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臆病者の合心獣  作者: 天井舞夜
第一章 蘭鳴学園悪魔事件
7/37

藍生桜梅の対戦遊戯体験

 ヴァンパイアを倒した日から三日、金曜日の放課後。

 生徒会室にいるのは錬と結凛、桜梅の三人。


「まったく弛んでるね」


 結凛は書類をまとめながらそう言った。


「木偶の坊の通流も見た目だけが取り柄のジュウクも軟弱な」

「鶯院は知らないけど通流に関しては名誉の負傷だよ」


 錬は結凛に喰ってかかる。

 通流は未だに入院している。腹が火傷をしていたため安静にしているだけでそれなりに元気であった。

 錬は通流が負傷したのは自分が原因だとわかっているため責任感から結凛の言葉に反発したのもあるが、少なくとも錬は通流を友達と思っているための反発でもあった。


 ――――まあ、一応は命の恩人だし。


 ヴァンパイアが火を吹いた時、通流のキングダムに庇ってもらえなければ錬のキメラは燃え上がり、錬が焼死していた。


「通流に関しては錬君に免じて許してあげるけど、ジュウクに関しては既に風邪は完治したと一昨日聞いてるからな」


 結凛はイライラしながら言った。

 現在の状況は既に次のターゲットとなる悪魔は決まっているが、戦力が足りてない状態だった。


「戦力の要である通流が不参加な以上、あの金髪野郎でも貴重な戦力なんだけどね。それを抜きにしても生徒会役員がサボりとは……」


 結凛は愚痴った。桜梅が続ける。


「戦力が安定している通流がいないのは厄介ですわ。いるのは通流が入院する原因になった戦力が安定しない人だけですわ」


 桜梅の嫌味に錬は反論できない。


「仕方ないだろう、錬君は経験が圧倒的に足りてないんだから。キメラを作った日に実戦とか時期が早かった。長年キメラを操っていた私達とはワケが違う」


 結凛が錬を庇った。錬からすれば結凛の言葉に完全同意だった。


「とにかく、明日の夜は通流とジュウクがいようといまいと悪魔狩りを決行するから。という事で今日はもう解散だ」


 結凛はそれだけ言うとバッグを持ってさっさと生徒会室から出て行った。錬も桜梅と二人きりはとても気まずく居心地が悪いのでさっさと帰る事にする。


「それじゃあ藍生さん、俺も帰るから」


 桜梅は無視。流石にここまで露骨に嫌われると悲しみとかより怒りが湧いて来るが口喧嘩など面倒なので錬は口を固く閉じる。

 錬は逃げるように生徒会室を出て、革靴に履き替えて校舎を出る。

 錬の家は蘭鳴学園の最寄駅から電車で約一五分の駅から徒歩約一五分程度のところに家がある。通学時間は一時間かからないため、学校から家が近いといえる。現在は午後五時、今家へ帰るならちょうど夕食時だ。よって、錬は今日は真っ直ぐ家へ帰る事に決めた。

 蘭鳴学園の最寄駅まで来ると、錬は雑踏の中で駅前のビルを見て思い出す。


 ――――そういえば今日は漫画の新刊が発売日だった。


 錬は見ていたビルの中に入る。ビルの中は所謂デパートで、錬は本屋がある階へエスカレーターで向かう。

 錬は特定の店舗で買うとマンガに付く特典などは大して気にならないので、マンガを買う店は特に決まっていない。その時、近場にある本屋で買う。

 本屋へ入り真っ先にマンガコーナーへと足を運び新刊が置いてある棚からお目当てのマンガを手に取る。そして、本屋の中を一通り見て回っていると錬が愛読しているミステリー小説のシリーズの新刊も出ていたのでそれも手に取る。錬は会計を済ませようとカウンターへ行くと、途中で意外な人物に出会った。


「あ……」


 最初に気付いたのは相手からだった。錬は聞いた事ある声に振り向いた。

 そこには長い黒髪の姫カットに背は低いが一部分は大きい生徒会書記で高貴曰く半真性ロリとレッテルを貼った女子――藍生桜梅がいた。

 桜梅は慌てて持っていた本を後ろに隠す。


「あら、低脳系男子はやはりマンガなんていう俗物を好むのですわね」


 錬は開幕嫌味を言われて顔が引きつる。


「だから何?」

「マンガなんて熟読している暇があるなら問題集でも買ってはいかがですかしら?」


 桜梅は澄ました顔で言った。錬は店内の天井に備え付けられている防犯のための鏡を見る。桜梅は気付いていないが、ちょうど錬の場所から桜梅の後ろ姿が鏡に映る。そして、錬は桜梅が持っている本を確かめた。


 ――――雑誌か?


 錬は少し近視のためか雑誌という事しかわからないが、表紙に赤髪の女性が写っている。


「あ……」


 錬は声が漏れてしまった。それは桜梅が持っている雑誌が何か気付いたからに他ならない。正体がわかれば怖い事なんてない。


「藍生さんは今俺が持っているマンガを見て俗物と言ったけどそっちはどうなんだ?」


 錬は意地悪そうな笑みで聞いた。


「あら、参考書ですわよ。銀君と違って」

「参考書……ね」


 ――――まあ、参考書と言えば参考書か。


「何か文句がありますの?」

「別にないけど。藍生さんがどんな雑誌持ってようと関係ないし」


 桜梅はピクリと眉を動かす。


「何が言いたいんですかしら?」


 明らかに不機嫌な表情で桜梅は錬に聞き返した。日頃から嫌味を言われている錬はストレスを発散するように返した。


「いや、藍生さんがファッション雑誌を熟読するなんて意外だなと思ったんだ」

「はぁ!? に、日本舞踊家元の直系である私がそんな物を読むなんてあり得ませんわ!」


 桜梅は恥ずかしそうに顔を赤らめて否定している。

 実際、錬もそういう和風な家の桜梅が今時のファッション雑誌を読んでいるのは意外だった。だからこそからかっている。


「別に高校生なんだからファッション雑誌くらい読むだろ」

「それはそうですが……」

「藍生さんの場合、元が可愛いから余程変な服じゃない限り大抵似合うから大丈夫大丈夫」

「かわっ、可愛い!?」


 ――――性格は大して可愛くないけど。


 桜梅は顔を俯かせて、何かボソボソと小さい声で呟いているが錬は桜梅が何を言っているかわからない。


「じゃあ、俺は帰るから」


 錬は桜梅の横を通り過ぎて会計カウンターへ向かおうとした時、桜梅に袖を掴まれた。


「何?」

「し、銀君! これから暇ですか? 暇ならこれからお食事などいかが!?」

「は? デートの誘い? 逆ナン?」

「ち、違いますわ! ただの生徒会役員同士の交流ですわ!」


 ――――何これ、デレ期? チョロインなの? あの言葉で?


 錬は心の中で毒を吐くが断る理由もないので了承した。

 二人は会計を済ませた。本屋を出てから向かった先は同じビル内にあるファミレスだった。

 ファミレスに入り、二人は向かい合って席に着く。


「意外ですわ。銀君みたいな人はファーストフードやコーヒーチェーン店に行くと思っていましたわ」

「夕食なのにファーストフードとかコーヒーとか冗談だろ」

「でもだからと言ってトンカツって……。同級生の女子を誘う所ですかしら」


 錬が選んだ店はトンカツ屋。とても女子を誘って来る場所ではない。


「嫌いだったか? それなら別の店行くけど」

「いえ、嫌いというわけでは……」


 桜梅はメニューを見る。そこにはおびただしい数のトンカツの写真。桜梅はトンカツが別段嫌いではない。むしろ料理としては好きな部類に入る。


「銀君、この店はトンカツ屋なのにカツカレーがありませんわ!」


 桜梅は怒りを露にして言った。


「カツカレーって……」

「何か文句がありますの?」

「いや、カツカレーはカレー屋にあるんじゃないかな。何、カツカレー好きなのか?」

「カツカレーというよりはカレーが好きなんですわ」

「だからってカツカレーって……。カロリーカースト最上位クラスで脂肪と炭水化物がベストコンビネーションで体重を襲うぞ」

「でも美味しいですわ」


 桜梅はそんなことも知らないのかと言わんばかりに馬鹿にしたように嘲笑。


「確かにカツカレーは美味しいがね」

「ええ、しかしないものは仕方ありませんわ。私はこのチキンカツを」


 桜梅はメニューをテーブルの上に起きチキンカツの写真を指差す。


「じゃあ俺はおろしソースのトンカツ」


 錬と桜梅は料理を頼んだ。しばらくするとご飯や汁物、漬け物、カツが運ばれてくる。


「いただきます」


 桜梅はそれだけ言うと箸を持って食べ始める。錬も食べ始める。


「それで、何でわざわざ夕食に誘ったんだ?」


 桜梅は食の手を止めて、困ったように眉をひそめる。


「結凛ちゃんはともかく通流が銀君にほだされている様子だったのでどんな方かと思っただけですわ」

「ふ~ん」


 錬は桜梅の心の内がいまいち理解できない。そもそもなぜこんなにも嫌われているのかも不明だった。


「それで、俺は藍生さんにとってどんな方だった?」

「それを今から判断しますわ」


 ――――つまり粗探しか。


「銀君と私ってたぶんお互い信頼のおける関係ではありませんわね?」

「そうだな。少なくとも生徒会の中で一番嫌いだ」


 嫌われている相手を好きになるほど錬は聖人ではない。


「奇遇ですわ。私もです」


 そう言いながら桜梅は少し悲しそうな表情で水を飲む。


「私が銀君を嫌う理由は私達の輪にずかずかと入って来たからですわ」


 ――――つまり、新参お断りって事か。どこの上級者ギルドだよ。


「それは俺じゃなくて生徒会長に言え。俺は巻き込まれただけだ。それにあんたも最終的に俺が入るのに賛成しただろ。自業自得だ。むしろあの時はあんたの事を応援してたんだぞ」

「仕方ありませんわ。リーダーは結凛ちゃんですもの」


 錬は疑問を覚える。そもそも結凛はなぜこうもこの幼馴染み達を掌握しているのかという疑問を。錬が見た限り生徒会長かどうかはともかく、一番リーダーに向いているのは通流だと思っている。


「まあ、銀君には結凛ちゃんの魅力がわからないでしょうけど」

「本当にな」


 錬はどちらかというと結凛に対して好意的だがはっきりと魅力があるように思えない。


「逆に俺は今まで魅力的な人間を見た事ないけどね。恋愛的な意味ではなく、人間的な意味で」

「あら、それなら生徒会にいる限り銀君にとって最初の魅力的な人物は結凛ちゃんに決まりですわね」


 桜梅は自信満々な笑みで勝ち誇る。錬は反論する。


「いやいや、もしかしたら最初に魅力的に見えるのは藍生さんかもよ」


 ――――あり得ないだろうけど。


「銀君からは私がそんなに魅力的に見えて?」

「残念ながら。魅力的には見えないけど、あんたが俺を嫌う理由は理解できる」

「どういう意味ですの?」


 桜梅は怪訝な顔をする。


「さっき言ってたじゃん、輪にずかずか入って来るなって。つまり、今の幸せを壊してしまうかもしれない俺が怖いんだろう?」


 桜梅がばつが悪そうな顔になる。錬は続ける。


「はっきり言ってあんたは俺を嫌ってるんじゃない。俺にびびってるんだ。だから俺に対して攻撃的なんだ」


 桜梅は悔しそうに笑みを浮かべる。

臆病者の錬にはその行動が理解できる。理解できるだけで同調する気などないが。


「そうですわ。ごめんなさい」

「何で謝るの?」

「銀君だって巻き込まれた側でいきなり悪魔と戦うなんていう事になって不安なはずですのに、私は個人的な理由で銀君を攻撃してしまいましたわ」


 錬は急にしおらしくなった桜梅を訝しげに見返す。


「本当は……今の銀君の言葉があまりにも的確でしたの。自分の醜い部分をこうもつらつらと指摘されるのは嫌ですわ。銀君に対する感情が根本的な嫌悪なら良かった、だけど私の感情はただの独善ですわ」


 錬は自分の中で冷めているのを感じた。人間は自分を良い人だと思いたいものだ。錬の目の前の少女もその部類の人間なのだ。


「銀君も私の言葉に傷付いていましたか?」

「いや、ムカついただけで傷付いてない。だって藍生さんは俺が傷付く言葉知らなかったでしょ?」

「そうですわね……」


 そう、桜梅は錬が傷付く言葉を知る由もない。なぜなら彼女は錬をただ自分達の輪から排除しようとしていただけなのだから。


「そういえば私は銀君の事あまり知りませんわ」

「俺からすれば生徒会の奴らの事全員よく知らないけど……」

「私は今日、銀君の事を一つ知れましたわ」

「どんな?」

「的確に人の嫌な部分を付く嫌な人という事ですわ」


 桜梅は悪意のない笑みを溢した。


「悪かったな」

「いいえ、褒めてますわ」

「どこが?」

「さあ?」


 桜梅は無邪気な子供のように笑って続ける。


「銀君って結構話し易いですわ。私って人見知りだから友達とかできませんのよ」

「人見知りって何だっけ? 人見知りなのにあんだけ突っ掛かって来たのか……変わってるね」

「ごめんなさい」


 ――――急にフレンドリーになり過ぎぃ!


 錬はトンカツを口に運ぶ、咀嚼して飲み込む。


「それ、美味しいんですの?」

「なぜそれを聞く? いや、まあ美味しいけど」

「一口くださらない? 美味しそうに食べていて美味しそうですわ」


 ――――俺、そんな美味しそうに食べてたか?


「いや、え、そんなに食べたいの?」

「私の残りのチキンカツと銀君の残りのトンカツ交換しませんこと?」


 錬のカツは残り二切れ、桜梅のカツは残り四切れ。


「いいけど」


 錬はカツ一枚では物足りないと思っていたので了承する。錬は皿を持とうとすると、桜梅は箸で自分の皿のチキンカツを摘まみ錬の皿に移していく。


「何してるんだ?」

「え? 交換ですわよね?」


 ――――何、この娘天然?


 桜梅は錬の皿からおろしカツをひょいひょい自分の皿に移す。そして、おろしカツを口に運び噛み切り、咀嚼して飲み込んでから言う。


「このトンカツ、大根おろしと柚子と醤油のソースで美味しいですわ~。銀君は食べませんの?」


 錬も年頃の男子、相手は小学生フェイスとはいえ意識してしまう。


「食べるけどさ」


 錬はチキンカツを食べる。花より団子ならぬ花型の団子である。


「も、もしかしてソースはお好みではありませんでした?」

「何で?」

「いえ、あまり美味しくなさそうでしたので……」

「俺ってそんなに美味しい時と違う時の差激しいか?」

「はい!」


 桜梅は笑顔で答える。錬はとりあえずお腹が空いていたのでチキンカツを食べ進める。その途中、桜梅が喋る。


「私のキメラの名前は奇稲田大蛇くしなだおろちと言いますの」

「なぜ今それを言うんだ? 唐突過ぎるだろ」

「結凛ちゃんが信頼を得るなら自分の情報を教えると言ってましたわ」

「言ってたね」

「だから言いますわ。私のキメラの特殊能力は《不老不死》ですの」


 錬はチキンカツを食べながら桜梅の話を聞く。


「キメラを作ったのは小学一年生、能力に覚醒したのが小学五年生、能力に覚醒した頃から私の成長は止まりましたわ」


 哀しそうに桜梅は渇いて笑う。


 ――――ガチ小学生フェイスだったか。


「もしまだ成長していたら今頃は立派なモデル体型に違いありませんわ」


 ――――言うだけならタダだもんね。


「銀君もそう思いませんか!?」


 ――――なぜ同意を求める?


「凄い美人さんにはなれたかもね」


 桜梅は照れたように言う。


「もう……銀君はお世辞が上手いですわ」

「お世辞じゃないよ。ずっと可愛いと思ってたし」


 ――――性格は最悪だと思ってたけど。


「むむぅ……もしかして銀君は色んな人にそんな事言ってますの?」


 拗ねるような顔に桜梅はなった。


「良いところと悪いところで良いところしか言ってないだけだよ」


 錬は涼しげに食べ終わると、メニューを見る。


「それよりデザート食べる? 俺は食べるけど」


 じっとりと錬を見ている桜梅は「食べますわ」と答えた。店員を呼び、デザートを注文すると食べ終わった皿を下げてもらった。


「それじゃ次は銀君ですわ! 銀君の事を教えてぐださいませ」

「キメラの名前はまだない、能力とやらも覚醒していない」

「面白味がありませんわね。それじゃ趣味は何ですの?」

「趣味? 趣味はゲームとサイクリング」

「ゲーム知ってますわ! ゲームセンターとやらですわね!?」


 桜梅は得意気な笑みを錬に向ける。


「まあ、そうだね」

「ただのお嬢様ではありませんわ。ゲームなんて低俗なものを知ってるなんて」


 桜梅のざっくりした知識に錬は苦笑いを浮かべる。

 やがてデザートが運ばれて来る。どちらもチョコレートパフェ。


「僭越ながら私の板チョコと銀君のウエハース交換しませんこと? 私、ウエハース大好きですの」

「まあいいよ」

「まあ! ありがとうございますわ」


 錬はウエハースが特別好きではないので喜んで桜梅の板チョコと交換した。


「ふふん、やっぱり私は銀君の事を誤解していたようですわ。とても良い人です」


 ――――チョロイなんてレベルじゃないんだけど。


 桜梅は言う。


「私と銀君の友好の印に私が銀君のキメラに名前を付けますわ」

「え? いや、別に――」

「銀君のキメラの名前は《月読玉兎つくよみぎょくと》。上半身はウサギだからベストネーミングですわね」


 桜梅は自信満々な笑み。こうして錬のキメラの名前は月読玉兎に決定した。


「銀君はどう思いますか?」

「言う事は何もないよ」


 ――――本当に何も言えない。


 しかし、縦文字なのに横文字な名前よりかはマシかと錬は自分に言い聞かせた。


「ん~! 美味しいですわ!」


 桜梅は満足気にチョコレートパフェをつついている。錬と自身のチョコレートパフェを食べる。


「どうでもいいけど油物の後に糖分って太るらしいな」


 桜梅はピクリと匙を止めて、膨れっ面で錬を睨み付ける。


「なぜ今それを言いますの!?」

「思い出したから」

「本当に最低ですわ、最悪ですわ!」

「まあ、嘘だけど」

「嘘ですの!?」


 錬は自分の胸に手を当てて自身を示す。


「ああ、俺はよく油物の後にデザートをよく食べるけど太らないし」


 これも嘘。そもそも錬は運動部程ではないにしろ運動量が多いから太らないだけの話。


「からかいましたわね?」

「まあね。ついさっきまで俺の悪口を言ってたんだからこれくらい許してよ」

「いいえ、許しませんわ。お詫びにゲームセンターに連れて行ってもらいますわ!」

「え、う~ん……別にいいけど」

「本当ですの? やりましたわ!」


 ――――俺はやってないけど。


 今日はもう帰る気満々だった錬は心底面倒だったが、これも交友だと思って渋々承諾した。


 ☆☆☆


錬と桜梅はゲームセンターへやって来た。


「し、銀君、ここって何か如何わしい施設とかではありませんの?」


桜梅が錬の制服の裾を摘まみながらキョロキョロして言った。


「まあ、確かに目に悪い色の光だよね。ゲームの筐体とか」


 天井の電灯は白やオレンジなのに筐体のディスプレイや床の色で変な雰囲気になる。


「煙草の臭いは臭いですし最悪ですわ」

「ですよね。同意」


 錬と桜梅は店内を見て回る。




「銀君、あの人の手の動き速過ぎますわ。がちゃがちゃ音も凄いし」

「格ゲーだからね。仕方ない」

「何でゲームセンターで踊ってるのですか?」

「ダンスのゲームだから」

「何で車の中身が剥き出しで置かれてるんですの? あの人達、車運転してるけど大丈夫なんですの? 運転免許とか」

「……公道に出ないからセーフなんじゃないか?」




 桜梅にとってゲームセンターは新鮮だった。一人ならば絶対に――否、幼馴染み達だけとつるんでいたら絶対に来ないであろう世界であった。


「来たからには何かやりたいですわ」


 桜梅は期待の眼差しを錬に向けて言った。錬は心中たじろいだ。


「それじゃあガンシューティングやる?」

「一気に犯罪の臭いがしますわ」

「オモチャだよ」

「ああ! エアガンの事ですわね」

「どちらかというとレーザーガンだな」


 錬は説明が面倒になったのでガンシューティングの筐体の前まで桜梅を連れて来た。

 なぜ錬はガンシューティングを選んだか。それは個人で楽しめるうえに操作が単純たからに他ならない。格ゲーはこの時間帯では達人廃人しかいないだろうし、ダンスゲームリズムゲームの類も同じ理由、レーシングゲームの類も同じ理由、プリクラの類はゲームではないし、クレーンゲームは楽しめない可能性が高い。


「この鉄砲を持つのですわね。あら、案外軽い」


 錬は二〇〇円を投入する。ゲームの仕方を桜梅に教えてからゲーム開始。

 結論から言うと桜梅は下手であった。初心者だから仕方ないのかもしれないが命中率がとても低かった。錬は実質二人分の敵を相手する事になった。


「楽しかったですわ」


 桜梅はニコニコそう言った。


「そうだね」


 錬と桜梅は再び店内を見回る。


「次はあれをやりますわ」


 桜梅が指差した筐体を見て錬が言う。


「最近稼働した神話モチーフのドームスクリーンゲームか」


 錬は周りのプレイヤーを見る。流石にそろそろ八時を回るこの時間だというのに初心者を寄せ付けないオーラを纏っていないプレイヤーはいない。かくゆう錬もこのゲームはプレイした事がない。運が良い事に空いている筐体があった。錬はこのゲームが未プレイなのを桜梅に伝えて先に譲った。桜梅は一〇〇円を投入した。


「ゼウスとかトールとかギリシャ神話ですわね」


 錬が家族からのメールに気付き返信をして、再び筐体のディスプレイに目を戻すと、桜梅が言う。


「銀君、対戦を申し込まれましたわ」

「乱入か」


 桜梅、対戦相手共にお互い初心者だとしてもゲームそのものがゴテゴテの初心者である桜梅ではほぼ勝てないのは明白だった。見える未来は正に虐殺だろう。

 対戦が始まったが桜梅は移動もままならない。ゲームなんて操作の根本は一緒なので、例えそのゲームが初心者でも他のゲームをそれなりにやっているならアクションゲームはそれなりに感覚的に動かせるものだ。相手もその例だろう。

 面白味もなく、あっという間に桜梅は負けた。


「負けましたわ……」


 桜梅は泣きそうとまではいかないまでも悲しそうなトーンで言った。


「何、初心者ならこんなものさ。気を落とすなよ」


 錬は桜梅の頭を軽くポンポン叩く。


「なかなか良い肌触りの髪だね」

「し、銀君……恥ずかしいですわ」


 桜梅は顔を赤くして訴えるが錬は聞く耳持たず、椅子から立ち上がった桜梅の席に座る。


「なるほど、なかなか面白そうだね」


 錬はお金を投入し、ゲームを開始する。もちろん乱入がある。今度も相手は一人。錬はそれを受ける。

 桜梅はそれを錬の横から前屈みで覗き込む。


「あら、私と同じ人使いますの? ポセイドン」

「他は相手が使ってたゼウスくらいしか性能わからないから」


 相手は同じなのかゼウスを選んだ模様。


「勝てますの?」

「何、やり方は藍生さんのを見て覚えた。後は感覚を掴むだけだ」


 ゲームスタート。

 フィールドはドロドロな雰囲気漂う冥界のような所。

 錬は選んだポセイドンをガチャガチャと動かす。


「感覚は掴めた。たぶん初心者程度なら負けない」

「本当ですの?」

「これでもゲーム歴は10年だ」


 そんな事を喋っていると――突然、ポセイドンの頭上から雷が落ちて来た。錬はそれを回避する。


「開幕五秒で威力がそれなりに高い長距離攻撃とかこのブランド絶対にゲームバランスとか考えてないだろ!」


 先の桜梅がこれを食らった時、体力ゲージが四分の一程度ゴッソリ削れていた。


 ――――何度も見てるから回避は容易いけどな。


 ポセイドンを動かした先に今度はポセイドンに対して金色の雨が降る。錬は一応それを少し受けてしまった後に回避。すると、金の水溜まりからゼウスが出て来た。


 ――――長距離から距離を詰める技か。


 錬はゼウスと距離を詰めてポセイドンの通常攻撃で滅多打ちにする。


「本当に初めてですの、銀君?」


 桜梅の呟きはゲームに夢中になっている錬には届かなかった。

 結局、嵐が巻き起こったり雷が轟いたり、追跡する槍が出たゼウスとポセイドンの勝負は錬のポセイドンの勝利に終わった。

 次の勝負はわざと負けて次の人に席を譲った。


「ゲームってなかなか派手ですわね」

「まあ、あれは結構派手かもね」


 流石にそろそろゲームセンターで年齢制限による終わりの時間のため、錬と桜梅は店から出る。


「今日は楽しかったですわ」


 純真無垢な笑みで錬を見て桜梅は言った。


「それは良かったね」

「銀君は車の迎えは何処に来ますの?」

「いや、電車――」

「おーい! 錬!」


 錬と桜梅の会話をアニメ声な女の声が遮った。二人は声がする方向を見ると、二人の女子が歩いて近付いて来る。錬の友人達である鉄真夜、鈍心花。錬は二人に向く。


「何で二人ともこんなところにいるんだ?」

「私達ちょうど部活が同じ時間に終わったから一緒に帰ることにしたの~」

「今からゲーセン? もう俺達は入れない時間だぞ」

「いやいや、本屋へ行く途中でちょうど錬がゲーセンから出るのが見えただけよ。だって今日は新刊の発売日――」


 心花が言葉を続けようとすると錬の傍らにいる桜梅に気づき睨み付ける。桜梅はビクリと錬の後ろに隠れる。心花は続ける。


「何で生徒会書記さんがこんな所にいるわけ?」


 桜梅は錬の背中をチョイチョイと指で叩き小さい声で言う。


「誰ですの? この中学生の女子は」

「誰が中学生よ!? 全部聞こえてるんたから! あんたなんて小学生フェイスの半真性ロリじゃない!」


 甲高い声が鼓膜を直撃する。


「私に言っていますの?」

「あなた以外に小学生フェイスなんていないじゃない。頭も小学生なのかしら?」

「下品な人ですわ」

「何ですって、私は清純派よ」

「あなたのどこが清純なのですかしら」


しばらく桜梅と心花の悪口のマシンガンは続き、一区切り付いたところで錬は桜梅に二人を紹介した。二人の名前を聞いて桜梅は呆れたように頭を抱える。


「有名企業や音楽家の令嬢がこんな低俗な人とつるんでいるなんて頭が痛いですわ」


 桜梅が言っている錬の友人二人は良家の令嬢達である。おまけでいえば錬の友人の一人である高貴も有名企業の令息である。

 桜梅の言い方が気に入らなかったのか心花は反撃するように言い返す。


「あんた、ちょっと錬に失礼じゃない? そんな低俗な錬とゲーセン行ってたあんたはスキャンダルじゃないの? それに錬はこれでも血統は凄いんだからね。それはもう少年マンガの主人公並にね」

「ちょっと、やめてくれませんか鈍さん。家系を少年マンガの主人公に例えるとか馬鹿みたいじゃん。後、血統とかオーバーだろ」


 心花は錬の言葉を無視して進める。


「それにあんたは私の事を令嬢とか言ったけどさ、私のパパもママもただの有名な音楽家だけど私は音楽の道を行かなかったただの娘だから」


 しかし、同じ道を進まなくても愛情を注がれているのは明白だった。


「大体、生徒会だか何だかわからないけど友人を馬鹿にされたら――」

「まあまあ鈍、俺のために怒ってくれるのは嬉しいけどお前は笑顔の方が可愛いんだから怒らない怒らない」


 錬は怒りの言葉を浴びせようとした心花とついさっきまでの錬に対しての態度のような表情の桜梅に割って入る。


「んな!? あんた、そういう不意打ちは良くないわよ! 大体あんたは――」


 心花はリンゴのように赤く頬を染めて似非ロリボイスでガーッと錬を責める。錬は不機嫌を隠さない桜梅の手を取る。


「ちょ、しろ、ウサギさん!?」

「悪いね、二人とも。俺達はこっちだから! じゃあね」


 錬は伝染したように顔を赤くした桜梅を引っ張り歩き出す。


「え!? 一緒に帰らないの~?」


 真夜が残念そうに声を出す。


「ごめん、今日は桜梅と遊んでるから。じゃあ、気を付けてな」


 錬は軽い笑みを浮かべて、桜梅は顔を俯かせてその場から離脱する。真夜は眉をひそめる。

 錬と桜梅の後ろ姿を見送りながら心花は呟いた。


「むう、藍生如きに錬はもったいない」


 真夜は心花の愚痴をBGMに月を見上げた。今日も近くて遠い星は柔く煌いている。

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