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第一章 小鳥の巣 File-5

 まだバードの調整が終わっていないという理由で、翌日はさっそく休暇になった。

 こんなんで良いのかと苦悩しながら、アウルは裏庭で草をむしっている。調整が関係ないはずのソラもなぜか暇そうについてきて、一緒に作業をしていた。

「どうして草を抜くんですか?」

 黙々とアウルの真似をしていたソラが、ふとそんなことを言い出す。

 簡単に言ってしまえば栄養が足りなくなるからだが、それをソラに言って理解してもらえる気がしない。

「……栄養が足りなくなるからだ」

 ではどこから、と考えたら何だか面倒になってきたので、アウルはそのまま言い放ってみた。

「栄養……?」

 思った通り、ソラはピンとこない様子で首を傾げている。

「植物の育ち方はわかるか」

「わかりません」

 初等教育くらい受けさせといてやれよ、と心の底から思った。

「予定変更だ。コールんとこ行くぞ」

「コールさんの?」

 歩き出したアウルの後を追いかけながら、ソラが問いかけてくる。また例の如く小首を傾げているのだろう。もう見なくてもわかる。

「……仕事の邪魔したら怒られそうだけどな」

「コールさんが怒ったところ、見たことないです」

 そりゃお前が気付いてないだけだと言いたかったが、もちろん口には出さなかった。ものすごく忍耐力を試されている気がする。


 コールは今日は整備場にいた。アウルが搭乗する予定の小型飛空艇(バード)を、言葉通り調整してくれていたらしい。その彼女の仕事を邪魔するのは気が引けたが、他に知っていそうな人間に心当たりもない。

 格納庫ハンガーと続き部屋になっている整備場は、生い茂る植物に覆われて奥を見通すことは出来なかった。ソラはいつもここまでしか来ないと格納庫ハンガーのところで立ち止まってしまう。

『何の用ですか?』

 整備場と格納庫ハンガーーを隔てる生け垣の前でさてどうするかと考えていたら、どこかのスピーカーからコールの声がした。

記録映像(ライブラリ)を閲覧したいんだが、手続きはどうすれば良い」

『ソラに見せるんですか?』

「そうだが……」

 どこか身構えられたような気配がして、アウルは思わず植物の間に巧妙に隠されたスピーカーの方へ視線を向ける。しかしもちろん、スピーカーから相手の表情を伺えるはずもないし、コールが見ているカメラの位置もそちらではないだろう。

『……少々お待ちください』

 言い置いてコールが沈黙してしまったので、アウルは手持ち無沙汰に待つしかなくなってしまった。ソラは小型飛空艇バードの方へ行くかと思ったが、そうはせずに黙ってアウルの後ろで大人しくしている。

『お待たせしました』

 しばらくしてから、スピーカーからまたコールの声がした。

『アウルさんとソラに閲覧許可を出しました。資料室の端末にIDカードを差し込んでご利用ください。なお、閲覧履歴はすべてこちらでチェックいたします。閲覧不可となっている資料に不正アクセスをした記録が認められた場合、相応の措置を取りますのでその点はご留意ください』

 スピーカーから聞こえてくるせいで完全に音声案内にしか聞こえないコールの説明を聞きながら、アウルは思ったより厳重だなと考える。

「ああ、わかった。ありがとう」

 礼に対する答えは五秒ほど待っても返ってこなかったので、アウルは諦めて資料室へ向かうことにした。

「で、資料室はどこだ?」

「宿舎の隣だったと思います。私は入ったことないんですけど……」

 問われたソラの答えは少しだけ自信なさげだった。それはそうだろうな、と回廊へ出ながら思う。この様子では、今までソラは閲覧許可を得ようとしたことさえないのだろう。記録映像(ライブラリ)なんて大半は下らない映画か子ども向けの教育動画だし、この基地の誰かがソラにその存在をわざわざ教えてやるような印象もない。

 回廊を抜けて宿舎の隣の棟へ入る。元々はそこも僧院のドミトリーだったのだろう。建物の造りや大きさはほぼ宿舎と同一だ。

 アウルはソラに案内されるまま、二階の埃っぽい資料室へ入った。あるのは巨大なサーバととっくに型落ちしてるんじゃないかと思える古い形の端末だった。アウルはコールに言われた通り、支給されていたIDカードをキーボード横のスキャナに差し込んで、机の前に座る。

 操作自体は以前いた基地や訓練所と何も変わらないので、戸惑うことなく動かすことが出来た。

「ま、とりあえず朝顔でいいだろ」

 適当に検索して一番始めに出てきた動画を選ぶ。朝顔の生長する様子を早回しで撮影したものだった。子どもの教育用だろうが、ソラにはちょうど良いはずだ。

「朝顔?」

「植物だよ。育つのが早いからわかりやすい」

 ソラに席を替わって動画の再生を開始すると、ソラは興味深そうに空中に浮かび上がった画面を覗き込み、解説の女性の声に耳を傾け始めた。種が根を伸ばし、双葉をつけ、蔓を伸ばして花開き、また種を落とす。その一連の流れを、ソラは食い入るように見つめていた。

「大地に根を張り、養分を土から……」

 見終わった後でぶつぶつ呟くソラは、一応ちゃんと解説の言うことは理解しているようだ。

「養分……栄養、足りなくなる……土の養分は、無限じゃない……?」

「そういうことだ」

 ちゃんとさっきの疑問まで自分で考えてくれたことにほっとしながら、アウルは頷く。

「土から養分を吸って育って、花をつけて実をつけて種を落とす。その基本はりんごと変わらない」

「アウルさん」

 振り向いてアウルを見上げたソラは、なぜか痛ましそうに眉根を寄せていた。

「栄養が無限じゃないとしたら、いつか木は全部枯れてしまうんですか?」

 その反応にほっとしながら、アウルは首を横に振る。

「いいや。自然界では、枯れた木や動物の排泄物や死骸が土に還って栄養になる。果樹園みたいな人工的な場所では肥料を使う」

「肥料って……」

 重ねて尋ねようとしたソラは、アウルが渋面を作ったのを見て口をつぐんだ。

「お前の目の前にあるのは何だ? 俺だって何でもかんでも正確な知識を持っているわけじゃないんだからな」

 ことある毎に質問攻めにされては敵わないという自分の都合と、調べ物くらい出来るようになっておかないとこれから先苦労するだろうという心配と、両方から出た言葉だった。

「は、はい」

 ソラは頷いて積層表示のモニターに視線を戻す。調べ方まで教えないといけないかと案じていたが、ソラは意外と慣れた様子で検索し、難しい表情で肥料の解説を読み始めた。少々手持ち無沙汰になってしまったが、今は放っておくべきだろう。アウルはぼんやりと埃っぽい資料室を見回す。時代遅れの紙の資料がいくつか棚に残っている。なんとなく手に取ってみるが、そこに残っている記録はアウルが生まれる前なんじゃないかというくらい古い型の輸送機に関するもので、こちらの興味を引くようなものではなかった。仕方なくソラの後ろに椅子を引いてきて座り、無言で終わるのを待つ。

「アウルさん」

 十分ほど経ってから振り向いたソラは、何故か決意に満ちた視線をアウルに向けた。

「……なんだよ」

 ろくでもないことが起こる予感がひしひしとする。しかし、ソラに悪意がないことだけは確かだ。無碍にするわけにもいかない。

「りんごに肥料、あげないといけないですよね?」

「そうだな。近いうちに買いに行こうかと思ってたんだが」

「私も行きたいです!」

 言い終える前に、ソラはほとんど詰め寄るような勢いで身を乗り出してきた。


 そして午後には、ロビンの車で市街地へ肥料を買いに行く話がまとまっていた。ソラがやたらと積極的で、明日の訓練の前に行きたいと自分でレジーナの許可まで得てきてしまったからだ。車は借りられなかったが、自称暇人のロビンが面白がって名乗りを上げてきたので足も確保出来てしまった。そうなればもう、出発しない理由はどこにもない。

「にしてもよ、どーなってんだ?」

 車を飛ばしながら、ロビンは助手席に座ったアウルにこっそり問いかけてきた。

「知らねえよ」

 むしろこっちが教えて欲しいくらいだ。諸悪の根源であるソラは後部座席でしっかりシートベルトを締めて、吹き付ける風をものともせずにきょろきょろ辺りを見回している。

「つーかよく外出許可出たな」

「それも知らん。理由は女王様に聞け」

 ぶっきらぼうに答えるアウルに、ロビンはサングラスの奥の瞳を細めた。

「でも外出たいって言ったのひよこちゃんなんだろ?」

 いつの間にか小鳥ちゃんからひよこちゃんに呼び方が変わっているのは、ソラがインプリンティングされた鳥の雛よろしくアウルの後をついて回っているからだろうか。他人事みたいなツラしやがって、と思うと若干むかついた。

「それにしても初めてのデートが園芸店でしかも買うものが肥料ってどうなんだよそれ」

「デートもへったくれもあるか。黙って運転しろ」

 茶化す気しかないロビンに呆れながら、アウルも通り過ぎていく風景を眺める。牧歌的な景色だ。広々としたなだらかな丘陵は芝草に覆われ、羊の群れが点々と草を食んでいる。

「アウルさん」

 後部座席のソラが、シートベルトの許す限り身を乗り出して呼びかけてきた。

「私、この辺り、空から見たことがあります」

「あれ、そうなの? 基本海にしか出ないのかと思ってたぜ」

 ロビンが首を傾げると、ソラは少し怖じ気づいた様子で身を引く。

「こっちも飛ぶことあんのか」

「はい……たまにですけど」

 それでもアウルの質問には律儀に答えて、ソラはまた物珍しそうに周囲を見回した。

「あの白いもの、何だろうって思ってたんです。あれは何ですか?」

 ソラが指差した方にある白いもの。

「何って……羊だろ」

「草を食べてる」

「人間だって植物を食べるだろうが」

 二人のやりとりをにやにやしながら見ているロビンを軽く睨み付けて、アウルは緩い丘陵へ視線を投げた。ソラもそれきり大人しく流れる景色に見入っている。ロビンがいつもより控えめにかけたラジオから、陽気でコケティッシュなラブソングが流れ出す。


  ねえ聞いてる?

  こっち向いてよ

  あなたっていつもそう


  寝ているの?

  起きてるの?

  あたしもう愛想を尽かしそう


 ろくでもねえ男だな捨てちまえよ、と思いたくなる歌詞だった。喉で作ったような甘い歌声は、悪くはないがアウルの好みでもない。


  気付いてる?

  この意味わかる?

  もうおしまいだって言ってるの


 しかしこの女もずいぶんと頭が悪そうだ。軽快なリズムに軽薄な歌詞。DJのノリからしても、恐らくこの番組でカナリヤの歌が流れることはないのだろう。


  お部屋の鍵を返してあげる

  だってもういらないもの

  あたしを見つけてくれない人に

  あたしは値段を付けないの


 悲しいほど一方通行の恋。教育に悪そうだなどと思ってしまった自分に、嫌気が差した。ろくでもない歌を聞き流している内に市街地へ入る。

 ロビンは町の地理を理解し尽くしているらしく、迷うことなく園芸用品店の前に車を止めた。

「ここならだいたい揃うだろ」

 真っ先に車を降りたロビンに続いて、アウルとソラも店内へ入る。ソラは基地にいたときの勢いをすっかり失っていて、怯えたようにアウルの後ろにぴったりくっついていた。

「あら、ロビン」

 店の奥から明るい女性の声がして、赤毛の娘がにこやかに笑いながら出てくる。途端にソラはアウルの影に隠れるようにさっと身を引いてしまった。

「今日はお友だちを連れてきてくれたのね」

 人懐こそうな視線を向けられて、アウルは無表情に会釈する。その無愛想な様子を気にしたふうもなく、娘は笑顔のまま小首を傾げた。

「お名前を伺っても?」

「アウル・ブルーバード」

 短く答えてすぐに目を逸らす。

「こいつパイロットなんだ。愛想ねえのにモテるんだよなあ。ほれ、その後ろのひよこちゃんにとか」

 謎の補足をしたロビンにそれで紹介してるつもりなのかと問いたかったが、反論するのも面倒だ。下手なことは言うまいと、アウルはだんまりを決め込んだ。

「アンナよ。よろしくね、アウルさん、ひよこちゃん」

 彼女の方もあえて尋ねる気はないらしい。軍人と深く関わる気がないのか、あるいはソラが未だ怯えたようにアウルの後ろに隠れているせいか。

「それで、今日はどんなご用なの?」

 アンナはさばさばと営業用の笑顔を作ってロビンとアウルに均等に視線を向けた。

「りんごにやる肥料を探しに来た」

 アウルが答えると、アンナは興味深そうに目を瞬かせる。

「軍人さんがりんごを育てるの?」

 一瞬悪いかよ、と思ったが、自分でも何をやっているのかとは思うので、アウルは仏頂面のまま無言で頷いた。

「ま、軍人だって趣味は持たねえとな!」

 ロビンは良い笑顔だ。これは趣味なのか、と思いながら店内を見回すと、つられたようにソラもきょろきょろし始める。その視線が止まったのは、種や球根を置いている一角だった。

「これ、記録映像(ライブラリ)で見た……」

「ああ、そうだな」

 近寄ったソラは、素朴な手書き風のパッケージをためつすがめつしている。手にとっているのはさっき記録映像(ライブラリ)で見た朝顔の種だ。

「いろんな植物があるんですね」

 マリーゴールド、カンパニュラ、スイートピー、と、ソラは文字を音読する。

「ひよこちゃんは花が好きなのかぁ」

 色とりどりの花の絵に目を奪われているらしいソラに、ロビンが微笑ましそうに目尻を下げる。

「アウルさん、動物の種はないんですか? 人間とか……」

 それを綺麗に無視したソラは、アウルに向かって爆弾を落とした。思わず絶句したアウルの表情を見て、ロビンが盛大に噴き出す。

「笑ってんじゃねぇよハゲ!」

「ぶぁっははははは」

 低くドスを利かせたアウルに返ってきたのは、遠慮のない笑い声だった。

「てめぇコラハゲ! むしるぞ!」

「ハゲから何をむしるんだよ! っははははは! は、腹痛ェ」

 非常に腹が立ったので、アウルはつかつかと歩み寄って無言で笑い転げるロビンの禿げ頭を掴む。

「痛ぇ! 爪立てんな! こちとら防御する髪がねえんだぞ!」

「自分で剃ってるんだろ自業自得じゃねえか。悔しかったらもっと防御力を高めろ」

 暴れるロビンを押さえつけるように、アウルはぎりぎりと手に力を込めた。

「うっせーハゲ! お前に俺のポリシーをどうこう言われる筋合いはねえ!」

 割と必死の形相でアウルを振り払ったロビンは、憤懣やるかたないというようにファイティングポーズを作りながら一歩距離を取る。

「ハゲはお前だ」

 追撃するのも馬鹿馬鹿しく思えてきたアウルは、とりあえず容認出来なかった一言にだけ言い返した。

「ハゲじゃねえスキンヘッドだ!」

「さっき自分でハゲって認めてたじゃねぇかよ」

「記憶にねぇな! 全くねぇな!」

 ふんぞり返るロビンを足蹴にしてやろうか迷っている間に、彼はさっさとソラに振り返る。

「それはさておきソラちゃん、さっきの疑問よかったら俺が実地でアイテッ!」

 やっぱり蹴ることにした。

「ソラ、いいか。その話はレジーナに聞け」

 膝の後ろを軽く蹴られてうずくまるロビンの頭越しに、アウルは半眼で命じる。

「ついでにロビンが実地で教えたがってたのを俺が止めたって伝えといてもいいからな」

「あああああアウル! この裏切り者! やめろ死ぬ殺される!」

 すごい勢いで立ち上がったロビンが絶叫し、あなたたちずいぶん賑やかねと店番の娘は苦笑した。

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