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臆病者の合心獣  作者: 天井舞夜
第一章 蘭鳴学園悪魔事件
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水と氷の《マーメイド》

鶯院緋色(うぐいすいんヒイロ)の名前を鶯院十九(うぐいすいんジュウク)に変更しました

「どうやら和解したみたいだね」


 昼休みの生徒会室で錬と桜梅の前で結凛は満足そうな顔で腕を組みうんうんと首を縦に振る。錬は何も言わない。桜梅も何も言わない。しかし、態度は歴然で錬は冷めた目をして結凛を見つめ、桜梅は熱っぽい目で錬を見る。


「さて、今日のターゲットとなる悪魔だが私と桜梅は既にどんな奴かは知っているが錬君がいるからもう一度説明するぞ」


 結凛はホワイトボードに貼ってある学園敷地地図のマグネットのある場所の一つは指し示した。そこは森の中にある広場、その池。錬が見ても地図上のその池はやはりそこそこ広い。結凛曰く八レーンの五〇メートルプールくらいの広さはある。


「今度の相手はマーメイドだ」


 マーメイド即ち人魚。錬の想像通りなら下半身が魚で上半身は人間の美女の人魚だが、ヴァンパイアは吸血鬼ではなく蚊であったため錬は期待していない。


「マーメイドの特徴は分かってると思うが上半身が人間の女で下半身は魚のアレだ」


 錬は想像通りで内心ホッとする。しかし、錬はそれと別に疑問を投げる。


「するとそのマーメイドは思考するのかな?」


 結凛は褒めるような笑みを浮かべる。


「その通り、人語こそ介さないが奴は考えて攻撃してくる。ケルベロスは賢い犬程度だったし、ヴァンパイアは本能で行動して来たがこの悪魔は能力を考えて応用して使って来る」

「で、そのマーメイドってのはどういう奴なの?」

「池から出られない悪魔だ。行動範囲は狭いけど逆を言えば奴のホームグラウンドでもある。とりあえず池の中で戦ったら勝てないだろうね。だから私達の基本的な戦い方は陸からの攻撃となる」

「じゃあ池の水を抜けばいいんじゃないか?」

「それも既にやったがマーメイドの能力は《水》と《氷》でね。排出口を氷で塞がれた挙げ句水で池を補填された」

「という事はだ、俺らは遠距離攻撃あるいは結凛のワルキューレが基本の攻撃軸となるのか」

「しかし、奴の水と氷は存外厄介でね。しかも、マーメイド自身も三ツ又の槍を装備していて近接戦闘もある程度可能。さらにその池は水深が深くて潜って逃げられるし隠れられる」


 錬は溜め息を吐く。結構面倒な相手らしい。


「相手のテリトリーと戦う基本は遠距離攻撃だ。遠距離攻撃は何がある? 通流がいれば大きい石を投げたりとかできるけど」

「遠距離攻撃がないわけじゃないけどね。桜梅と肝心の金髪野郎が手段を持っている。だけど二人ともある理由でマーメイド相手には悪手なんだよ」

「じゃあ後に回せばいいだろ。メンバーが揃ったら改めて戦いを仕掛けて」

「それも考えたが奴の他の二体の悪魔はマーメイドより厄介なんだ。それに奴が池から移動する術を思い付く前に始末しときたい」

「ん? 結凛はさっき、マーメイドは移動できないって――あ! そうか、水の能力で移動できるのか。水を浮かべてその上に乗るような形で」

「そう、奴が気付いていないのかあえてまだ使ってないのかはわからないけど、移動したら人間に害を与えるのは明白だ。既に池に近付いた生徒が何人か被害にあってる」


 錬は悟る。確かにそれはヤバい、と。


「とりあえず、今日も集合は午後六時に生徒会室だ。それまで何か作戦を思い付いたら私に言ってくれ。それでは解散」


 ☆☆☆


 放課後、錬は集合時間までの暇潰しに高貴とゲームをしていた。


「なあ、水中生物を陸上生物が倒すにはどうしたらいいだろう」


 錬は唐突になんとなく言った。今やってるゲームとは何も関係ない、高貴からすれば突然の話題振りだ。


「さあ、ゲームの話ですか?」

「ゲーム? ん~、まあゲームかな」

「ゲームのジャンルは? アクションか? ロープレだったら問題ないでしょう」

「アクションだよ」

「なるほど……」


 高貴はゲームの電源を切った。錬から見れば切断である。


「切断するなよ」

「切断にも勇気がいるんもんなんです。英断という」


高貴はバッグからルーズリーフを取り出す。


「錬さんの戦力は?」

「戦力?」

「そのゲームの錬さんの戦力ですよ。仲間とかそのスキルとかあるでしょう」

「あ~」


 錬はこちら側の戦力と相手の戦力をゲームのように説明する。もっとも、こちら側の戦力は月読玉兎とワルキューレの戦力しか言ってない。残念ながら錬は奇稲田大蛇の性能をよく知らない。


「格闘家と飛行剣士ですか。錬さん、ここはどうでしょう? これを戦闘ではなく狩りと置き換えてみてあげれば」

「狩り……」

「陸上生物の水中生物に対する狩りの方法は二つです」

「水面を泳ぐあるいは水中から出た獲物を狙う方法か。高度な空から鳥が水面の魚に急降下するような」

「そしてもう一つは水中からそいつを陸上に引きずり出す。そう鮭を捕るクマのように」


 ――――実質俺達が取れる方法は一つか。


 錬は携帯ゲーム機をバッグに仕舞う。


「ありがとう高貴。今から生徒会の仕事があるから、じゃあね」


 錬はバッグを持ちさっさと教室から出る。それを見送る高貴は呟いた。


「やっぱりアクションゲームじゃ勝てませんね」


 ☆☆☆


 錬、結凛、桜梅はきっかり集合時間に集合し、現在は悪魔討伐出発前の最後の作戦会議を行っている。昼休みと同じように結凛が二人の前で仕切っている。


「それで、二人は何か作戦を思い付いたかな? ちなみに私は全然だ」

「私も思い付きませんでしたわ」


 結凛の言葉に桜梅もそう言った。


「錬君はどうだ?」


 錬は考えた作戦を言う前にある提案をする。


「池に爆弾を投げ込むとか電気を流せば?」


 錬の過激発言に結凛は残念そうな顔で言う。


「その提案も出た事あるんだがそれは最終手段となっている。ここは学校だからね。そんなものはみだりに使うものではないというお達しなんだ」


 別に採用される事を期待していたわけではない。それを聞いたところで錬は真の提案、作戦を口に出す。


「それならばこんな作戦はどうだ? 結凛と桜梅のキメラが陽動囮になって俺の月読玉兎が隠れたところから一撃で仕留める。そう、鷹のように」


 結凛は腕を組んでしばし考える。


「うん、いいかもしれない。錬君のキメラをマーメイドはまだ知るところではないしね。キメラも速いし奇襲の成功率は高いと思うよ」

「流石ですわ!」


 作戦内容自体は高評価を得た。特に難しい事は言っていない。


「既に前回、空からの奇襲をしている。上への警戒は厳しいけど横からの警戒は甘いはず。それならば具体的にはこの作戦はどうだろう?」


 結凛が作戦を具体的に説明した。


「それいけますわ!」

「うん、大丈夫だと俺も思うよ」


 結凛の作戦に桜梅と錬は賛同する。


「それじゃこの作戦でいくよ。錬君、地図は覚えてる?」

「大丈夫、俺は地図をすぐ覚えられるし一度見たら忘れないからな」

「それならいい。それじゃ出発だ」


 三人は生徒会室から出て、マーメイドが住む池に向かった。




 桜梅は池の前で月を眺めて月光浴をしているマーメイドを見据える。人間基準で美女であろうその顔を水面から出している。マーメイドは桜梅の存在に気付いてない様子。桜梅が隠れているわけではない。桜梅は奇稲田大蛇を出現させる。

 下半身はヘビ、上半身は人間の美女で細い茨の束がアイマスクのように目を覆っている、頭髪は小さいヘビの集合体で腰に届くほど長い、さらに胴も茨が巻き付き両手はバラが咲き誇る。それが奇稲田大蛇。


「こちらですわ!」


 桜梅はマーメイドを大声で呼び、茨を伸ばして触手のように攻撃する。マーメイドは桜梅の方を見ると池の水で水のカーテンを作り氷の壁を生成し防御。

 マーメイドは池の水から三角錘の形の水を作り凍結させて氷柱を生成し桜梅――ではなく、自分の真上に向けて飛ばす。


「くっ……!?」


 マーメイド目掛けて剣を突きの構えで急降下していたワルキューレは減速して横へ移動し躱した。

 そして、桜梅がいるちょうど反対の位置、その森の中に隠れていた錬が姿を現して月読玉兎を出すと、月読玉兎を走らせた。そして池の手前で幅跳びのようにジャンプし、鋭い爪を持つ足で飛び蹴りを放った。今回は錬が直接見ているので距離感を誤らない。野球選手のピッチャーが投げたボールのように真っ直ぐ飛ぶ。しかし、池の主であるマーメイドは月読玉兎が風を切って立てる水面の波紋を敏感に肌で感じ取ったのか後方を向いて複数の水の三角錘を作り凍結させて氷柱をマシンガンのように発射した。


「しまった!」


 錬はマーメイドの反撃に冷や汗を流すが頭の中は冷静だった。

 月読玉兎は向かって来る氷柱一本蹴り砕く。同じ方向だけとはいえ連射された氷柱を防ぎ切れないのは明白、水面に足を着けると足場にして後方にジャンプして地面に着地する。


「攻撃に対して攻撃で防御するとは」


 錬は忌々しげに呟いた。作戦は呆気なく失敗。錬は走って反対側の桜梅と合流すると、結凛も少ししてから合流した。錬達とマーメイドはお互い睨み合ったまま動かない。


「強いな」

「本来ならああいう遠距離攻撃してくる相手は通流のパワードキングダムが防御の要なんだけど」


 確かにこのマーメイドは盾があるかないかで戦い易さに差が出る、と錬も思う。


「アイツはこの池から出られないから必然的に遠距離攻撃になるが、同時にこの池はアイツが本来の力を発揮するテリトリーになるためこっちも遠距離攻撃に頼らざるを得なくなる」

「だけど俺達には人魚ほど強力な遠距離攻撃を持たない」

「その通りだよ、錬君」


 結凛は苦々しい表情で作戦を考えている。


「それならこっちも遠距離攻撃で勝負しよう」

「何だって?」

「何て事はない。俺の月読の脚力なら漬け物石程度の大きさの石を蹴ればそれなりの威力になる」

「まあ、確かに今はそれくらいしかやる事がないな。よし! 各自石を集めて来い」


 三人は石を集めるため一時解散した。




 森の中、三人は石を集めて合流していた。桜梅は集まった石を見下ろす。


「三〇、心許ないですわ」

「事前準備じゃなければこんなものだよ。むしろよく集まったと思うよ」


 桜梅と結凛は言った。


「もう一度作戦を確認するぞ。錬君の月読玉兎が攻撃の要シュートする役、私のワルキューレが石をパスするアシスト役、桜梅の奇稲田大蛇が水中に潜ったマーメイドの位置を探るサポート役だ。錬君と桜梅は常にケータイで連絡を取り、桜梅は私にパスする事を伝える。以上だ」


 錬と桜梅は賛同する。


「さて、まずは不意打ちだ。じゃあ、合図がするまで待機しててくれ」


 錬がそう言うと月読玉兎が石を一つ持って走り出した。

 錬と月読玉兎は少し池の外周の森の中を走るとそこで止まる。錬は月読玉兎をそこに待機させて、また少し走り月読玉兎と距離を取る。そして、森の中から出る。


「おい!」


 錬は池の中のマーメイドを呼んだ。マーメイドは気付きそちらを見る。錬は自らの目でマーメイドを目測し、森の中にいる月読玉兎を操り石をヒョイと放り投げてシュートした。石は木々を抜けて森を抜けると一直線にマーメイド目掛けて砲弾のように飛ぶ。マーメイドは水面の波紋を肌で感じ取りそれに気付き氷の壁を張るが、先程の月読玉兎自身と違い石はそれより速く飛来していたため氷の壁が出来上がる前にその場を通り過ぎて、頭に直撃する直前にマーメイドは水中に潜水しギリギリ躱した。


「惜しいな。投げて」


 錬はケータイの向こうの桜梅にそう言った。


『パスですわ!』


 桜梅の声からしばらくすると森の中からワルキューレが投げた石が放物線を描いて空を飛ぶ。さらに森の別の場所から月読玉兎が飛び出して、頭を地面に向けてオーバーヘッドの形でシュートの構えに入る。


『三のCですわ』


 ケータイの向こうから桜梅が予め池を五×五で区切った位置を指示し水中のマーメイドの居所を言った。

 ワルキューレが石を高く投げて、奇稲田大蛇の熱感知と月読玉兎の聴覚で水中のマーメイドの居所を探り、錬が自分の目で見て的を狙い、月読玉兎が空中の石を蹴った。

 蹴られた石は凄い勢いでザパァンッと音を立てて水飛沫をあげて水中に飛び込んだ。人魚は襲撃に驚いて一瞬固まると、水の力でスピードをダウンさせながらも未だに速く飛ぶ石はマーメイドの頭に直撃した。しかし、威力を水で殺された石では致命傷にならない。

 マーメイドが見ると水上を見ると二撃目の石が蹴り込まれた。しかし、次は難なくそれを回避した。三撃目、四撃目、五撃目と次々と石が放り込まれるが当たらない。マーメイドは既に石が同時に二個以上で攻撃されないと看破していた。

 一方、地上では錬と桜梅がケータイで会話している。


『それで、どうしますの? 石は後四つだけですわ』

「順調だ。一撃目――いや二撃目か、はどうやら直撃したらしく血を流しているようだ」

『こんなので仕留められますの?』

「誰もこれで仕留めるなんて言ってないだろ」

『どういう事です?』

「本命はこれじゃないという事だ」

『まだ策がありますの?』

「いや、策はないよ」

『はあ!?』

「策はないけど、まあ仕留めるよ。じゃあな」


 錬はケータイの通話を切ると、何度目かの跳躍からちょうど月読玉兎が着地した。


「さて、終わりだ人魚姫」


 錬がそう言うと月読玉兎が池に飛び込んだ。

 月読玉兎の肌から水の感触、温度、視界、聴覚を感じる。視力が低くてぼやける視界は水の光の反射によってクリアに映り、音を伝え易い水中は元々良かった聴力をさらに研ぎ澄ませる。

 すると、マーメイドが三ツ又の槍を構えて月読玉兎に近付いて来る。その顔は美しいが人に嫌悪感を抱かせるほど醜悪で、少なくとも錬はそう感じた。

 地上で月読玉兎を介してその場を感じながら錬は言う。


「悪いけどお前の強さの底は知れたよ」


 水中。マーメイドの三ツ又の槍が月読玉兎の胸を貫こうとした瞬間、月読玉兎は蹴りを放ちマーメイドの槍を持つ手を攻撃した。マーメイドは痛みに表情が歪み槍を手放した。そして、月読玉兎はさらにマーメイドの腹を強烈なパワーで蹴り上げた。マーメイドはぶっ飛び水中から空中へと放り出され、陸上に転がった。まるで釣り上げられた魚、もとい蹴り上げられた人魚。


「俺の月読の蹴りはお前の水中のスピードより全然速い」


 月読玉兎は水中から跳ね、空中から陸上にのたうち回るマーメイド目掛けてその鋭い爪をした鳥の足で踏み潰した。

 錬は人魚の死骸へ近付く。少しして結凛と桜梅も合流する。


「倒したの?」

「見ればわかるだろ」


 錬は結凛の簡素な質問に簡潔に答えた。


「まさか水中で戦闘するなんて思いませんでしたわ」

「まあ、色々地上から攻撃する策を練ってたからね」

「回りくどいですわ」

「仕方ないだろ。俺はこの人魚の事を何も知らなかったんだから。強いか弱いかも」


 錬は臆病だ。未知の相手に真正面から正々堂々などという発想はない。


「コイツの脅威は能力ではなく能力の応用力だ。能力は水を操る事、後オプションというか水を操る能力の副次的な能力で水の温度を操れる事だ。さらに言うと副次能力は水の塊の温度を変えるものだ。だから水中では水を操る能力を使えても水の温度を変える能力は使えなかった。なぜなら池は一つの水の塊だから。もっとも水中では水を操る能力も使ってなかったけど。さらにあの石を蹴るのも捨て策だ。まあ、あれで倒せればいいねくらいには思ってたけど。けど、あのおかげでこの人魚の水中でのスピードがわかった。だから俺は水中での戦闘を試みたんだ。コイツが俺の月読の蹴りより遅いとわかったから」


 結凛と桜梅は沈黙する。錬も二人に倣って沈黙。その沈黙空間を最初に破ったのは結凛。


「この短い戦闘でそこまでわかったのか錬君は?」

「まあね」

「ふぅん、やっぱり私の見る目は間違っていなかったわけか」


 結凛は王子様のような爽やかな笑みを浮かべた。


「さて、後始末をしたら解散しようか」


 結凛がそう言って三人は後片付けをしてから今日は解散となった。

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