蘭鳴学園高等部エイプリル連続悪魔事件終了
ウィッチ及びその母体とも言うべき悪魔リリスこと鉄真夜を撃退した翌日の放課後、生徒会室。結凛は生徒会長専用の偉そうな人間が使う机の席に座り周りにはその幼馴染み達である通流と桜梅とジュウク、それらと相対するように真夜が床に土下座しその両隣に錬と高貴が立っている。
「誠に申し訳ございませんでした」
真夜は一言そう言った。錬と高貴は所謂単なる付き添い。
あの後、錬が旧校舎に戻ると確かに四人は無事だった。この時、生徒会達と高貴との間では個人的な平等和平条約により話が済んでいた。当然といえば当然だがこの時点で真夜の弁明はされていない、高貴もせっかくの平和な人間生活を害されかけていたため怒りを露にしていたからだ。錬が真夜を止められなかった場合に高貴が真夜を止める気でいたらしい。そして錬は真夜と決着を着けた後、ありのままを結凛に報告した。
現在、悪魔の力を封印された真夜は生徒会に対して全力で謝っていた。悪魔の力を封印された事で人間と大差ない性能に引き下げられた真夜に抗う術などない。ちなみに錬が高貴に自ら人間になっている理由を聞いたところ「罵倒する神もいないのに神を罵倒する悪魔として生きるのは虚しいと思ったから」との事。
そして話を今に戻す。
錬が見た限り生徒会役員で今回の一連の件に関しては皆怒っている様子ではあったが、殺された事で怒っているのは不死身の桜梅だけ。
「本当にごめんなさい」
真夜は再び言葉にする。
「とりあえず顔上げてよ」
結凛の言葉に真夜は恐る恐る顔を上げた。ただの女子高生と化した真夜にとってキメラを操る生徒会は一転して恐ろしい存在となっている。
「いやね、他の連中はともかく私は結構君の理解者だと思うんだ。だけど今回の件は私もちょっと怒ってるんだよね」
「はい、わかります」
嵐の前の静けさのように結凛の穏やかな声色に真夜は同意するしかない。
「いくら錬君がお仕置きしたとはいえ、君にはリリンとかいうのを学園に放って少ないとはいえ一般生徒に危害を加えた悪行があるわけだ、わかる?」
「はい」
「しかし不幸中の幸い死者は出ていないから優しい優しい条件を飲むか退学か選ばせてあげるよ」
結凛はいじめっこのように微笑んだ。
「条件って何ですか?」
「優しい優しい条件」
「優しい優しい条件って何ですか?」
「優しい優しい優良条件の内容は簡単に言えば雑用、学園生活における雑務はもちろんの事、生徒会が悪魔と戦う時のサポート等をやってもらうよ。最優先事項でね。あっ、部活は続けていいよ」
女神のような笑みの結凛。
――――確かに軽い。
「鉋君も同じ条件なのでしょうか?」
「鉋か? まさか、君と鉋では立場が違う、鉋とは協力関係だよ。不可侵条約の方が近いかな。さながら君との関係は不平等条約だけど。本当だったら建物の修理代や被害者への治療費を君に丸投げしてもいいんだよ?」
「私の封印を解けば壊れた建物や怪我人はすぐ直せますよ」
「そう、だけどそんな事は別にいいよ。その辺の費用はバックの組織がどうにかするし、君は今日から人間なんだから。まあ君がそこまで悪魔の力を取り戻したいなら退学と引き換えという事で手を打ってあげる」
鉄は顔を俯かせている。錬も高貴も同情の余地がない真夜に手を差し伸べるほど優しくはない。
そんなこんなで生徒会長結凛と一生徒真夜は大富豪と大貧民の如く不平等な条約を交わした。その内容は事細かく書かれていたが割愛。
こうして『蘭鳴学園高等部エイプリル連続悪魔事件』というセンスの欠片もない名になった悪魔の事件は幕を閉じた。
☆☆☆
ゴールデンウィークも終了した最初の平日。錬、真夜、高貴、心花は昼休みの教室で雑談をしている。錬と高貴はゲームをしているが、真夜はただでさえ狭い机に顔を突っ伏し、心花はその狭い机の僅かなスペースに手帳を広げて唸っている。
「今日も生徒会で雑務に~、漫画同好会で漫画を描かないと~」
真夜は取り憑かれたようにぶつぶつ言った。真夜は人間と同程度の性能になった肉体に慣れないのもあるが生徒会と漫画同好会の両立で毎日が忙しく疲れている。「人間マジ脆弱」と真夜は生徒会と条約を交わしてから三日後に自分の肉体性能をそう評した。
心花が「ねぇ」と言い三人に尋ねる。
「何か面白い事件とかない?」
三人は「ない」と声を揃えた。
「ちょっとちょっと、みんな何か考えてちょうだい! 新聞部の今月号の新聞、心花の華麗なるデビューの記事がないのよ!」
「知らないよ」
錬は聞く耳持たないとばかりに返した。
「はっ!? 錬、大体あんたが悪いのよ! 屋上穴空きの事件とか一日で森が滅茶苦茶になる事件とかを記事にしようとしたら生徒会書記の藍生が来て心花の渾身の記事をボツにしたのよ! あり得ない!」
――――俺じゃなくて桜梅に文句言ってくれ。
そんな事は口には出さず心に留めておいて錬は黙って聞く事にした。
「藍生桜梅……あの小姑め~、窓の縁触って「まだ埃が残ってますわよ、鉄さん」ってあの小学生フェイスで言われるの可愛いけど腹立つ~、可愛いけど~」
真夜が凄く小声で「あの小娘、私の漫画の中で辱しめてやろうか~」などと言ったが誰にも聞こえてない。
「そういえば俺、生徒会に入ってまだ一回も書類整理とかそういうのやってないな」
「錬君羨ましいけど~、何かイジメみたい~だね~」
「生徒会のゴシップ記事……なかなかいいわね」
四人の内半分が悪魔のこのグループは今日も平和だった。
☆☆☆
錬は図書委員の仕事があると言って図書室へ向かった真夜より先に生徒会室へ来た。生徒会室では既に結凛、通流、桜梅、ジュウクの四人が揃っている。
「こんにちは錬君」
結凛が手に持って見ていた書類から顔を上げて歓迎するような笑みを浮かべる。そしてジュウクに視線を移す。
「おいジュウク、さっさと始末書終わらせてくれないか? 君は生徒会活動をサボっただけでなくあまつさえそれが原因で錬君がウィッチによって混乱させられたんだからね」
「前者はともかく後者は僕のせいかな?」
「口答えしない、そうでなくても既に君は期限が遅れてるんだ。こっちはジュウクが所属しているぐうたらテニス部を潰してもいいんだよ?」
「わかってますよっと」
ジュウクは疲労を深い溜め息とともに吐き出してから「八つ当たりか」と小声で発した。
「俺は何をすればいいんだろう」
錬はバッグを置きながら言った。
「錬君は何もやらなくていいよ、君は一応この前の件の功労者だからね。生徒会の方針で功労者は一ヶ月かあるいは次に悪魔関連で事件を起こるまで学生生活における生徒会業務は免除されるんだ。私が作ったルールではないだけどね」
結凛はそう言ったが皆が仕事している中ゲームをするのは錬も罪悪感が沸く。フワフワ心地が良いソファに座ると眼鏡をかけた桜梅が書類に書く作業の手を止めて立ち上がる。
「ウサギさん、お茶淹れますわ!」
桜梅はそう言ってやる気満々ニコニコしながらとてとて歩き出して急須と湯呑みを手に取る。
「え、あ、いや、別にそんな気を遣わなくてもらっても構わないんだけど」
「私この前はあまり役に立たなかったからこれくらいはしますわ」
そう言いながら桜梅はどこかで聞いたアニソンのような鼻歌を歌いながら錬の目の前のテーブルにお茶とお菓子を置いてから作業に戻る。錬は桜梅が淹れてくれたお茶を口に含む。
――――たぶん高級な茶葉だな。何の茶葉かわからないけど玉露かな。
「錬君、言っとくけどその茶葉は少々高いが高級茶葉じゃない。ましてや玉露ではないけどなかなか美味しいだろう?」
「そうだな」
結凛が錬の心を読んだような言葉に錬は口に出さなくて良かったと思った。
次は通流が立ち上がると本棚に近付き本を一冊取り出す。錬の目が確かならばその本は少年漫画のコミックである。それを通流は錬に投げて寄越す。
「お茶とお菓子だけじゃ時間も潰せまい。その漫画読んでていいぜ」
通流は無駄に笑顔を振り撒き席に戻り同様に作業を続ける。錬は通流の方向違いな気遣いをされても困るだけだ。錬が表紙を見るとその漫画はとある少年漫画雑誌で真ん中辺りに掲載されているジュウク物の漫画。
「生徒会副会長が学校に漫画持って来ていいのか?」
「大丈夫だ。それは学校用で自分用のものが家にちゃんとあるからな」
「それなら安心だ」
何が安心なのか錬にもわからないが、通流が言う時間を潰せない事ももっともなので漫画を読み始める。渡すなら一巻から渡せよと錬は内心思うが本誌の方で追えているので最新巻でも問題はない。
しばらくすると真夜が生徒会室に入って来る。
「ごめんなさい、遅れた~」
「大丈夫、錬君から事情は聞いてるから。それにしても真夜ちゃんもわざわざ図書委員になるなんて酔狂だね。ウチの学校は委員会に入るの自由なのに」
「別にいいでしょ~。こっちは好きでやってるんだから~」
真夜がバッグを置き錬の隣に座ろうとした時に桜梅が言う。
「鉄さん、私にお茶を淹れてくださらない?」
桜梅の意地悪そうな言葉に真夜はムッとしながら立ち上がる。
「わかったよ~」
真夜はお茶汲み係のOLの如くお茶を配って行く。それから真夜も書類を手伝わされる。それを見ていた結凛が言う。
「真夜ちゃん、あなたそれ伊達眼鏡だよね? 外せ」
「え、えぇ~、確かに私の眼鏡は伊達だけど~、それじゃ私の眼鏡っ娘キャラが~」
「でもね真夜ちゃん、生徒会に眼鏡女子は二人もいらないの。だったら本当に近視の桜梅より虚構の眼鏡を外すべきじゃないかな?」
結凛の言葉が正論のような気がした真夜は納得はできないが逆らえないので眼鏡を外す。眼鏡の上からでもわかる派手で端麗な容姿が解放された。
「やっぱり真夜ちゃんは眼鏡ない方がいいよ」
「あ、ありがとう?」
真夜は唐突な結凛の飴と鞭で言うところの飴に戸惑っている。錬は漫画から顔を上げて真夜の顔を一瞥してから言う。
「元々美人だしな、何で眼鏡かけてたかわからなかったけど。まあ俺は眼鏡かけた真夜は結構好みだったから伊達眼鏡の事は黙ってたけど」
「えへへ~そうなんだね~、錬君」
真夜はニコニコと眼鏡をかけ直したが、結凛が止める。
「眼鏡はかけるなって言ったでしょ? 生徒会長の命令だから」
「えぇ~、そんな~」
真夜は結凛に咎められてガッカリした面持ちで眼鏡を外し直した。
「そうなんですのね、ウサギさんって眼鏡掛けてる娘が好きなんですのね」
桜梅はそう言いながらそそくさ眼鏡を掛けた。
「そういえば錬君も眼鏡してるよね」
ジュウクが横から割って入った。この発言に生徒会役員すべてが錬に目を向ける。
「してませんわよ。ジュウク、嘘吐くのもいい加減にしてほしいですわ」
眼鏡を装備した桜梅がプンプンと書類に目を戻す。結凛が思い出したような顔をして言う。
「そういえば錬君の眼鏡姿の実物はまだ見てないね」
「え、本当ですの?」
桜梅は再び書類から顔を上げた。
「事前に書類見たから。たぶん軽度だから普段かけてないんじゃないか?」
結凛と桜梅の会話にジュウクと真夜が言う。
「授業中の錬君は無駄に優等生に見えるからね」
「錬君の眼鏡姿はなかなかかっこいいよね~」
桜梅が錬に言う。
「何で隠してたんですの!?」
「桜梅、キレ気味だがそれは理不尽だと思うぜ」
通流が呆れるように毒にも薬にもならないような言葉を桜梅に言った。
「わざわざ言うほどの事じゃないと思って。実際、席が後ろで黒板の字がぼやけるから眼鏡をかけてるだけで別に隠してたわけじゃ――」
桜梅の懇願するような目に錬はたじろぎ溜息を吐いてから言う。
「そんなに眼鏡が見たいなら見せて上げるよ」
錬はバッグから眼鏡ケースを取り出して、中に入っていた眼鏡をかけた。結凛が熱っぽい目で言う。
「ふ~ん、なかなか鬼畜っぽいね。予想通り」
「そんな事初めて言われたよ。ていうかその目で見ないでほしいんだけど……」
「ご、ごめん」
そう言いながらなぜか急に色っぽい――というより嬉しそうな声で謝る結凛に錬は戸惑いを隠せない。
「錬はとりあえず漫画見とけ」
通流がどこか侮蔑的な目で結凛を一瞥してから言われた通り錬は再び漫画を読み始める。
ジュウクが後から話した事だが、結凛は隠しているが若干アレだと錬は聞いた。
「鬼畜と聞いてその返しか~」
真夜も感心したような表情だ。
その時、生徒会長の机の上にある電話が鳴り出す。結凛は面倒そうに受話器を取る。
結凛は相手方と対応している。「はい」と「わかりました」だけの言葉を巧みに使用して会話し、受話器を置いた。
「まったく面倒な」
結凛は席から立つ。
「どうした、悪魔が出たのか?」
通流が聞いた。
「ああ、そうみたいだ。どうやら隣の県で目撃されたらしい。さあ、みんな準備して。車は既に用意しているらしいからね」
真夜はクスクス笑う。
「どうせ私のリリンみたいに~、使い魔とかの類だね~」
「真夜も意味不明に勝ち誇ってないで準備すれば?」
「は~い!」
錬の言葉に真夜は機嫌良く立ち上がる。それぞれが出発の準備をして生徒会室を出る。
「さあ、悪魔退治に出発だ!」
結凛の言葉にみんなは一斉に歩き出した。