結凛の冒険(吸血館・前編)
これは銀錬が庭宮苺夢に襲撃される昨晩の話。
制服を身に纏った蘭鳴学園高等部生徒会役員生徒会長灯磨結凛はリムジンに乗りながら山の道路を走っていた。
「そろそろでございます、結凛様」
「わかったよ、木村さん」
返事をしてから結凛は走っている車の中から道路下の森を見渡した。
日中は青い空のお天道様の恵みを受けて青く魅せている木々の葉も今は暗闇で照らされている。舗装されているとはいえ、車の通りもあまりないこの道をリムジン一台のライトでは寂しさだけが増していくようだった。
――――こんなに寂しくては不安だけが隣で優しく寄りそってくれるているような感覚に陥るな。光があるここから出れば暗闇という名の別世界。
結凛は一枚の紙を手に取る。そこには結凛がこれから行う仕事のために必要な情報が記されている。それは所謂依頼書と呼ばれる物。
簡単に言えば除霊の依頼書だった。
灯磨結凛は俗に言う霊能力者だ。常人より鋭敏な霊感、本来見る事ができない存在を視る事ができる霊視、霊障から身を守る術、霊に対抗する手段を持つ霊能力者。その様相はキメラ使いとは異なる。キメラ使いは天然のキメラ使いがキメラ覚醒前に他人のキメラが見える事、覚醒後に天然や人工に関係なくキメラや霊が見える事ができるのに対し、霊能力者はキメラ覚醒前でもキメラも霊も見る事が可能である。
そんなキメラ使いであり霊能力者の結凛は霊能力者側の仮面として生徒会とは別に時々除霊や霊視の仕事を個人的にしている。
「吸血館ね……」
そこが今夜結凛が仕事をする場所、現在向かっている場所。既にバックアップのメンバーとして灯磨家の結凛専属のメイドや執事がその館の前で3日前から待機し外から吸血館と呼ばれる場所を観察している。
「大丈夫でしょうか? 今回の依頼、とてもやばい感じがするのですが」
運転手が結凛に聞いて来た。おそらく暇潰しを兼ねた話題だろう。
「そういえばあなたは少なからず霊感が強いんだったよね」
「はい、私は一般人に毛が生えた程度の霊感しかありませんが今回の依頼者はなんと言うか……嘘臭い」
「そうだね」
「私は結凛様専属の運転手になってから何度か依頼に同行していますが、今回の依頼者は霊による被害というかそのような悩みを持たれる方特有の雰囲気というものがないような気がします。それにこの依頼を受けた霊能力者は全て死んでいる」
「それだけ今回の霊が強力という事だね」
「霊能力者を返り討ちにする、それは単純に霊の強さや危険度の指標となると常々結凛様は言っていましたね。だとしたら少しでも吸血館に入る協力者が必要なのでは?」
「あなたの言いたい事はわかる。しかし、私の知り合いに信頼できる霊能力者の伝はない、それに霊能力者が死んでいる以上安易にキメラ使いに協力も仰ぐ事もできない」
運転手は緊張したような声で言う。
「キメラ使いには霊障に対する耐性がない、ですよね」
「そう、キメラ使いは憑依や祟りなんかに弱い、霊は見えても耐性は一般人程度だから霊能力者が殺されるくらい強力な霊にはほぼ太刀打ちできない」
それこそが霊能力者として結凛が友人達に協力を仰がなかった理由だった。
「しかし、殺された霊能力者達が詐欺師などであった可能性もありますね」
「可能性はあるけどどっちにしても一般人を殺せる程力の強い霊である事には変わりない。そもそも本来霊は霊能力者と呼ばれるプロくらい霊感が鋭敏じゃないとその存在感を察知できないもの、一般人では気配すら感じない霊が見える時点でその霊は異常なの。しかも大半の人間は霊に対して身を守る術がないからね」
「逆を言えば霊能力者はそんな危ない霊と命がけの戦いをするわけですから。私は心配です。結凛様がいくら母親の霊能力を受け継いでいるからといってこんな危ない目に会うなんて」
「今更だけどね。蘭鳴学園の生徒会に入った時点で既に私は危ない橋の真ん中にいるようなものだもの」
「それは……旦那様もまさかここまで危ないものだとは思っていなかったからです」
結凛は別段何の反応も見せる事もない。
「そうかな? 蘭鳴学園の生徒会は財界の権力の一つと言われてる、お父様も後継者でない私なんかでその権力を手に入れる事ができたんだから安い買い物だよね」
「…………旦那様は結凛様もちゃんと愛していますよ」
結凛は何も答えない。その表情は普段の彼女から考えられない程無表情だ。
運転手もそんな雰囲気を感じ取ったのか話題を戻す。
「そういえば今日の除霊の仕事は今までとは違うようですね」
「今日の仕事は仕事として依頼を受けたけど、その実目的は別にある」
そう、霊能力者である結凛は今日別の目的で依頼を行う予定だ。
「それは私自身が悪魔と戦うための力を手に入れる事」
結凛は4月の蘭鳴学園であった事件を思い出した。
リリスこと鉄真夜が起こした4月の間から5月の初めまで起こした事件。それは初めて結凛――否、結凛の代の生徒会が悪魔と遭遇した事件。悪魔である真夜と戦闘した際、錬を除いて生徒会役員は全滅した。今まで遭遇した悪魔とは一線を画する戦闘能力に結凛達は何もできなかった。運良く錬がキメラの能力に覚醒したため辛うじて勝利し、錬の友人である鉋高貴という悪魔が死んでしまった結凛、通流、ジュウクを生き返らせたが錬を除いて誰も太刀打ちできなかった。
「あれから錬君の指導の元、私と通流は強くなった。特に通流は錬君と肩を並べる程に。だけど私は強くなった自覚はあるけどあまり伸びた感じはない。目立つ強化点と言えば召喚した者を召喚する前の位置に還す事くらい」
結凛は窓の外に見える大きな館を目に写す。
「そして私がさらに強くなるために出した結論は強い者を仲間に引き入れる事。それこそが今回私が霊能力者として依頼をする目的、私は私の力として悪霊を仲間に引き入れる」
そう、これは結凛自身のための、生徒会のための仕事だった。
☆☆☆
結凛は目的地に到着した。
「大きいな」
山中に建造されているだけあって館は大きい、造りは見るからに洋風の3階建て。そして結凛は館全体からただならぬ気配を感じている。
――――危険な感じがヤバい。でも何だろうこの感覚は? 今まで感じた事がない感じなんだけどはっきりしない。危険な感じなのは確かだけど……これは恐怖?
結凛はイマイチ自分が感じてるものを理解できないが、お手伝いの協力者達とともに準備をする。結凛は用意してあった椅子に座り休憩している。
館に突入するのは日が出てからだ。真夜中に霊の住み処に入るのは自殺行為に等しいからだ。
「どうしても人間という生物は闇に対して無条件で少なからず恐怖する生き物らしいからね。恐怖というのは霊から身を守るのに必要な精神力を無意味に削る」
お手伝いさん達が準備をしている間、結凛はこの2日間お手伝いさん達に頼みドローンで撮影していた映像を見る。
映像に映る館は別段変わった様子はない。強いて結凛が思った事は、書類上の所有者がいるとはいえ管理人がいないのに綺麗だという事だった。
――――建造されたのは第二次世界大戦終戦後間もなくだと聞いている。人が住んだのは1948年から僅か5年程度、理由としては山奥という立地において交通の便が不便だからといって当時の所有者は所有権を放棄する事なく立ち去った。その後は空き家になりながらも現在の所有者、今回の依頼者に相続された。
「ふむ……だとしたら問題が――」
その時、結凛は肌がぞわっとなった。
明らかに館に棲む悪霊が強い存在感を発した。
結凛は館の方を見る。両開きの扉が勝手に開いていく。
扉の先は闇――
気付けば結凛は見慣れない屋敷の中にいた。
真後ろには先程まで見ていた扉、目の前には2階へ続く大きな階段が途中で二またに分かれている。左右はシンメトリーに扉が一つずつ、また光源は壁にかかっている蝋燭の火だけで現代のような明るさもなければ自然の明るさもない。
「ここはまさかあの館の内部? 事前に見た見取り図では玄関ホールにあたる場所?」
結凛は内心焦っていた。
――――まさかこんな形で敵地へ誘われるなんて。
結凛は自身の持ち物を確認する。除霊に必要な道具はあった。ブラウスのポケットに常備しているルビーとシルバーチェーンのネックレス、それこそが結凛にとっての除霊道具だった。また小さいLEDライトもあって、錬が便利だと言って100円ショップで買ったらしく生徒会役員全員に配っていたものだ。しかしそれ以外は何もない、食料も飲み物もない。ある意味肝だめしらしい最低限の道具しかない。
――――まあ元々そんなに長居する予定はない。いくら広い屋敷といえども探索に何日もかかるわけでもないだろう。とりあえず強力な気配がする場所へ向かおうか。今度は油断しない。
結凛は小さいLEDライトの点けて歩き出す。霊の気配がする場所は3階のちょうど結凛がいる場所の反対側、つまり一番遠い場所。
「見取り図の通りなら中庭を突っ切るのが一番早いんだけど一旦廊下に出る必要がある。もう1つの道はこのまま階段を上って廊下を周回するか」
結凛は歩きながら考えて、このまま階段を上って廊下を周回するルートを直感的に選んだ。
玄関ホールにある大きな階段へ向かう。
シャンデリアの真下を通過する。
ぶわっ! と結凛は浮遊感に包まれた。
「うっ、これは!?」
間もなく落下していくとわかる。結凛は浮かび上がる階段にしばらく見惚れてから見えなくなったからすぐ様自分が吸い寄せられる先に光を向けると心許ない光が迫り来るものを僅かに映し出した。
「針ぃっ!?」
結凛は床に手を伸ばすが届かない。
「ワルキューレ!」
「御意!」
結凛はワルキューレを出現させた。ワルキューレは結凛の手を取り白い翼を羽ばたかせて飛び上がる。迫り来る針から遠ざかり、結凛はワルキューレに手を引かれ針の穴から抜け出し床に着地した。
結凛はスカートが汚れるのを気にする余裕もなく床に座り込み、安堵の溜め息を吐いた。
「ありがとうワルキューレ」
「いえ、私の命は結凛様の命、結凛様を守るのは光栄です」
「それにしても……」
結凛の目の前には暗闇を吸い込むような穴がある。
「床が両開きの扉みたいに開く古典的なトラップね」
「私もびっくりしました」
「だよね」
結凛はそれを見てとある思考が駆け抜ける。
「なるほど、これか」
「これとは?」
「この館の霊を除霊しに来た霊能力者が全員殺された原因」
「……ああ、なるほど」
結凛は下ろした腰を立たせてスカートをはたく。
「霊能力者はあくまで霊能力者。言うなれば霊専門の退治屋、除霊をするのに必要なのは身体能力ではなく精神力と知恵である。逆を言えば霊能力者は普通の人間程度の身体能力しか持ち合わせていない、霊能力者にとって脅威は普通の人間と同じ物理的なもの。交通事故や通り魔、あるいは偶然落ちてくる鉄骨とか本物の拳銃とかね」
結凛は抜けた床の底を見る。暗闇のベールがそれを遮っている。
「つまり大体の霊能力者はそもそもこの館の霊に会う前に物理的トラップで死んでいる」
「人間は普通空飛びませんからね」
「そういうこと。ワルキューレ、悪いけど私を階段まで連れて行って」
「わかりました」
結凛はワルキューレに抱きかかえながら抜けた床を飛び越えて階段に着地する。
「しかし、この罠は大掛かりですよね。霊が作れるものなんですか?」
ワルキューレは周りを警戒しながら結凛に聞いた。
「不可能ではないかもしれないけど……どうだろう? もしあの罠がこの館の霊が作ったというなら心霊現象としてはポルターガイスト現象に属するのかな? でもここまでのものを作れる程の事例は聞いた事ない」
「そうですね。ポルターガイスト現象と言えばイメージとしては子供を浮くとか皿が飛ぶとかタンスが倒れるとか大雑把な感じですからね」
「そうそう、物理的に物を動かす事ができる霊はかなり少数だと思うんだ。そうでなければ今頃世の中は勝手に物が飛ぶファンタジー世界だもんね。そしてのその少数でも大半は物を浮かせるだけの大雑把なもの、そこに超心理的――所謂人間における超能力によるものも含まれる可能性も考えるとさらに少数。その少数の中でもパワーや精密性というのも加味してかつ、このような罠を作る知識や知恵を有するとなるとほぼいないんじゃないかな?」
ワルキューレは少し考えてから口を開く。
「物質化現象とかはどうでしょうか? 霊が物理的な媒体などを利用して物質化する現象というあれです。この館の霊が館を媒体として生前の記憶のからくり屋敷か何かを物質化した可能性はありませんか? そう考えれば結凛がこの館の中に瞬間移動した理由にも説明が付きませんか?」
結凛は目を見開いた。
「私……この館の中に瞬間移動したの?」
「気付いてなかったんですか? 私はあの感覚を知っています。結凛が感じたあの感覚は結凛が能力を使って私を召喚している感覚によく似ていましたよ」
「瞬間移動……でもあの時の感覚に心霊的なものは何も感じなかった。そもそも瞬間移動は物質化現象とは別現象だと思うけど……それに私はこの館自体から霊的なものは何も感じない。あくまで感じるのは大きな霊の存在だけ」
結凛はワルキューレと話しながら階段を上った。途中二またに分かれる階段は右を選んだ。
思考を巡らせた事で芽生え始めた恐怖が薄れていた。そして冷静に考えた結論を導き出し、階段を上りきったところで結凛は言う。
「面倒だ。ワルキューレ、天井や壁を壊して行くよ」
「え? えぇ……」
結凛の作戦にワルキューレは困惑した。
「いいのですか? 一応これ他人の所有物ですよ?」
「後で買い取るなり弁償すればいいでしょ」
「わかりました」
ワルキューレは腰の鞘から剣を抜くとジャンプして天井を切りつける。
一閃二閃三閃……剣が通る。
ワルキューレは着地すると天井を見上げる。しばらくしても天井が崩れる気配はない。
「切れてません。確かに手応えはあったのですが」
「確かにワルキューレの剣は何でも切れるわけではない。だけど、たかが建物の天井が切れないのはおかしい」
ワルキューレは剣を鞘に納める。
「やはり物質化現象でしょうか? それとも他に何か心霊現象でも働いているのでしょうか?」
「どうかな……そもそも物質化現象というのは文字通り霊が媒体を用いて物質化して普通の人間の視覚でも見えるようになる、ただそれだけの心霊現象だ。何にしてもただ1つわかる事がある。この館は館自体が普通じゃないって事がね」
結凛は通路の先を見る。しかし物理的に暗く何も見えない。そしてすぐ近くの扉を見つける。
「結凛様?」
結凛は一番手前にあるドアの前に立つ。ワルキューレは怪訝な顔をしながら、じっとドアを見つめる結凛を見てから視線の先のドアを見る。
「長時間車に揺られていた疲れからか急な出来事に気が動転していたせいかはわからないけど、どうやらここに来てようやく感が研ぎ澄ませれて来たらしい。このドア……開けるのは何か凄くヤバい予感がする」
「ならば開けなければいいのでは? 他にもドアはあります。後ろ側にもありますよ」
「悪いけど私はこっち側の部屋に用があるの」
しばらく無言で考えてからワルキューレに言う。
「ちょっとこのドアをどうにかして開けてくれない? なんなら切ってくれても構わないから」
慎重な結凛の物言いにワルキューレは頷き、剣を抜くとドアに一閃。しかしドアが切れる事はない。
結凛の勘は良い、それは結凛自身のキメラであるワルキューレもわかっている事だ。しかし問題は結凛の勘は抽象的というべきか、あるいは具体的ではない。現に今もどうしてドアを開けてはいけないのかわからない。ただ開けてはいけないのか、開けた先の部屋がヤバいのかまではわからない。
そして結凛が今している事は観察だ。
「キメラは自由に壁をすり抜ける事ができる。だけどワルキューレの剣で切れないんだからすり抜ける事もできなさそう」
ワルキューレは剣を片手に結凛を庇うように前に出る。
「私が開けます。結凛は私の背に隠れていてください」
「頼んだよ」
ワルキューレはドアノブに手をかける。
「蛇が出るか鬼が出るか」
ドアノブを回した。
がちゃりとドアが開く音が鳴る。
「うぐっ!?」
ワルキューレは呻き声を上げる。
「どうしたの!?」
結凛は前を見る。僅かにドアの隙間から漏れるやわい光を見て、ワルキューレの手元を見る。
「くっ、結凛様のドアをぶった切れという判断は正解でした。このドアノブ、開けると同時に針が飛び出す仕掛けです」
苦痛な表情でドアノブを握るワルキューレの手の甲からは太い針が貫通していた。血のようなものが溢れて手を伝っている。
結凛はワルキューレを自分に戻し、再び出現させた。ワルキューレの手に空いた穴はすっかり治っている。
「玄関ホールといいこのドアといい、どうやらこの館は罠が散りばめられているようですね」
ワルキューレは剣の鞘の先でドアを押して開ける。
「今の罠からは悪意を感じた。どうやら防犯とかそういう目的のものではないみたい、人を傷付けるそのものが目的かもしれない」
ドアを開け切ると新たに空間が繋がる。
部屋の外から見る限りどうやら寝室のようだ。ワルキューレは剣先で床を叩いて罠の有無を確かめてから慎重に足を一歩踏み入れる。
「どちらへ向かいますか?」
「とりあえず窓に向かう」
ワルキューレが一歩ずつ慎重に前を歩きながら結凛は後ろを付いて行く。
やがて窓の側まで来る。ワルキューレは結凛がこれから何をしようか考え、窓に罠が仕掛けられてないか調べ始めた。最後に剣で窓を切りつけたが窓には傷一つ付かない。
「おそらく異常はありません。しかし窓を開ける時に作動する罠があるかもしれません。ここまで来たのはいいですけど、これからどうするのですか?」
結凛は窓の外、視線の先は中庭の先、反対側に位置する窓。
「壁や天井が壊せないなら外から行く。君がいるなら飛んで向こう側まで行けるしね」
「なるほど、それならこんな危険な屋内を歩き回る必要がありませんね。名案です」
ワルキューレは鍵を外して鞘の先で押して窓を開けた。
「さあ行きましょう」
結凛は黙ったまま顎に手を当てる。
「どうしました?」
「おかしい」
ワルキューレは要領を得ないらしい。結凛は履いている靴を脱ぎ窓の外へ向けて投げた。
しかし、靴は外に出る事なく跳ね返り床に転がる。
「どういう事ですか?」
ワルキューレは窓から手を出すが難なく外に出る。
「窓を開けた時は少なからず風が流れる。でも今、そんな感じが全然なかった。そして靴を投げたら案の定、どうやら物理的なものは通さないみたい」
結凛は指先でちょんちょん見えない壁を触れる。
「これは無理、おとなしく館内を歩けって事か」
結凛は靴を履くと再び歩き始める。ワルキューレも急いで結凛の前を歩く。
結凛は部屋から出ると右の道と左の道を交互に照らすと右の道を選んだ。
「どうやら霊にとってこれはゲーム感覚らしい」
「どうしてそう思ったのですか?」
「ここまで私達が引っ掛かった罠は2つ、逆を言えばこの罠に関しては回避しようと思えば回避できるし突破も可能、現に私はここまで罠に嵌まっていながら無傷だし。だけど壁やドアを壊す、窓から外に出ると行為ができない。あくまで私の推測だけど、この館がどういう力や現象が作用して壊せない壁やら見えない壁やらを作っているかはわからないけど、この館のルールでは他の空間つまり部屋や外へ出るにはドアを開ける必要があるんじゃないかな? ドアとかに物理的な罠こそあるけど超常的な作用はないもん」
「つまりドアを壊すのは駄目だけどドアを開けるのに制限はないという事ですね」
「普通は窓から外に出ないし壁もドアも壊さないからね。そう、ここでできるのはあくまで普通の事だけ、ただし罠がある」
「確かに結凛様の言う通りどこかゲーム染みてはいますね」
結凛はしばらくすると3階へ続く階段を見付ける。しかし結凛はそれを無視して通り過ぎる。
「上らないのですか?」
「嫌な感じがするから」
結凛は階段から先程のドアノブの仕掛けと同じような悪意を感じ取った。
「この館には3階へと続く階段が3つある。玄関がある西側を除く3方向にある辺の真ん中の位置」
「この階段は北側の階段になりますね」
「もしかしたら他の階段なら大丈夫かもしれない」
結凛は廊下を進む。角を曲がり再び階段に差し掛かる。
東側の階段、ここを上れば霊がいる場所のすぐそこだろう。
「ここは大丈夫ですか?」
「北側よりヤバい感じがする。次行くよ」
結凛は再び廊下を進む。角を曲がり、しばらく歩くと途中から階段が月光で南側の階段が照されて見える。
「これは北側の階段が一番マシかな?」
そう言った瞬間、結凛は風に肌を撫でられた感覚を覚えた。結凛は振り返る。ワルキューレはその正体がはっきり見えてすぐ様、振り向いた結凛の前に庇うように舞い出た。
「矢!?」
結凛の視界に映るのは月明かりに照された矢の大群。
「はあぁぁぁぁぁぁっ!」
ワルキューレは声を上げながら剣を振るう。連続で振るわれた剣は何本もの矢を切り叩き弾いて鳴り響く。
ワルキューレが剣を振り上げて矢を弾けると、矢の猛攻が止まる。ワルキューレに防がれた矢達は床に散らばっている。
結凛には傷一つ付いていない。
「ありがとうワルキューレ。それにしてもボタンを踏んだりした感覚はなかったんだけど」
「私にもそんな感覚はありませんでした。どうやって罠が作動したのでしょう?」
「思い返せば最初の罠もどうやって作動したかわからないな。まあいいか、罠がある度に推察なんてしてたら時間がいくらあっても足りない。さっさと3階へ行くよ、ちょっと危ないけど北側の階段まで戻る事になるけど」
結凛とワルキューレはそのまま進み玄関ホールのエリアまで戻りそのまま再び北側の通路の階段に館を1周する形で到着した。
結凛は階段の先を見上げる。
階段は一旦中間の踊り場に出てから引き返すように3階へと続いている。
「ここからじゃほとんど3階が見えない」
「それ以前に絶対この階段罠がありますよね」
「絶対かどうかは知らないけどできるだけ罠にかかるリスクは減らすべきだよね。という事でワルキューレ頼んだよ」
「わかりました」
ワルキューレは右手に剣を持ち左腕で結凛を抱えて飛ぶ。飛ぶには広いと言えない階段をふわふわ上る。
中間の踊り場に出てターンして3階へと進もうとする。
ぞわり。
結凛は一瞬心臓を強く打った。
「ワルキューレ! 私を3階まで投げて!」
「え、あ、はい!」
結凛はワルキューレに3階へ向けて投げられた。3階へ到着して滞空しながらワルキューレを召喚した。
その時、がしゃんと踊り場の方で音が鳴った。華麗に着地し踊り場を見ると壁から壁に槍のような棒が無数刺さっていた。
「馬鹿な! なぜ罠が!?」
ワルキューレが激昂するが結凛はあくまで冷静に考えを口に出す。
「初歩的な事を忘れてた。壁や床のボタンなんて古典的な方法で作動させてたんじゃない、赤外線センサで作動してたんだ。今や一般家庭の防犯にもトイレにも使われている技術、珍しいものじゃない」
「それでは私がドアノブの罠に引っ掛かった理由に説明がつきません」
「あのドアノブは単純にドアノブが回れば作動する仕掛けでしょ。別に全ての罠にセンサーを導入する理由もない」
結凛は疲れからか溜め息を吐く。
「とにもかくにももう3階、後は霊がいる部屋へ向かうだけ。まあこの3階どんな罠があるか不明、もしも霊が見えているなら驚いているはずだ。私がここまで無傷で来れたのをね」
結凛は勝利を確信したような笑みを浮かべながら西側にある部屋――霊がいる部屋へ向かって歩き出した。




