スケルトンVSワルキューレ
翌日の夜。生徒会室には錬、結凛、通流、桜梅の四人がいた。結凛は三人の前で呆れた顔をしている。
「さて、結局あの金髪野郎は見付ける事ができなかったわけだが。今日は昼休みに言った通りスケルトン討伐を決行する」
結凛は三人を見る。そこには同意という三人の顔。
「さて、奴に関してわかっている事をまとめると――」
結凛はホワイトボードを見せる。
一、剣術に優れる。また、盾の扱いにも長ける。
二、屋上をテリトリーとして決してその場から離れない。つまり、逃げる時はどこからでもいいので屋上から脱出すればよい。
三、自身の骨の形を変える事ができる。能力?
結凛がそれを見て言う。
「こう見ると通流なら簡単に倒せそうだね。殺傷能力の高いスケルトンに対して硬化はアドバンテージが取れている」
「だが俺のキングダムは特別遅いわけじゃねーがスケルトンの攻撃速度に追い付けないぜ。全身硬化すると動けないしな。さらにそれを無視されて俺自身を直接攻撃される可能性もある。俺自身の能力は部分硬化でどうしても刃の攻撃が通っちまう」
「君自慢の反射神経でどうにかならないのか? 確か凄く速いのだろう?」
「無茶言うな。キメラはともかく俺自身は部分的にしか硬化できねーんだから同時攻撃でもされたらそこ以外に風穴が空く」
通流が焦る様子を見せた。結凛は難しい顔をする。
「そういう意味では錬君の月読玉兎の速さはスケルトンと同等かそれ以上ではあるんだけどシンクロ率が高過ぎる故にダメージが本体の錬君に直撃するし、防御性能は私のワルキューレや桜梅の奇稲田大蛇と大して変わらない」
錬は挙手して意見を言う。
「ワルキューレじゃ駄目なのか? あれなら本体のダメージフィードバックはないし、キングダムのような硬化能力はないけどその代わり剣を持ってるし俺の月読のような速さはないけどそれなりに速いじゃん」
「それは前にやって負けているんだ。何ていうか剣術勝負で負けた感じだけどね」
「それなら取れる策は一つだな」
錬の自信に満ち溢れた笑みに桜梅が問い掛ける。
「何ですの、ウサギさん」
「不意打ちだ」
桜梅がまたかという顔をする。
「何か作戦があるんですかしら?」
「生徒会長の許可があればね」
錬の不敵な笑みに他の三人は期待した眼差しで見詰めた。そして錬がその作戦を口に出した。
☆☆☆
結凛は北校舎屋上のドアを開けた。そこには月明かりに照らされて佇む剣と盾を持った騎士然としたスケルトンがいる。結凛はスケルトンと目が合った気がした。スケルトンは剣を構える。
「やる気満々だね。悪いが私もやる気満々なんだ」
結凛はワルキューレを出現させた。ワルキューレは呆れ顔で言う。
「戦うのは私ですが……」
「わかってるよ。ワルキューレ、あなたの役割は覚えてるよね?」
「覚えていますよ」
ワルキューレも腕と剣を直線に構える。
「今回は負けないよ、スケルトン」
結凛は一歩下がって挑発の笑みを浮かべた。
ワルキューレとスケルトン、その間約五メートル。スケルトンは一歩踏み出し二歩目三歩目で剣を体の内側下から上へ振る。スケルトンの剣先がワルキューレの剣先に当たり弾く。
「くっ……しまった!」
ワルキューレの腕が剣ごと投げ出されて胴体がフリー状態となる。スケルトンは振った勢いをそのままに体を一回転させながら一歩踏み込みワルキューレの胴目掛けて剣を下から上へ振る。するとワルキューレがその場から消えて一歩分下がった場に現れ、スケルトンの剣は空振る。そこをワルキューレが剣を振るうと、スケルトンは後ろへ跳んで距離を取った。双方再び剣を構える。
「結凛、ありがとうございます」
「二度目の戦闘だっていうのに迂闊だぞワルキューレ」
「すみません」
先のワルキューレが体勢を崩されてスケルトンが振るった時、その一撃を結凛は召喚の能力でワルキューレを元の場所から一歩後方へ召喚して回避したのだ。
結凛はワルキューレとスケルトンの戦線から離れる。
「はあ!」
今度はワルキューレから攻撃を始めた。ワルキューレは剣を持つ手と同じ足を前に踏み込み中段横に剣を体の外側から内側へ振るう。スケルトンは剣でワルキューレの剣を防ぎ、盾を構えてワルキューレに向けて突き出した。ワルキューレは後ろ足を剣を持つ手の方へ引いて体を半回転させて盾の攻撃を回避しスケルトンから距離を取った。
スケルトンはその後方を取ったワルキューレに目もくれず本体である結凛に向かって走った。いつの間にか距離が離れているため近付くのに僅かに時間を有する。スケルトンが剣を振り上げて結凛に向けて振り下ろすと、その間に結凛の召喚で一瞬で割り込んだワルキューレが剣を横にして頭上でスケルトンの剣撃を受け止めて押し返した。
ワルキューレは刺突するがスケルトンは盾で防いだ後に剣で攻撃する。
結凛は自分の後ろにワルキューレを召喚してスケルトンの攻撃を回避して、再びスケルトンの目の前に召喚する。
「前よりかはマシだけどやっぱり強いな……。私のワルキューレだって弱いわけじゃないはずなんだけど……」
結凛はそう言いつつ距離を取る。その間もワルキューレとスケルトンの攻防は続く。しかし、ワルキューレ劣勢。
どうしてもワルキューレは本体である結凛を守りながら戦う事になるのもあるが、地力の差が出ているのも大きい。そもそも何度も危うい場面があったが結凛のフォローで事なきを得ている。キメラであるワルキューレは怪我をしても結凛に戻ればダメージは回復するが、本体である結凛は怪我をしても直す術がない。さらに言えば人間である結凛は悪魔に対して非力であるため短時間であっても戦闘中にワルキューレを場から消すのは命取りとなる。それでも結凛には召喚という仲間を一瞬で呼び出す能力を持つため戦闘を交替できるが、今は作戦のためその能力で仲間を呼び出す事はできない。
「ポイントの地点までもう少しなんだけど……戦闘しながらこの距離は遠いな」
結凛は小さい声で呟いて渡り廊下屋上に向かって後ろ向きで歩く。
「ぐあっ……!」
ワルキューレは胴に一閃の斬撃を食らってしまった。スケルトンの攻撃を食らう瞬間に真後ろに無理矢理跳んだので体が真っ二つになったわけではないが、傷が浅いわけではない。劣勢だったとはいえ保たれていた均衡が崩れた。
血を流しながらもワルキューレは戦闘を続けるが痛みのため明らかに動きが鈍っていた。
もう少しだったのに――と結凛は思いながら北と南を繋ぐ渡り廊下の屋上に足を踏み入れる。ワルキューレは首から血が吹き出していた。スケルトンの斬撃を受けてしまったのだ。ワルキューレは人間でいうところの頸動脈を切られてしまった。ワルキューレは地面に膝を着いた。
「くっ……」
結凛はスケルトンに背を向けて渡り廊下屋上を走り出した。スケルトンはワルキューレの横を通り結凛を追い掛けた。
いくら結凛が走りに自信があるとはいえ人間以上の身体能力を持つスケルトンの速さに勝てるはずもなく無慈悲にも距離が詰まっていく。結凛は渡り廊下屋上を半分程度の距離を過ぎてから背後に迫るスケルトンをチラリと見てから呟いた。
「ば~か」
勝利を確信したような笑みを浮かべるがスケルトンからはその笑みも小さな呟きも聞こえない。
スケルトンが渡り廊下屋上の半分の距離を通り過ぎようとした時、スケルトンの足元の地面が壊れて何かが飛び出して来た。それは通流のキメラであるパワードキングダム。パワードキングダムは手を硬化させて体が上に飛びながらスケルトンにアッパーを仕掛けた。完全な不意打ちに対応が遅れたスケルトンはパワードキングダムの硬化されたアッパーをまともに食らい、骨を砕きながらその体が縦に二つに割れた。その縦に真っ二つになった骨の体は左右に倒れながら地面の瓦礫とともに階下に落ちていった。
結凛は走りをやめてスケルトンが迫って来た方向へ体を向けて朽ち落ちるスケルトンを満足そうに眺めながら言い放つ。
「作戦成功、私達の勝ちだな」
時は少し遡り、屋上で結凛がスケルトンと戦闘を始めた頃。錬、通流、桜梅は三階の渡り廊下つまり屋上のすぐ下の階にいた。
「不意打ちか……あまり気が進まねーが。仕方ねーな」
通流はつまらなそうに言った。
「現状真正面から戦って誰もあのスケルトンに勝てる奴がいないんだから仕方ないだろ。それに俺が思うにたぶんあの骨を変化させるのは能力ではないだろうし」
錬は月読玉兎で屋上の状況を把握しながら喋った。
「それにしてもまさかここから不意打ちするなんて考えませんでしたわ」
桜梅の呟きに錬が言う。
「生物――あの骨野郎を生物と言っていいかはわからないけど――が一番警戒薄いところは足元だ。もちろん地面が山やら毒沼ならその限りじゃないけど、基本的に生物が戦闘をした場合は地面に対して警戒が薄くなる。なぜなら目の前の相手が地面から攻撃するなんて想定しないから、それが地中からとなると尚更だ。そして俺達は今、スケルトンにとって一番警戒が薄い場所にいるわけだ」
「即ち屋上の階下か」
通流は言った。
「それなら何で渡り廊下なんですの? 結凛ちゃんと通流はさっき作戦をウサギさんから聞いた時理由がわかっていた風でしたけど私にはわかりませんわ」
「つまり北と南校舎と渡り廊下の構造上の違いだよ。校舎は上から面積を見ると縦にも横にも長い、しかも内部は教室と廊下を区切る壁があるから移動が面倒。対して渡り廊下は縦あるいは横に長い所謂細長い構造、それに教室などを区切る壁がないから移動が楽で位置の修正も楽。それらの理由から渡り廊下なんだよ」
錬は通流に準備はできているか聞いて通流は「ばっちりだぜ」と答えた。通流の傍らでは手を硬化させたパワードキングダムがスタンバイしている。それを見て桜梅は溜め息を吐いてから言う。
「それでは何で一番危険な役を結凛ちゃんがやっているんですの?」
「結凛が立候補したから」
「確かに結凛ちゃんは自ら立候補しましたけど納得いきませんわ!」
「理由がほしいのか?」
通流はそう問い返してから続ける。
「俺はスケルトンに速さで劣り、錬は速さではスケルトンに勝るがシンクロ率が高い故に殺傷能力が明確に弱点になるうえにスケルトンに能力を使われる可能性が高くてポイントまで誘導できなくなる。それに俺は奴を確実に仕留めるためのフィニッシャーになる必要があるらしいからな」
「わ、私だっていいではありませんこと?」
「お前は弱過ぎて論外だろ」
「んな!?」
「それに結凛のワルキューレは俺のキングダムより速いし錬の月読玉兎と違って剣を持っている」
つまり結凛がスケルトンと戦っているのは倒すためてはなくて奇襲ポイントまでの自然に誘導する事だった。そのためスケルトンに骨変化の能力を使わせないようにするために錬は結凛にワルキューレの飛行能力を使わないように指示もした。
月読玉兎の耳に結凛が南校舎屋上へ走り出す音とワルキューレの血の臭いを感じた。通流もパワードキングダムで同じ情報を得ているが、錬の月読玉兎と違って状況把握程度のもの。
「今だ!」
錬は通流に合図するとパワードキングダムが月読玉兎に向けて走り出した。錬は月読玉兎の耳で屋上のスケルトンの位置を確認した。月読玉兎は右足を出すと、パワードキングダムはジャンプしてそこに足を着地しようとし、月読玉兎はその足を真上を通るであろうスケルトンに向けて蹴り上げる。パワードキングダムは月読玉兎の足を足場にさらにジャンプした。パワードキングダムのジャンプ力と月読玉兎のキック力で速さを増しながらパワードキングダムは天井を破壊し、そこにいたスケルトンに必殺のアッパーを決めた。
錬、通流、桜梅が屋上へ行くと結凛が消えていくスケルトンを見ていた。ワルキューレは結凛に戻ったのかその場にはいない。
「やったね」
結凛は嬉しそうに真後ろの錬達へ体を向けた。
「何か倒してみるとあっさりですわ」
「いや、直接戦ってた私は結構大変だったよ」
「は! そういえば私何もやっていませんわ!」
「五人で総力戦を覚悟してたけど三人で倒せちゃったしね。しかし――」
結凛は壊れた床を見る。錬達も結凛の視線を追ってそれを見る。
「派手にやったな~」
結凛は苦笑い。錬は人質ならぬ言質を持ち出した。
「だから生徒会長様に渡り廊下の天井を壊していいか許可取ったじゃん」
「うん、そうだけどね。ふふ……」
結凛は何がおかしいのか笑う。通流は「さて」と言い森の方向へ指を差した。その指し示した方向には旧校舎が鎮座している。
「後は旧校舎の悪魔だけだぜ」
「そうですわね。後は旧校舎の悪魔を倒せば四月からの悪魔騒ぎは収束ですわ」
結凛はフッと笑う。
「残る悪魔は旧校舎の《ウィッチ》だけだ」
錬、結凛、通流、桜梅は月明かりに照らされる旧校舎をしばらく見据えていた。