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命思力・転移  作者: 大谷雅彦
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二 学園紛争 [ 和暦・優雅44年1月18日土曜日 ]

 地上からの放水と催涙ガス弾。空からのヘリコプターよる催涙液の散布攻撃が安田講堂に籠城する学生たちを苦しめていた。

警備車両700台、ヘリコプター3機、エンジンカッター23、削岩機4、ガス弾4000発、放水車10台などを使って攻めたてる機動隊。

 一年前の医師法改正に反対する医学部学生自治会の無期限ストライキが発端となった東大紛争は曲折を経て、和暦・優雅44年1月18日早朝、東大当局から要請を受けた8500名の機動隊の学内突入により最終決戦の火蓋が切られた。

 勝敗の行方は明らかだった。学生たちがどれだけ理想に燃え、死にもの狂いで抵抗しようと、実力行使に出た国家権力を相手にして勝てるはずはなかった。最初に医学部中央館のバリケードが破られた。続いて法文二号館、文学部、工学部列品館、法学部研究室……と、学生たちが築いた出城は次々と落とされて、残るは安田講堂本丸のみとなった。

 一気に決着をつけようと安田講堂に突進する機動隊。火炎瓶を投げ、石を落とし、即製の火炎放射器で抵抗する学生たち。日本の教育機関の最高峰に君臨してきた東京大学構内は、いまや阿修羅の世界、阿鼻叫喚の巷と化していた。

 惨劇は街頭でも行われていた。東大闘争を支援する学生・市民約2000人と機動隊が神田地区で衝突したのだ。鉄パイプ、竹竿、投石、催涙ガス弾などによる壮絶な市街戦が展開された。街は破壊され、粉塵が舞い上がる。街路に飛び散った血潮の上で学生と機動隊員が戦っている。同じ世代の、これからの日本を背負って立つ若者同士だ。通じ合う言葉を持っているはずの若者同士が獣のように咆哮し、悪鬼のような形相で殴り合い、罵り合い、傷つけ合う。この情景、両者の立場の違いをどのようにとらえたらいいのだろう。

 18日の夕刻、機動隊は安田講堂攻撃をいったん中断した。街頭の流血戦も夜の九時ごろには沈静した。

 それまでの喧騒が異界での出来事であったかのように静寂が訪れたキャンパスに、孤城落日の哀愁を漂わせ安田講堂が立っている。

 だれが弾くのか、ピアノの音色が講堂内に静やかに流れた。


 日本の学園紛争は和暦・優雅40年ごろから本格化し始めた。当初は大学の授業料値上げに反対してのストライキが主だった。

 和暦・優雅42年1月26日に東大医学部が研修制度に反対するストライキを行った。これを契機に学園紛争は政治的要素を帯びて行く。。

 和暦・優雅43年1月29日、「インターン制廃止に伴う登録医師制度」に反対する東大医学部学生自治会が卒業試験のボイコット、インターン研修拒否などを掲げて無期限ストライキを敢行し、東大紛争は拡大する。

 東大紛争の拡大は、燻ぶり続けていた他の大学の紛争を燃え上がらせた。多くの大学で学園紛争が起きた。学校当局の運営方法、背信行為に対して学生たちは是正を要求した。政治の改革を訴えた。国家権力の腐敗に怒りをぶちまけた。この年、全国116の学園で紛争が起きた。

 学園紛争・学生闘争で学生たちが求めたものは「正義」だった。前の敗戦から立ち上がり経済発展の道を着実に歩むこの国は、一方で道徳観念よりも経済的豊かさを貴ぶ悪病が蔓延し、社会は絶望的な状況に陥ろうとしていた。絶望的な病には荒療治が必要だ。この悪病を治すため学生たちは直接行動という荒療治を選択した。その選択が毒を以て毒を制す危険を孕んでいることを十分認識しているだろうか、と危惧する声があることを学生たちは知っていた。だが他にどのような方法があっただろう。道徳観念を持たないこの国の権力者たちにとって、正論であっても学生たちの言説は一円の利益も生まない畢竟書生論なのだ。

 学生たちは自分たちが信じる道を突っ走るよりほかに選択肢はないと決断した。その彼らの決断を「若い」の一言で片付けるなら、この国の未来は淪落したものになるだろう。そう、彼が居たあの異次元物質的宇宙のあの星の、あの国と同じように。


 安田講堂攻防戦を見るのは、彼の覚醒した記憶では二度目だった。この攻防戦も同じように、明日19日夕刻の籠城する学生たちの投降でひとまず幕を閉じるのだろう。

 彼と影丸の研究から、物質的宇宙はそれぞれに固有の不確実な性質ーー存在エネルギーの不確定運動ーーを有していると推測されるが、この攻防戦の結末の態様はまだこの時点では物質的宇宙共通基底の範疇にあるはずだから。

 巨視的な視座から観察すれば、どの物質的宇宙の存在エネルギーを比べてもフラクタル幾何学的相似形を描く。だが微視的な視座から観察すると、その相似形の中に多くの異形を発見する。まったく同じ歴史を辿る物質的宇宙は存在しないということだ。

 いま彼が見ている安田講堂攻防戦も、以前居た異次元物質的宇宙のそれと同じ絵模様が描かれていく表皮の内側では、この物質的宇宙特有の不確定なエネルギー活動がなされているはずだ。いまこの場所に展開している擾乱がそれであり、この擾乱が次の不確定エネルギー活動を誘引する。そうして、この物質的宇宙固有の歴史がつくられていくのだ。

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