謎の金髪娘
錬は金髪娘に連れられて保健室へ来た。どうやら養護教諭またの名を保健室の先生は職員室にいる模様。
「ほら、銀君はそこに座って座って」
錬は金髪娘に促され椅子に座らせられる。金髪娘は室内をキョロキョロしながら言う。
「高等部の保健室、というより保健室自体怪我の治療目的で来たの始めてだから勝手がわからないなぁ。銀君はわかる?」
「え、俺も保健室怪我とかで来ないからわからないよ。中学生の時は掃除でよく行ってたけど」
「あははは! そうだよね」
――――そもそも保健室の道具で事足りるのか?
錬は血が染みている制服を見ていると、金髪娘がそれに気付いて近付いて来る。
「そうだ、制服脱がないとね。脱げる?」
「うん」
少々痛みは走るが錬は上の制服を脱いだ。金髪娘はそれを奪い取り、水道で服を洗う。
「あちゃ~、ワイシャツの血落ちないね」
金髪娘は言った。むしろさらに悲惨になっているが錬は言わない。どちらにしてももうそのワイシャツは使えないだろうから捨てるし、制服も一応生徒会権限で支給されるだろう。錬にとって問題は怪我した家族への言い訳だけだ。
「あぁ! そうだ傷、消毒しなくちゃ!」
金髪娘は慌てたように道具を探す。しばらくして二人は机の上の道具一式がそれだと知り、お互い向かい合わせに座り治療を始める。
金髪娘はピンセットを取り金属の箱の中に手を突っ込み中に入っている綿をゴッソリ摘まむ。錬は果たして箱の中に直接手を入れていいのかわからなかったがとりあえず言わないでおく。金髪娘は机の上に綿を置いてピンセットで一つの塊を摘まむとそれに消毒液をドバッとかける。綿から液体が滴り落ちながら傷口に当てる。
「痛い」
「痛い? ごめんなさい」
金髪娘は申し訳なさそうに苦笑いを見せた。
消毒を終えると金髪娘は慣れない手付きで絆創膏を貼っていく。もちろん一枚では足りなくて何枚も貼る。
――――何か汚いな。
錬は内心思ったが治療してくれた相手に文句は言わない。
「できた! 初めてだけどなかなか上手くできたと思う」
――――確かにこれはどう考えても初めての所業だわ。
「ありがとう」
金髪娘は顔に似合わず幼い印象を受ける笑みで言う。
「もう、ビックリしたよ。まさか銀君が屋上から落ちて来るなんてさ」
「あ、うん、色々あってね」
「というか屋上は立ち入り禁止でしょ? 何で入ってたの?」
「北校舎だけだよ」
「あ、そうだった」
錬は溜め息を吐いた。
――――それでコイツは誰なんだ?
錬の記憶上の知り合いにこんな金髪美女はいない。少なくとも錬は知らないが金髪娘は錬の事を知っている。錬の知り合いの金髪はそれこそクラスメートの鶯院緋色だけ。しかし鶯院緋色は男子だ。
「そういえば、君は誰なの?」
考えても仕方ないので錬は直接聞いた。金髪娘は目をパチクリさせて笑う。
「あはは、イヤだな~。僕は同じクラスの鶯院緋色だよ」
錬は疑問符を浮かべる。
「鶯院緋色は男子だろう」
「そのくらい知ってるよ。自分の事なんだから」
「いやいや、全然違うじゃん。性別もさらに言えば身長だって」
「へ?」
自称鶯院緋色こと金髪娘は間抜けだが可愛い表情をしてから自分自身の体を見る。そして冷や汗を一筋流して呟く。
「やばっ、桜梅に怒られる……」
金髪娘は難しい顔して考える。しばらく黙ると再び口を開く。
「もしかして銀君って生徒会に入った?」
「うん」
錬が答えると金髪娘は満面の笑顔になる。
「な~んだ! 新しく生徒会に入ったのって銀君だったんだね。そういえばウサギみたいなキメラが側にいたもんね」
錬は今の金髪娘の言葉で悟る。金髪娘は鶯院緋色だと。
「お前、鶯院緋色か!? 何で女の格好してるの? いや女装というより完全に女に見えるけど」
その容姿は錬が知る鶯院緋色に似ていない。似ていないというより顔がちがう。しかし、血の繋がりがある兄弟のような、姉妹みたいな印象を受けるくらいには似ている。
錬の質問に金髪娘ことジュウクは答える。
「ふふん、これは僕の能力だよ」
そう言うとジュウクからキメラが出て来る。
ジュウクのキメラは今のジュウクと同じ顔と体、しかし違う点はお尻から美しい毛並みである九の狐の尾が生えていて耳は狐耳、さらに頭には羊の角が生えている。
「僕のキメラ《九尾》だよ。能力は《変身》、まあ僕自身は年齢と性別を変える事ぐらいしか出来ないけどね」
ジュウクは涼しい顔で言った。
――――そういえば桜梅も不老不死らしいし凄いなキメラ。
「それにしても、まさか銀君が新しく入った生徒会役員とは思わなかったな。桜梅の奴、突っかかって来てるでしょ?」
「ああ、確かに結構ぐちぐち言われたかな」
「あははは、アイツ人見知りだからね~」
笑顔が眩しい。錬はとてもよく知る鶯院緋色の王子様のような笑顔とは思えないくらい女性的な魅力の笑み。
「でも銀君よく手懐けたね」
「別に手懐けてない。それよりその格好どうにかならないのか? 喋りにくい」
「あ、これね。それが今は戻れないんだよね」
「何で?」
「だって今、男物の服ないしね。下着も女性仕様だし」
錬は思わずジュウクの胸元をチラリと見た。確かに白いシャツの下にピンクが見える。錬はすぐに目を逸らすが、ジュウクは目敏くそれに気付いて悪戯めいた目になる。
「何、この中気になる?」
ジュウクはからかう女の顔になり、首元の裾に艶やかな白い指をかけて少し引っ張る。
「別に見ていいよ? 僕達男同士だし」
二つの豊満な胸でできた筋が、無垢な肌が、少しのピンクが首裾から覗く。誘う言葉を紡ぐ唇は濡れている。挑発するような蒼い目には魅惑の色がある。
男に媚びるそれに錬は頭がクラッ。
――――コイツは本当に鶯院緋色か? 本当は俺がまだ見ぬ悪魔とかじゃないのか?
そう思うと錬は未知なる恐怖に臆病になる。
「怯えてるの? 可愛い」
そう言う優しく色ある言葉で錬を惑わす。
「ほぅらほら……」
ジュウクは前屈みになり錬に顔を近付け少し横に向けて流し目を送る。
「あの……本当にやめて」
錬は顔を赤くして言った。
「銀君は面白いね~」
ジュウクは悪戯成功といわんばかりに満足気に座り直した。
「どう? 僕の女の体と顔、自分で言うのもあれだけど最高でしょ?」
錬は何も答えない。
――――何だよコイツ。全然男の時と性格違うじゃん。
「触りたくなったらいつでも言っていいよ? 胸の感触、気になるでしょ?」
――――しかもさっきよりグレードアップしてるし。
「別に気にならないよ」
「あ、そう。それはそれで悔しいなぁ」
「王子系男子が小悪魔系女子に変身とか冗談やめてくれ」
「ひどいな~。僕は女子も男子も誑かさないよ」
ジュウクはくすくす笑う。
――――金髪美女に耐性なさ過ぎるだろ、俺。
錬はこれで目の前の美女がジュウクでなければ惚れている確信があった。むしろ、ジュウクと正体がわかった後でも結構クラクラしている。
「それで、何でスケルトンと戦ったの? 結凛から危ないから一人で戦うなって言われなかった?」
「言われたよ。残り二体は別格だって」
「じゃあ、何で? アレと単身戦って逃走成功したのは素直に感心するけど、何で結凛の言う事無視したわけ?」
「それは……観察してて飽きたから帰ろうと思ったら屋上に鉄が――そうだ、鉄!」
錬は椅子から立ち上がり扉へ歩き出し、保健室から出る。
「ちょ、ちょっと!? どこ行くの?」
ジュウクが慌てて錬の後を追う。
「鉄のところ」
「鉄さん、鉄真夜さん?」
「そうアイツ、スケルトンに襲われたんだ。だから必要もない戦いをするはめになったんだよ。とりあえず無事かどうか確認しないと」
「そうなの? という事は鉄さんも悪魔とか見えてるの?」
錬はジュウクのその質問に迷う事なく答えた。
「見えてないよ。たぶん」
錬は嘘を吐いた。何て事はない。関わらない方がいいと考えたからだ。そう思い今更、さっき真夜の名前を出した事を後悔した。
「へぇ……おかしいな」
ジュウクは小さい声で言った。錬はそれを聞き逃さないがあえて追求しない。
錬は廊下の曲がり角を曲がろうとして、人と衝突する。
「キャッ」
錬に衝突した女子が尻餅を着く。
「大丈夫?」
「あ、銀君。うん、大丈夫だよ」
衝突して来たのは錬の探し人である真夜。真夜はずれた眼鏡を直して差し出された錬の手を取り立つ。
錬は真夜を観察する。特に怪我とかはないようだった。スケルトンに襲われた怪我も、今ぶつかった怪我も。
「大丈夫ならいいんだよ。じゃあな、今日は図書委員の仕事があるんだろ?」
とりあえず真夜の安全が確認できた錬は真夜を帰そうとする。
「大丈夫だよ。図書委員の仕事は終わったから。それでこの美人さんは誰なの~?」
不機嫌そうに真夜は錬の後ろで胸を支えるようにして腕を組み立っているジュウクを指して言った。ジュウクはクスリと挑発するような、しかし先程錬に向けた笑みとは違うどちらかというと挑戦的に微笑んだ。
「初めまして、私の名前は鳥居キュート。よろしくね」
「は、はい。鉄真夜です、よろしくお願いします」
ジュウクは鳥居キュートと名乗り女性のように振る舞う。おそらくこれは女性体の時のキャラなのだろうと錬は思った。
「ねぇ、さっき屋上で何か変なの見なかった?」
「変なのって……」
真夜は錬をチラリと見る。錬は自身の唇に人指し指を添えて喋らないように合図を送る。
「えっと、たぶん見てないかな~」
「本当に?」
「うん」
「そう、ごめんなさいね。それじゃあね、鉄さん」
「は、はい」
ジュウクは錬の手首を掴み引っ張る。
「え? 何?」
「二人で話したい事があるの」
ジュウクは艶やかなピンクの唇に指を押し当てて、錬が真夜に送った合図と同じ仕草で錬を魅せる。
「内緒の話を」
極めつけの星やらハートやらが飛びそうなウィンク。錬は諦めて従う。
「わかったよ。じゃあな鉄」
「うん、またね銀君」
真夜は僅かに残念そうにジュウクに引っ張られる錬を見送った。