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命思力・転移  作者: 大谷雅彦
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四 高知城 [ 和暦・優雅45年3月1日日曜日 ]

 「なんな、こいつら! 」

 いきなり襲われたことへの怒りよりも、あまりの手応えのなさに呆れたという口調で八夫がいった。

 「裕さん、何か心当たりはあるか? 」

 「いや、ないぞ。紀代彦、おまえはどうな? 」

 「俺も心当たりはない。どれも見たことのない顔ばかりやし、こんな色の学生服も初めて見るぞ」

 十人の若者が散歩道の上に倒れていた。蘇芳色に似た、珍しい色の学生服を着ている。

 立って若者たちを見下ろしている岩口八夫(いわぐちやつお)信田裕一郎(のぶたゆういちろう)笛谷紀代彦(ふえたにきよひこ)は高知市内にある高知県立土佐工業高校の二年生。八夫と裕一郎が野球部員で、紀代彦は相撲部員だ。

 今日3月1日は毎年高知県の公立高校の卒業式が行われる日で、土佐工業高校では卒業式の日はすべての部活動は休むことになっている。

 卒業式の後、三人の間で天気も良いことだし久しぶりに高知城へ行ってみようかということに話が決まった。

 帯屋町商店街をぬけて高知城に着いた三人は、石段を上がり、途中で「杉の段」に逸れて、城の北面の石垣と雑木林に挟まれた散歩道に入った。昼間でも薄暗い、あまり人の通らない静かな道をたわいない話をしながら歩いていると、雑木林の中から突然若者たちが飛び出して、襲い掛かってきた。

 若者たちは喧嘩慣れしているようだったが、相手が悪すぎた。

 身長が180センチメートルで体重が85㎏の岩口八夫はプロ野球のスカウトが注目するほどのスラッガーで、彼は気が荒く、喧嘩が好きだった。

 信田裕一郎は165センチメートル60㎏と小柄だが、小学校低学年のころに空手をやっていたことがあり、売られた喧嘩は相手が中学生でも買っていたほど気が強く、喧嘩の経験は豊富だった。

 笛谷紀代彦は173センチメートル70㎏で、相撲部員としては大きくないが、引き締まった体形をしていて、一・二年生を対象に行われた1月の県内の新人大会で個人優勝した実力者だ。

 「おい、おまえら見たことのない学生服を着ちゅうけんど、どこの高校な。なんで俺らを襲ったがな」

 八夫の問いに、若者たちは呻くばかりで答えない。

 「そういえば、ちょっと前に聞いたことがある。ほら紀代彦、おまえにはこのまえ話したろう。二月の中ごろからあちこちの高校生が襲われゆうという話を」

 「裕さん、俺もいまそのことを考えよったがよ。たぶん、こいつらの仕業やろう」

 「本当か。そりゃ興味深い話やないか。だったら、こいつらにはどうしても理由を言うてもらわにゃいかん」

 八夫が足元に倒れている若者の胸ぐらをつかんで無理やり引きずり起こした。

 「さあ言え。おまえら何が目的でそんなことをしゆうがな」

 八夫に胸ぐらをつかまれていた若者が驚きの声を発した。彼の視線は八夫の後方を向いている。少し離れたところに、三人を襲った若者たちと同じ色の学生服を着た男六人が立っている。

 「なんじゃ、また現れたか」若者の胸ぐらをつかんだまま、八夫が面倒臭げに言った。

 「こっちにもおるぞ」紀代彦が頭を振った。

 散歩道の反対側にも同じ色の学生服を着た五人の男と、同じ色のセーラー服を着た女子生徒が立っていた。

 「11人か。こりゃ面白い」若者から手を放して八夫がにやりと笑った。彼は計算を間違えたわけではない。女子生徒を数に入れていないのだ。

 男たちは全員が偉丈夫で、学生帽を目深に被っている。その隙の無い佇まいは道に倒れ呻いている若者たちとは明らかにレベルが違うことを示していた。

 女子生徒は長い黒髪で、身長は170センチメートルに少し足りないぐらいか。ファッションモデルのようなすらりとしたスタイルをしている。何かの間違いでそこに居るのでと疑わせる、あまりにも光景に似合わない存在だった。

 だが、道の両側から新たな集団が近づいてくるとき、一方の先頭に立ったのはその女子生徒だった。顔をまっすぐに向け、男たちを従えて歩いてくる姿には輝くような威厳があった。

 石垣を背に紀代彦たちは半円形に囲まれた。女子生徒が男たちの真ん中、三人の正面に立っている。他の男たちは女子生徒から一歩下がって並んでいる。白地に黒で「新」の字がデザインされた丸いバッジが全員の左の胸に留められている。

 「こいつらは、ちょっとは手応えがありそうやねや」準備運動をするように八夫が首を右左に曲げた。

 偉丈夫ぞろいの男たちの中でも一番の巨漢が殺気を露わに一歩前に踏み出した。八夫よりも背が高い。190センチメートルはあるだろう。体重も100㎏近くはありそうだ。

 「待ってください、西郷君」女子生徒が止めた。

 いい声だ、と紀代彦は思った。いまは春だが、晩秋の黄昏に声があるとしたらこんな声だろうか。彼は女子生徒の声を好ましく思った。顔立ちも美しい。

 「しかし隊長、このままでは」西郷と呼ばれた巨漢が野太い声で女子生徒に顔を向けた。

 「わかっています。でも、ここはわたくしに」

 軽く頭を下げて、巨漢は引き下がった。

 「女が隊長か」裕一郎が呟きながら西郷の表情を見ている。

 「あなた方、お強いですね」

 「そんなことは言われんでも分かっちゅう。そんなことよりおまえらはいったい何者な。どこの高校か言わんか」八夫が睨み付ける。

 「失礼いたしました。わたくしたちは4月に高知市に開校する帝憲学園高校高知校の生徒です」

 「やっぱり帝憲学園高校やったか。正月に遊びに来ちょった東京の従兄弟が言いよった。全国にいくつか兄弟校があって、その高校全部が2年前に同時に開校したとか。その高校かや? 」裕一郎が確かめる。

 「そのとおりです」

 「暴れ者ばかりの高校やとも従兄弟は言いよったが」

 それには答えず、「高知校の生徒全員が転校生です。よろしくお願いします」と、女隊長は頭を下げた。

 「挨拶はえい。いったいその帝憲学園高校がなんで俺らを襲うがな。俺らだけじゃない。あちこちの高校の生徒を襲ったのもおまえらじゃおが。理由を言え」と、八夫。

 「高知県の全ての高校をわたくしたちの支配下に置くためです」

 「おまえ、女のくせに少年マンガの読みすぎとちがうか」八夫の皮肉に、女隊長は表情を変えない。

 「高知県の全ての高校を支配下に置く、その目的は何な」と、裕一郎。

 「いまは言えません。あなた方がわたくしたちの傘下に入ったときにお話しできるかと思います」

 「それは無理じゃおねや」八夫がニヤリと笑う。

 「あなた方の力は見せていただきました。それでもわたくしたちの傘下に入っていただかなければなりません」

 「じゃったら、いまこの場で決着をつけんか。そこのでかいがは、そうしとうてたまらんという顔をしちょるやないか」西郷と呼ばれた巨漢に八夫は顎を振った。

 巨漢の顔が怒りで赤くなった。いまにも八夫に飛び掛かって行きそうだ。

 「良いご提案だとは思いますが、わたくしたちは高知に着いたばかりで疲れています。今日はこれで引き上げさせていただきます」

 一礼して、女隊長は三人に背を向けた。西郷以外の男たちが散歩道に倒れている若者たちを立ち上がらせた。

 「まだ、あんたの名前を聞いちゃせん」女隊長に紀代彦が声をかけた。

 ゆっくりと女隊長が振り向いた。二人の視線が絡み合った。女隊長の端正な顔に揺蕩うような表情が浮かんだ。

 「本間マキと申します。二年生です」答えた後も女隊長は紀代彦を見つめている。

 「あなたに、以前お逢いしたことがあるでしょうか? 」

 紀代彦も同じ思いがしていた。この女子生徒と以前に逢ったことがあるような。

 「いや、初めてやと思うが」

 「そうでしょうね。失礼いたしました」小さく頷いて女隊長ーー本間マキは再び背を向けた。

 「俺らの名前は聞かんでもえいがか? 」

 紀代彦の問いに今度は答えず、本間マキは立ち去って行く。本間マキの後に西郷が続き、倒れていた男たちに肩を貸した男たちがその後に続く。

 「帝憲学園高校か。4月から面白いことになりそうやねや」

 「八夫、忘れるなよ。俺たちの目標は甲子園で、喧嘩じゃないぞ」

 「裕さん、分かっちゅう。けんど、こっちのほうもわくわくするじゃおが」

 「いよいよ、しょうがないやつじゃ。どう思う、紀代彦」

 「裕さんの言う通りぞ、八夫。今年は最後の夏やろうが」

 「まかしちょけ、紀代彦。俺を誰だと思うちゅう。この野球の天才岩口様が本気を出せば甲子園出場など朝飯前よ。ほんで甲子園で大活躍をして日本中を沸かせちゃうき。ほんじゃあき野球部のことは心配いらん。紀代彦、おまえこそ今日卒業した先輩たちに恥ずかしくないように全国大会でも頑張らんといかんぞ」

 おまえがショートで、岩口がサード。ほんで、ふたりで3番4番を打ってくれたら甲子園へ行けるき。笛谷よ、野球部へ入ってくれんか。

 高校に入学した当初、まだどのクラブにも入部していなかった時に何度も声をかけてくれた野球部の監督の言葉を紀代彦は思い出していた。


 




 

 

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