エジプトから来た少女(3)
結凛は机に手を着いて生徒会室内で席に座っている面々を見回す。真夜、通流、高貴、カミナ、錬、ヒイロがいる。ホワイトボードの傍らでは桜梅が落ち着いた様子でスタンバイしている。
「さて、今日はカミナの歓迎会を行うわけだけど……どうすればいいだろう」
結凛がそう発した。
この時生徒会室の一同は同じ事を思った。事前に決めろ、と。
「はい」
開始数秒にして既にぐだぐだな雰囲気を醸し出しているこの会議に真っ先に挙手する者がいた。
「カラオケというところに行ってみましょう」
カミナがクールににこにこしながら意見を出した。
「カラオケ……カラオケね」
結凛が興味深そうに目をきらきらさせた。
「通流、カラオケ行った事ある?」
「ねーよ」
「だよね」
結凛は決断をした勇ましい顔付きになるとホワイトボードにカラオケという文字をでかでかと書きなぐった。
「あっ、私の仕事が……」
「という事でカミナの歓迎会はカミナの意志を尊重しカラオケに決まった」
カミナは冷淡な決め顔で「やった」と嬉しそうに呟いた。
「それでこの中でカラオケに詳しい人はいるのかな? 私はあまりカラオケに詳しくなくてね」
結凛の言葉に生徒会室の面々は押し黙る。
「そういえばウサギさん!」
唐突に桜梅が錬に向き不機嫌な表情を見せる。
「はい?」
「ウサギさん、この前カラオケに連れて行ってくれる約束してましたわ。いつ行きますかしら?」
「そんな約束したっけ?」
錬は状況が飲み込めないといった感じで桜梅を見返す。
「し・ま・し・た・わ! 色々準備があるから数日待ってと言いましたわ!」
桜梅が話してる時に通流が割って入り錬に言う。
「カラオケというのは準備が必要なものなのか?」
「いや別に」
「そうか。まあ桜梅はちょっと思い込み激しいところあるからな」
「通流、それはどういう意味ですの!?」
「そんな事より錬、結凛や桜梅じゃないが俺もカラオケには興味ある。俺からも頼む、俺達をカラオケに連れて行ってくれ」
「無視はだめですわ!」
桜梅の言葉を無視して通流の言葉に続き、ジュウクがサングラスを外しキュウトになるときらめく金髪を揺らしながら錬に近付き豊満な胸を肩に押し付けた。
「僕からもお願い、僕もカラオケに行きたいな」
「あ、いや……別にいいけど」
黒髪と金髪が触れた時、桜梅が顔を紅くして荒々しく立ち上がった。
「この変態人間! ウサギさんから離れなさい!」
「うわ~、錬君の事変態人間って言ってるよ。桜梅は失礼だね。錬君は女の体をした男の胸にどきどきしてるだけなのにね」
「さらに変態っぽいからその言い方やめろ」
「ほら! ウサギさんもこう言ってるし離れてください!」
「ええ~、錬君はそんなに僕の胸が嫌なのかい?」
錬は恥ずかしそうに横目で答える。
「いや、胸じゃなくてジュウクの髪の匂いと肌触りが良くて結構ヤバいから」
ジュウクは磁力が変わったように錬から素早く体を離した。その顔は初々しく顔を熱くさせてるのが見てわかる程だった。
生徒会室には沈黙が舞い降りる。
男子制服を芳醇なその身に纏った金髪で蒼目の女は色付いた唇を開く。
「そんな事言われたの初めてだよ。僕だってそんな事ストレートに言った事ないし……」
ジュウクは嬉しいそうに困ったように恥ずかしさを含ませて眉を歪めると、扉に向かって歩き出した。
「結凛……え~と、決まったら呼んで」
それだけ言い残すと錬を焼くように瞳に映した。錬はびくっとした。
「この変態……普通胸とかだろう」
そう言い捨てて生徒会室から出て行った。
――――その反応やめろ。本当に俺がただの変態みたいじゃん。
桜梅は唖然としている。今の展開に思考がストップしたようだ。
「まあ、あんな金髪は放っておいて今日のカラオケについて決めようよ」
結凛は特に驚いた様子もなくそわそわしながら話題を戻した。
「冷静だね」
「容姿以外は滅多に褒められないからねあの金髪野郎は。それに……まあこの話はいいか」
結凛は続けようとした言葉を切断した。錬が訝しげな顔をしていると結凛は優しく言う。
「錬君ならいずれジュウクから教えてくれるよ」
結凛が言うと真夜が反応する。
「それってもしかして鶯院君のあの事かな~?」
「真夜はやっぱりわかっちゃうんだね」
「まあね~。領分みたいなものだし~」
錬には理解不能だが真夜は理解した。
「そんな事より錬君、早くカラオケへ行こうよ」
「はいはい」
どうやらジュウクの秘密は大して重い問題ではないと結論付けた錬はスマホを鞄から取り出し、電話帳に登録してある学園付近にあるカラオケに電話をかけて諸々の予約を終えた。
「案外あっさりしてるね」
「小学生でもできる事だよ」
錬は結凛に言った。
「ああ、これで初めてのカラオケをみんなと歌うんですね」
カミナは明るみを帯びた表情でくるりと回ってスカートをひるがえして言った。そして錬に眼差しを向けた。
「ふふ……私の歌、認めさせてあげます」
「ふぅん、頑張ってね」
「素っ気ないです」
「別に普通だよ」
カミナはブラックダイヤモンドのように目を輝かせた。
「ふふふ……ふふ、へへ」
「どうした?」
「いえ、にやにやが抑えられません。私って結構錬に失礼な態度だったのに嫌いと言われませんでした」
「日本人はそういうのはっきり言わないんだけど」
「そうですけど私は嬉しいです。よく言うでしょう? 底まで落ちたら後は這い上がるだけって。つまり私ってあんな態度だったのに評価高いって事です」
「ポジティブだな」
「褒められました」
錬はこれ以上何か言うとカミナの渦に嵌まりそうだったので会話を逸らす事にした。
「そんな事より早く行かない? 今日はもう生徒会の仕事ないんでしょ?」
「うん、そうだね。カミナちゃんじゃないけど私もどきどきしてるんだよ」
結凛の言葉に錬は気付いた。カミナだけではなく結凛、通流、桜梅もそわそわしている。反面、錬と何回かカラオケに行った事ある真夜と高貴は慣れているためか四人に比べて貫禄のようなものを感じる。
――――こんな多人数で行ったら一回か二回くらいしか歌えないな。
「さあ、早く行きましょう」
☆☆☆
結凛率いる生徒会役員は学園からカラオケまで徒歩で移動していた。
「そういえばカミナの役職って何?」
錬は結凛に聞いた。
「庶務だよ。生徒会長は私、副会長は通流、会計はジュウク、書記は桜梅、庶務は錬君、雑用は真夜ちゃんとくれば量産可能な庶務しか役職は残ってない」
「ふ~ん、ちなみに最後に悪魔を倒して功績上げたら生徒会の仕事が免除されるのって生徒会長の結凛や会計のジュウクが免除されたらどうするわけ?」
「一応その穴を埋めるのが庶務だよ。うちの庶務は基本的に穴埋め要員だからね。まあ私は一通り仕事こなせるけど。だって生徒会役員の中じゃ自分で言うのも憚られるけど一番有能だもん」
「有能なのにカミナの歓迎会はカラオケなんだな」
「別にいいじゃないか。本人がいいって言うんだから。それに錬君の歌も非常に楽しみだし」
結凛と錬が他の皆と少し離れてそんな会話をしていると、突然高貴が不穏な言葉を口にする。
「果たしてカラオケ行って大変な事にならなければいいんですが」
そんな言葉を。
「え、どういう事ですかしら? カラオケって歌って楽しむ場所ってウサギさんに聞きましたわよ」
真夜は「あぁ~……」と言ってから続ける。
「あれは大変だったね~。完全に悪魔だった私があれだもんね~」
「一体何があったっていうんだよ」
通流が冷静に問い返すが高貴も真夜も勿体振るように口を閉ざした。
「言うだけ言って黙りかよ」
「気になりますわ」
「ふふふ……」
「どうしたんですの、カミナさん? 勝ち誇ったような顔して」
カミナは見下すような声色で言う。
「私には大方の予想が着きました」
「あ……僕もなんとなくわかったかも」
男の体に戻りサングラスを装備したジュウクも察した。
その会話を聞いていた錬は呟いた。
「あいつらは人を何だと思ってるんだ」
「ふっ、これは私も期待しちゃうな」
「期待に沿えるよう頑張るよ。だから俺も結凛の歌に期待していい?」
「私も頑張るよ」
妖しく涼しく応えた。
☆☆☆
受付を済ませ、どぎまぎしながら対応する店員にルームナンバーを聞いた錬は他の人達を先導した。部屋に入ると八人のためかカラオケルームでもそこそこ広く、内装は至って普通。
「こんな狭い部屋でちゃんと歌えるんですかしら?」
「このテレビに映ってる女は誰だ? もしかしてカラオケはもう始まってんのか?」
「なんか部屋の中の雰囲気妖しくない?」
「あっ、タンバリンだ。しゃんしゃんしゃん♪ ってね」
「あまりいいマイクではありませんね。二つしかありませんし」
それぞれ桜梅、通流、ジュウク、結凛、カミナの反応だ。
「みんな反応が初々しいね~」
「真夜、お前を初めて連れて行った時こんな感じだったよ」
錬が機器の使い方の説明をした。
「曲の番号をあのビデオデッキみたいなのに入力するんじゃないんですね」
「何言ってんだカミナ? この機械で歌いたい歌を検索したり入力したりして送信するんだよ。はい」
錬はカミナにカラオケリモコンを渡した。
「え? 何ですか?」
「いや、歌いたい歌入れなよ」
「私からですか!?」
「そうだよ」
「で、でも恥ずかしいです」
「は? お前昨日頼んでもないのに急に歌い出したじゃん。あれの方がよっぽど恥ずかしいと思うけど。ほらほら、自信のある歌で自信満々に歌ってみろよ……それとも自信ない? アイドルの第一歩は友人を歌で魅了する事だぞ」
にやにやしながら錬はカミナを煽るように言った。カミナは錬の言動にいらっとしたのか教わった通りにリモコンに曲を入力して送信するとマイクを持って立ち上がり前に出た。そして錬を指差し宣言する。
「言いましたね! 私の歌で錬も他の人も魅了します!」
「待ってました! カミナちゃん、魅了して!」
結凛も錬に便乗してさらに煽った。
イントロが流れる。全体的に清涼感溢れるメロディだがまるで歩いていると見ている景色が変わるような薄暗い水の中できらきらしている感じ。
――――流行りのアイドル作品ものか、コイツ結構ミーハーだな。
曲が終わるとみんな感心したように「おぉ~」と言い拍手が沸き上がった。
「サンキューです」
画面に得点が表示される。
「すごいね~。96.314点だよ~」
「何でこれ小数点以下三桁まで表示されてるんですかしら? 意味ありますの? 最初から素直に万点で表示すればいいのではありませんかしら?」
「小数点以下の方が言いやすいからじゃない~」
真夜と桜梅の会話をしり目にカミナが錬の隣に座る。
「どうでしたか、私の歌は?」
「良かったよ」
「簡素な感想ですね。もっとあるでしょう? あそこがダメだったとか、あのところが良かったとかありせんか?」
「あそこがいいとか悪いとかは全部主観だからね、ノーコメントだ」
錬は少し不満そうなカミナを視界から外しこれから歌うために前に出た通流を見る。
「おい、マイクがないぞ」
カラオケルームにある二つのマイクの内、一つは通流の次に歌う結凛が一つ持ち、もう一つはテーブルの上に置かれている。
「テーブルの上にあるじゃん」
錬からは届かない位置にマイクがあるため指差して教えた。通流はそれを一瞥した。
「それカミナが使ってたやつだろ。俺が使うマイクがないぜ」
「お前……一人に一つマイクが支給されると思ってるのか?」
「違うのか?」
「違うよ。金持ちの尺度で庶民のカラオケの常識を測るな。ほら、イントロが終わるぞ」
通流はマイクを持って歌い始めた。
通流の選曲は日曜日の朝にやってる特撮アニメのエンディングテーマ兼挿入歌、昨日より速く走って昨日の自分を超えてどんどん強くなって進化していく正にヒーローの王道を往くような曲だった。通流自身の歌は普通に上手い程度、恐らく普段歌っているのだろうとわかる。
歌い終わると通流は点数を見て錬に聞く。
「88.565点か……これはいいのか?」
「小手先の技術なしにこの点数は結構高いと思うよ。というか100点満点中80点超えれば普通高いでしょ。どこぞの中学生の通信教材じゃないんだから」
通流に向けた錬の評価を聞いてカミナは不満そうに錬を睨み付けた。
「私の時は酷評すらしてくれませんでした」
カミナは不満を小さく吐き出した。
通流はマイクを置いてソファに座る。
「人前で歌うって言うのはなかなか緊張するぜ。だけどなかなか――」
「次は私の番だね」
通流より先にスタンバイしていた結凛はソファから立ち上がると前に出てマイクを構えた。
「結凛ちゃんがんばれ~!」
結凛は桜梅の声援を受け取った。
少し悲しいような明るいイントロが流れると歌が始まる。悲観的に時間を感じながらも瞬間的なものは集まって必ず自分のものとして形作られていくというものだった。
曲が終わると結凛は一息吐いて画面に表示された点数を見た。
「む、85点か。通流には勝てると思ったんだけどね」
特に気にした風もなく明るく吐露した言葉とは裏腹に部屋の中は静まり反っている。それに気付いた結凛は慌てた様子で言う。
「ど、どうしたの? 私の歌はそんなにダメだったかな?」
錬が結凛の歌に関して感想を言おうとすると真夜がきらきらした目で荒い息を撒き散らしながら割り込んだ。
「結凛さんの声すっごくイケメンさんだね。噂には聞いてたけど結凛さんの男声凄く凄い。いえ、男声というより少年系の声なんですけどねぇ。結凛さんの声って普段はこう可愛い系というより綺麗系というか美人系な声じゃない? その声が男声みたいに歌う事によって見事に思春期特有の声変わり直後の慣れない微妙な高音を無理矢理出している様を見事に再現しているようで、あっこれはもうすぐ本当に少年声とのお別れなんだなっていうどこか寂しさと大人への第一歩を踏み出す感じが堪らなくハートを胸に打ってまるで脳の快楽中枢を地獄の業火で燃やされたような熱を以て見守る母性と意地悪したい姉感がミックスされて――」
「藍生さん、イントロが始まってますよ」
真夜の熱弁に皆が慄いている中、高貴は冷静に切って桜梅にさっさと歌うように促している。
「あっ、はい……」
桜梅が立ち上がり結凛とすれ違い様にマイクを受け取り前に出る。
「つまり男装して男声で喋る結凛さんと錬君で不純異性交遊の擬似BLネタが浮かんだの」
「続けないでください。同じ悪魔の俺も変態だと思われます」
「鉋君なんか私よりキモオタじゃん~」
高貴の罵倒に真夜はいらっとしたのか真夜はにやにやしながら錬を見た。錬は疑問に思いながら真夜を見返した。
「なんでもないよ~。ただ鉋君はホモの変態だなって~」
「変態じゃありませんよ。リリスは老成すると腐った脳内妄想を晒すんですか?」
一色触発とばかりに悪人面をさらに強面にした高貴がそう言うと通流が言う。
「お前そんな趣味があるのよ。俺に近づくなよ?」
「言われなくてもあなたには興味ありません。自信過剰も過ぎるとただのナルシストですね」
「お前は何だよ。罵詈雑言を吐き出す機械か?」
通流はあくまで冷静に高貴の言葉に対処した。
「確かに悪人面とイケメンの絡みって気持ち悪いですね」
「いえいえ~、鉋君みたいな悪の総統みたいな人と~金剛倉君みたいなヒーロー気質みたいなのは~それはそれで需要がるんだよ~。私は趣味じゃないけどね~」
錬は横目で盛り上がってる人達を見ながら桜梅の歌を聞いていた。
――――なるほど日本舞踊のところの娘だけあって上手い。
「それじゃあ高貴君は僕みたいなのがタイプって事かい?」
ジュウクがからかうように少しきれ気味な高貴に言った。
「お前は金髪美少年だからって需要があると思わないでください。お前は中途半端なんですよ」
「男相手にここまでいらっとしたのは初めてかも」
ジュウクは目をぴくぴくさせている。
「日本人は金髪好きなイメージありますけど違うんですか?」
「日本の金髪好きはタイプというより憧れに近いからね~。黒髪美人見たら~、簡単に天秤が傾くってそれ一番言われてるよ~」
「なるほど日本でも黒髪は武器になりますね」
真夜とカミナがそんな会話してる横で男達の会話もまた同時に進行していた。
「じゃあ鉋君はやっぱり錬君みたいな顔が好みなんだ」
ジュウクが王子フェイスとは程遠い笑みを浮かべて言った。
「あ、え、いや、それは……」
「何でそこで言葉に詰まるんですかね?」
何気なく会話を聞いていた錬は言葉を詰まらせた高貴に聞き返した。
その時、スピーカーからの音が流れを切った。
「やりましたわ! 95.117点です! 順位で言うと現在2位ですわ! ウサギさん、結凛ちゃん、聞いてましたかしら? 私もなかなかでしょう?」
スイッチが入ったマイクが桜梅の声を拾いスピーカーから嬉々とした声が響き渡らせた。
しかし言葉が途切れるとそこには訪れたのは静寂。
「え、えっと……」
その静寂は結凛の時とは違い圧倒や余韻ではなく、だからといって逆にブーイングなどではない。それは完全に桜梅と聴衆の間で引き起こされたズレだった。
つまり、ほとんどの人間が桜梅の歌を聞いていなかった。そのためそこに感動など存在せず、ただの冷めた目だけが残った。
――――まあカラオケなんてこんなものだな。
錬は冷静にそう思った。そういう錬も最後は片手間で桜梅の歌を聞いていた。
「すまん桜梅、聞いてなかった」
「え?」
通流がそう言って目を反らすと真夜、カミナ、高貴も続けて気まずそうに目を反らした。桜梅はその反応で察した。
「私の歌聞いてなかったんですのね」
「あら、私は聞いてたよ。桜梅の歌」
「うぅ……私の歌を聞いてくれてたのは結凛ちゃんだけですわ」
桜梅は悲壮感を漂わせながら席に戻った。
するとすぐ様次の曲のイントロが流れた。
「あ、俺ですね」
高貴はマイクを持ち歌いながら前に出た。
――――わざわざ前に出なくても。
錬がそう思いながら高貴の歌を聞いていた。
その歌は高貴十八番のアニソン。悪人面とはミスマッチなミステリアスなイントロから始まり童話モチーフのファンシーな歌詞から紡ぐ神秘的だが可愛らしいラブソングかあるいはそんな微妙な線の曲だ。
「あの悪人面からこの歌はギャグだね」
ジュウクの言葉に真夜が同調する。
「歌い方を本家に似せてるのも酷さに拍車がかかってるよね~」
錬は内心同意する。
――――男が歌う女の歌は基本的に気持ち悪いんだよなあ。でも歌いたくなるのが性なんだよね。
高貴は悪口総攻撃と酷評のコンボに傷付いたのか、少し陰りを残して席に座った。
「次は私の番だね~」
真夜はマイクを持って前に出た。
――――何でみんなわざわざ前に出るんだろう。
「ここまでアニソン縛りなので~、私もアニソンでやる~」
「私の曲アニソンだったの?」
結凛は小さく苦笑を浮かべた。
――――結凛のはたぶんアニソンじゃないと思うけど。
そうこうしている内に真夜が選んだ曲のイントロが流れ始めた。和テイストでロックな曲調に乗せて普段聞き慣れない単語が響き、出逢いと離別の詩を哀愁を漂わせながらも豪華絢爛に歌い上げている。
恐らく今までで一番盛り上がったのは間違いない。結凛なんかは途中から合いの手を入れていたくらいだ。
「凄いかっこいい曲だね」
結凛が楽しそうに言った。
「そうでしょ~。でも和ロックのアニソンはなんかもの悲しげになるんだよね~」
真夜が結凛に得意気になって教えた。
カミナはリモコンで曲を選びながら不満そうに眉をひそめた。
「76点程度で盛り上がるとは余程今の歌がいい歌なんですね」
「それは否定しない」
錬はドリンクを飲みながら肯定した。
「次は僕だね。どうやらアニソンだけしか選べないらしいから苦労したよ」
ジュウクは前に出てからそう言った。
ジュウクの選んだ歌は、至ってシンプルで挫けた時でもいつもみたいに顔を上げればまだまだ夢は待っているみたいな歌で明るいところと暗いところがはっきりしているが、シンプルゆえにとても印象に残る。
「これって今まで歌われた中でぶっちぎりでマイナーな曲じゃない~……」
真夜が感嘆の声を上げた。歌い終わったジュウクは真夜に聞く。
「これってそんなにマイナーな曲なのかい? 姉さんがよく歌ってるんだけど」
「いや……マイナーというか~、そのアニメを見てた視聴者と声優ファンくらいしかこんな曲選らばないと思うよ~。鴬院君のお姉さん、間違いなくオタクだね~」
「そうなんだ」
ジュウクは興味なさそうに返した。
「どうりで微妙な雰囲気なはずだね。はい、錬君」
錬はジュウクからマイクを受け取った。すると一斉に視線が錬に集まった。
結凛も通流も桜梅もジュウクも真夜も高貴もカミナも、錬はみんなの目を奪った。
「ただのお遊びカラオケに期待を込められても困るんだけど」
錬は困ったように笑いながらみんなに倣って前に出た。
「これ……アニソンですの?」
画面に映った曲のタイトルを見て桜梅が聞いた。
「違うよ。この前初めて聞いてカラオケで歌いたかったんだ」
錬はしれっと答えた。正に空気の読めない選曲。しかし全員、錬に空気を読めといった雰囲気を出していない。むしろ期待値が上がり好奇や楽しみが膨れ上がっていた。
「まあ喉慣らしの一曲目にはちょうどいいだろう」
錬が画面のタイトルを見ると流し目をみんなに向けた。その一瞬だけで場の者の意識を引き込んだ。派手な事は何もしていないのに誰も彼も目を奪われた。錬が歌の言葉を解きほどく度にその歌の世界観を錯覚する。メロディにそぐわないとある男女の悲恋を歌った曲は全てが調和して終わりに収束する。
曲が終わり錬は点数を見る。
「89点か……まあこんなものだな」
錬が席に戻ろうとすると飛び込んだ景色にぎょっとした。
錬を見返す結凛は寂しそうでどこか幼稚な感じを漂わせている。通流は絶望に囚われたように涙を流している。桜梅は結凛と同じく寂しさに彩られているがそこに諦めが混濁している。ジュウクは無反応だがそれは興味がないのではなくまるで不意打ちを喰らったように反応できないといった感じであった。真夜はどこか思案するように無意識なのか口元を手で隠している。高貴は悲しみに重ねるように無表情で涙を流す。そしてカミナは顔を覆って嗚咽している泣いているようだ。
「え~と、皆さんどうしたんです?」
錬が異常とも取れるみんなの反応に苦笑いで質問した。結凛は我に帰ったのか陰りを見せて作ったような笑みを錬に向けて言う。
「いや、何でもないよ。でも錬君は今度からこういう曲禁止ね」
「え? ちょっと理不尽過ぎない?」
「いやね、錬君が歌う度にこれじゃこっちの精神が保たないから。だめだ、悲しみというのは色々なものを想起させる」
「えぇ……オーバー過ぎだろ」
そして通流が言う。
「くそ、こんな形で人前で涙を流すなんて思わなかったぜ。何て表現していいかわからないが悲しみの感情がキャパ超えて爆発した感じだ」
「そうですわね。悲しみを直視したような感じですかしら?」
「ああ、確かにこれはやばいですね。俺はむしろ複雑な感じですけどね」
通流に続けて桜梅と高貴が言った。
同時に遅れながら我に帰ったジュウクは周りの反応に困惑した。
「えっと、君達どうしたの? 僕なんてブラボーって叫びたいくらいなのに」
「鴬院君は平気なんだ~」
「平気というか……確かに悲恋の歌だったし凄く聞き惚れちゃったけど。そういう鉄さんは平気なの?」
「平気じゃないけど~、チョコレートみたいな狂気に心地よさを感じてるの~」
そろそろ点数表示場面が終わり次の曲に入ろうとしていた。一周回り再びカミナの番。
「とりあえず、はい」
錬がマイクを差し出すとカミナは立ち上がりマイクを受け取ると思いきや錬を押し退けて部屋から出て行った。
「あ、え~と……」
カミナが選んだ曲のイントロが流れる中、錬は困惑して行き場を失なったマイクの行き先を片隅に考えていた。結凛は目を閉じながら錬に言う。
「錬君、とりあえずカミナちゃんを追いかけて。錬君がカミナちゃんをどう思ってるか知らないけど、これは君のためでもあるんだよ。私達は大丈夫だから」
錬はマイクをテーブルに置いて無言で部屋から出て行った。
目から激情が溢れそうになるのをこらえながら結凛は呟いた。
「錬君の才能はちょっと暴力的過ぎるかな。ここまでとは」
明るい曲が流れる部屋では才能による破壊痕だけ残った。
☆☆☆
錬はホールのソファがある休憩所にいるカミナを見付けた。
ソファに座ったカミナはうつ向きながら涙を拭っていた。
「どうしたんだ?」
錬はテーブルを挟んだ向かいのソファに座った。カミナが落ち着くまで言葉は作らずにいた。しばらくするとカミナは平静を取り戻したのか錬を見返して微笑みかける。
「ごめんなさい、心がごちゃごちゃしてしまって。心配させてしまいましたね」
泣いた後の赤い目には感情の残り香が漂っていた。
「こっちこそごめん」
「わからないのに謝らないでください。こっちが悪いのですから」
カミナはくすっと笑った。
「あの人達がどういう理由で泣いたかはわかりませんけど、私はただ昔を思い出して泣いたんですよ」
「昔?」
「はい。後、錬の歌に感動しました。敗北感を味わいました。才能に絶望しました。憧れが大きくなりました。錬の才能に嫉妬しました。益々錬が欲しくなりました。そして……私には才能がないと悟りました」
カミナは見るからに作り笑う。
「才能がない私なんてアイドルで成功するはずありませんよね」
錬は黙ってハンカチを差し出した。
「とりあえず作り笑いはできるようだけど涙は嘘つけないらしいね、カミナは」
「はい?」
カミナは手で頬を触れる。そこにはさっき拭ったはずの涙が流れている。カミナは錬からお世辞にも上質とはいえないハンカチを受け取った。
「涙はアイドル引退の時まで取っておきなよ。まだなってもいないのに今流すのは勿体ないと思わない?」
「でも一般人以下の私では」
「アイドルの仕事は人々を楽しませる事でしょ? 俺はただ悲しませちゃっただけだし、それにアイドルは歌だけじゃなくて容姿やダンスとかトークだって重要だし」
「でも錬は女優の母親似で超美人さんじゃないですか」
「俺は母親に似てない。断じて、断じてね」
錬はあまりにも不本意な言葉に強く反論した。
「しかし、カミナは俺に作曲してもらうためだけにそんなに下調べしたのか。凄い執念だな」
「ほとんどインターネットにある情報です。それに私は《銀家事件》の一部を間近で目撃した一人ですから」
「はい? それは初耳だ。でも珍しくはないな」
錬は大して気にした様子もない。カミナは続ける。
「私の祖父が銀の人と交流があったんですよ。若き祖父が一代でTSUBASAグループをエジプトの一大企業にできたのは銀家の助力もあっての事です。それなら私も銀家の力があればアイドルなんて夢じゃないって思ったんです」
「でも心算が外れた?」
「……いいえ、むしろ想定内です。昔からの知り合いならともかく錬とはこの前初めて会ったばかりです。そんな上手くいくとは始めから思っていませんでした。むしろ私は錬の才能の方を甘く見ていました。先程の錬の歌を聞いて、私は錬の絶対的な才能を確信しましたが同時に天才と凡人の差を見せ付けられました」
錬は「はぁ」と露骨に聞かせるように溜め息を吐いた。そして真剣にカミナを見て言う。
「もしお前が俺に作曲させるためにその演技をしているならお前は俳優業の才能があるよ。まあ、アイドルの才能はないし、同時にあまりにも悪女だが」
「演技ではありません。心外です」
「俺はお前の言葉が全部本物だと信じてるよ。お前が言うところである俺が天才なら少なくともカミナの言葉に多少なりとも揺れない。それによく覚えておけ」
錬はオレンジに輝く電灯を見上げた。白くないその光は確かに眩しい。カミナも釣られて見上げる。錬がカミナに顔を向き直すとカミナも同時に錬に向き直る。二人の視線が交わる。
「確かに天才ならあらゆる者を簡単に魅了できるだろう。しかし、天才は天才を魅了できない。けれど凡才は天才を魅了できるんだ。才能のないカミナがアイドルとして成り上がるのは困難な道だろうし人を魅了するなんて簡単じゃない、でもお前は凡ての者を魅了する事ができるんだ。何時だって天はただの人間に惹かれるようにね」
カミナは目をきらきらさせる。まるで満天の星空を閉じ込めたように。
「カミナは深く考え過ぎなんだよ。そもそもアイドルなんてのは夢を与える仕事だ。何かを与えるのに才能なんて必要ないんだ。人は夢を受け取るか受け取らないかだけだ。数学者じゃないんだから才能程度で悩むなよ」
カミナは緩む口元を隠そうともせず言う。
「そうですね。私はアイドルを見てアイドルになろうと思ったんです。私がムーンライトハートというアイドルに憧れたから」
カミナは胸に手を置いてぎゅっと握り締めた。決して離さないように。
「いい表情になったね。まあ、まずはアイドルにならないと話にならないけど」
「はい! がんばります!」
錬はソファから立ち上がる。
「それじゃあ部屋に戻ろうか。あ、でも2週目放棄したお前の番は終わったからな」
「う……それは私の歌える回数が減るので嫌です」
カミナは元気良く立ち上がると楽しそうに錬の隣に並んだ。




