ウィッチ
翌日の朝、錬が教室に入ると――
「またかよ……」
錬は教室の出入口で錬の机に座るジュウクか九尾か、女姿のジュウクがいた。上履きを脱いで妖美な足を片方だけ机に乗せて見せ付けている。男子の視線はジュウクに釘付け、女子の視線は錬を串刺し。ジュウクは錬に気付くと微笑む。
「おはよう錬君、昨日ぶりね」
錬はジュウクの言葉を無視して、手首を掴んで無理矢理引っ張り連れて行く。
「あ……もう、強引ね」
クラスメイト達の視線を独り占めして二人は教室から出て行った。
廊下でも二人は注目されながら足を進めて屋上へと到着した。錬は長椅子にジュウクを座らせてから月読玉兎を出して周りを確認する。
「誰もいないみたいだな」
錬は長椅子に座らずジュウクの正面に立って見下ろす。
「あら、内緒話? それなら錬君も座ったら?」
ジュウクが隣をペシペシ叩く。錬はそっちを一瞥し視線をジュウクに戻した。
「お前、どっち?」
錬は単刀直入に質問した。ジュウクは錬の目を見上げて目を合わせる。ジュウクも錬の質問の意味がわかり答える。
「九尾の方かしら」
「九尾か、今日は何の用?」
「昨日はウィッチに会えた?」
「質問に質問で返さないでくれないかな」
「だって錬君だけ一方的に質問ってちょっとズルいじゃん。という事で私の質問に答えてくれたら次の錬君の質問に答えてあげるよ」
錬は答えるべきかどうか迷ったが正直に答える事にした。
「会えなかった」
「あはは、やっぱりね。次の錬君の質問だけど、今日は今の答えを聞きに来ただけよ。じゃあ次は錬君で~す」
錬はこれを好都合と考えて次の質問をぶつける。
「お前、本当に九尾か?」
「そうよ、それがどうしたの?」
「うん、俺は馬鹿だと思っただけだ」
錬は今正に自分の間抜け具合に呆れ果てていた。そして錬は開口する。
「お前、ウィッチだな?」
ジュウク、九尾あるいはウィッチは錬の質問に笑みを返した。
「残念、違うわ」
九尾があっさり否定する。
「果たしてそれはどうかな?」
その言葉とともにドアが開き中から麗人とも呼べるような女子が現れた。
「お久し振りかな、ウィッチ」
結凛が不敵な笑みで歩いて来る。
「君は確かこんな能力を持っていたな。火水風土を操る能力、サイコメトリー、そして変身能力。それをまとめて魔法能力と君は呼んでいたかな」
結凛の横に双眼鏡を持ったワルキューレが現れる。
「悪いけどウィッチの言動はすべて見させてもらったから。結果、君はジュウクでもなければそのキメラ九尾でもない、それならば答えは一つに絞られる。君の正体はウィッチだ」
結凛がそう言うとジュウクは立ち上がり飛び上がって宙を浮いた。そしてボンテージの際どい衣装を身に纏った、青い肌に金眼で白目が黒い女性に変わった。
「あ~あ、作戦失敗か」
ウィッチは残念そうに溜め息を吐いて錬と結凛を見下ろしている。
「やはり二兎を追う者は二兎を得ず、か。改めまして錬君、私はウィッチよ。よろしくね!」
ウィッチは楽しそうに錬にウインクした。錬は怖い顔でウィッチを見上げる。
「そんな怖い顔しないでよ錬君、ウィッチ悲しい」
ウィッチは両手で目をゴシゴシし、目から両手を離すと赤い液体が青い頬を流れる。
「私はこんなに錬君好きなのに」
「耳を貸してはダメだよ錬君、あれはそういう存在なんだから。できれば君にはここから退避してもらいたいくらいだからね。たぶんもう錬君はウィッチに対して本気で戦えない、通流もそうだったからね」
結凛は錬の前に出て庇うように立つ。脇ではワルキューレが剣を中段で構えている。
錬は結凛に指摘された通りたぶん本気でウィッチと戦えない。
「ウィッチは男性に対して常時魅了魔法をかけているんだ。つまり錬君は今状態異常、ドキドキトキメキチャーム状態だね」
「結凛様、どうしますか? 私一人では分が悪いです。というかたぶん勝てません」
「う~ん、どうしようか。通流を召喚しても使い物にならないし、桜梅は私より弱い、ある意味ウィッチに対して一番頼りの金髪野郎は召喚拒否と来た」
「召喚って拒否できるんだ」
錬のツッコミに構っている暇なしの結凛は困った顔。
「空中戦だとどうも指示が出し難いんだよね。せめて地上戦ならいいんだけど。ねぇ錬君、何か作戦ないかな?」
「作戦? そうだな、初手で決めればいいだろ。スケルトン戦の時と同じように」
錬の言葉に結凛は錬の表情を読んで言わんとしている事がわかった。
「私を差し置いて相談? 錬君、何なら私と話さない?」
ウィッチの言葉を無視して結凛は指示を飛ばす。
「よし、ワルキューレ飛べ!」
「はい!」
ワルキューレには結凛の真意がわからなかったが指示通りジャンプして翼を羽ばたいた。その後ろで月読玉兎が宙に浮いたワルキューレの足に自らの足を添えた。
「へ?」
ワルキューレは急な足場の感覚に驚いた。そして月読玉兎がウィッチ目掛けてワルキューレをシュートした。蹴り飛ばされてからワルキューレとウィッチはその作戦に気付いた。ワルキューレとウィッチが接近する。ワルキューレが剣を横に構えるとウィッチが後退し距離を取り攻撃範囲外へ逃れた。
「まだです!」
ワルキューレは剣をウィッチ目掛けて投げた。ウィッチは驚いた表情を見せるとお腹に剣が刺さった。
「う、ぐっ……」
ウィッチは苦悶の表情を魅せると、剣が刺さったお腹からは紫色の血が虚空から地面へと流れ落ちた。
「やったかな?」
結凛が言った。錬、結凛、ワルキューレはその様子を見ている。ウィッチは下にいる結凛を睨み付けながら苦しそうな呻き声で言う。
「あんた、覚えてなさいよ」
ウィッチは背を向けて旧校舎へと飛んで行ったのを見て結凛は安堵の表情を浮かべた。
「危なかったね錬君、あのまま戦闘にもつれ込んでたら逃げるしかなかったよ」
ワルキューレが結凛の側へ戻って来る。当然だが剣は携えていない。
「さて、錬君」
「何?」
「君はこれからどうするべきだと思う? 今日はもうやめるか、それとも追い討ちをかけるか。今ならウィッチは手負いだけど、たぶん明日には怪我は完治している」
「俺に振らないでくれない」
「錬君こういうの得意でしょ? 不意打ち追い打ち騙し打ち。私も状況判断は得意だけど戦闘のセンスはあまりないからね」
錬はやれやれと思いながら答える。
「今日はやめよう。魅了魔法をどうにかしなければたぶん返り打ちだ。不意打ちは予想外の攻撃をするから不意打ちで、追い打ちは強者がさらに攻撃するから追い打ちで、騙し打ちは騙せるから騙し打ちだからね。今はそのどれも成功しない状況だからそれが得策でしょ。改めて対策を練る必要がある。それに授業もあるしな」
臆病な錬が下した決断だった。
「わかった。じゃあ今日の放課後にでも対策立てようか」
結凛がそう言って、二人はそれぞれの教室へ戻って行った。