金髪の彼女
スケルトン討伐の翌日。登校した錬は教室に入ると目を見張る光景に出くわした。
そこには蘭鳴学園の制服を身に纏った金髪蒼眼の女が錬の席の机に足を組んで座っていた。鶯院緋色は一昨日と変わらず妖艶で扇情的な雰囲気を纏っている。しかし、異常なのはそこではない。ジュウクの周りには男子がトロンとした目でまるで崇拝するようにジュウクを見ている。そして女子が遠巻きにジュウクとその周りの男子を侮蔑の眼差しで見ている――というより睨み付けている。
錬は判断速く教室から出てドアを閉めて思わず呟いた。
「何だ……あれ?」
――――あの男子達の目、知ってるぞ。あれは恋に囚われている目だ!
確かに女子ジュウクの容姿なら男子を誘惑するのは簡単だろう。しかし、普通は男子があんな狂信的に囲うなんてない。紅一点というのならともかくクラスの半分は女子だ。そもそも男子であるジュウクが女子に変身しているとはいえ男子を誘惑する理由が錬にはわからない。
錬がドアの前で考えているとガバッと後ろから誰かに抱き付かれた。
「うぉ!?」
体に腕を回されて背中に柔らかい感触、右手に瑞々しい手が絡む。
「れ~ん君、おはよう」
錬は耳元で囁かれた。くすぐったい。
「お前……鶯院」
「今は《とりいジュウクみ》よ、錬君」
ジュウクは錬の耳元でくすくす笑う。錬は妙な恥ずかしさで体が熱くなる。
「何なのお前? 何で女に変身してるんだよ」
「この体は色々都合がいいから」
――――何のだよ!?
錬はまったく見当が付かない。
「とりあえず放して」
「あら、ごめん」
ジュウクはあっさり錬から体を離した。
「お前、男囲って何考えてるの?」
「それは私が悪いんじゃなくてあの男達が悪いんだよ? だって私は錬君の机に座って錬君を待ってただけだもん」
「だからってああはならないだろ。いくらお前の容姿が良くても」
「別に誘惑したわけじゃないし~。もしかして妬いてる?」
ジュウクの言ってる事が真実か虚実か錬にはわからないがジュウクに悪びれた様子はない。ジュウクは錬の前にヒラリと移動して向き合い妖しく笑う。
「勝手に男子達が私を囲い出したんだもの。私は錬君に会いに来ただけなのにね」
錬は僅かに目線が低い蒼天の瞳に瞳の奥を見抜かれるような感覚に襲われながらも冷静に思考する。
――――錬君ねぇ……。コイツって俺を錬君って呼んだっけ? 確か銀君だったはずだけど。
「それで、わざわざその格好で俺に会う理由って何? お前の幼馴染み達が恋しがってたぞ」
「悪魔が全員消えるまで私は会う気ないのよね~。だって危ないし。そ・れ・に……」
ジュウクは錬の腕に絡む。錬は腕に色々柔らかい感触を意識してしまう。
「錬君ってヴァンパイアとマーメイドを倒して、さらにあの強いスケルトンを倒す作戦を思い付いたんでしょ? だったら残りの悪魔も私抜きで倒せるよね? 最後の悪魔ウィッチ」
「悪いけど俺はまだウィッチの事を何も知らないんだよ」
「ふぅん……」
ジュウクは気まぐれな猫のようにあっさり錬の腕から離れた。
「じゃあさ、放課後屋上に一人で来てよ。ウィッチの事教えてあげるから、ね? 待ってるから」
それだけ言うとジュウクはフワッと踵を返して歩いて行った。
――――何だったんだ?
錬は一抹の疑問を抱えながら教室に入ると女子が錬を睨み付けて来た。錬はちょっとビクビクしながら普通に席に着くと女子が錬に群がる。
「銀君!」
女子の一人が机を手の平を振り落とした。バンッという音に錬はビックリする。
「ひっ! な、何?」
「あなたの彼女さん、他人の彼氏を誘惑してどういうつもり?」
錬は悟る。この流れだと確実に件の彼女は女のジュウクの事だと。
「いや、俺はアイツとは何でもないんだけど」
「あの女の子が自分で言ってたよ」
――――マジかよ、最悪だな鶯院! というかお前らも男の方の鶯院にキャーキャー言ってるだろ!
「とにかく銀君の彼女さんに言っといてよね! 他人の彼氏を誘惑するなって!」
錬は周りを見渡す。友人の鉋も鉄も鈍もまだ教室にいない。誰も庇ってくれないこの状況、錬一人で大勢の女子を相手するには荷が重かった。
「わかったよ、言っておくよ」
だから錬はこう言うしかない。理不尽だがこれこそ数の暴力なのだ。
――――女子、ライオン過ぎるだろ……。集団の女を褒めて宥めても通用しないし。ヤバいな鶯院が可愛く見える。
そんな皮肉に錬は内心苦笑いするしかない。
「ふん……!」
女子達は一応納得したのかそれぞれ席に戻っていく。
「朝から厄日だな」
錬は誰にも聞こえないように呟いた。
クラス中の女子の視線と男子の視線が錬に突き刺さる。女子は錬の向こうにいる幻想の彼女ジュウクに、男子は架空の女子ジュウクの彼氏錬に嫉妬している。
――――冤罪無罪もいいところだろ。
朝のホームルームの時間まで教室以外の何処かで時間を潰そうと考えた錬だったが今教室を出るのは負けな気がしたのでおとなしく教室にいることにした。
――――結局、さっきの鶯院は誰だ? 少なくとも鶯院本人ではないよね。アイツは女子になっても変わらず銀君呼びだったし。じゃあ問題はなぜ今日は彼女面して俺の前に表れたんだ? いや、心当たりはある。それは俺が約束を破った事か。
確かに錬はジュウクの約束を破ってしまった。逆を言えば錬からすればその約束を破った程度しか心当たりがない。
―――― まさか報復か? だからって俺の前に現れるのは本末転倒な気がするけど。…………まさか正体は……いや、確証がない内はそれ前提で動かない方がいいか。
錬が思考に耽っていると「錬!」とアニメのようなロリ声で呼ばれた。気付くと目の前、心花が机に両手を着いて前のめりになっている。
「ああ鈍か、おはよう。何?」
「何? じゃない! まったくこの心花ちゃんが話し掛けてるのに無視して」
「悪いね。今考え事してた」
「知ってる。自称錬の彼女の金髪女でしょ? さっきクラスの娘から聞いたわ」
「新聞部の鈍に聞きたいんだけどその金髪女って誰?」
「さあ、話を聞いた限り相当美人らしいけど私自身見てないからわからないわね。少なくともこの学年には金髪は鶯院君しかいないと思う。まあ染めたとかなら別だろうけど」
心花は眉をひそめる。そして「ただ、まあ……」と続けて机に小さなお尻で座ると可愛い童顔とは似合わない小悪党な笑みを浮かべる。
「心花も他の女子達同様その金髪女の事は気にいらないわね。理由は違うけどね。そもそも何で錬の彼女を自称するかもわからない。錬なんてただ顔がいいだけのゲーオタじゃない。それに足太いし」
「酷い言い様だね」
「後血統もいいよね?」
「大した血統じゃないよ」
「何にしてもそんな怪しいなら別に関わらなくてもいいと思うわ」
――――そういうわけにはいかないんだよな。本当は正体知ってるし。ただまあ怪しいのは確かだけど。
ただ諸々の動機やら何やらが錬にはわからないので困っているのだ。
「それにしても真夜も鉋も来ないわね」
「高貴はともかく鉄がこの時間にまだ来ていないのは珍しいね」
「やあやあ、おはよう錬さんに鈍」
噂をすれば何とやら。高貴が自分の席にバッグを置くと錬の席に近寄って来た。
「錬さん、金髪グラマーな彼女がいたって本当ですか?」
「ああん?」
応えたのは錬ではなく可愛い声でドスを効かせた心花だった。
「違うわよ。錬の彼女を名乗る誰かよ」
「ふぅん……それより錬さん、昨日は潜らなかったですよね」
「ちょっと!」
高貴は心花を無視して錬に聞いてくる。
「ごめん。昨日はちょっと疲れてね」
「生徒会の仕事ですか?」
「まあね」
「ゲーム好きの錬君が連日ゲームする気力が出ないなんてどんなブラック企業ならぬブラック生徒会ですね」
「ん? ……そういえば生徒会の仕事をした記憶ないな」
「ははは、どっちなんです?」
「無視するなあぁぁぁぁ!」
間近で心花の甲高い声を聞いた錬と高貴は耳がキーンとなった。
「何事ですか鈍、ちょっとハエ並に騒々しいですよ」
高貴が心花を睨み付けた。心花は少したじろぐ。
「ハエってどういう意味!? 今は金髪女の話でしょ!?」
「そうなのか?」
「おい、当事者! さっきからその話しかしてないわ!」
「その話は終わったよ。もうゲームの話題に移った」
「移らすな!」
なぜか怒り心頭の心花。高貴は溜め息を吐いた。
「要するに鈍は錬さんが心配だから妄想メンヘラ女に会うなって言ってるんでしょう?」
「そうよ。はっきり言って自称彼女なんて容姿関係なく碌なのいないわよ」
「そこに関しては俺もどうかんですけどね」
――――確かに碌な奴じゃないな。趣味が悪いというか、自己中心的というか。
すると朝のホームルームを告げるチャイムが鳴り響いた。高貴と心花はチャイムと同時にさっさと自分の席に戻って行った。結局真夜が教室へ入って来たのは朝のホームルームが終わる直前であった。急いでいたのか息を切らしていた真夜を錬、高貴、心花は不思議そうに見詰めた。
昼休み。いつもの四人で錬の机を囲って昼食を取り終えた。いつも通りゲームをしようとしたらトラブルが起こった。
「しまった! ゲーム忘れた」
錬はバッグの中に手を突っ込んでからそう言った。高貴は呆れた目で錬を見ながら言う。
「おいおい錬さん勘弁してくださいよ。最近弛んでるんじゃないですか?」
「ごめん」
「学校にゲームを忘れて弛んでるっていうのもちょっとおかしい話だよね~」
真夜は笑いながら言った。
結局真夜が今日遅刻した理由は寝坊だと錬は聞いた。今日に限って布団が恋しくなって起きられなかったらしい。
「まったく最近みんな変ですよ」
高貴はそう言いながらゲーム機をバッグに仕舞う。
――――そういえば俺昨日からゲーム機をバッグから出してない記憶があるんだけど。
「じゃあカードやろうよ」
真夜は両手を合わせて名案とばかりに言った。ここで言うカードとはトランプやトレーディングカードゲームの事ではなくタロットカードの事である。
「まあいいですよ、それで。どうせお前らみたいな下手くそとアクションゲームやってもつまらないですしね」
「返す言葉もないわね」
「じゃあ始めるよ」
真夜は山札をシャッフルして左隣の錬に山札を差し出す。錬は山札の一番上を引いて机の真ん中に置きひっくり返す。
「月……」
「月の正位置、不明瞭とか不安とかだね。現状がはっきりしなくて不安な感じ」
真夜は淡々と解説する。高貴は面白そうに笑う。
「今の錬君にピッタリだな」
「本当にね」
錬は苦笑い。
真夜は月のカードを戻して再びシャッフルして真正面の心花に引かせた。錬と同様机の真ん中でカードをひっくり返した。
「ザ……えっと、ラバーズ?」
「恋人の正位置、心花ちゃんは本当にいい子だね~」
「ちょっと! 解説しなさいよ!」
「友達思いって事だよ。友達を信じてっていう感じかな」
「前から疑問に思ってたんだけど何で恋人ってカードで友達とか出て来るのよ」
「人と人の繋がりを示すカードだから決してその範囲は恋人だけに留まらないの」
「ふ~ん」
心花は納得半分、不満半分といった感じだ。
真夜は恋人のカードを戻して次は右隣の高貴に引かせた。
「ふん、悪魔ですか」
――――悪魔ってのもただのタロットカードとはいえ占いの最中に出るとこうも禍々しく見えるんだな。
錬には悪魔というカードがまるで黒いオーラを纏っているように見える。
「悪魔の正位置は悪意誘惑堕落執着嫉妬盲目暴虐欲望。解釈すると――」
「ああ、別に解説はいりませんよ。どうせ碌な解釈じゃないでしょう?」
高貴は何が面白いのかにやけている。錬は知っている。高貴がこの顔をする時は他人を罵倒する前兆だと。錬は見慣れているが、やはり真夜と心花はまだ慣れないようで顔を強張らせる。高貴は邪悪な笑みで言う。
「さあ次はお前ですよ鉄」
「わかってるよ~」
真夜は自らシャッフルして一番上のカードを引いてめくる。真夜の表情に一瞬陰りが見える。
「月の正位置、錬君と同じか。差し詰め裏切り、不安定といったところか。解釈すると――」
「錬君はいるか?」
高貴が当て付けとばかりに真夜が出した月の解釈を始めようとした時に教室の出入口付近から教室中に聞こえるようなやや大声が遮った。当の錬が声の主を見ると生徒会長灯磨結凛その人だった。結凛はドアの柱に背を預けて腕を組み、片足を伸ばして片足を曲げて引く形で待っていた。結凛は錬と目が合うと「やあ、こんにちは」と言った。教室では女子の一部が黄色い声を上げている。
「えっと、何?」
錬は席から立ち上がり結凛に近付く。
「ちょっと話に付き合ってくれないか?」
結凛はそれだけ言うとさっさと歩き出した。錬もそれに続く。結凛は廊下を歩きながら喋り始める。
「錬君には確か悪魔の事言ったよな? どういう存在だったかとか」
「正体不明なんだろ? 便宜上悪魔と呼んでいるだけで」
「ああ、それで今はこっちがその便宜上の悪魔達相手に対処している状態だ。悪魔と戦い始めて間もない錬君に聞くけど私達が錬君と会う以前、私達はどのくらいのペースで悪魔と戦っていたと思う?」
錬は結凛の質問の意図がわからないが一瞬思考してから答える。
「週一回?」
毎日はないにしても錬が戦ったペースより若干少なめであると考えた。
「ははは、やっぱりそういう印象を持つか。ところが違う。私達は一年に二回、いやこの場合は一年に二体と戦えば多い方なんだ」
「一年に二体? 確かケルベロス、ヴァンパイア、マーメイド、昨夜倒したスケルトン、そして今度倒す予定のウィッチ。既に二体超えて五体だね」
「そう、既に五体だ。正確には錬君が生徒会入り前にも二体倒しているから合計七体。まだ五月も始まっていないというのに年平均を既に越えている。異常だと思わないか?」
確かに錬も異常な感じを受けたような気がした。結凛の言う通り悪魔と戦い始めて間もない錬には数値では異常とわかるがまったくもって異常に対して実感が持てない。結凛は「だが」と続ける。
「それ以上に異常なのは錬君が入る前の二体も含めてこの月に出会した悪魔がすべて蘭鳴学園内でのみ活動していたという点だ」
「はあ?」
「言っておくけどこの学園の生徒会は悪魔に対抗する組織というだけで悪魔を発生させる装置や悪魔が召喚される魔法陣などといった出入口があるわけじゃない。だのになぜこの短期間で多数の悪魔がいるのか。スケルトンが屋上に常駐していたからそこに秘密でもあるのかと思ったんだけど。その疑問が錬君にわかるかな?」
「……黒幕か?」
「そう黒幕だ」
これでもう私が何を言いたいかわかるだろう、と言わんばかりに結凛は黙る。
「つまり黒幕を倒さない限りウィッチを倒してもまだまだ悪魔は量産されると」
結凛は満足気な笑みで返した。錬は頭が痛くなり額を手で押さえた。
「そうだ。だから今日から生徒会は悪魔退治と並行して黒幕探しを始める」
錬は結凛の言葉に納得し賛成の意を示した。
――――鶯院じゃないがそんなにたくさん悪魔と戦うなんてごめんだ。
「それで何で俺だけを呼び出したの? その話、放課後にでもみんなが集まった時にすればいいだろう」
「もちろん話すさ。だけど錬君は今日の放課後ジュウクと会うんだよね?」
「そうだけど何で知ってるんだよ」
「錬君のクラスに金髪の女子が現れたって噂が流れてたから。この学校はお坊っちゃまお嬢様学校といえども金髪の奴は少ないからね。それに噂の金髪女子はジュウクが変身した特徴に一致する。とにかく錬君はできれば放課後ジュウクを説得してくれ。どうやら錬君はジュウクに気に入られているみたいだから」
錬はウンザリした顔で「わかったよ」と言った。
「すまないな、錬君。ジュウクを頼んだよ」
言いたい事だけ言って結凛は「じゃあね」と言って階段で別れた。そして階段を下りている途中で錬の方へ振り返り見上げる。
「私今から食堂へ行くんだけど、お昼ごはん食べてないなら一緒にお昼ごはん食べる?」
「生憎昼飯は既に食べた。それ以上にこの学校の食堂は無駄に高いから嫌だ。俺みたいな一般的な高校生が一番安いので一万円の料理なんて頼めるか」
「ふふ、私達は生徒会権限で食堂はただで利用できるんだぞ」
「何だと?」
「ふふ、残念だけどまた今度だね。じゃあね」
そして結凛は錬から背を向けて再び階段を下り始めた。
「そういえば生徒会役員になると学園内外で色々優遇されるらしいけど一体何が優遇されるか調べる必要があるね、これは」
錬はそう呟いてから踵を返して来た道を戻って行った。
☆☆☆
放課後。錬はジュウクに言われた通り屋上へ来た。ドアを開ければ女性体のジュウクがベンチに座っている。
「錬君、久しぶり」
「朝会ったばかりじゃん」
「そうだけど~」
ジュウクはニコッとしたりシュンとしたり。でも結局はどこかからかうような笑みになる。
「でも嬉しいな。もしかしたら錬君来ないかもって思ったもの」
「本当は来たくなかったけど」
「でも来てくれたね」
ジュウクは自分の横の位置をペシペシ叩く。
「ほら錬君座って」
錬はジュウクに促されて隣に座った。錬がわざと離れて座ったのにジュウクはお尻をずらして近付いて来る。
「もう、何で逃げるのよ」
「別に……」
「照れてるの? ふ~ん、錬君て結構照れ屋なんだ。ほんのり赤い顔が可愛いな~」
「おちょくるために呼んだのか?」
「ふふ、ごめんなさい。あまりにも可愛い反応だったからつい」
「それより幼馴染みを差し置いて俺だけ呼び出して何か用? ウィッチの事なんてどうせ嘘だよな」
錬はストレートに切り込む。ウィッチの情報を教えるなんてジュウクの口実であり単なる口から出任せだろうと錬は結論している。そもそも悪魔と戦うのが怖くて逃げ回っているような人間が悪魔と真面目に戦っている結凛達より情報を多く持ってるとは錬には到底思えなかった。ジュウクは心外とばかりに不機嫌な表情となる。
「酷い錬君、私は本当にウィッチの情報を手に入れたのに」
「ならお前の言葉を信じるとして何で俺にだけ教える?」
「結凛達とは今会いたくない。だから錬君を呼んだのに。それに――」
ジュウクは天真爛漫な笑顔で続ける。
「私だってもっと錬君と仲良くしたい、同じクラスになった時からそう思ってたの」
錬は頭が痛くなる。このままではキリがないと錬は思って、考えていた推論をぶつける。
「あのさ、お前ってもしかして鶯院のキメラじゃないか? 九尾とかいう。確か九尾の能力は変身とか言ってたからな。そもそも尻尾や耳を隠す程度で変身は使ってないかもだけど、どうやら結凛とワルキューレ、桜梅の奇稲田大蛇みたいに人間部分があると顔が同じになるっぽいし。お前がワルキューレと同じく全自動なのか、それとも手動なのかは知らないけど」
ジュウクは目を背け、悲しそうに瞳を濡らし「ごめんなさい」と言うと変身する。それはジュウクのキメラ九尾、ジュウクの女性体にキツネの九の尾と耳にヒツジの角がある。
「ジュウクが今はあまり生徒会と顔を会わせたくないと言うものですから」
九尾は申し訳なさそうに言った。どうやら結凛のワルキューレと同じく完全自動型キメラらしいと錬はわかった。
「よくわかりましたね」
「口調違っただろ。元の鶯院の喋り方じゃないし鶯院が女の演技をしている時の喋り方でもないからね。それにたぶん昼休みに会った結凛もお前だろ? 俺を放課後屋上に来させるために誘導したんだ」
「流石錬様、正解です」
九尾は褒めるように言った。
「でもね、誤解しないでください。ジュウクは本当に錬君と仲良くなりたいのです」
「じゃあ本人連れて来て」
「それは無理! だって今からジュウクは錬君を怒らせるから」
九尾は目を数秒閉じて開く。
「錬様一人を呼んだのは結凛様達に会いたくないというのもあるけれど、本当は錬様だけに教えた方がいいとジュウクは判断したからです」
「要領を得ない。鶯院とはそんな仲になった記憶はないけど、とりあえず結論をお願い」
錬の言葉に九尾は観念したように
「じゃあ言います。最後に残った悪魔ウィッチ及び黒幕の正体は鉄真夜であると言っていました」
九尾の言葉を受けて錬は一瞬思考を停止させて理解できなかった。すぐ我に返り言葉を紡ぐ。
「どうしてそういう結論になったの?」
「怒らないのですか?」
「別に、まだ鉄とも大して付き合いが長いわけじゃないからな。そういう可能性もあるといえばあるし」
錬からすればこの学校で付き合いが長い友達といえば入学前から交流がある鉋高貴だけである。それに個人的感情で否定するのは好きではない。
「俺はまだウィッチを見てないから何とも言えないんだよね、その辺。鉄が悪魔とは思えないけど、鶯院が鉄を悪魔と判断した理由ってスケルトンが見えたからでしょ?」
「その通りです」
「でもそんなの判断材料にはならないと思うんだけど。その理論で考えると俺だって悪魔の可能性が浮上する」
そもそも錬が生徒会に引き込まれたのもジュウクが真夜を悪魔と考えた理由と同じ理由である。
「それはないとジュウクは断定しています。だって錬様が悪魔ではない情報は既に裏が取れているからです」
「どうやって?」
「それは錬様自身が一番よくご存知だと思いますけど」
九尾は意地悪い顔で答えを返した。
とりあえずその辺の事は錬は無理矢理納得した。
「別に友人だからって理由で否定する気はないけど鉄が悪魔だっていう決定的証拠はないわけだろ?」
「そうなりますね、ジュウクはあくまで鉄真夜が悪魔である可能性を提示しただけですもの」
錬は黙る。はっきり言って悪魔の証明に付き合う気は錬にはない。九尾も錬の内心を悟っているのかこれ以上の追及はしない。むしろどこか満足そうにしているようにすら錬は見えた。沈黙の中、九尾が言う。
「とりあえず私の方は用事が済んだのでジュウクの元へ帰ります」
そしてベンチから立ち上がる。
「それでは、まあ会いましょう。錬様」
九尾は別れ際にそれだけ言うとスズメに変身して屋上から飛び立って行った。錬はそれを見送りながら思う。
――――これはもしかして俗に言う八つ当たりか? 二日前喋ったから。
二日前うっかりジュウクと会った事を結凛に言った事に対する錬への仕返しだろうか。
「とにかくウィッチを見物しに行くか」
そう呟いて錬も屋上から出て行った。個人的感情で否定する気はないが、個人的感情で否定材料を見付けて理論的に否定する気は満々であった。