最初の実践《ヴァンパイア》
学校の森の中。月明かりさえも遮るほど鬱蒼とした木々、道なき道を進む錬と通流。
一応生徒会としては先輩という事で通流は先頭、錬はその後ろを歩く。
「それにしてもお前も災難だな」
「何が?」
錬は話しかけて来た通流に返した。
「昨日、たまたま学校に残っていただけでこんな事に巻き込まれるなんて錬もつくづく運が悪い」
「まあ、確かに」
正確には残っていたのではなくて、弁当箱を忘れたので取りに戻って来たのだ。錬は弁当箱を一日放置するのを良しとしないタイプなので家からわざわざ学校へ戻った。その帰り、悪魔に会った。これが昨夜の顛末だ。しかし、特別言う事でもないのでその言葉を最後にこの話題は打ち切る。
錬は歩きながらこの森を考察する。
森の足場はあまり悪くない。たまに木の根はあるが、どちらかというと人工的なこの森は地面が整備されている。その割には先の通り、木々の葉が空を隠して月明かりを遮っている。学校の敷地内とはいえ夜に入ったら確実に迷うだろう。
「しかし、それなりに広いこの森で悪魔一匹探すのは結構面倒というか無茶だな」
錬は言った。
「暗闇と木々で視界悪いしな。頼りは二本の懐中電灯とキメラのみだからな」
正直、錬は結構びくびくしている。まだ、自分の他に誰かがいるから良いが、悪魔が潜む夜の森というシチュエーションはなかなか錬の恐怖心を刺激するというか臆病心をくすぐる。
「そんなに怖いか?」
「暗所恐怖症とかじゃないけど……こう、得体の知れない感じの状況が苦手なんだよね。正に今の状況だけど」
「それじゃ何か話すか。俺は怖くねーが」
「どうでもいいけど女子の方は大丈夫なのか、これ?」
「たぶん大丈夫じゃねーな。どっちがとは言わないが。まあ結凛がいるし大丈夫だろう」
という事で二人は何か話す事になった。
「錬ってアニメとか見る方か?」
「たぶん結構見る方だけど」
「ふ~ん、俺はあまり見ないな」
「じゃあ何でそんな質問した?」
「待て待て。本命の質問は特撮アニメは見てるかって事だ」
「特撮? いや、あまり見ないな。子供のころは見てたけど」
特撮アニメといえば錬が思い付くのは日曜日の朝にやっている戦隊物とか、後は地方でやってる物くらいだ。
「じゃあ、錬は《ビートルキング》って知ってるか?」
「ビートルキング?」
錬はその単語を聞いて幼き日の記憶が蘇る。
「あぁっ、ビートルキングか! また随分懐かしい」
「覚えてるか!? アームヒーローシリーズの奴!」
「覚えてるに決まってるだろ。俺らの年代の男子で知らない奴なんていないんじゃないか? 十年前――俺ら世代のドンピシャの特撮ヒーローだろう」
「やっぱりな。知ってると思ったぜ」
無表情というより冷静沈着からのポーカーフェイスのような通流の顔が嬉々とした表情になる。まるで屈強な仮面を脱いだような。
「俺、あのヒーローが未だに好きなんだよな」
「わかる。特に肩のガトリング――」
錬と通流は共通の特撮アニメの思い出に花を咲かせながら恐怖を紛らわせながら森の中を進む。しかし、二人は悪魔らしき存在と遭遇する事はなかった。
「いないな」
錬は言った。
「俺達を召喚しないって事は結凛達もまだ遭遇していないようだしな」
通流は唸る。錬は先程のヒーローの会話を思い出す。
「そうだ。見えないなら聞けばいいじゃん」
「聞く? どういう事だ、錬?」
「こういう事だ」
錬はキメラを出す。
「俺のキメラの目はお世辞にも良いとは言えないが、ウサギだけあって耳はかなり良いみたいだ」
「なるほど、それなら視界が悪い森の中でも悪魔の位置がわかるな」
通流は感心する。錬はキメラの耳を澄ます。
「結凛達発見。ここからだと遠いな」
「何やってんだ?」
「結凛が藍生さんを慰めながら歩いてる。まるでナイトみたいだ」
「そうか、いつも通りか」
しかし、肝心の悪魔と思わしき音が聴こえない。小動物や虫の羽音などは聴こえるが……。すると、錬のキメラの耳は怪しい音を拾う。
「お探しの悪魔かどうかはわからないけど中庭から変な音が聴こえる」
「変な音?」
錬の言葉に怪訝な顔で通流が聞き返した。
「変な音というか虫の羽の音なんだけど……虫としては距離の割に音が大きい。何ていうか、かなり大きい虫だ」
「そいつだ、そいつがターゲットだ」
「え? そうなの?」
通流は走り出す。錬も後を追って走り出した。しかし、いくら地面が整備されていても暗闇の森を走るのは足下が覚束ないため危ない。
「通流、俺のキメラが誘導する! 足下をライトで照らすから付いて来い」
「わかったぜ」
錬はキメラの知覚を頼りに安全な道を走る。それでも森を抜けるまで二人とも一度も転ばなかったのは運動神経が良かったからだろう。
森を抜けた二人は隠れながら中庭へ向かった。そして校舎の影から中庭を見る。
「あれがヴァンパイアだ」
錬は通流が指差したものを見る。
「虫だ」
それは虫だった。しかし、錬は初めて見る虫。その虫の全長は大人の顔程の大きさ、全体的に一番近い形の虫は蚊、蚊をベースにストローのような器官はもちろん、蟻のような強靭で大きな顎、前足はカマキリのような鎌、お尻には蜂のような針を併せ持つ虫だった。
その虫――ヴァンパイアは蚊の羽音を鳴らしながら中庭を漂っている。
通流はケータイで結凛にメールを送り、ヴァンパイアを隠れながら観察する。
「どうするんだ、通流?」
「あれが森から出てるなら好都合だ。ここなら月明かりもあるから少しは見える」
通流は自身のキメラであるパワードキングダムを出す。
「戦闘力は未知数だが……どうして今頃になって森から出て来たのかわからない以上、さっさと潰しておくべきだな」
通流はそう言うと、校舎の影から出てパワードキングダムとともにゆっくりヴァンパイアへと近付く。そして、パワードキングダムの右腕を振りかぶり拳を繰り出した。しかし、ヴァンパイアは見もせずにそれを難なく躱した。
「躱しただと!?」
「あの虫速い!」
すると、通流は見失ったのか辺りをキョロキョロする。
「通流、上だ!」
錬はヴァンパイアの居所を教えた。ヴァンパイアは尻の針をパワードキングダムへ向けて急降下。
「そっちから来るならこっちのものだ。キングダム硬化!」
パワードキングダムは四本の腕を黄金のようにきらびやかに金属化すると、四つ葉のクローバーのように拳を合わせて急降下するヴァンパイアに殴りかかる。しかし、ヴァンパイアはそれをスピードも落とさず躱した。するとパワードキングダムはヴァンパイアが避けた瞬間に腕で高速攻撃したがそれも回避した。
「あのスピードで避けるのか!?」
そして、針がパワードキングダムの肩に刺さった。ゴキンと金属と金属が打ち付けるような音が響く。錬が見るとパワードキングダムの肩も腕同様金色に染まり、逆にヴァンパイアの針が砕かれている。
「パワードキングダムの能力は《硬化》だ。体を金属のように硬くする」
通流が言うと、ヴァンパイアはすぐ様パワードキングダムから距離を取る。
「くそっ、負ける気はしないがどうも攻撃を当てられる気がしないぜ」
通流は愚痴った。錬もそれには同意見だった。
「確かにキングダムなら負けはないだろうが攻撃が当てられない以上勝利もない」
錬は隠れながらパワードキングダムとヴァンパイアの戦闘力を分析する。
「この戦いは圧倒的防御力を誇るけどスピードが足りてないパワードキングダム、対して細かい動きと高速だが攻撃力が足りてない虫野郎。お互い決定打がない」
実際にはパワードキングダムの攻撃速度は速い、おそらくワルキューレより速いのだがヴァンパイアはそれを上回っている。
ヴァンパイアは空中を旋回し、しばらくすると尻の針が完全に再生した。パワードキングダムとヴァンパイアは距離を取ってお互い意識はしているがその距離で当てられる攻撃がないらしい。ある種の均衡状態だ。
「均衡を破るのは第三者の存在だな。今その可能性があるのは俺か」
錬は臆病である。
そんな臆病な錬が戦闘能力未知数な相手の前にむざむざと姿を現したりはしない。ヴァンパイアはよく見ると凶器の塊だ。頭と尻にある針、両手の鎌、大きな顎、その攻撃パターンは確認出来る限り四種類。
――――蟻は顎の一種類、スズメ蜂は針と顎の二種類、蚊の針は用途としては攻撃ではないがこれも一種類、カマキリは捕獲用の両手の鎌と顎の二種類、ついでにカブトムシはツノの一種類。あの虫野郎、虫の癖に武器が多過ぎる。
尚もヴァンパイアは空中を旋回している。お互い攻めあぐねるこの状況で錬はある事を思い付く。錬は北校舎に入り、屋上への階段を駆け上がる。やがて錬は屋上へ到着した。
錬は屋上へ来るのはこれが初めてだが、なかなか見事な空中庭園だった。緑が多く、綺麗な花が植えられている。この手のものに大して感動しない錬はちょっと見惚れてしまった。
しかし、今は空中庭園でのんびりしている暇はない。やがて、中庭に面する側のフェンスに近寄る。フェンスの内側からでは下の中庭が見えない。
「未知のものに対して一番の有効な対処法はそもそも関わらない事だ。その次に有効なのは遠くから物を投げたりして攻撃する事。そして、その次に有効な対処法は――」
錬はキメラを出す。そして、パワードキングダムとヴァンパイアが戦っている位置を思い出し横に移動した。キメラはジャンプしてフェンスを飛び越え、そのまま屋上から飛び出て体を地面に向けて落ちていく。
「不意打ちだ!」
キメラの目線から空中でヴァンパイアに攻撃が当たるように位置を修正しようとして気付く。
――――き、距離感が掴めない。
それは錬のキメラの頭がウサギである事に関係する。ウサギというのは草食獣であり、所謂被食者であり弱肉強食で言うところの弱肉である。被食者である彼等は基本的に目が互いに逆方向、横に向いている。これは捕食者であるライオンやイタチなどをいち早く見付けるために視界が広い、その視界の角度範囲は約三六〇度。しかし、目が同じ方向へ向いていないために奥行き、つまり距離感を見る能力が低くなる。
錬は自身のキメラとヴァンパイア、そして地面までの距離が目測ではいまいち掴めない。さらに視力も悪いためか視界が粗いドットのようだ。しかし、見えないわけではないため、視界に映るヴァンパイアへ目掛けて前蹴りを放つ。しかし、その蹴りはヴァンパイアに数センチメートル届かない。
錬のキメラが蹴った時の風を切る音で気付いたのか、ヴァンパイアは距離を取る。何とか無事着地するが、慣れない視界に本体である錬も戦場が見えない。錬はキメラの真後ろからの羽音を捉える。しかし、近付いて来る気配はない。錬はキメラを素早く後ろに体を向かせると、ヴァンパイアが大きな顎から火を吹いた。
「んな!?」
錬は突然の事態に硬直した。
――――ヤバ、当たる!
「錬!」
通流の大きな声と同時に錬は我に返る。すると、錬のキメラとヴァンパイアが吹いた火の間にパワードキングダムが割り込んでいた。パワードキングダムは火に直撃した。
錬は血の気が引く。キメラの感覚が感じるという事は即ち、痛覚なども感じるという事。パワードキングダムは火を直接浴びたため熱い感覚が本人を襲っていると錬は考えた。
錬は屋上を出て階段を全速力で駆け下りた。
一方、中庭では通流が熱さのためか地面に膝を着いていた。パワードキングダムは全身を硬化して燃えないが、熱は感じる。
「ぐ……」
全身を硬化している間、パワードキングダムは身動きが出来ない。
「ヤバい、このままだと焼き獅子――いや蒸獅子になっちまう」
逃げようにも硬化を解いたらパワードキングダムの体は燃えるだろう。それに錬のキメラは足を竦んだのか動かない。
「マジでヤバいぜ……」
通流は意識が朦朧としてくる。
「おい、全身凶器の虫野郎!」
通流は錬の声を聞き、声の方へ振り向いた。
「虫が火炎放射とは随分贅沢だな」
錬のキメラは地面を蹴り、火を避けるようにヴァンパイアの背後に回り込む。ヴァンパイアは錬のキメラの速度に戸惑っていると荒い視界で錬はわかった。
「死ね」
錬のキメラはヴァンパイア目掛けて蹴った。高速のキックはヴァンパイアに動く暇さえ与えずに直撃。ヴァンパイアは体がグチャグチャになり地面に崩れ落ちて息絶えた。
「そうだ、大丈夫か通流?」
錬は通流に駆け寄る。通流は顔の汗を袖で拭いてから嫌味っぽく言う。
「倒せるなら最初から倒せ。不意打ちとか無駄な事しやがって」
「ごめんって、あの虫の強さが未知数だったから仕方ないだろ。後、庇ってくれてありがとう」
「まあいいさ、気にするな。何とか倒せたしな」
通流は満足気に笑った。
しばらくしてから結凛と桜梅が合流した。その後通流は病院に行き、今日の仕事は終わり解散となった。
こうして錬の最初の実戦は終わった。




