誘惑キュウト
錬とジュウクは生徒会室にやって来た。ジュウクは誰も入らないようにドアの鍵をかけてから、冷蔵庫からジュースのボトルを二本取り出す。
「銀君はどっち飲む?」
「じゃあ水で」
「何で選択肢にないものを選択するかな。はい」
ジュウクは錬にボトルを一本投げて寄越す。錬は日本のものではないだろうジュースを受け取る。
「鉄さんも素質あるみたいだね」
ジュウクはソファに座りながら言って、その艶やかな唇で一口ジュースを飲んでから続ける。
「まあ、銀君が彼女を巻き込みたくないならこの事は結凛達には内緒にしてあげる」
「それは有り難いな」
「ただし、条件がある」
「条件?」
錬はジュースを一口飲んでから聞き返した。
「簡単な事、結凛達に僕の事をチクらなければいいよ。つまり、今日会った事は銀君と僕だけの秘密という事にしてくれない?」
「は、何で?」
「たぶん次はスケルトン、最後に旧校舎の奴になると思うけど僕としてははっきり言って戦いたくないんだよね。だって死んじゃうかもしれないでしょ? だから事が終わるまで僕は隠れてるよ。今日は結凛達が家に来るなんて言うからあえて学校に逃げて来たけど」
錬はジュースを一口飲んでから言う。
「お前って三人とは何か毛色違うね。何ていうか言い方悪いけど自己中心的みたいな」
「ふふ、否定はしないよ。確かに僕は結凛も通流も桜梅も幼馴染みとして大切に思ってて友達だと思ってるよ。だけど仲間じゃない。銀君だって友達を巻き込みたくないから鉄さんを仲間にしたくなかったんでしょ? 危ないから。僕が結凛達から逃げてるのと同じ理由で」
「つまりこの取り引きはお前と俺は利害が一致してると?」
「そういう事。難ならキスも追加してあげようか?」
「嫌だよ。ファーストキスが男同士でさらに同意のうえでだなんて」
「う~ん……この体なかなか美人だと思うんだけどな~。僕ってそんなに魅力ない?」
「外見だけは魅力あるよ」
「うん、僕もそう思うよ! それで、どうするの?」
錬はさっき怪我した腕を見て考える。
――――別に言わないでくれるならそれはそれで有り難いから取り引きに応じよう。この金髪の言葉を借りるわけじゃないがこんな事に友達を巻き込めない。
ケルベロス、ヴァンパイア、マーメイドと無傷でいたなら迷ったかもしれないがスケルトンとの戦闘で巻き込まれているそれが純粋な殺し合いだとわかってしまった以上は巻き込む気などない。
「いいよ。おそらくお互い保有する情報は決定的なデメリットじゃないかもしれないけど利害一致したなら使わない手はない」
「交渉成立だね」
ジュウクはメールとかなら確実に音符が付きそうな声色と感情で言って、ジュースを一気飲みする。
「ぷはぁ! じゃあ僕はこれから沖縄へ行くとしますか。銀君も一緒に来る? 今なら大サービスで女性体のままでいてあげるよ?」
「遠慮する。明日学校だしそんなお金ないし」
「そう、じゃあね!」
ジュウクは空のペットボトルを持って生徒会室から退出した。錬の前を通り過ぎた時、女子の香りがふわりと舞った。
錬は額に手を押し当てて呟いた。
「わざとだろ、あれ」
☆☆☆
錬は屋上に荷物を置きっ放しだった事を思い出した。
「最悪だ」
錬は南校舎屋上へ入る扉の前にいた。月読玉兎を出して聴覚と嗅覚で屋上の状況を探ってみる。
――――北校舎側にいるのか。しかし、さっきは大丈夫だったけど、戦闘した今度は大丈夫かな?
錬はある作戦を思い付いた。
錬は扉を開けて、バッグの位置を確認する。
――――バッグはある。
月読玉兎は疾走する。素早くバッグを掴み屋上から飛び出した。呆気なく。正確にはスケルトンは月読玉兎の存在に気付いたが動き出す前にすべての行動が終わったのだ。
――――何だよ、動かないのかよ!
錬はそれでも内心ホッとしながら階段を下りた。
中庭でバッグを持って待機している月読玉兎からバッグを受け取り、月読玉兎を消した。
月読玉兎には先程スケルトンに付けられた傷はなかった。どうやらキメラは一度体だか心だかに戻ると回復するらしいと錬はわかった。もっとも本体は回復しないが。
「やあ、錬君」
錬は聞き覚えある女子の声に振り返る。そこには憂いを帯びた美しい王子様のような女子生徒がいた。
「結凛か、どうしたの? 他の二人は?」
結凛溜め息を吐いて言う。
「いや何、生徒会の仕事が私の分残ってた思い出したものでね。あの金髪野郎も既に家にはいなくてさ。ていうか錬君はどうしたの、その怪我?」
「ちょっと屋上の骨野郎と戦闘になっちゃたんだ」
「えぇ!? 大丈夫だったのか?」
「腕怪我して制服が血で汚れたくらいだな」
錬は制服とワイシャツが入った袋を見せる。
「そうなのか。じゃあ替えの制服が必要だよね」
「一応家にもう一着あるけど」
「そう? じゃあ後日新しい制服送るから」
「え、悪いだろ」
「問題ないよ、経費だからね」
結凛は悪そうな笑みを浮かべた。
「というか、その腕の治療酷いね」
結凛は錬の絆創膏だらけの腕を見て言った。
「ああ、これ? まあ、でも一生懸命やってくれたから直せなくて」
「へぇ、誰かに治療されたんだ」
結凛はちょっと顔を曇らせる。
「でもそれじゃあ電車乗って目立つと思うよ。悪い意味で」
「う~ん、制服ほしいな」
「それじゃあ私が車で送って行って上げるよ。まあ、生徒会の仕事が終わってからだけどさ」
「え、悪いだろ」
「ふふ、遠慮するな。それに錬君はこの前、桜梅と放課後に二人で遊んだんでしょ? それなら私とも二人で遊ぶ権利あるよね?」
「通流とも遊んでないよ」
「御託はいいから。じゃあ生徒会へ行こうか」
錬は結凛に手首を掴まれて生徒会へ引っ張られた。