エジプトから来た少女(1)
新章
少女は駅から出た。人々の雑踏、喧騒、気配。そんな無関係な人々の視線はその少女に釘付けだった。
その少女は褐色肌で目鼻立ちが日本人のそれではないが間違いなく美形で四肢がしなやかだった。しかし背が少し低めで童顔なのか幼い印象を周囲に与えている。また長めの黒髪は毛先から半分くらいまでが銀色に染まっている。それだけではない、その服装はこの地域で有名な金持ちの令息令嬢が通う学校蘭鳴学園高等部の制服という事もある。
「とりあえず蘭鳴学園に行けばいいのですが……」
少女はスマホのマップアプリで蘭鳴学園の位置を確認する。
「なるほど……わからんですね。ポンコツマップです」
少女はポケットにスマホを仕舞い歩き始めた。
「大体迎えくらい寄越して――」
『誰かあぁぁぁっ!』
少女の耳に絶叫が木霊した。
「何っ!?」
少女は声の方へ振り返った。そこには道路に転んでいる子供がいた。
「犬と……子供っ!?」
よく見ると子供はうつ伏せで子犬を抱えていた。
「走っても間に合わない! 《サンシャインハート》!」
少女からカエルの胴体と手足、隼の翼と背と頭を持つ複合された獣が現れた。サンシャインハートと呼ばれた猫と隼の複合獣は子供に向けて駆けようとした。
その時、少女――否、サンシャインハートの耳は更なる上から風を切る音を捕らえた。するとサンシャインハートの目の前を上から下に高速で横切った者がいた。
それは兎の上半身と鳥の下半身の複合獣。
「キメラ……」
その複合獣はブレーキが間に合わない車が子供に衝突する前に抱き抱えて跳び向かい側の歩道に着地した。
理解不能な出来事に周りがざわざわする中、少女は真後ろから自分に向ける気配に気付く。
「褐色肌、蘭鳴学園の制服、キメラ……あんたがカミナ・レイ・翼ちゃん?」
カミナ・レイ・翼少女は男の声に振り向いた。
その男は顔が良く、日本人にしてはそこそこ高い身長、そして蘭鳴学園の男子制服を着ている。
「カミナのサンシャインハートが見えるんですね。という事はあのウサギはあなたのですね」
「まあね、一応言葉は通じるのか。そう、俺は蘭鳴学園高等部生徒会役員庶務の銀錬だ」
「あれ? 迎えは真夜っていう女子って言ってたような……」
「その真夜は絶賛体調悪化中でね。代わりに暇だった俺が来たんだ。まあ今日は土曜日の午前授業だから何な問題もないけど」
カミナは屈託ない笑みを浮かべると手を揃えてお辞儀をして顔を上げる。
「初めまして錬、改めて自己紹介しますね。カミナ・レイ・翼です。エジプト人です。好きなものはキャットとシングとチーズ、嫌いなものはおでんです。よろしくお願いします」
☆☆☆
「という事で皆さんよろしくお願いします」
カミナは生徒会一同に頭を下げた。
そこは生徒会室、もちろんそこにいるのはほとんど生徒会役員の人間。
「ふっ、私が春休みにエジプト旅行した時に見付けた娘だ。なかなか可愛いでしょ?」
結凛は誇らしげに言った。
「色々事情があって六月に来日する事になったけどね」
「それにしても日本語がお上手ですわね」
桜梅の言葉にカミナは答える。
「じじが日本人だったのです。生まれ育ちはエジプトですけどじじから日本語は教わってました」
「つまりクォーターなのですかしら?」
「そうです。じじはエジプトのバフル・アル=アマフルのハルガダという地域――まあ要するに紅海に面してる地域の都市ですね――そこで若い頃のじじが無駄に長過ぎる先見の目で本格的に開発される以前に観光事業に参入してそこで見つけたばばを見初めて――」
「その話長くなりますの?」
「あら、ごめんなさい。まあ要するにじじが日本人だったのです!」
結凛が苦笑いで言う。
「これでも高級リゾート地域で宿泊施設や料理店、服屋、他多数を経営してる会社のお嬢様だからね」
「そうです。これでも都会生まれ都会育ちのお嬢様なのです。この学園の田舎具合にびっくりするくらいのお嬢様です。空気がおいしいです。そんな事より……」
カミナは生徒会室にいる者達を見回す。
「今度はあなた方からの自己紹介お願いします」
「そうだね。こちらからも自己紹介しなければならないね」
結凛は答えるとそれぞれ自己紹介が始まる。
「灯磨結凛、蘭鳴学園高等部生徒会会長だ。一応この対悪魔組織のリーダーでもある。改めてよろしくね」
「コンピュータ会社灯磨コーポレーションの令嬢ですね。よろしくお願いします」
「俺は金剛倉通流、生徒会副会長だ」
「確か世界を牛耳る金剛倉グループの方ですね。よろしくお願いします」
「私は藍生桜梅と申します。生徒会書記をやっていますの。よろしくお願いします」
「有名な日本舞踊藍生流の方ですね。よろしくお願いします」
「僕は生徒会会計鴬院緋色。ヒイロって呼んでね」
「鴬院金融会社の人ですね。あれ……前に結凛に聞いた時は男だって聞いたような……まあいいですね、よろしくお願いします」
「さっき紹介したけど一応しとくか。俺は銀錬、庶務だ」
「…………はい、よろしくお願いします」
「そして俺は鉋高貴。生徒会役員ではないけど、対悪魔組織として生徒会に所属している」
「鉋……日本で有名なお菓子メーカーですね!」
そして付け足すように結凛が言う。
「後、生徒会雑用に鉄真夜っていう女子生徒がいる。カナを向かえに行く予定だったね。まあどうでもいいな」
「補足しますと鉄さんは大病院のを経営してる家のお嬢様ですわ」
さらに桜梅が真夜の紹介に付け足して各々の自己紹介は終わった。
「本格的な編入は来週の月曜日だね」
結凛がそう言ってから通流がカナを見て言う。
「それよりこの女はエジプトで勧誘したと言ったな。という事はキメラは天然か?」
結凛が答える。
「そうだね。錬君や通流と同じ天然だ」
「ならばどんなのか見せてみろ」
通流の言葉に「はい」と答えたカミナは自分のキメラであるサンシャインハートを出現させた。
「カエルと隼か? なんか気持ちわりーな」
――――カブトムシとライオンなお前のキメラもね。
錬は通流に内心悪態を吐いた。
結凛は楽しそうに提案する。
「じゃあ私とカナで模擬試合をしようか。私も実力自体は知らないし」
「大丈夫でしょうか。私、キメラの戦闘は初めてです」
不安そうなカミナの言葉を受けて結凛は安心させるように言う。
「大丈夫、こっちは手加減するから」
「それなら安心ですね」
カミナは楽しそうに微笑んだ。
☆☆☆
生徒会室にいた七人は校庭に移動した。
結凛とカミナは対峙し、他の五人はそれを見守っている。
「さあ、やろう」
「出番ですね」
結凛の声とともに銀翼が背に生えた剣を持った戦乙女のような見た目の少女が現れた。その顔は結凛と瓜二つ。
「ワルキューレと申します」
「結凛のキメラは喋るのですね」
ワルキューレとサンシャインハートが睨み合っていると結凛が言う。
「そちらからどうぞ」
直後、挑発するような笑みをワルキューレは浮かべた。
「それでは!」
サンシャインハートは直立からワルキューレに向かって駆け出すと右手を振り上げて手刀を振り下ろした。
「速いな」
「ああ、お前の月読玉兎程じゃねーがなかなか速い。だが……」
錬と通流がそんな会話をしていると、ワルキューレは右足を引き半身反らして躱し剣を引き抜き素早くサンシャインハートの首に触れる。
カミナは首に冷たいものを感じ背筋を凍らせた。
「勝負あったな」
通流は無慈悲に告げた。
「その反応……カミナのシンクロ率はなかなか高いみたいだね」
結凛が引き攣ったカナを見て言った。
シンクロ、キメラと本体に繋がっている感覚の事。高ければ高い程キメラと同じ感覚を感じ、自分の体のように操作する事が可能だが、高過ぎると本体に感覚がフィードバックしキメラが傷付くと本体も同じあるいは相応の箇所に同じ傷ができる。
「流石天然産キメラというべきかな? キメラの潜在能力はなかなか高いけどカミナ自身の戦闘センスはあまり高くないみたいだね」
結凛の言葉と同時にワルキューレは剣を納めると消える。サンシャインハートも消えるとカナは腰が抜けたように地面に座り込んだ。
「大丈夫?」
結凛はカミナに近付くと手を差し伸べた。
「ありがとうございます」
カナは素直に手を取ると立ち上がる。
「まあ、戦闘は錬君と通流のダブルエースに任せればいいから」
結凛は二人は指差しながら言った。
「はあ……」
「というより、錬君と通流以外戦闘弱いんだよね」
「でも斬り込み隊長は通流だからな!」
錬はフォローするように言った。
「俺が前かよ」
「当然。盾は前、知将は後ろだからな」
「盾扱いかよ」
「言ったじゃん、通流のキメラの硬化能力はオリハルコンだって。通流のキングダムは俺の月読の全知より安定してるからな」
錬のキメラの能力は全知と呼ばれる能力。全てを知る事ができる神の如き能力なのだが、錬と月読玉兎はシンクロ率が高過ぎる故に錬自身に知識が全て輸入され脳に負荷が掛かる。これでうっかり人間の頭脳の容量を超える知識を知ってしまえば脳が破壊される恐れがあるため、錬は月読玉兎の能力を封印してもらい錬の体感時間にして一〇秒だけ封印を解く事が可能で知識のレベル上限を設けている。
対して通流のキメラの能力は硬化。つまりパワードキングダム自身の身体を金属化する。かつて錬が全知でその物質を知った時、それが神々の持つ金属オリハルコンだと判明した。しかし、パワードキングダムの能力によるデメリットは自身が動けなくなる事だが、本人に対するデメリットはない。
そのため戦闘においては安定の通流、爆発の錬という生徒会において高い戦闘力を誇る二人がエースとなっている。
「そういえば特殊能力は何ですの?」
桜梅はいつもの事とばかりに二人の会話を流しながら聞いた。
カミナは少し暗い顔から自信満々の笑みに変えた。
「知りたい? 知りたいですか? 私、サンシャインハートの特殊能力には自信があるのですよ! クーリッシュ!」
カミナは両手の親指人差し指中指を立てて腕をクロスし、右足を出して踵を浮かし、クールに目を閉じた。
するとサンシャインハートから軽快な音が流れた。
「これは……」
「聞いた事がありますわね」
錬と桜梅はその音を聴いてピーンときた。その音は奏でられている。それは錬――そして最近錬の影響を受けている桜梅だからわかった事。その音は所謂アニソンと謂われるものだった。
「ティンクルフェアリーレインボー♪ マジカルレインボー♪ ナッシングネスブレード♪」
「今季深夜アニメのオープニングテーマではありませんかしら!?」
クールなポーズからのアニソンを歌うカミナに桜梅は思わずツッコミを入れた。
「そう、今季覇権確実なアニメの歌です」
「脚本作画歌声優が棒読みだったクソアニメだろ」
そのアニメは今季確実にワースト一位と専らの評判だった。
カミナは錬の言葉を無視して続ける。
「私の夢は日本でアイドルか声優になる事です。近い内に日本には来る予定でしたし、まあ三年もあれば日本文化を知るには十分ですね」
桜梅は錬に目配せして言う。
「意味高いですわね」
「そうだねぇ」
「実際どう思いますかしら?」
「日本人とエジプト人の良いところを受け継いでるから見た目はいい。声は声優としても歌手としても使えるな。歌も悪くない。でも成功はしないだろう。この程度のアイドルなら世の中見えるところ見えないところにたくさんいる。花畑の目立たない畑の一輪もいいところだろう」
錬の批評を聞いていたカミナは特に嫌な顔一つせずに言う。
「錬がそう言うならばそうなのでしょうね」
それを聞いて結凛と通流が僅かに反応するが誰も気に留めなかった。しかし、同様に反応した高貴は聞き返す。
「カミナさんは錬さんの事を知ってるんですか?」
「《シロガネ家の一族》でしょう? ネットで見ました。もちろんあの事も――」
「カミナさん、あまり本人の前でその事は――」
「そうだね。たぶんカミナが言ってる《銀家の一族》は俺の事だ」
錬の言葉を受けてカミナはにやりと笑った。高貴は慌てたように言う。
「言っていいのですか?」
「問題ないでしょ。心花にもバレバレな情報だし、結凛と通流は俺が生徒会に入った後や前に事前に調べてるだろうし」
事情を知らない桜梅とヒイロはぽかんとしている。
錬は手をぱちんと叩いた。
「こんなつまらない話は終わり。とりあえずカミナに校内を案内しようか」
錬の言葉によってこの話題を強制的に終えると、カミナは隼が獲物を狙いを付けたような目で錬を見据えていた。