2.邂逅〈後編〉
二話目です。読んでくださった方は是非とも評価宜しくお願い致します!
「な!?」
それは正面の床を吹き飛ばし現れた。黄色と灰色のコントラストの毛並み、その体躯には無数の鎖が巻きついている。大きさは一般のケルベロス型やりも一回り小さいが、放たれる圧力、存在感は比べ物にならない。神話の時代、神々を殺し暴れまわった原初の神狼、特異魔獣『フェンリル』が現れた。
「なんで、フェンリルが!?」
この日本、東京にフェンリルの目撃情報はなかった。フェンリルなどの特異魔獣と呼ばれる魔獣たちはその身体的特徴が神話や伝承の中で神と同等に扱われた獣の姿をしていて、生態、個体数、全てが謎で、その戦闘能力は桁外れ、出会うこと自体が最大の不運であり、人類が特異魔獣と戦った記録はかこさんどしか長い。
「こ、これが私の体質。獣を呼び寄せる。で、でもこんなの今までなかった!」
驚愕と恐怖でへたり込み頭を抱えうなだれる少女。
「お、おい!へたり込んでないで、逃げるよ!」
礼装を構え少女の前にたつ。そして徐にI.D.証であるモバイルフォンを取り出しいつものように報告する。いやいつものようにを心掛けて報告した。
「現在特異魔獣と遭遇、これに、対処する、」
少し震えた声を我ながらかっこ悪いと感じた。それくらいの余裕はあった。
「ちょ?!、ソオキ!それどういう、」
レイがいつにもなく慌てた様子で尋ねる。
「聞いた通りだ。生還できたらサービス手当よろしく」
通信が切れた。
「ちょっと!まちなさい!ソオキ!!」
正確にはソオキが切ったわけではない。瞬間移動のごときスピードでフェンリルが飛びかかってきた。とっさに剣で防御の姿勢をとるが、後方の壁に吹き飛ばされる。背中から衝撃が奔る。
「が!?」
「え?」
少女は突然目の前の少年が吹き飛ばされたことに唖然とし、その神々しささえ感じられるフェンリルの姿を見つめる。一瞬、それだけで充分過ぎるほどにこの空間を支配した。圧倒的な圧力。体調10mとるほどの体躯に、溢れ出る巨大な存在感を湛えたフェンリル。数分程前に出会った彼をいともたやすく壊した。少女の目からは涙が落ちる。
「ま、また、私は、、」
「まだ死んでない!」
少女の後方の瓦礫から声が聞こえた。少女が振り向くと、壊されたと思った少年が立っていた。身体のいたるところから血が垂れ、灰色の服は赤黒く染まっていた。しかし、あの特異指定の魔獣の一撃で生存していたのだ。そして、フェンリルに向かって跳躍する。
俺はフェンリルの頭に向かって大上段から斬りかかった。しかし、鎖が動き出しそれを阻む。
「ち、なら!」鎖をつかみ体を無理やりフェンリルの懐に入り込ませ一線、しかしフェンリルは後方に飛んで回避する。
「速いな。だけど、充分」
するとフェンリルの右前足がずり落ちた。取れたというよりは繋がりがなくなったような、断裂の仕方だ。フェンリルが大勢をくずした。
「ギ!?GIGAAaa!?」
「はぁ、はぁ、よしこれで逃げれる。さぁ、いくよ!!」
「え?あ、え?」
そうして俺は少女をお姫様抱っこして割れた窓ガラスから飛び出した。全力疾走で逃げる。遠くでは悔しそうなフェンリルの雄叫びが聞こえてくる。俺はその声がきこえなくなるまで必死で走った。いま俺の心を満たしているのは特異魔獣に一太刀入れた喜びよりも圧倒的な神話の暴威に対する恐怖だけだった。
回収地点はあるビルのヘリポートだった。それなりの高層ビルで街が見渡せる。魔獣がちらほらと見られ、西陽が落ちかけていた。雑草がコンクリートを割って顔を出していて、ヘリポート特有のH字はもはや原型がなかった。そのヘリポートの隅、階段によしかかり座っている2人がいた。少年の方は疲労困憊で到着してからというもの未だに肩で息をしてる。
「はぁ、はぁ、はは、あのフェンリルと戦って生き延びた。はは、はぁ」
思わず出た笑い声。しかし、喜びなどというものではなかった。あの強大な力、しかもそれは決して俺に向けられてはいなかった。ハエを払うような煩わしさ、その程度だったのだ。ふと足を見る。小刻みに震えていた。
「まだ、震えてる。あんなのがいるなんて、追ってきたら、もう無理だな」
怯える少年。
「あ、あの、大丈夫。もう追ってこないと思いますよ?」
少女が優しく宥めるように言った。
「なんで?なんで君にわかるんだ。今に追ってきて俺たちに襲いかかったら、二度も奇跡は起きない。君を守れない。依頼を達成できない」
「大丈夫。私、わかるんです。『呼ぶ』体質だけど、そのかわり気配が完全にないってのもわかりますから」
きっとこの人はとっても弱くて優しい人なんだな。私はそう思い、何となく彼、ソオキの頭を撫でた。
「!?な、なにやってるんだよ!」
ソオキは恥ずかしそうに言った。
「命を救ってくれてありがとうございます。ソオキ、あなたは私の命の恩人です」
「へ、ヘェ〜。そういえば名前、聞いてなかった」
「そう、でしたね。マユ、都園マユです」
「俺も改めて、汐留ソオキ、君の命の恩人だ」
この出会いが全ての始まりだった。