結凛の冒険(吸血館・後編)
館の西側へ向かう結凛はワルキューレの後ろを歩きながら言う。
「今思えば……玄関ホールの落とし穴もドアノブも廊下の矢も階段の槍も殺すための罠じゃなかったのかもしれない」
「何を言ってるんですか。ドアノブはともかく他の罠は普通の人間は死ぬでしょう」
「普通は死ぬでしょうね。でもそれは結果的に死ぬだけであってその罠は人を殺さないんじゃないかな? 例えばタバコを吸って健康を害して死ぬとしても、でもタバコを吸った瞬間死んだりするわけじゃないみたいな」
「言いたい事はわかりました。つまり死因は心臓や脳を矢などで刺されて死ぬのではなく、矢などに刺されて出血多量で死ぬという事ですね?」
「そうそう。私はこれまでの罠に悪意こそ感じたけど殺意を感じなかった」
ワルキューレは何か思うところがあったのか考えを言う。
「先程の廊下で矢が大量に飛んで来る罠、あの飛んで来る矢に違和感がありました。しかし思い返せば飛んで来た矢は下半身と右半身に向かって集中していたかもしれません」
結凛もワルキューレの言葉に同意する。
「落とし穴の罠もそう。ライトを向けて確認した時、普通あのような罠は針をびっしりと敷き詰めるものだと思うけど、あの落とし穴の針は仮に落ちても体に刺さるのは多くて7本程度、私は無理だけど体が柔らかければ回避しようと思えば全部回避できるんじゃないかな? ドアノブの罠だって毒でも仕込んでない限りそうそう死ぬとも思えない。階段の罠も槍と槍の間隔こそ狭いけど貫くのは一般的な成人女性の身長で腹部あたり、最終的には死ぬだろうけどそうそう即死には至らない」
結凛は改めるようにふっと笑ってから続ける。
「おそらくこの館の霊は罠で殺す気なんてないんだ。私の考えだとあの罠は傷を付けるためのものなんだろうね。罠に針や刃物が多かったのもそういう理由だったんじゃない? 人体に傷を付ける理由は単純に吸血行為のためだと思う、どのように吸血するかは知らないけど。まさに吸血館という名前に相応しい館だったというわけだ」
結凛は角を曲がり西側の通路に入ると反対側の角に奇妙な木で作られた物体があった。
「何ですか、あれ?」
それは多脚とでも言うべきか8本の足がボディを支えている。ボディからは廊下の壁に届く程長い刃が上部と下部から出ていて、その間には目のようなものが付いている。
「ロボットじゃない?」
目が左右に動き結凛を捕らえた。すると上下の刃がヘリコプターのプロペラのように回転しながら結凛に向かって足を動かし走って来る。
「ワルキューレ、壊して」
ワルキューレはロボットに向かって走り出す。ロボットと交差すると、剣が上下の刃と衝突し2つの刃をへし折る。刃は壁に当たり、もう片方の刃は窓ガラスを割るが見えない壁にぶつかり、それぞれ床に落ちる。ワルキューレはそのままボディを上下に一刀両断で切り離し、床を蹴り飛びながらもう一度ロボットとロボットと交差すると足を切った。ロボットはバランスを崩し倒れた。
ワルキューレはロボットの切れた刃を掴むと無理矢理へし折りさらに短くした。
「結凛様、安全を確保しました」
「ありがと」
結凛はロボットに近付き、切断された断面を見る。
表面の材料こそ木だが中身は絡繰りというよりコンピュータだった。
「ふ~ん……多い脚で移動するなんてとても近代的だとは思ってたけどここまでとは。この形は最近のロボットに近い」
「こんなのが第二次世界大戦直後の日本にあったんですかね?」
「あるわけない、このロボットは現代レベルだよ。いや、現代軍事レベルのロボットというべきかもしれない、おそらく元はカラクリ人形だったけど現代の科学技術で改造されたんだろうね。しかし、これこんな改造されてなければ文化遺産レベルだったんじゃない?」
ワルキューレは顔を青く染める。
「わ、わ私は大変な事を……!」
「いや、こんな改造されてたらそんな価値ないでしょう。カラクリ人形は中のカラクリ含めて価値があるんだから」
「そうですか、よかった」
ワルキューレは心底ほっとしたように胸を撫で下ろした。
「そんな事より――」
結凛は霊がいる部屋の扉の前に立った。
「この先の悪霊だ」
両開き扉の片方のドアノブに手にかける。
「結凛様、危ないです!」
「大丈夫」
ドアノブを回すと金属同士がぶつかるような音が鳴り響く。ワルキューレが結凛の手元を見る。そこでは手に巻いたネックレスによってドアノブから飛び出た針を防いでいた。扉は中が見えるくらいの隙間ができて後は押すだけ完全に開く。
「吸血館という名の館、傷を付ける目的のトラップ……相手は一般的に吸血鬼と呼ばれる存在」
結凛が扉を押すと扉から針が突き出る。
「おっと……」
しかしネックレスが手への害を防ぐ。
「最後の悪足掻きという事ね」
結凛はネックレスを首にかけてブラウスの中に入れる。
ワルキューレは剣先で扉を押し、支配者の最後の領域が露になる。
中には大人の女性が一人。結凛よりいくらか年齢が上であろう若い姿の女性は白いワンピースを着て天蓋付きベッドに優雅に座っている。
「結凛様、私の後ろへ」
「あなたがこの館を支配する悪霊だね」
結凛はワルキューレの言葉を無視して躊躇なく部屋の中へ入る。
「結凛様! 部屋にどんな仕掛けがあるかわかりません!」
「いや、ワルキューレ……この部屋には1つしか仕掛けがない」
その時、1本の矢が女の体をすり抜けて結凛に向かっていく。結凛の胸元に矢が刺さる。
しかし矢は服を僅かに破り床に落ちる。破れた服の隙間から赤いものがきらりと光る。
「やっぱりルビーはいい。私に勝利を持たらしてくれる」
結凛はブラウスの中からネックレスを取り出し、子供のようにルビーを見せびらかした。
「相変わらずの強運というかなんというか……」
ワルキューレは呆れた顔で結凛の隣に並ぶ。
「強運なわけないでしょ」
結凛はクールに笑みを浮かべて言う。
「忘れたの、私のワルキューレ。自慢じゃないけど私の特技は観察力で勘じゃない、分析力で運じゃない。これまでのトラップとそのやり口を観察して分析すれば相手がどんな性格でその後の行動も仕掛けもわかる。もちろん今のも運じゃない」
結凛は目の前にいる霊に近付きながら聞かせる。
「この館の仕掛けは人を傷付けると同時に霊能力者を撃退する目的がある。大半の霊能力者はこの部屋にたどり着く前に死ぬだろうけど、私より強い霊能力者は世界にはごろごろいるし私より勘が良い人もいる。だけどこの部屋にある罠の悪意はこの霊の強大な存在感と悪意によって霞み、霊能力者は除霊に集中する。そして霊能力者は油断して不意打ちを喰らうんだ。突如見えにくい霊の背後から迫る一筋の矢に。そして3つ――」
結凛は3本の指を立てて見せる。
「この館では最低3つの罠に引っ掛かる事になる。1つ目は階段の罠、2つ目は扉の罠、そして最後に今の罠。いくら勘が良くてもこれらの罠を全て回避あるいは突破などほぼ不可能、もしそれらができるならもはや勘じゃなくて予知能力という領域だろう」
霊は軽く拍手して口を開く。
「これまでこの部屋にたどり着いた霊能力者は3人、そしてあなたは4人目よ。高度な霊能力者は罠から悪意を読み取ったりできるらしいわね。でもそれが仇となり私の背後に隠れた罠に気付けない」
「木を隠すなら森の中、悪意を隠すなら悪意の中という事でしょ?」
霊はうっすらと笑う。まるで悪意が零れるように。
「そういう事、霊能力者と真っ向から戦うなんて馬鹿な悪霊がする事だもの。それでどうするの? そちらのあなたに似たナイトさんが私と戦うのかしら?」
霊はワルキューレに目を向けた。ワルキューレは警戒するように剣を構える。
「剣を仕舞いなさいワルキューレ。私の目的を忘れたの?」
「しかし――」
「仕舞え」
結凛に命令されてワルキューレは鞘に剣を納める。
「という事はあなたが直々に私の相手をするの?」
霊が結凛を睨み付ける。結凛はなだめるように余裕な態度で言う。
「まあまあ、今は私の話を聞いてよ。あなたが仕掛けたゲームを私が解き明かしてあげるからさ」
「ほぅ……」
霊は興味が湧いたのか攻撃を仕掛ける様子を見せない。
「まずこの館を作ったのは書類上における現所有者の祖父なのは間違いないだろう。じゃあ改造したのは? それは現所有者だと私は推測する。それじゃあどうして現所有者はこんな改造をしたのか? 簡単な事、悪霊がやる基礎の基礎……そう、世間ではそれを一般に魔が差したとかいうし上級霊になればオラクルとかお告げとか言われる現象、それは悪霊憑き。あなたは所有者を脅したか何かしただけの話だ。人を唆して何かさせるなんて悪霊のお手本みたいな手口だよね。あの所有者の嘘臭さは悪霊憑きの影響かな? おそらくあなたは所有者にこの事は口外しないように言ったから、霊能力者に隠すように言ったんだと思う」
ワルキューレは嘆息を吐いた。
「なるほど……しかしそれでは結凛様を館に引き入れた現象が説明付きませんね。後は壊れないドアや壁、それに見えない壁も」
「それは単純に館の罠とは別現象だよ。ワルキューレ、君が私のキメラというならその知識は既に持っている」
結凛のヒントにワルキューレはぴんと来ないらしい。結凛は呆れた溜め息を吐いてから「やれやれ」と言ってから続ける。
「これまでの超常現象はある一言で説明できる」
「ほぉ、それは何かしら? あなた達が言うところの物質化現象? それともテレポーテーション現象?」
「その言い回し、私の考えは100パーセント正解かな?」
「あなたも勿体振るの好きねぇ」
ワルキューレだけが言葉の真意を理解できずに両者を見守る。
「別に勿体振るのは好きじゃないから直球で言ってあげるよ。即ちその現象は悪魔との契約の力だよね」
もはや確信を持って言い放たれた結凛の言葉。ワルキューレも霊も絶句。
「悪魔との契約ってもしかして高貴様が言っていた!?」
先に我に返ったのはワルキューレだった。
「そう、人間が代償を払って悪魔に願いを叶えてもらうというやつだ。これを現象というべきか能力というべきかは私が判断しかねるところだけど、少なくともこの館の超常現象は悪魔の力でしょ。心霊的な力は何も感じなかったし」
「だとしたらこの霊は悪魔に代償を支払っている事になりますね」
「払った代償がどんなものかはわからないけど、払った代償の大きさは推測できる」
「本当ですか?」
ワルキューレは結凛を見て、霊は黙って続きを促す。
「払った代償の大きさは無償か、あるいはこの霊にとって大して困らない軽い代償。最初からこんな罠屋敷を作るくらいなら何も生きた人間を脅して物理的な罠を作らせなくても悪魔に頼めばいい、そっちの方が自由度は上がるし霊能力者にも有効。それをしなかったのは見えない壁と壊れない館、相手を強制的に引き入れる、このラインが悪魔の提示した霊にとっての許せる代償の大きさだった。どう?」
結凛は霊に解答を求める。霊が答える事はない。
「正解。あなたはどうやら今までの霊能力者とは一味も二味も違うみたいね。相手を見破る洞察力、物理的な障害を突破する能力……ここまでの霊能力者は誰も持っていなかったもの。でもね……霊能力者としての実力はどうかしら?」
霊は殺意を撒き散らす。戦闘態勢に入った事がわかる。
結凛は人差し指にネックレスをかけて回している。
「その余裕をもて余した笑みがいつまで続くのかしら?」
霊は結凛からワルキューレに目を移して言う。
「あなたもこの世の者じゃないらしいわね」
再び結凛に視線を戻した霊が続ける。
「あなたも霊能力者なら知ってるわよね? 強力な霊は物に触れずとも物を飛ばせる事を」
ハサミ、ナイフ、フォーク、縫い針――その部屋にあるだけの鋭利な物が宙に浮くと結凛に狙いを定める。
「これは霊体を物質に触れる事なく動かすなんて強力だね。レア物?」
結凛はのんきに喋っていると鋭利な悪意が襲いかかる。しかし、結凛は気にも留めず霊に向かって歩き続ける。ワルキューレが当然のように右手の剣で悪意を振り払う。
「私の経験上の出会った悪霊の中でも一番の強さかもね。だけどそんな小賢しい攻撃では私に傷を付ける事もできないよ。そして確信した。やはりあなたの攻撃は殺す事を目的としていない、おそらくあなたは傷付けた箇所から血を吸い取る能力を持つんだ。私が感じた印象だと生きてるとかは関係ないけど、生きてる人間の血が好きなんでしょ? だから殺意がない」
霊は面白くなさそうな、むしろ怒りを滲み出した顔だ。
「それは怒りじゃない、恐怖だよね?」
結凛の言葉に鋭利の猛攻がさらに激しくなる。悪意に殺意が混じり始める。しかし、それは結凛の綺麗な肌に届く事はない。
「くそ、ならばその体を乗っ取ってやる!」
霊は結凛に向かって突進して来る。
「無駄無駄」
霊は結凛に触れる直前に弾かれる。
「何、これは結界!?」
霊は驚いたように空中から結凛を見下ろしている。
「もしかして悪霊としては強いけどあまり霊能力者と対峙した経験がないの? 霊能力者は憑依とかに結構耐性あるんだよね。なぜなら憑依できるかどうかは対象の精神力次第だから。何のために私が口弁を垂れたと思ってるの。君も元は人間だったんだろう? 私は君が仕掛けた吸血館攻略勝負に勝った。勝者には確かな自信、敗者には失う自信があって既に私と君の精神力の間には絶対的な壁がある」
結凛は「さて」と言いながらルビーを見せる。
「このルビーは所謂ピジョンブラッドと呼ばれる稀少なルビーの中でもさらに稀少なルビーなんだ。もちろん価値だってそれに見合うもの、宝石の中でも破格、ルビーの中でも破格、そして同時に私の除霊道具でもあるわけ。ああ……いや、これは前振りだ。私が言いたいのは私の除霊道具を初めて傷を付けた君を褒めているんだよ」
霊は結凛に底知れぬ恐怖を感じていた。目の前にいる女は自分が過ごした半分の時間も生きていないとわかるくらい若い、一体目の前の女はどういう人生を送って来たのだろう。
「もしかしてもう終わり? どの霊も除霊されかけると悪足掻きにやる事は変わらないんだね」
結凛は霊に近付き、霊は壁際に追い詰められていく。
「ワルキューレ、右」
結凛が言うと右側から飛んで来る壺を切った。
「君の行動パターンは読めてるって言ったよね。今までと違う物を飛ばして不意打ちしたら次は壁をすり抜けてこの部屋から逃げる?」
霊は苦い物を食べたような顔をして窓へ向かって飛ぶ。しかしそれより速く結凛が走り窓へ先回りした。
「君が悪魔に払った代償は壁をすり抜ける能力? それともこの館の壁はすり抜けられない? 矢はすり抜けたもんね」
「くっ、どいてちょうだい」
「何にせよ霊能力者にとって一番厄介な壁をすり抜ける能力は封じられてるらしい。そういえばワルキューレで壁をすり抜けられるか試してないなぁ」
結凛はルビーを左胸の前に持って来ると霊をすり抜けたナイフを防ぐ。
「君の行動パターンは把握済みだって。そしてもういい、どっちが上かわからせてあげるよ」
結凛が睨み付けるとまるで蛇の前にいる無抵抗な蛙のように動かなくなる。
「何これ、体が動かない。まさか金縛り!?」
「そうそう」
霊の力で飛び交っていた物が床に落ちる。
「さてさてこれからどうしようか、除霊される?」
「嫌だ!」
「でも悪霊だし、このままにしとくのは危ないよね」
「ふざけないで! あなた達人間はまた私を殺すのか!?」
「どういう事?」
霊は過去を思い出したのか辛い表情を見せた。
「私は生前貴族の家に生まれた普通の人間だった。だけど魔女狩りで魔女の疑いをかけられた私は無慈悲にも処刑された。私は魔法なんて使えないのに! そして死んだら幽霊になって吸血しないとこの魂を保てない体になってしまった」
「ダウト。なんか作り話っぽい」
霊は目に動揺を浮かべて反論する。
「これは本当にあった話よ!」
「君の魂は何か血生臭い。死者の魂というのは生前の姿に引っ張られるんだよ。もちろん死んでからも魂は変質するけど大体の場合は人の姿を保っていられない。だけど君の魂は人の姿をしていながら、まるで香水を付けた女性のように血の匂いを漂わせている。どうやら生前に血への思い入れが相当あるみたいだね」
結凛はもはや嘘しかない目の前の霊を簡単に手玉に取れる。
結凛は霊の顔を見る。目には哀しみと喜びが入り雑じり邪に口元を歪める。
「ふふふ、そうね。嘘よ、生前吸血鬼じゃなかったのは本当だけど、可憐な女ではなかったわ。許嫁を他の女に寝取られて女を殺した。その時は何も思わなかったけど許嫁を殺した時は血を見て高揚した、そして飲みたいと思った、飲んだらこれが美味しいのよ。それから色々味比べしたわ。働き者な農夫の血、男を知らない処女の血、性で稼ぐ娼婦の血、私腹を肥やす神父の血、愛する妹の血、私を襲った強姦魔の血、厳しくも優しい父親の血、父を愛した母親の血……だけど全部同じ味、甘くもないし酸っぱくもない辛くもない苦くもない、血は血だった。そこに格差はなくてただ美味しかった」
「辛味は味覚じゃなくて痛覚らしいよ」
「うるさいわね! 茶々入れないでくれる!? 冷静にツッコむ暇があるなら恐がってくれてもいいんじゃない?」
「私は霊能力者だよ。そんな話何度も聞いた事あるんだけど、今更クレイジーな殺人鬼の体験談で恐がるわけないでしょう」
結凛は退屈そうに言ってから続ける。
「そんな事より私の話を聞いてよ。普通の霊能力者なら今の霊能力者にとって有利なこの状況で君を除霊しない理由はない。だけど私の目的は君の除霊じゃないんだ」
「私の除霊ではない?」
霊は結凛に寄り添うワルキューレを見てから言った。
「なるほど……あなたはネクロマンシーね」
結凛は自分でも意外そうに目を大きく開いた。
「あ~……そうか、なるほどこれは確かにネクロマンシーの魔術に近くはあるか。察しがいいね、私は君の力を手に入れるためにここに来たんだよ。私は私の目的のために君のような強力な能力を持つ霊に協力してもらおうと思ってね」
「私が協力すると思う?」
「協力しない場合は除霊する、惜しいけれど」
結凛は目を細める。霊は小さく呻く。
「わかったわかった! 協力するから除霊しないで!」
「そう」
結凛は金縛りを解いた。霊は恐がりながら結凛から後ずさる。
「我が主ながら恐ろしいです」
成り行きを見守っていたワルキューレは小さく言った。
圧倒的力による服従。霊に対して敗北感を植え付ける事で自らを精神的に優位だと知らしめた。敗北感とは館の攻略、霊能力者に殺せるという自信の喪失、そしてここに傷一つない完璧な姿でいる結凛そのものだ。
「さて今日から君と私は仲間だ」
結凛は霊に近付き手を差し伸べる。霊はびくっとする。
「恐がらせたかな? ごめんね」
結凛は屈託ない笑みを浮かべた。
そこには敵意がなく、少し前までやっていた男装による影響が残っているのかじんわりハンサムさが滲み出す。
きゅん! 霊は見惚れてハートが落ちる。
「ご、ごめんなさい」
霊は手をそっと結凛の手に乗せる。
「えっと、ユーリさんだっけ?」
「うん、灯磨結凛っていうんだ、よろしく。君の名前は?」
「チェルシー……チェルシー・アドリントン。生前はイギリス人だったわ」
「ふ~ん、どうりで美しい」
チェルシーは顔を赤くしててれてれする。何100年生きても若い姿保てるって便利だね~。
結凛は内心思いながらぎゅっと手を握る。
「人に美しいなんて言われたの本当に久しぶり。私を愛してくれていた時の婚約者以来……ううん、私が殺した時の妹以来かも」
ワルキューレは色々言いたい事があったが結凛とチェルシーが良い雰囲気だったので黙っていた。仲間にできそうな時に自分が割って入って壊さないようにだ。
「それで結凛は私を仲間にしてどうするつもり? 除霊のお手伝い?」
チェルシーは恋する乙女のように結凛から目をそむきながら言った。
「まあそれは後々に説明するからさ。それと、この館は私が買い取っていいよね」
「はい、どうぞ。お好きなように! 別に私は血がなくてもいいし、そもそも霊だから物理的エネルギーの補給とかいらないもの。これが所謂嗜好品?」
「それは良かった。じゃあ後で連絡用の携帯電話とか持って来るから。これからよろしくね」
ときめき顔でチェルシーは首を縦に振った。
ワルキューレは思う。高齢の女性が女子高生に乙女心を見せるのも大概だな、と。
こうして結凛は吸血鬼霊を抱き込む事に成功した。
☆☆☆
結凛が吸血館を出るとメイドや執事が血相を変えて近寄って来た。心配する声が結凛の耳に突き付ける。一応、悪霊を仲間にした旨を報告した。この館を買収する件を任せて結凛は車に戻った。
既に運転手は運転席に控えていた。
「寝る」
結凛は席に座り一言吐き捨てるとすぐに眠ってしまった。
「疲れたのですね。おやすみなさい」
運転手は白んで来た世界を走り始めた。
後に錬から送られて来るメールに結凛が気付いたのは家に着いた時だった。
結凛は《ドレインブラッド》を手に入れた。




