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臆病者の合心獣  作者: 天井舞夜
第二章 悪魔組織→低頭山編
37/37

反撃開始

 ☆☆Side結凛☆☆


「ん……んぅ……」


 結凛は静寂の中目を覚ました。


「ここは?」


 周りを見渡すと座敷牢に閉じ込められていた。内装は至って簡素だが良い畳が使われている。格子は木で作られているが普通の女性の力では壊せそうにない。部屋の中心には囲炉裏があり火が付いている。その火は規模の割りに部屋を明るく照らしており、また一切の熱を感じない。手足などに特別拘束はない。


「軟禁か」


 結凛は呟くと寝心地の良い畳に寝転がる。まずは状況の整理を始めた。


(気が付いたらここにいた。みんなと山を登ろうとしたところまでは覚えてるんだけど、そこから起きるまでに何があったか思い出せない。みんなもここに閉じ込められてるのか? どうやら考えてもこの問題は結論が出なさそうかな。じゃあここから出ようか)


 ワルキューレを出現すると格子を切り刻み消える。

 結凛は牢の外に出ると道なりに進み階段を上がる。


(見張りがいそうなものだけど見張りどころか気配すら少ない。それにこの雰囲気は聖域のような感じ、だけど限りなく薄い。そう昔、霊能力者として教会に行った時――欲望に濡れたシスターや金を着る司祭とかがいた教会がこんな感じだった。聖域とはそこにいる者達が醸し出す物、神を信じる者がたくさんいる教会には神秘性が漂うし、汚い者達がいるところには厭な雰囲気が漂う。そしてこの聖域には――言い方が正しいかはわからないけど死という雰囲気に侵されている)


 結凛は特別力を感じる方向に向かって歩き、何者に会う事もなくその存在がある部屋の前に到着する。

 結凛は3階建てのビルが簡単に入れそうな両開きの扉を見上げる。それはもはや門だと言われても絶対納得してしまう。


「入れ」


 扉の奥から老いてしゃがれた声が結凛の耳に届くと扉が開いていく。


(別に敵意や殺意は感じないな)


 結凛は躊躇なくテリトリーに踏み出す。

 そこは見事なまでに異空間とも言うべき場所だった。

 空間の奥には山伏の服を身に纏った者達2人ずつが左右に並び、真ん中には大きな椅子が鎮座しそこには10メートルはあるだろう山伏を着飾った初老の男が静かに座している。

 特に――否、見ての通り大男は他4人とは格が違う。

 大男は蒼の瞳に赤く紡がれた六方星の紋様を浮かべる眼で結凛の心を覗き込むように見下ろしている。


「あなた達? 私をここに閉じ込めたのは」

「まずはお互い自己紹介をしようではないか」


 巨大な男がそう言うので結凛は軽く頭を下げてから言う。


「灯磨結凛だ。あなたは見るからに人間ではない悪魔だからあえて紹介させてもらおう。対悪魔組織蘭鳴学園高等部生徒会会長を務めている」


 果たしてこの肩書きが悪魔相手にどこまで通用するかは結凛にもわからなかったが少しでも牽制できればいいと考えて名乗った。


「低頭山に住む天狗一族の長、星天狗の暗天煌星心だ。まあ天狗一族と言ってももう我を含めてここにいる5人しか残っておらんがな」


 天狗の5人は悲しみや悔しさ、諦めなどが入り雑じった雰囲気を醸し出す。


(聖域の神秘性が失われつつあったのはこのためか。いったい彼等に何があったのか)


 最初に話題を切り出したのは星天狗の暗天煌星心だった。


「まずは君――いや、君達に謝らなければならない事がある。君達に低頭山に悪魔が多発していると情報を流して君達をここに誘き出したの我々だ。すまない」


 結凛は黙る。文句など言いたい事はたくさんあるがここで言ったところで時間を無駄にするだけだとわかっている。


(そんな事より誰も私の能力で呼び出せないのが問題だ。みんなどうしたの?)


 ただ、どうやら自分達はとんでもない事件に巻き込まれたらしいという事は理解した。


「一応聞いておこうかな。私の仲間達はどこへやった?」


 結凛が問い詰めると星天狗は申し訳なさそうな声色で答える。


「それに関してもすまないと思っている。お前の仲間は――――」

「暗天様、ここは私達が説明します」


 星天狗の言葉を遮るしたっぱ天狗を結凛は睨み付ける。


「いや、我自身が説明する。そちらの方が結凛にも心情がいいだろう。まずはこちらの事情を説明する前にお前の仲間達がどうなったか説明しよう。率直に言うとお前の仲間達は全員とある悪魔組織に捕まってしまった」

「どういう事だ」

「お前達は低頭山の登山道に入った直後、我々が仕掛けた罠魔法によって低頭山――正確には我々の縄張りである一帯の山々に飛ばされた。誤解ないように言うが確かに罠魔法はお前達のような異能力者や悪魔をバラすための防犯魔法ではあったが決してお前達に対して意図的に使ったわけではないのだ。本来ならばお前達が登山道に入る前に使いの天狗が合流してこの天狗の里に連れて来るつもりだった。しかし使いの天狗が間に合わずお前達は罠魔法にかかってしまった。どうやらお前だけは運が良い事に罠魔法の誤作動によって天狗の里に飛ばされてしまったわけだが、同時に罠魔法の誤作動の影響に当てられて気絶もしてしまっていたようだがな。お前の仲間達は少なからずお互い合流できたようだし、何人かは悪魔に負けじと対抗していたが力及ばず――」


 結凛は嫌な予感が心を駆ける。


「まさか……殺された?」

「その心配はない、奴らは我々悪魔は殺せても人間は殺せない。捕らえられてはいるが」

「悪魔が人間を殺せないってどういう事?」

「言葉通りの意味だ。我々が敵対している悪魔は人間を殺す事ができない」


 結凛はイマイチ要領を得ない。


「つまりあなた達悪魔とみんなを捕まえた悪魔はルーツが違うという事か?」


(それは高貴から聞いた。高貴も自分自身を悪魔だと言っていたが、高貴と真夜が同種の生物というか生命というかはわからない。あくまで大半は悪魔という言葉を使ってるだけらしいとか)


「そう、我々天狗という悪魔が敵対している悪魔……それはかつて《神》と呼ばれた存在だ」

「神……だって? 神って宗教の唯一神とか神話の神々の事?」

「その通りだ。まあ今現在、全ての《神》は悪魔に堕ちているがな。とは言っても人間達の言う神なんて概念は幅広い、悪魔を神として崇めていた人間も数知れない。例えば我々天狗なんかがそれに当てはまる」

「なるほど悪魔というのは古代から人間に神として見られてたというわけか。言われれば合点がいく。人間からすれば雨を降らす魔法なんかがあればそれは神の恵みと同等になる。悪魔は神という概念になりえる。だけどそれだと悪魔が神として崇められている悪魔であって悪魔に堕ちた神じゃないよね」

「そう、つまり奴らは根本から神という存在であり神として崇められている神なのだ」


(言いたい事はわかるけど……それは言葉を変えただけで悪魔とどう違うのだろうか)


「それで、なぜ《神》は人間を殺せない? それは《神》に備わる性質みたいなものだから?」

「制限されてるからだ。《神》はとある人間によって永久的に人間を殺せないように制限をかけられている」

「それが人間を殺せない制限……」

「正確には他にいくつも制限があるらしいが、我は把握していない」


 結凛はこの天狗が嘘を言っているわけではないと大体わかった。信頼はできないが話を無下にする程の相手でもない。


「わかった。それでそちらの用件は? 言っとくけど私はこれから友人達を救出しに行かなければならないんだ。面倒な用件は御免被りたい」


 星天狗は愉快を通り越して自虐的なにやけ顔を浮かべる。


「我々の用件はただ1つ、《神》との抗争に手を貸してほしい」

「それは私達にメリットあるの?」

「そちらにメリットがあるかどうかはわからないが、蘭鳴学園生徒会というのは悪魔と戦うための組織なのだろう? それならば我々悪魔と戦おうではないか」

「悪魔と戦うっていうのは悪魔と一緒に戦うじゃなくて悪魔相手に戦うという意味だ。それに私達人間は悪魔の攻撃を一撃でももらえば死に直結すると言ってもいいくらいか弱い存在、私達は私達自身を守らなければならない。残念だが負け戦に手を貸す程私は聖人ではない」

「カリスマのようなものは薄いがリーダーとしての資質は十分備えているようだ。しかし問おう、結凛よ。お前は仲間達がどこに捕らえられているかわからないのに仲間を助けようというのか」


 結凛は眉を歪める。


(そこを突かれると痛い。確かに私の能力では錬君達がどこに捕らわれているかわからない)


 星天狗は不敵に笑う。


「結凛お前は仲間の所在を知らない。《神》だってあくまで殺すのに制限があるだけで殺せないわけではない。仲間を探す……お前はそんな事のために時間をかけていいのか?」


 今、結凛には仲間がいない。使える能力も仲間を呼び出す劣化能力とワルキューレ、元来備えて磨いてきた霊能力くらいのものだ。仮に《神》が友人達をこの世界から外に連れ出したとなれば結凛が彼らを探すのは困難を極めるだろう。


「そこでだ」


 星天狗は自身の右目を指で差し示す。


「結凛、もしお前が我々に協力してくれるならば我が保有する魔眼《星天魔眼》を差し出そう。これはお前の仲間を探すのに適した眼だ。それにいざとなれば我々も救出に手を貸そう。そういう悪魔の契約だ」


 結凛は溜め息を吐いた。内心複雑だった。確かにこの星天狗は態度こそ高圧的だがその願いは切実なものであるし、その取り引きに悪意もなければ結凛が思うに天狗側が出せる最大限の譲歩とも感じる。


(確かにあまり時間はかけられないな)


 結凛は唇を開く。


「決めたよ、星天狗。私は――」



 ☆☆Side高貴☆☆


「くそっ!」


 高貴はドアを蹴った。部屋中にドアにノックする音が鳴る。


「鉋君うるさいよ~」


 真夜は迷惑そうにしながら椅子に座りテーブルの上に置いてあるクッキーを食べている。

 そんな2人の両手は手錠が繋がれている。


「大体この部屋悪魔の魔法で閉じられてるし~、魔法どころかキメラも使えない人間と同等レベルの私達じゃこの部屋から脱出できないよ~」


 高貴がその目付きの悪い眼光で真夜を睨み付ける。


「お~こわ~」


 真夜は特に怖がる様子もなくむしろ煽るような態度を取る。高貴は不機嫌な態度を崩さぬまま椅子に力強く腰を下ろす。


「部屋にかけられた魔法も手錠にかけられた魔法も《神》の魔法じゃないですね。明らかに《神》ではない悪魔の魔法です」

「やっぱりね~、あいつら《神》だったか~」

「それに理由はわからないが《神》ではない悪魔も協力してますね。いや、この場合協力というより契約か。《神》共、悪魔と契約しましたか。悪魔同士の契約は悪魔法に抵触します。奴らそれをわかっててやってるんですかね」

「悪魔同士の契約なんて今日日聞かないね~。それだけ《神》も本気って事かな~?」

「奴らは別に自分達が悪魔とは思ってないです。あくまでも自分達は神様と思ってる云わば人間で言うところの狂人です」

「まあ元神様だし~、1割くらい正解だけどね~」


 真夜は次にマカロンを手に取り口に運ぶ。高貴もショートケーキをフォークで切る。


「閉じ込めておいてこの至れり尽くせりなところが悪魔らしいですね」

「鉋君ケーキ全然似合わなくて笑える~」


 真夜はけらけら笑う。


「ほっといてください。どっちにしても簡単に脱出できないとわかった以上状況を整理しますよ」


 高貴は部屋に備えてあったメモ帳とペンを用意する。


「まず捕まったのは俺、鉄、通流、庭宮、ジュウク、カミナですか。錬さん、灯磨、藍生は不明と……。藍生はともかく錬さんと灯磨ならばもしかしたら助けてくれるかもしれないですね」

「でも錬君がいれば私達もすぐに脱出できるよ~。だって錬君には全知があるんだから」

「しかしいくら神の力を持っていたとしてもそれを使う器は人間です。悪魔に堕ちたとはいえ《神》にどこまで通じるか」


 2人が状況を整理しながらメモに書き写していると、部屋のドアが開く音がする。


「誰!?」


 そちらに目を移すとそこには悪魔が1人いる。


「これから食事の準備をしたいんだが、お前らは魚と牛肉どちらがいい?」


 先程の《神》達と違いやけにフレンドリーな笑みを浮かべた悪魔がそう投げ掛けた。


「ここはエコノミーか! お前、悪魔ですね!?」


 高貴は怒りを露にしながら問いかけた。


「その通り、俺は悪魔だ。《神》ではない、悪魔だ」


 高貴は足を組む。


「やはりですか。《神》に協力するとはどういう了見ですか?」

「やっぱりお前らも悪魔か。《神》共は気付いてなかったみたいだが悪魔同士だと隠しきれないな」

「そんな事はどうでもいい。お前、悪魔同士で契約するとは悪魔のルールを忘れたわけじゃないよな?」


 高貴は怒りからかそれとも威嚇か敬語が外れている。悪魔は呆れるように肩を竦める。


「お前こそ何様のつもりか知らんが、俺が《神》相手に契約しようと勝手だろ」

「わかってんのか? その行為は人間で言うところのテロだぞ」

「重々承知してる。だが別に俺は善意で《神》と契約してるわけでもない。どこの庶民悪魔か知らんが俺はこれでも対凶悪魔機関ルシファーデウスの潜入調査班だ」


 悪魔の言葉に真夜が反応する。


「《ルシファーデウス》って~、人間に仇なす悪魔を取り締まる機関だよね~? こんなところで何してるの~?」

「そりゃあお前、《神》はかつて人間を滅ぼそうとした奴らだ。《ルシファーデウス》が目を光らせるのは当たり前だろ。そして俺は《神》に送ったスパイというわけだ」

「なるほど~、納得」


 真夜は軽く言った。


「それで《神》は未だに人間を滅ぼそうと企んでいるわけだ。しかし、この時代には10年前にラグナロクを起こした人間が生存している。今はそいつが死ぬのを待ってる状態だな」

「ラグナロクか、そういえばそんな事もあったな。神が全て悪魔に堕ちるなんていう悪魔史上でも初めての出来事だったわけだ」

「それを行った人間も今は26だっけか? 当時高校生だったよな。確か名前はさく――――」

「そんな悪魔の常識をおさらいしてる暇はない。お前が《神》の敵だというならこの手錠を外して部屋から出してくれないか? 手錠も部屋もお前の仕込みだろ?」


 生まれついて恐い顔をますます恐くして悪魔に向ける高貴に悪魔は難しそうな顔をして悩む。


「そうしたのはやまやまなんだが、手錠の鍵も部屋の鍵も俺が管理してるわけじゃないんだ。契約の関係上俺ではお前らを部屋から出せない、そういう契約を交わしたからな」


 悪魔の契約による内容は悪魔の裁量次第だ。しかし契約成立した場合、契約内容は契約した者と悪魔の両方に施行される。また契約の破棄には契約を交わした者のみ可能なのである。


「そこんとこは奴ら抜かりなかったな。だが《神》も悪魔を恐れてるのか自分達から部屋に入る事はないし、こうやって奉仕を俺らにやらせてる感じだ。まあ契約に穴があれば自分達が殺されるとでも思ってるんじゃねえか?」


 高貴は少し考えてからそれを口に出す。


「一応聞くがお前は俺と契約してくれるか?」

「そりゃあ駄目だ。悪魔同士の契約は悪魔法で禁止されている。《神》との契約はスパイするうえでやむを得ない理由だから許されてるが無関係な悪魔との契約は違犯行為だ」

「ふっ、駄目か」


 高貴は肩をすくめた。ただその悪人面は何か企てている。


「じゃあちょっと待ってほしいです」


 高貴は敬語口調に戻るとメモ用紙に文字を書いていく。書き終えるとそれを2つ折りにして悪魔に渡す。


「何だ?」

「あくまでお願いなんだがそのメモを金剛倉通流という名前の人間に渡してくれないですか? 連れて来られた男の中で一番大柄の奴です」


 高貴に渡されたメモを悪魔は見下ろしながら面白そうに笑みを浮かべる。


「ほぅ……いいだろう。ちょうど夕飯の献立を聞いて回っていたところだ、渡してやろう」


 悪魔はそう言い部屋から出て行った。

 真夜はにやにやしながら高貴に言う。


「鉋君やるね~。悪魔同士の契約は禁止されてるけど、善意に任せた頼み事は契約に入らないからね~」

「悪魔の契約というのは契約主の代償により悪魔の魔力を高めて魔法を使用する行為ですからね。ただの頼み事では悪魔の魔力に影響はないです。つまりそれは悪魔同士の契約として成り立たないです。だから悪魔同士の頼み事というのは主に人間の間で流通しているお金や物品なんかのやり取り、早い話報酬が必要になります」

「だから今回は報酬なしの頼み事だよね~。あの悪魔さんが良い人で良かったね~」

「そうですね」


 高貴はクッキーをつまむ。


(俺がわかってる範囲で通流だけが《神》に捕らえれてかつ頭が切れて、悪魔と上手く契約できる条件を揃えている。後は運次第、通流の判断に任せる他ない)



 ☆☆Side通流☆☆


 通流は監禁されてるにしてはホテルのように寝心地がいいベッドに寝転がって天蓋を眺めている。特にやる事がないからだ。

 一方、通流と相部屋で監禁されているのは桜梅だ。桜梅は椅子に座りテーブルに顔を伏せている。


「ああ~私のせいで結凛ちゃんに迷惑をかけてしまいましたわ。うさぎさんも大丈夫ですかしら? 凄く頭痛そうでしたわ」

「うるせーぞ、あいつらなら大丈夫だろ。特に結凛がまだ捕まってないならつまりそういう事だろうが、お前も知ってるはずだ」

「確かにそうだけど……」


 幼馴染みである2人は結凛が持つ常人離れした直感力と見透かしているような観察力の他、神懸かった豪運を知っている。


(それにしてもあの槍使いの悪魔……明らかに他の悪魔共と格が違った。他の悪魔は有象無象特撮ヒーロー物で言うなら雑魚敵みたいな感じだがあの槍使いだけは違う。なんだあれは……言葉にできない感覚だった。あの感覚は初めてだったがあの感覚に相応しい言葉を俺は知っている気がするんだが)


 通流が思考に耽っているとドアの鍵と回る音が聴こえた。桜梅もそれに気付いたのか通流の側に寄ってくる。


「誰ですの?」

「俺が知るわけねーだろ」


 通流達が使えるのは通流の神速の反射のみ。しかし反射だけでは悪魔と満足に戦えないのは先程の戦闘で身に染みている。

 通流はベッドから起き上がり桜梅を守るように立ち塞がる。


(武器になりそうな物は……ないか)


 ドアノブが回った瞬間通流は走り出す。


「ちょっ、通流!?」


 ドアが開き男に向かって両手を振り上げて拳をハンマーのように振り下ろす。


「おっと」


 男が避けた先に軌道を変えるがそれも回避される。


「ちょっと落ち着けよ」


 男が言うと虚空から現れた鎖が通流の腕を絡めようとする。しかし通流はそれが締まる前に抜け出してバックステップで距離を取る。


「ちっ、失敗か」

「あれに反応するとか人間離れしてるな」


 男が苦笑いを浮かべる。


「で、お前が金剛倉通流?」


 男に尋ねられた通流は無視する。


「まあ、お前が無視を決め込むのは勝手だが鉋高貴から金剛倉通流に伝言がある」

「なんだと?」

「やはりお前か、質問には迅速に答えろよ」


 男は通流の目の前にメモを出現させた。それを手に取り内容を見る。桜梅は覗き込もうとするがメモの位置が高くて見えない。


「なるほどな」


 通流は一通り目を通してからそう呟き桜梅をちらりと見る。


(高貴の野郎がどういう意図で俺にこの伝言を送り付けて来たか知らねえが。偶然にも俺は最後まで気絶せずに捕まり一番状況を把握しているだろう桜梅と相部屋になっている。そして俺は桜梅から今の状況……結凛が捕まっていない事を聞いて間接的にだが桜梅と同等の状況を把握している。それにこの伝言の内容……自分で言いたくないが、どうやら俺は高貴の作戦において実行するのに適役のようだな)


 桜梅に向けてメモを放り投げると通流は乱暴に椅子に座り辟易した様子で言う。


「悪魔、お前と契約したい」


 男もとい悪魔はにやにやしながら待ってましたと言わんばかりに椅子に座る。


「俺のお前に対する心象はとても悪いが話くらいは聞いてやろう」

「まずは真っ先に言うことはこれ以外ない。俺達を解放しろ」

「それは無理な相談だ。これは《神》と俺が交わした契約であり、契約の内容上俺がどうこうできるものではない」


(つまりこの監禁部屋を作ったのはこの悪魔だが管理は《神》がやってるという事か。まああまり期待してなかったがな。それなら本命の契約内容を提示するが)


「そうか、ならば1000万円だ」

「は?」


 悪魔は要領を得ない声を出した。しかし、しばらくしても通流はそれ以上の事を言わない。悪魔は痺れを切らして質問する。


「まさかそれは契約の代償か?」

「当然だろう。今この状況でお前に1000万円を要求してどうすんだ」

「契約内容を提示してくれなければその代償が釣り合っているかどうかわからない」

「少なくとも俺はかなりお前に有利な条件だと思うけどな」

「一体どんな要求内容か知らないがお前自分の立場わかってんのか? 俺はお前と契約せずにここから立ち去る事だってできるわけだ」

「立ち去るなら立ち去るで構わないぜ。でも、そうだな契約代償を500万円に引き下げよう」

「ちょっと待てなぜそこで金額を引き下げた?」

「当然だろ。俺はあくまで1000万円はお前にとってかなり有利な条件だと言ったはずだ。この策を考えた高貴には悪いが俺は別に悪魔と契約なんかしなくていいと考えてる」


 メモを見終わりその会話を聞いていた桜梅が通流に耳打ちする。


「悪魔と契約しないって……お金払ってこの状況をどうにかできる可能性があるならみすみす悪魔と交渉を決裂する意味なんてないですわ」

「お前は黙ってろ、交渉の邪魔だ」

「んなっ!?」


 通流は桜梅の発言を一蹴した。


(高貴は前に悪魔が人間のお金を作るのは悪魔というコミュニティにおいて犯罪行為にあたり、悪魔が作ったお金はどうやら人間の経済に出回る事は悪魔の魔法によってシャットダウンされていると言っていた。それはイコール悪魔が人間社会で生活するには少なからず自分でお金を調達する必要があるという事だ。そうだ高貴や鉄だって悪魔、その2人がわざわざ富裕層の子供として受肉しているくらいだからな。しかし今まで――少なくとも俺が生きている間には悪魔が銀行強盗などしたという話を効かないし、おそらくそういうのは悪魔間のルールで禁止になっている。という事は桜梅が言う通り悪魔との契約はお金を払うだけで契約できる可能性はある。だからこそ高貴は俺を指名したんだ。生徒会の中で俺が一番資産を持っているからな)


 悪魔は先程の通流の一言に焦りを感じているらしいとわかる。


「どうした、目が泳いでるぜ」


 通流は煽るように言った。


(確信した。こいつにとって8桁7桁の金額は大金だ。だがこの悪魔が1000万や500万の代償に素直に頷かないのは契約内容の事だろう。俺はあくまで悪魔に契約内容は伏せている。そう、今の状況において俺が要求するかもしれない契約内容が1000万円相当の契約内容かわからない、だから躊躇している。理由は簡単だ、おそらくこの悪魔からすると俺はかなり滑稽に馬鹿に映っているはずだ。俺達がピンチの時にチャンスが転がり込んだこの状況で駆け引きするなんて愚かだ。それに加えて生身で悪魔を殴りかかろうとする無謀さで心象が悪くなっているらしい。早い話、俺はこいつに頭が悪いと思われている。そして結論、頭が悪いならば相手はこう思うだろう。こんな頭の悪い奴が考えた契約内容が1000万円程度の安価で釣り合うわけがない、と)


 悪魔は冷静を装い何か考えている様子だ。そしてこう言った。


「確かお前、名前を金剛倉通流と言ったな? もしかしてお前は金剛倉家の者か?」


 通流は内心にやりと笑った。


(気付くと思ったぜ。そしてこう思うはずだ)


「1000万円……それはお前にとって大金ではないよな?」


(金剛倉家の人間ならば1000万円ははした金であり上限はもっと上だと。予想通りの流れ過ぎて笑いが込み上げそうだぜ)


「契約内容がわからない以上1000万でも釣り合うかわからないのに500万に引き下げだと? ふざけるな。悪魔をあまり舐めない方がいいぞ」

「別に舐めてないぜ。男を舐める趣味はないからな」

「うっぜえなお前……」


(契約の代償は悪魔の裁量次第だ。駆け引きをしているが俺に代償の決定権はない。立場としてはこの悪魔が絶対的な強者、おそらくこいつにとって心象が悪い俺はこの後とんでもない金額を吹っ掛けられるだろう)


 悪魔はなんともフィクションの悪魔らしい邪悪の笑みを浮かべて言う。


「10億円だ。契約内容では代償を引き下げてもいいぞ」


 しかしここで桜梅が激昂した。


「はぁっ、何馬鹿な事を言ってますの!? 確かに通流は金剛倉グループの御曹司だけど10億なんてお金そう簡単に出せるわけありませんわ!」

「だから契約内容によっては引き下げると言っているだろうが。それにお嬢ちゃんにとっては大金でもこいつにとっては大した額じゃないだろ。この危機的状況から脱するならばむしろ安いとさえ俺は思うぞ」

「……最低ですわ」


 桜梅は敵意剥き出しに悪魔を睨み付けた。


(10億か……。まあこの状況を脱せるなら確かに高い金額とは言えねぇな。だが俺の今の手持ちは50万円しかない。それに悪魔の契約が後々どう足枷になるかわからない以上、こっちもローリスクで契約をする必要がある。もしかしたら今払えないならば利子を吹っ掛けられるかもしれないからな)


 通流は桜梅を見て言う。


「まあ落ち着けよ桜梅、どうやら高貴の言う通り俺が金剛倉通流のフリをして少ない金額で契約するという作戦は失敗のようだぜ」

「え? 何を言ってるんですの?」

「演技はおしまいだ桜梅」


 桜梅は通流の意図を察したのか何かに気付いたような顔をした。


「そうですわね。演技はやめますわ」


 悪魔は見下した笑みを浮かべる。


「浅はかな作戦だ。だがまあそんな嘘吐いてした契約なんて末路は破滅だがな」

「そうだな。お前の言う通りだ」


 通流は反省の色を見せる。


「10億なんて俺にはとても払えねぇ。正直500万も怪しい」

「当たり前だ。馬鹿っぽい面だとは思ってた想像通り馬鹿で身体だけ鍛えてた脳筋だったか。駆け引きするなら頭良くないとな」


 悪魔は挑発するように自身の頭を指で軽く叩いた。


(下準備は整った。腹立だしいが今こいつは俺を完全に下に見ている。表情を見ればわかるぜ、この男悦に入ってやがる。ある意味でかなりガードが緩んだ状態と言える。今の浅はかで意地汚い作戦もこいつにとって俺を嫌う原因の1つとなったはずだ。つまり契約の代償が悪魔の裁量次第というならばここから先は悪魔にとって感情による嫌がらせを吹っ掛けて来る可能性が高い、金じゃなくて嗜虐心を天秤にかけてな)


「悪かったな。俺も代償として今差し出せる物は金くらいしかねぇんだ。今手持ちには2万円程しかないし上手く代償を引き下げられればと思ったんだがな」

「多いんだよね、契約による代償をできるだけ軽減しようとする輩が。実際は悪魔だって人間の何倍多く生きてるからそういうのはすぐわかるんだ。ただまあこの作戦は高貴とかいう悪魔の指示なんだろ? 悪魔だったらこういう事もわかるだろうに。ちなみにどんな契約内容にするつもりだったんだ?」

「お前にここの悪魔共を倒してもらおうと思ってた」

「なるほど、この状況下でその契約内容は悪くないな。ただそれじゃあ1000万円じゃ足りない、危うく詐欺に会うところだった」


 桜梅が感心したように頷く。


「確かにとても合理的ですわ。あえて契約内容を言わずに安いお金で高い額だと思わせられればローリスクハイリターンですわ」


(しかし今の提示内容はフェイクだ。契約の代償は悪魔の魔法で実現するために足りない部分を補う意味もあると高貴は言っていた。この提示内容だと仮にこの悪魔が善良でも最低金額がつり上がる可能性も多いにあり得る。考えたくないが金剛倉の資産を越える金額だってないわけじゃない、だからこそのクッションだ。こいつにとっての契約の相場を測るためのな。どうやら俺への心情の悪さを加味してもやはり同族間での戦闘はなかなか厳しいらしいな)


 通流はテーブルで財布を隠し2万円だけを取りだしてテーブルに置く。


「改めて契約を提示したい。内容はとある人物と今すぐ連絡を取りたい。手段は問わない」

「なんというか急にハードルが下がったな。ただそうだな……1万円だ、1秒1万円で連絡したい相手とテレパシーで会話させてやろう」

「それは高いのか安いのか?」

「さあな、何でそんな事をお前に教えなければならない。だが仮にお前の持ち金で即払えない場合1日ごとに1割の利子を付けるとしよう。あるいはそれ以外の代償を差し出すか」

「わかった。まあお金は1日1割の利子なら友人と集めれば何とかなるだろう。ただし、時間を測る時計は俺の腕時計だ。そしてお前はこの時計に魔法を掛けない事が条件だ」

「随分慎重だ。いいさ契約成立だ、俺も厳しい条件を付けて契約を下ろされたら敵わないからな」


 悪魔は通流に簡単にテレパシーの方法を説明した。方法は至って容易であり、ただ悪魔に触れて念話したい相手を思い浮かべる事、相手が気付けば通話状態になり念話が可能になる。念話をやめたい時は肩から手を退ける。

 通流は悪魔の肩に手を置いた。


(内容は簡単だ。桜梅から聞いた情報を伝えるだけだ。結凛、出ろ)

(ん? 通流か?)

(繋がったか! 一度しか言わないからよく聞け。お前以外全員悪魔に捕まったが全員無事だ。場所は低頭山のどこかにあるお城の模型の中だ。悪魔共がお前を捕まえるために山をうろついてるが城は手薄だ。じゃあな)


 通流は悪魔の肩から手を離した。


「どうでしたの?」


 桜梅が不安そうに質問する。


「問題ない。要件は伝わった」


 通流は簡潔に答えた。悪魔は時計を見て言う。


「27秒、代償として27万円だ」

「そうだったな」


 通流は財布から25万円を取り出してテーブルの上にある2万円に上乗せした。


「契約の代償27万円だ、持って行け」

「お前、騙したのか?」

「騙しちゃいない。ただ俺は2万円をテーブルの上に出しただけで財布の中身を全部出したとは言ってないぜ」


 通流の言葉に悪魔は高笑いを上げた。それは室内に響く。


「何がおかしい」

「いやいや。これがおかしくないわけないだろ」


 悪魔は楽しそうに27万円を掴み取る。


「念話なんて1秒1万円もかからないよ。電話代の方が高いくらいだ」


 桜梅は悪魔の一転した態度に呆然として、通流は黙って見据えている。


「通流君、初めての悪魔との契約にしてはよくやったと誉めてあげよう。君の着眼点は悪くない、悪魔との契約をローリスクで抑えてハイリターンを狙うというのはね。ただ君は圧倒的に経験が足りてなかった」

「何を言ってますの?」

「そうそうお嬢さん、君もなかなか悪くなかったぞ。ちょっと能天気だったが通流君が金剛倉家の者ではないという機転に素早く対応したのは悪くない」

「なるほどな、俺達は一敗食わされたという事か」


 通流は悪魔の言葉に納得したように椅子に座り足を組む。まるで聞き分けのいい王者のように。


「通流、1人で納得しないでほしいですわ!」

「つまりだ、俺達はこいつの掌の上だっただけの話だ。この悪魔野郎、俺達の考えてる事がわかるんだ」

「ちょうどいい、お前に教えてやろう。悪魔と心理戦をするなら悪魔のフィールドでやってはいけない。特にこの部屋、ここは俺があの《神》共と契約して作られた部屋だ。まあつまり普通の部屋じゃない――その効果は決して内側からドアを開ける事ができない、部屋を壊せない、そして悪魔及び契約者は室内にいる者の心を読む事ができる」

「ちっ、作戦はばればれだったっというわけだ」

「そういう事だ。まあ俺も契約上お前らを外に出せないがな。悪魔の契約上雇われの身だしな」

「その割には随分俺達に肩入れするな。部屋の効果を教えてくれたし」

「別に契約では室内の人間に部屋の効果を教えてはならないとは明記してないからな」


 そして悪魔は思い出したように2人に聞く。


「そうだ、お前らは魚と牛肉どちらがいい? 腹が減っては戦はできないぞ」

「…………牛肉、大盛り」

「魚ですわ」


 通流が素直に答えたのを確認してから桜梅も答えた。


「了解」


 そう言いながら悪魔は部屋から出て行こうとして、急に立ち止まる。


「あ、後通流君」

「まだ何か用でもあるんのか?」

「お前は俺がお前を嫌いだと思ってたみたいだが俺は結構お前を気に入ってたぜ。今の現状を打破しようする姿勢とかな、そういう意味ではお前が不意打ちしてきたのは心象は良かった。今回、お前一番のミスだ」


 そう捨て台詞を残して今度こそ悪魔は部屋から出て行った。

 通流は久しぶりに本当の敗北感を痛感した。

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