていた。