才能VS異能(2)
「やってしまった」
錬は教室の机に突っ伏して後悔の念に駆られていた。
結局、錬はキュートもといジュウクのゲームを受けてしまった。つまりそういう事だった。
――――欲望の前には異能とか関係ないんだな。相手は男とはいえ体は女だ。やばい、あの裸体が脳裏に焼き付いて離れない。
「俺はジュウクに負けたわけじゃない、キュートに負けたんだ。もっと言えば欲望に負けたからジュウクにもキュートにも負けてない」
錬は突っ伏しながら小さい声でぼそぼそ呟いたため、周りにいる友人達には聞こえていない。
「錬さんに一体何があったんですか?」
今朝、キュートがいた現場に居合わせなかった高貴が真夜に説明を求めた。真夜は今朝の事を適当に話した。
「ほお、それはまた」
高貴は特別驚く事もない。
――――この人達には言えないけど錬さんの性癖とか思春期特有のあれを隠してるのをたまたま出したままの見て知ってますしね。
高貴はそう思いながら邪悪めいた愛想笑いを浮かべるだけに留めた。
外野の会話をBGMに錬は熟考する。
――――まあジュウクも友達だし、罰ゲームと言っても大した要求をしないだろう。というか負ける気なんてさらさらないし。というよりジュウクはまだ仕掛けて来ないんだが……。
今はもう昼休み、当のジュウクはこちらから目が見えないようなサングラスを今もかけながら友人と雑談している。今まで授業があったとはいえ短い休み時間は何度かあった。さらに授業中はジュウクにとって圧倒的有利な状況だった。なぜならジュウクの席は錬の席の一つ前でありその右側、つまり2時の方向の席というゲームの性質上錬にとって不利な位置にある。
――――つまりジュウクには授業中に俺に眼を見せるより確実性の高い状況あるいは作戦があるという事か。まったく予想できないけど。しかし、確かに通流が負けたのも納得だ。既に俺は何度もジュウクに視線を向けてしまっている。自殺行為とわかっていながらもついそっちを見てしまう。
そう、意識をしてはいけないとわかっていながらも錬はジュウクに目を向けてしまう。平たく言えば気になってしまう。錬には空間認識能力という才能で見えなくともジュウクの大まかな位置を把握できる。しかし、それがイコールとして見ないという行為には結び付かない。今だってジュウクが教室の後方にいて錬が背を向けていながらも、ちらっと時々ジュウクを横目で見たりしている。
何にしても後5時間でゲーム終了時刻になる。
☆☆☆
結局午後の授業時間ではジュウクは一度もサングラスを外す事などなく放課後となった。
錬、高貴、心花、真夜、カミナは教室から出た。
「じゃあ私は図書委員の仕事があるから~。その後部活~」
「心花も部活行くね♪」
真夜と心花はそう言ってこれから生徒会室へ向かう錬達残った3人と逆方向へ歩いて行った。妙にご機嫌な真夜が印象に残る。
「さあ、私達も早く行きましょう」
カミナが言って3人も歩き出した。
「そういえば高貴も来るのか? お前は真夜と違って生徒会と協定結んだだけだから来なくていいんじゃないの?」
「まあまあ、1人で帰るというのも寂しいですから。それに錬さんが行くならそれだけで生徒会室へ遊びに行く理由になりますし」
「生徒会室は遊び場じゃないよ」
錬と高貴が会話しているとそう言って背後からジュウクが割って入った。ジュウクはそのまま錬の右側に並んだ。
「言っとくけど生徒会業務をサボりまくってたお前に説得力はないよ」
錬が見ながら言い返すとジュウクはサングラスに指をかけた。
――――しまった! やられる!
錬がとっさに顔を背けると自身を見上げていたカミナと目が合った。
「えっ、何?」
「いえ、錬こそ急に私の方を見てなんですか?」
「何でもない」
錬は心臓がばくばくした。
――――危ない。カミナだったから良かったもののジュウクだったら負け確だったぞ。
そして錬は冷静にジュウクからの音に耳を澄ますがサングラスを外した音は聞こえない。
「化物見たみたいに目を逸らすなんて錬君は失礼だね」
ジュウクは呆れたように言った。
「悪かったな」
「別にいいけど。でも今度からはちゃんと目を見て謝ろうね」
「善処するよ」
そんなこんなで4人が生徒会室に到着すると既に結凛が生徒会長専用席に座りイヤホンを耳にパソコンを眺めていた。
蘭鳴学園は上流家庭や御曹司の令息令嬢が通う学校であり、学園の内部事情や生徒の情報は秘匿性が高い。そのため外部からのハッキングなどによる情報漏洩を防ぐ目的により生徒会の資料は基本的に紙によるやりとりが行われている。全てが全てそうというわけではないが錬は未だにパソコンを使った生徒会の仕事を見た事がない。電子資料の作成、プリントアウトやコピーはどうやら外界やネットから遮断された部屋とパソコンでのみ行われているらしい。
そして結凛が使っているパソコンは生徒会役員の私物であり当然ネットにも繋がっているため少なくともパソコンによる資料作成や学園内部の情報閲覧ではないとわかる。それに手はマウスを握ったままキーボードに手を置く素振りすら見せない。
「何してるのですか?」
カミナは結凛に近付きながら聞くと結凛はマウスを慌ててはいないが素早くクリックした。
「いや、何でもないよ。生徒会がやる遠足の準備も今のところないし今日はあまり仕事がなくて暇だからパソコンで遊んでたんだ」
カミナは結凛の横まで来るとパソコンを覗き込む。
「アイドルですか。結凛もアイドルとか見るんですね」
「そこそこはね」
「この人は最近じわじわ人気が出て来たアイドルシェフの未華実ちゃんですね、朝番組のお料理コーナーで美味しい分かりやすいをコンセプトに一躍人気になった。これは新曲のMVですか?」
カミナはトップアイドルを目標としているだけあってアイドルに結構詳しい。カミナははきはきした声で続ける。
「未華実ちゃんは今年の9代目アイドルクイーン候補です。新人ではないのでアイドルプリンセスは狙えませんが、アイドル探偵のにゃみこやアイドル剣士の蒼樹青葉などと人気を分割してますから。しかし、にゃみこはムーンライトハートと同時期に活躍していたアイドル探偵で初代アイドルクイーン日向一二三の神懸かった推理力に大きく劣るのが相当評価がマイナスに働いているみたいですね。しかし一方、日向一二三も当時《銀家事件》を解決できていませんでしたけどクイーンになれたため、大きくマイナスにはならないのではないかと言われていますが」
カミナが結凛に語って聞かせている中、錬達男3人はお茶の準備を終えて一息吐いていた。錬、高貴、ジュウクはこういうタイプの人間には横から口を出さない方がいいと経験で理解している。方向こそ違えど通流も若干ヒーローオタクの気があり好き勝手喋らせると長く、3人はいっぺんにその餌食になった事があった。
逆に結凛はそういう時でも黙って相手の気が済むまで喋らせるタイプだった。
「カミナちゃん、錬君のいる前でその話はあまりしない方がいいんじゃない?」
そんな結凛が熱く語るカミナの話の腰を折った。
「あ、そうですね。不謹慎でした」
カミナは申し訳なさそうに言った。
――――その言葉の方が不謹慎だけどね。どうでもいいけど。しかし、あの今世紀最初で最高の探偵と言われたアイドル探偵でもあの事件を解決できなかったのか。
むしろ錬はそっちに興味を持ったがカミナにその事を聞いた場合、カミナの憧れで目標のアイドルムーンライトハートが話題に必ず出る事は明らかであり、カミナにアイドル探偵の話題から芋づる式にその話題に移るのは明白でそれは面倒なので錬は口を紡ぐ事を決め込んだ。
その時、錬は結凛と目が合った気がした。興味ある話題を耳にして自然と目を向けていたためだ。結凛はにこりとした。
「それより通流さんと藍生さんは遅いですね。あの人達は一応正式な生徒会役員ですよね?」
高貴は嫌味ったらしく口に出した。
「まあ今日はどうせ暇だし遅れてもいいけど、ちゃんと来てくれないと困る」
結凛は大した気にした様子もない。
その後、5人は座るというより寝転がるような心地のソファに座りだらけながらお菓子をつまみ優雅なティータイムを過ごした。
そんなティータイムの話の種はやはり遠足の事、庶民派学業イベントの遠足山登りはやはり中学時代庶民の学校に通っていた錬が話の集中放火を浴びる事になる。そうは言っても錬も遠足で山登りへ行ったのは小学校が最後、この場のセレブ達よりは知識と経験はあるが言える事はあまりない。
「まあ、ネットで調べた通りに準備すれば低頭山くらい問題ないだろ。毎年観光客が多い程度の山で、道だってちゃんとあるしね」
その時、錬は疑問が沸いた。
「そういえば当日どうするんだ? はっきり言ってあの山自体は指示に従っていれば事故なんて滅多に起こらない。むしろ俺達からすれば一番危ないのは殺人や誘拐だろ」
この学校は所謂上流のセレブ学校、最近は学園に通う令息令嬢も時代の影響か思想思考は庶民派に染まって来てはいるが立場としては大企業のお偉いさんや由緒正しい家元の子供達であり将来を約束された生徒も少なくない。
「言葉は悪いが俺みたいな庶民の子供が通う学校の遠足と違ってそっち方面は危ないでしょ?」
「それは大丈夫、低頭山周辺は交通規制かけて当日は学園貸し切りになる予定だから。それにそれぞれGPS持たせて学園が所有する衛星カメラで常に監視が付く。仮に誰かが遭難しても即座に助けが入る」
結凛が懇切丁寧に教えてくれる。
――――しれっと衛星カメラとか言ってる。
錬は格の違いを見せ付けられた気分だったが同時に御曹子は大変だと思った。
「まあ人間死ぬ時は死ぬけどね」
錬ははっきりと場が凍ったと感じた。
「君が言うと冗談に聞こえないから」
結凛は苦笑いを浮かべる。
「前々から思ってましたけど日本のブラックジョークは笑えませんね」
カミナは呆れている。
「怒られすらしないのは心に来るね」
錬は流石にこのネタは駄目だったと反省した。
しばらくすると通流が生徒会室に入って来た。特に悪びれる様子はない。
「通流は何で遅れたの?」
結凛がバッグを置いてジュウクの隣に座る通流に聞いた。
「いや、昼飯を食べてただけだが」
「もうおやつの時間すら過ぎてるけど?」
「ばあやの弁当は小さいんだよ。美味しいが如何せん精進料理みたいな感じで物足りない」
「わかる」
錬は通流の言葉に食い付いた。
「俺の弁当もばばが作ってくれるんだけど、大きめの弁当なんだが鮭とか漬け物とか入ってるんだ。揚げ物も天ぷらばかりでさ。腹は満ちるがやっぱり肉は食べたいよね? 何で老齢の女はそういうのばっかりなんだろう」
「老女は男子の対極に位置する存在だからな。男子と欲求に応えて答えがずれるのは世の常だ」
「へぇ……。しかし、まさか天下の金剛倉財閥の食事が質素だとは思わなかった。俺はてっきりもっと豪勢な食事だも思ってたよ」
「そうか? たぶん今日の俺ん家の夕飯も魚だぜ。だから肉食べて来たんだ」
「俺の家も魚だろうな。たぶん鯖だな」
「俺んとこはアスピックだと思うぜ」
「ふ~ん?」
錬はスマホを取り出して画面を開いた。それを見ていた結凛が錬がやろうとした事を察して言う。
「アスピックはフランス料理だよ」
「通流、てめぇっ! 何が質素だ! やっぱり豪勢じゃないか!」
錬は怒声を放った。通流は冷静に言い返す。
「いや、今日は魚のアスピックだって話だよ」
「日本ではフランス料理は豪勢な食事なんだよ。日本でメジャーな魚料理と言ったら焼き魚、煮付け、刺身、フライくらいだろ」
「何言ってんだお前、フランス料理はフランスでは一般的な家庭料理だぞ。日本料理が日本では一般的な家庭料理なのと同じだ。ん? まさか錬お前、アスピックを知らねーのか? 魚とかの煮汁を冷やして固めたゼリーみたいなやつだぞ」
「なんだと、つまり煮こごりの事か?」
「日本だとそうとも言うな。ちなみにクエのアスピックだ」
錬は魚に詳しくない。通流が言うクエという魚は聞き馴染みがない。やはり結凛が察して答えを言う。
「クエって言うのは高級魚だね。市場には出回らないくらいランクが高いの」
「市場に出回らないような魚が家庭料理に出るわけないだろ」
錬はよくわからない金銭的敗北感に見舞われながら思う。
――――そういえばこの男はこの学校でもぶっちぎりのおぼっちゃまだった。世界の金剛倉だった。
「超金持ちとまともな会話なんてできるわけないんだ」
「お互い様だ」
錬の嫌味に通流はそう返した。するとジュウクが言う。
「だけどまあ、確かに通流の金銭感覚は凄く狂ってるよね。僕も自分が相当なおぼっちゃまだって自覚あるけど、僕だって年にお小遣い1000万程度なのに通流はこれが月額だからね」
「私は年のお小遣いは日本円でその半分くらいですね」
「俺もそのくらいですかね」
「私はノーコメントで」
「お前らおかしい」
錬は頭が痛くなってきた。何故自分はこんな世間を馬鹿にしたような金持ち学校にいるのだろうという疑問が湧く。ちなみに錬の月の小遣いは2万円である。
「まったく……ウサギさん、あまり気にしないでください。この人達は根本的に私達と金銭感覚が違うんですわ」
今の話を聞いていたのか、いつの間にか生徒会室へ来ていた桜梅が右手に腰を当てて呆れ顔で面々を見下ろしていた。そして荷物を置いて結凛の隣に座った。
「普通の高校生はたぶん月2万くらいですわ。私なんて月1万円ですわ」
「お前はお嬢様なのに少なくない? 俺より少ないじゃん」
「はあ、私の家は確かに家元だからそれなりにお金はあるけどお金持ちみたいなお嬢様じゃないですわ」
「桜梅、俺は初めてお前に親近感持ったわ」
「それは光栄ですわ。でも自分で稼いでるお金もありますし、少ないとは思ってないですわ」
「へぇ、桜梅はバイトか何かやってるのか。感心だな」
桜梅は疑問めいたのか眉をひそめる。
「いえ、ウサギさんももらってるはずですわ。悪魔退治の報酬でそれなりに振り込まれてるはずですわ」
「そりゃあ初耳だ」
錬は結凛を見た。
「言ってなかったかな?」
「こんな話ししたのが初めてだけど。というか振込先教えたっけ?」
「いや蘭鳴学園生徒会役員権限で勝手に作ったから。というか会計のジュウクに渡すように言ったんだけど」
ジュウクがびくりとしてサングラス越しでも目を逸らしたとわかる。
「そういえばそんな事あったね。ごめん錬君、すっかり忘れてた」
「別に困ってるわけじゃないからいいけどさ」
「そうかい? ありがとう錬君」
ジュウクはそう言うとスマホを弄りだした。
結凛はそれを見てから桜梅に言う。
「それで桜梅は何で今日遅れたの? 生徒会役員の中では君が一番真面目なのに」
「補習を受けてたんですわ」
「補習受けるって桜梅はそんなに頭悪かったのか」
錬が意外そうに言った。
「違いますわ! お馬鹿な人が受ける補習じゃなくて頭良くて真面目な人が受ける補習ですわ。ウサギさんにもそれの参加希望するプリント来てませんでしたかしら?」
「そういえばあった気がする。放課後に勉強なんてしたくないからと思って無視したやつかな」
「普段は授業の出席を気にするのにですの?」
「俺がちゃんと授業出るのは自分で勉強する手間を省くためだからな」
桜梅はどうも錬の言いたい事が理解できないようだが、錬は別にこれ以上何を言うわけではなく黙った。会話が一区切り付いて数秒の沈黙が支配すると結凛が咳払いした。
「真夜は……まあ後でいいか。みんなに言いたい事があるんだけど」
みんなの目が結凛に向く。結凛をそれを確認してから続ける。
「今度7月始めの土曜日に生徒会と鉋君、真夜は事前に低頭山に下見に行く事になったから」
特にみんな驚く事もなく錬が挙手してから言う。
「土曜日は授業あるじゃん。それにそういうのって普通先生とかが行くんじゃないのか?」
「授業は免除。後、これは錬の言う通り本来は先生の仕事だが、生徒会権限で私達が下見行く事になった。まあ後これは噂なんだが、最近低頭山ではなぜか悪魔が頻繁に目撃されているらしい」
悪魔という言葉にそれぞれが反応を見せる。不快感を見せる者、面倒そうにする者、無反応な者、意味がわかっていない者。
「あのさ、悪魔って俺達生徒会ですら年に4回会えば多い方なんでしょ? 俺達が遭遇した悪魔は、先月先々月に真夜が起こした悪魔事件だって真夜が作り出したリリンとかいうのを除いても既に1人、さらに高貴で1人の合計2人。言っちゃなんだけど悪魔との遭遇率が高くないか? 仮に低頭山に悪魔がいたとして半年かからない内に3人には会う事になる」
錬が言うと結凛は少し思考してから口を開く。
「確かにね。でも改めて考えてみると私達が知っている悪魔は悪魔の真夜ちゃん曰くリリンと呼ばれる存在みたいなものなんだけど、逆を言えば私が言った私達生徒会が遭遇した年に経験上4回程遭遇する悪魔はそもそも真夜のリリンみたいなあるいはそれに準ずる存在なんじゃないかな? 錬君も知ってると思うけど本物の悪魔はリリンなんかと比べ物にならないくらい強い」
「確かにな、鉄が作り出したリリンは悪魔というより獣みたいではあったな。おそらく一番知能が高かったであろうウィッチすら鉄に比べれば相当獣染みていた。錬やカミナは知らないだろうが俺達が以前倒して来た悪魔というのはそういう動物っぽいのが多かった印象がある」
結凛と通流が神妙な顔で言った。それに対して高貴はにやにやしながら言う。
「まあ、悪魔という定義は曖昧ですからね。俺は自分自身を悪魔だと思っていますけど、どういうのを悪魔と呼ぶかと言われると判断には困ります。悪魔という定義だってゲームや漫画やアニメを除いても定義がばらばらですしね。少なくとも俺は悪魔が生み出した真夜もといリリスでいうところのリリンみたいな存在も悪魔の範疇に入れていいと思いますけどね。例えば俺や鉄なんかは魔力を持った人間と捉える事ができるが、俺は俺自身を悪魔だと自称してるが見方によっては魔法使いとか魔女とか言われますし」
「興味が湧いたから質問するんだけど、いいかな?」
「何ですか、灯磨」
「確かに君は見方によっては魔法使いだろう。それならば自分を悪魔だと思っている君は悪魔と魔法使いをどうやって区別付けてるの?」
「ああ、あくまで俺の考えだが漫画や小説などのフィクションにおける定義は置いといて、人間の考え方からすれば古い考えかもしれないが、魔法使いの定義は悪魔と契約して魔力を手に入れた人間と考えてます。無論、これも悪魔とする人間や悪魔もいると思いますが」
「じゃあ逆に次は直球に聞くけど、鉋はなぜ自分が悪魔だと自覚している」
結凛に言われて高貴は「ん~……」と唸り目を閉じた。質問を煙に巻くような雰囲気ではないがどうも何か考えている様子。やがて目を開いてから口を開いた。
「俺は俺自身を悪魔と自覚した理由は単に自分がそう思ってるからだが、ただ定義的に言えば俺は悪魔に当てはめる事が可能です。まあ悪魔には定義付けで色々な悪魔がいますが、俺が俺自身を悪魔としているのはひとえに人間と契約する力がある事ですね」
契約。錬はこの単語を初めて聞いた気がする。
「契約? 何だそれは?」
怪訝そうな顔をしながら通流が言った。
「言葉通りの意味ですが」
「じゃあ何か? 今まで話を統合すると、俺達が悪魔と定義して戦って来た悪魔は高貴が言う定義の悪魔と契約した魔法使いが作り出した使い魔の可能性もあるって事か?」
「極論そうかもしれないです。もっとも俺自身、そういう意味での魔法使いなんてあまり見た事ないですがね。契約者は結構見た事はありますが」
その時、ジュウクがぱんぱん手を叩いた。
「この話はおしまい。今は今度の遠足についての話だろう? なんだかんだもう時間が押してるよ」
「まあそうだね、この議論はまたの機会にしよう」
結凛はジュウクに同意した。
「さて、じゃあちょうどいい。鉋君、君は低頭山にいるらしい悪魔と思われる存在をどう思う?」
「そうですね。確か低頭山には天狗伝説があるはずですよね? じゃあそいつら天狗ではありませんか? 俺的には天狗は悪魔だと思ってますが」
高貴の言葉に錬が言う。
「天狗じゃない可能性もある。低頭山は世界で一番登山客が多い山とも言われてる。高貴や真夜の例でもわかる通り悪魔は人間社会に溶け込んでる。ならばそもそも登山客に混じってる可能性もあるでしょ」
「まあ、ありえるね。悪魔としての能力を封印してる鉋君はともかく能力を封印してなかった真夜ちゃんすらあろう事か対悪魔組織の本拠地に週6で通ったあげく1ヶ月以上も敷地内で好き勝手やって捜査線上に浮かばなかったわけだし」
「そもそもリーク元はどこなんだ?」
「リーク元というか……ソース元があるんだよ。対悪魔組織は私達以外にもいくつかあるし、個人でエクソシストをしている人間もいる。そういう悪魔などの情報はできるだけお互い共有されていてコミュニティを形成している。だから信頼性はそれなりに高い。問題は情報の信頼性じゃなくて情報の正確性、鉋君が言う通り天狗を見たという情報もあるしね。それが天狗かどうかは定かじゃないけど」
錬は「ふ~ん」と返した。
「だからこそ私達生徒会が事前に下見へ行って真相を確かめるんだよ。人間が目撃するんだから登山道から大きく外れた場所で目撃されたわけじゃないだろうし。それにさ……」
結凛は楽しそうに笑顔を浮かべて続ける。
「一度このメンバーで行きたいしね」
そんなこんなで蘭鳴学園生徒会役員は遠足の下見として低頭山を登る事となった。
☆☆☆
時間にして午後6時ちょっと前。
錬は弁当箱を教室に忘れた事に気が付き、教室へ一人向かっていた。
結局、結凛が低頭山へ下見へ行くと連絡しただけで生徒会業務は終わり、みんなこの時間までお喋りしているだけだった。
――――ジュウクは結局この時間まで眼を合わせて来なかったな。それはもう今の今までそんなゲームの事を忘れていたくらいね。
そして同時に思い出すのはジュウクの女体状態であるキュートの一糸纏わぬ姿だった。
――――ただの役得だったな。それにしてもキュートの体は本当に凄かった。胸も大きかったが胸のピンクのあれもたぶん結構大きかったよね? 俺は嫌いじゃないけど。本当に見た目だけは極上だ――!!??
錬がドアを開けて教室に入ろうとした時、錬はジュウクと眼が合ってしまった。
「ジュウクお前、何でここに!?」
そこには黒の遮断物などない。キュートの青色の目とは違う蒼碧青が混じった眼。錬はその眼から目を離せない。
「単純な事だよ。さっきまで錬君と一緒にいた僕は僕のキメラ《九尾》だからさ」
ジュウクは金髪蒼碧青眼と美貌の王子様のようなルックスで爽やかに笑みを浮かべる。
「いつ入れ替わったかというと僕が君に着替えを見せた後、錬君が先に教室へ向かった時。九尾には僕とバレないように目を合わせないように指示したんだ。もちろん、僕がここにいるのも錬君がここに来たのも偶然じゃない。九尾が予め弁当箱をバッグから抜き取っておいたんだ。一度家に帰ったにも関わらず弁当箱を忘れただけで夜にわざわざ電車に乗ってまで学校に弁当箱を取りに来るような君だ、帰る前に校内でその事に気付けば必ず教室に来るって確信してたよ」
それは錬が生徒会役員に誘われる前夜、錬が忘れた弁当箱を取りに来て偶然にも蘭鳴学園高等部生徒会役員の正体を知ってしまった日。
「それにしても改めて眼と目を合わせて喋るというのは変な感じだね。昔から僕が眼を合わせて話す事が少ないからかな? それで僕の魅了の魔眼はどう? 否応なく僕に惚れちゃったかい?」
ジュウクが勝ち誇ったように言った。
「男同士で惚れるわけないだろ」
錬は見下すように言い放った。その澄ました顔を見てジュウクはたじろいだ。見るからに錬は惚れている様子がない。
「く、そんな馬鹿な……。僕の眼を見て平静を保てるわけないのに。酷い人は襲って来たくらいなのに」
「魅了の魔眼だか何だか知らないけどお前の眼の前にいる俺は惚れていない。それが現実だ。それとも俺がそんな演技してるとでも?」
「それはあり得ない、僕の眼を見た者は魅了されて全てを晒け出す。演技なんてできるはずない」
「そう、俺は演技していない。単純に魅了されなかったんだ。あるトリック……トリックというより偶然だが」
勿体ぶるように錬は余裕な態度を見せながら歩き出し自分の席の机の上にご丁寧に置いてある弁当箱を手に取り、机に腰をかけた。
「たぶんだが俺にジュウクの眼が効かなかったのは俺の目が悪いからだ」
ジュウクは眼を見開いた。ジュウクは思い出す。錬は普段眼鏡をかけていないが、授業中だけは眼鏡をかけているという事を。かつて眼鏡っ子だった真夜が雑用係として生徒会に引き入れた時も錬と桜梅が眼鏡かけていてキャラが被るという理由で結凛が直々に伊達眼鏡をかけていた真夜の眼鏡を強制的に外させた事も記憶に新しい。
「俺は近視だけじゃなく乱視もあるからな。おそらく目が悪いせいでお前と眼を合わせても眼がちゃんと見えなくて正しく認識できなかったんだ。結果、俺は魅了されなかった」
錬は教室にある時計を見る。
「もう6時を回ってるね。俺の勝利条件は午後6時までお前に惚れない事だったな。俺の勝ちだ」
ジュウクは悔しそうに錬を睨み付ける。錬はそれを受け流してジュウクと目を合わせないように横を通り過ぎ教室を出る。
「確か負けた方は勝った方の言う事を何でもするんだっけ? 今は特にお前に命令する事はないから、遠足終わったら命令するよ。楽しみにしとけよ」
ジュウクは錬の邪気を含んだ笑みを見てぞくりとした。
「じゃあ俺は先に生徒会室に戻ってるから」
錬はそう言うと来た道を戻って行った。
☆☆☆
廊下を曲がり自分の教室から遠ざかる。
教室と生徒会室の中間地点くらいに来てから錬は大きく心地よくリズムを刻む心臓と熱くなった顔を落ち着かせるように大きな溜め息を吐いた。
――――まさかジュウクの《魅了の魔眼》が本物だったなんて。魅了されたのを隠すのに苦労した。
つまり、錬はジュウクの魔眼によって魅了されていた。それも時計の針が午後6時を指す前に。早い話、ゲームの勝敗条件で言うならば錬はジュウクに負けていた。
――――何とか演技で誤魔化せた。いくら近視でもあの距離なら凄く目が悪くない限りジュウクの眼は見える。ジュウクの目が良いから目が悪い世界を知らなくて助かった。
そして錬は魅了されたが嘘と演技で隠して無理矢理勝った。だから本当に、目が悪くてジュウクの眼がよく見えなければ魅了されないかはわからない。
――――まあ、完全にズルだけどバレなければ何の問題もない。
錬は再び大きな溜め息――否、深呼吸をした。
――――生徒会室に戻るまでにこの魅了された心を消さないといけないな。




