華燭の典と美濃と伊勢の蚕食
遠江 浜松城
信勝は自身の華燭の典を行なう際、武田、徳川の家臣達から、『茶々様、督様を娶られるのは良いのですが、どちらを正室として、立てられるのか』と。
信勝としては、自身の後継者を擁立する上で、家臣達との一悶着があることを想定していた。
『どちらも正室と言えるだろう。
ただ、一つ言わして貰うが、督が男子を産んだ場合、徳川の後継者として立つことはないし、干渉はせぬ。
三人もいるのだ、三河守の後継者として十分な器量を持っている。
どちらかが男子を早く産めば、その子が後継者となり得るだろう』と。
市は信勝の考えに『茶々、督との競争になる、頑張りなさい。』とだけ、心中で呟いていた。
美濃 岐阜城
浜松城では華やかな華燭の典が開かれていた反面、岐阜城は重苦しい空気に包まれていた。
東、北、南から迫りつつある武田、徳川連合軍の圧迫を受けていたからだ。
岐阜城を守っていた池田勝入斎恒興は当初は伊勢長島の滝川一益らと連携して尾張を奪回しようと考えていた。
しかし、伊勢も、志摩の九鬼嘉隆が率いる九鬼水軍が、武田の誘いを受け、織田家を離れたことで情勢は一変した。
南伊勢に武田、徳川連合軍がいつの間にか上陸。
次々と南伊勢を蹂躙し始めていた。
一益は武田、徳川連合軍の巧みで狡猾な用兵に苦労していた。
このことから、池田と滝川の連携は破綻していた。
恒興『信雄様の後詰めに入ったは良いが、このままでは、儂等は。
此処に孤立してしまう。
此処を放棄すれば、伊勢長島の滝川一益が孤立してしまう。
どちらにしても、儂と一益は自滅する。
一戦も武田と交えることなく、おそらく武田信勝は儂等の自滅を待っているのは間違いないだろう』
そんな中、娘婿の森長可、長男の元助、次男の輝政がやってきた。
恒興の決断を聴きにやってきていた。
長可「義父上、如何なされるつもりか」
恒興は溜息をつきながら答えた。
「答えが出ぬ、一戦交え、長期戦になれば、岐阜城はもぬけの空になる、早い内に近江に退き、信孝様や権六殿などと合流して武田相手に戦う。
いまから、左近将監に手紙を書こうと」
長可「しかし、一戦交えずに退くのは、信孝様や権六殿が苦言を」
恒興「言わせておけ、自身の視野の狭さを認めるようなものよ」
元助「父上、羽柴殿が西に向かったとか」
恒興「らしいな」
元助は少し、不安を感じ、「筑前殿、長浜に戻ってくるでしょうか?」
三人は顔色を変え、恒興「分からぬ、不安ではあるが、とりあえず、武田のことだが、今の武田はかつて戦った昔の武田とは違うということだけは分かった。
油断せず、戦うとしよう。
元助、早い内に左近将監に使者を出し、近江に退き、武田相手に戦うことを告げるか」
伊勢長島に使者が向かったのは、この会合の直後だった。
そんな中、空気が読めてない織田信雄が
「恒興、何故、尾張を奪回せぬ。」
恒興は嘆息し、信雄に分かるように説明した。
「不可能なのです、岐阜城は三方から武田、徳川連合軍が迫り、伊勢長島の滝川左近将監一益も九鬼水軍の手引きで伊勢に武田勢を呼び込みました。
後僅かで、我らも、左近将監も此処や、長島を放棄せざるをえなくなりました。
信雄様、もうどうにもならないのです。
軽挙に尾張を攻めたら、我らは、尾張で死ぬことになります。
近江にて捲土重来を期しましょう。
軽挙妄動は慎みなされ」
信雄は渋々、恒興の諫言を受け入れた。




