退魔剣師(1)
7月最初の日曜日、遠足下見の一週間前にあたる日。
昼飯時、錬は昼ご飯を買うために家の近所にあるコンビニに足を運んでいた。今日、錬の家は錬以外が用事で出掛けている。いつもご飯を作ってくれる曾祖母もいないため錬は自分で昼食を用意する必要がある。自炊できなくもないが皿洗いする手間を考えるとコンビニで済ましたくなる。
錬は買い物カゴにはオーソドックスな弁当1つと菓子パンを数個入っている。そのまま数分漫画雑誌を立ち読みをしてからレジへ向かった。この場での昼食代は自腹だが後で曾祖母からその分のレシートを見せれば代金は戻って来るので大して痛くない。会計を済ましてから駐車場に停めてある自転車のカゴに買い物袋を入れてから、自転車に乗り自宅へ走り出した。
ここまでは錬にとって何のとりとめもない普通の日常だった。
自転車で帰宅していると錬は少し離れた先に美少女がいるのが目に入った。
体形は中肉中背、黒髪のポニーテールは髪質のためかふわりとしている。ベージュのブーツ、水色ジーンズのホットパンツ、白いシャツというシンプルな服装。
視界に入ったその女を意識したため錬は美少女と認識したが、いつもなら視界に入っても認識しない。しかし今、錬は意識した。その理由はその女が肩に下げている剣道の竹刀を入れるような細長い袋、服装に似合わない得物が目を引いた。
――――剣道やるような奴に見えないな。道着を持ってるようにも見えないし。
錬が凝視していると女子はそれに気付いたのか睨み返した。
――――こわっ、さっさと帰ろう。
錬は視線を外してそのまま通り過ぎようと決めた。しかし、女子は道を阻むように道の真ん中に出た。横断するのかと思った錬は自転車を止めて横断するのを待とうとしたが、女子は止まっている錬を真正面から見据える。錬は初めてこの女子が自分に用があると結論付けて声をかける。
「何か用?」
錬の言葉に殺気を込めた目で女子は返す。
「そう……」
そして竹刀を入れる袋から鞘に納めた刀を取り出して袋を投げ捨てた。すると、右手で柄を握り左手で掴んでいた鞘から引き抜いた。無論、そこには刀身が現れる、刀身はぎらぎら照らす太陽光を反射してきらりと一閃。
「魔の者を殺めるため、いざ」
女子は駆けて錬に詰め寄る。錬は意味がわからず黙って見ていると、刀で首はねられるイメージが浮かんだ。
錬の皮膚に寒気が襲う。
「月読!」
錬は自身のキメラ《月読玉兎》を出現させると自転車を後方に引いた。錬の首があった空間を刀が過る。
「やはり眷属を用いるのね」
「眷属ってこのキメラの事か?」
「それはキメラって言うの? やはり悪魔ね」
どうやら目の前にいる女子はキメラが見えるらしい。
――――この女は天然って事か。この様子だとキメラ使いではないらしいが、もしかしたら何か切っ掛けでキメラを出現させるかもしれない。しかも何を誤解しているかわからないけどキメラを見て悪魔だと断定している。ん? そういえば高貴の悪魔の定義を拡大解釈すればキメラ使いも悪魔となり得るのか?
とりあえずこの事は頭の片隅においた錬は女子に言う。
「待て待て、俺は人間だ。悪魔じゃない」
「悪魔かどうかはこの退魔刀《巫姫》で斬ればわかる事」
「そんな魔女裁判みたいな……」
錬がわかった事はこの女子がただのクレイジーガールという事だ。
――――何か未来の事がわかったのは今はいい。問題はこの女は真剣を持っていてかつキメラを覚醒させてしまうかもしれない事。いや、真剣だけなら問題ないけど、もしキメラを覚醒させてそのキメラが辺り一帯を被害に合わせるような能力を持っていたらやばい。
錬は自身のキメラを消した。
「キメラとやらなしで私を余裕で倒すという事? 見くびらないでほしいものね」
「こっちにも色々事情があるんだよ」
錬は自転車から下りた。
「参る!」
女子は錬に走って近付いて来る。
女子は左手で刀を持ち錬に向けて右斜め下から切り上げた。錬は一歩下がって回避しようと試みるがわき腹から肩にかけて刃が通り、血が流れた。
という事が錬は頭に過ったため、錬は右足を一歩踏み込んだ。
「え?」
女子の唇からそんな声が漏れた。
錬は右手で振っている女子の左手を思いっきり叩いて刀を叩き落とすと、素早く右足を横に動かし刀を蹴って遠ざけた。そのまま女子の左手を掴み近くの壁に押さえ付けた。
「く、何をするつもりだ」
「何もしないさ、ただの自衛だろ。むしろお前はこんな町中で刀を持ち歩くなんて銃刀法違反だろ」
「離せ悪魔!」
女子が蹴ろうとするのがわかり、錬は体を横に向けて女子の足の間に片膝を割り込ませた。
「ふひやぁっ!」
女子はびっくりしながらも色っぽい声を上げた。
錬は女子の両手を上に上げて手首で交差させるとそこを片手で押さえ付けた。
「何をするつもり?」
「何もしないからちょっと黙ってろ」
錬はフリーになった片手でポケットからスマホを取り出して電話をかけた。
「結凛の奴出ないな」
しかし、連絡した相手である結凛は電波が届かない場所にいるらしく繋がらない。
「あ、あの銀君……な、何もしないから足退けて……」
錬はスマホを耳に当てたまま女子の言葉を無視する。錬としてはせっかく拘束できたのに自由にして暴れられても困るので退ける気はない。
しかし女子の方は切実だった。
錬の足――詳しく言うならば太ももは美麗な顔に反して結構太かった。そのため女子は錬が思っているよりも足を開く事を強制されていた。女子の太ももは錬の膝が触れており、すぐ股下にある男の膝を強く意識してしまう。しかも錬の膝の位置が高く、錬の膝に触れないように自身の膝を曲げながらも爪先で立っている。
今も股の下では暑さと男の色を肌で感じてしまっている。
「出ないな。しょうがない、通流に電話かけるか」
錬はそんな女子の様子など露も知る気などなく生徒会役員副会長である通流に電話をかけた。
「はぁはぁ、お願い銀君……足を」
女子は色付いた涙を目に浮かべて懇願するが錬は尚無視して繋がった通流と話し始める。
「やあ、日曜日なのに悪いな。ちょっとクレイジーな女に絡まれたから助けてくれ」
『意味がわらねーんだが』
「真剣持った女に襲われた。どうやらキメラが見えるらしくてね」
「上に足をずらさないで!」
『それは本当か? だがそういうのはまず結凛に言え』
「その結凛が電話に出ないんだよ。結凛の連絡先はケータイ以外知らないし」
「う……ん、はぁ……足が疲れてもうダメ」
『まあいい。どっちにしてもその女ただ者じゃないらしいな。とりあえずそっちに迎えを寄越す。話は学校でしよう』
「お~け~」
錬は通話を切りスマホをポケットに仕舞った。そして大きな溜め息を吐いて言う。
「何で優雅な日曜日に俺はこんな事してるんだ?」
そして錬は目の前にいる押さえ付けている女子を見る。疲労と暑さで紅潮した顔、今にも涙が零れそうな目、不規則な吐息、耐えるようにたまに紡ぐ唇、透明な筋が引かれたうなじ、腰を下ろすまいと錬の膝を締め付ける太もも。
思わず錬は呟く。
「え? なんか凄くエロい」
「ん……ふはぁ……この痴漢」
「痴漢じゃなくて悪魔だろ」
そう言ってから錬は想像してしまった。自分がジュウクとキュートを同時に押さえ付けるシーンを。
――――まだジュウクの魅了が僅かに抜けてないのか、もはや呪いだな。キュートで妄想したはずなのに重なって見えるとか。
錬はジュウクの幻視だけ振り払った。錬はちょっとだけ幸せになれた気がした。
「鬼、悪魔、痴漢!」
「うるさいな」
錬は月読玉兎を出現させて蹴って遠ざけた刀を取りに行かせた。
「あ……」
その瞬間、女子はエロい雰囲気で勝ち誇った顔をした。しかし、月読玉兎が刀身に触れると一転、快楽の中の絶望のような表情になる。
「真剣とは危ない奴だ」
錬は言いながら、月読玉兎で鞘も回収し刀を納めて地面に投げ捨てた。
「うぅ……ん……」
錬は女子の艶やかな声をBGMに考える。
――――しかし、さっき未来が見えたのは間違いなく月読の劣化能力だよね。さっきは勝手に未来が見えたけど……う~ん、あれは見えたというよりわかったに近い気がする。例えるなら過去の事を思い出す時、カメラとかで録画した映像や写真を見るんじゃなくて記憶を直接思い出す感じ。いや、もっとわかりやすい言い回しがあるな。俺は未来を知っている。そう、凄く曖昧だが正確に未来がわかる。
劣化能力。それはキメラの持つ能力を本体が持つ下位互換の能力だ。通流の《部分硬化》やジュウクの《性転換》がこれに当たる。
「し……ろがね君、早く、足が……はぁ」
――――それにしても全知から予知なんて随分スケールダウンしたな。まあ、あまりこれは脳に負担がかからないみたいだから別にいいけど。どれ、ちょっと予知してみるか。通流の迎えは何時来る?
しかし、錬は10秒程待ったが迎えの車が来る事がわからない。
――――う~ん、もしかして予知できる先の時間に限界があるのか?
錬はスマホを取り出して時間を確認した。もうすぐ午後1時間なる。予知能力でスマホの時間を確認した。
結果、わかるのは10秒以内先の事だった。正確に表現するならば10秒先の事ではなく、10秒以内の事全てがわかる事。1秒後、2秒後、3秒後……10秒後がわかる。
そして錬は実験を始めてから約6秒後にこの均衡が崩れる事がわかった。
錬は頭の中でカウントダウンを始めた。
――――6、5、4、3、2、1。
「0」
「もうだめ!」
女子は糸が切れたように腰が落ちた。錬の膝に足を開いた女子が前部分で着地した。
「ひぅ……!」
きっかり6秒。錬の予知通り、女子は足が崩れて錬のももに乗った。女子は錬のももに下半身を押し付けながら恥辱を感じた表情を見せながら言う。
「くっ……殺せ」
「殺したら殺人罪で逮捕されるだろ」
もう女子は諦めたのか錬のももに座っている。
「そんな事よりお前、名前は?」
「何で答える必要あるの?」
錬は静かにももを軽く前に押した。女子は一瞬黄色い嬌声を上げる。
「わ、わかった言うから! ぐりぐりしないでぇ! にわみや、庭宮苺夢!」
「ふ~ん」
錬は膝を退けた。退けたと言ってもさっきより少し下に戻しただけだが。
「それでお前は何で俺の名前を知っていたんだ。調べたのか? 言わないとわかってるよな?」
「言わないとどうなるの?」
「わからないのか。さっきみたいに膝で舐め回す」
「誰が言うものか!」
「いや、今の会話の流れでその返答はおかしいでしょ」
錬の個人情報は別にトップシークレットというわけではない。現にカミナはネットから情報を拾っているくらいだ。
錬は予知した。10秒先までの出来事がわかり、錬は内心呟いた。
――――この変態クレイジー女が! まさか想定と真逆の事が起きるとは。教えたくないの建前かよ。
錬は仕方ないので他の方法を考えてから言う。
「悪魔の俺が本気を出せば手を引きちぎるくらいわけないんだが、そっちにするか」
庭宮苺夢は見るからに顔を青くする。錬は予知してこの方法が成功した事を確認した。
「お、同じ学校だから……銀君の事は生徒会だから知ってて……」
「庭宮お前、俺と同じ蘭鳴学園の奴か。なるほど、金持ちのお嬢様だから真剣を持ってたのか」
錬はびくんびくん怖がっている苺夢の事情聴取と並行して予知していると、通流からの迎えが来るのがわかった。
「まあいい、とりあえず話は学校でしようじゃないか」
「ひ、ひぃ! ごめんなさい!」
錬は通流からの迎えの車が来ると扉を開けるように指示し、苺夢を無理矢理後部座席に押し込んだ。
「待って銀君! せめて刀だけは回収して!」
「当たり前だ。こんなもの道端に捨て置けるか」
錬は運転手に刀をトランクに詰め込んでいいか聞いてからトランクに入れて自分も後部座席に座った。
「自転車は家に戻しといて」
「かしこまりました」
錬は現代日本で真剣を振り回すようなクレイジー少女苺夢を連れて蘭鳴学園へ向かった。




