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議長ノーマンの告別手記

作者: のぶ
掲載日:2015/09/22

 ある日の午後、いつか見た大きな口径の銃が踊りだした。それを初めてみたのはきっと誰だったろうか? もはやそんなことはどうでもいい。踊りだした銃は交通の障害となって人々の邪魔をした。『おい』誰だ? 叫んでどうする? こんなことを叫んでいたのはそう、誰もが知る存在しない観客だったのだろう。そしてきっと銃たちの反抗は終焉と共に、僕たちの心に銃を打ち込んで、二度とないあの日の午後のことを歴史から抹殺させるだろうに。

 

ああ、と中年の女がため息をついた。要約すると、若いころは良かった。というのが彼女の主張である。若いころは両親の庇護の下で生活していた。大人になって働くにつれて彼女は自分は何も出来ない存在だ。と気が付いたのである。別に特段に能力がないとか、資格がない。という意味で彼女は思っていないし、むしろ彼女は大変に優れた暗記能力と読書暦から歩く図書館と周囲の人に呼ばれていたのである。彼女は銃たちの反抗をテレビで見るにつけて、とりあえず、街が封鎖されたことを知った。封鎖された以上は、隣町に出勤する必要はないとうことに違いない。彼女は一瞬、死んでいる生き物の反抗に感謝した。が、すぐにこれからの収入をどうしようかという、現実的な問題に直面しなくてはいけなかった。銀行には半年ほど生活ができるお金は残っている。ここのところ疲労で倒れそうだった彼女はすぐに勤務先に電話をした。『街が封鎖されていけそうにありません。なんとか街から脱出しようと試みましたができませんでした』職場はすぐにしょうがないと返事を出した。こうして彼女は一瞬、思考が大きくプラスに傾いた。ああ、ようやく休める。ここのところ忙しかったから。でもそれにしてもなんで会社はもう一人雇ってくれないのだろう? とりあえず需要が大きくなっているのだから、今までの私たちのグループにはとてもこなすことが出来ない分量なのだから。

彼女は時計から電池を抜いた。そして裸で再び睡眠に入った。

 彼女が起きたとき、モーツァルトの楽曲が通りから流れていなかった。おかしいわ。普段ならアマチュアの演奏家が競い合って演奏会を開いているのに。女は服を着て玄関を開けて、カフェ『白の国』まで行くことにした。途中、銃はひとつも見なかった。もしかしたら黒いからだが暗闇で隠れているだけかもしれない。白の国にはご高齢の医者が居た。彼はもう九十歳のためもう本業の医者からは引退している。彼は女に気が付くと、手をあげた。『やあ、どうかね? 最近疲れがひどいと言っていらっしゃったが、あの食事ならそうなってしまうぞ。少しは改善したかね?』『ええ。嫌いだったナスも、カレーに入れるとごまかせますし』『今日は人がいないな。何かあったのかね?』ああ、と中年の女は考えた。この方はもうお年を召されたのだから――『銃たちの反抗ですよ?』『銃たちの? かね? こりゃいい!』医者は笑い出した。『ジャンニ・ロダーリの作品のようだな。私は彼の作品は全部持っているぞ』『そういえば楽士さんはどうしちゃったのかしら?』とりあえず、中年の女は軽食とコーヒーを注文した。白の国の従業員はいつもどおりいた。『楽士さんたちは何でも大演奏会のためにピーナッツをすりつぶす練習をしているんだぞ』『それは何ですか?』医者は説明した。その合間にまずトーストが届いた。『法律で決まっていてね。市長は楽団を率いて音楽隊を結成する権限がある。ただし、そのためにはピーナッツを音楽隊全員がすりつぶすことができる必要がある』『まぁ』と女は笑った。インターネットや原子力発電所や国家をまたいだ経済危機なんてとんと無縁のお話だこと。女は腕時計を見た。今はおよそ午後七時。

『そういわれれば、先生は大丈夫ですの? もう七時ですよ』

『何言っておる』

 と医者は白の国の店内の時計を見るよう、女に指示した。時計には午後五時とある。

『ここにいれば言い訳ができるんじゃよ』

 医者は豪快に笑った。この人が好かれてきたのはこの豪快な笑顔のためだろうと女は推測した。女は医者にいろいろと話した。息子が大学で単位を落としそうなくらい、バイトをしていること。そしてその大学の就職率があまりよろしくないこと。それから姑からは大学の進学を反対されていたこと。最後に夫の単身赴任に伴って、家族はバラバラになったこと。

『なんじゃそんなの』

 医者は一蹴した。

『バラバラになった後はどうなる? 最終的にはひとつの点に収斂してくのさ』

『と言われましても……』

 コーヒーをどうぞ。とコーヒーが届いた。女は一口啜って目を開けてみると、大学生たちが椅子とテーブルで団欒しているのが見えた。ああ、と女は考える。私たちにもあんな団欒が一度でもあれば……。

 女は家に帰ってまた、眠りに付いた。明日、仕事は? あるかしら? でもそんなの良かった。今は寝たい。それ、だけ、……。


 ほうほうと思って高校の数学教諭はテレビから流れてくる画面を見ていた。『銃たちの反抗。それはどこに向かうのか?』。苦笑してしまうほど安っぽいタイトルだ。第一報は同僚の物理教師のためいきだった。ああ、家にかえれねーじゃねーか。どうした? いや、銃たちの反抗で街から出られなくてね。ホテルに泊まれるだけのお金は二日くらいしか持っていないし、だからと言って学校の設備を使わせてもらうのも気が引けるし……ほら、俺たち若手だろう? あれから三時間が過ぎた。雪が少し降ってきた。そしてそれにまぎれてありとあらゆる有りし日々の紙幣がセント=モンデル教会の鐘から流れているという、噂を聞いている。さっそく生徒たちが学校をサボって各国でかつて使われていた紙幣を手に入れてきたとのこと。教諭としては一応あまり貪欲にならないようにとだけは付け加えておいた。

彼らは旧紙幣を使って銃たちの反抗の対策を立てるために授業がなくなった校内でさまざまなものを売買していたのだ。最も、それはノートを写させてもらうという程度で、徒歩で来ている生徒と自転車で来ている生徒には午前の終わりで帰ってもらった。残りの一割の生徒は隣町に行くことができないので体育館や講堂の机を取り払って常備していた毛布で一夜を過ごしてもらうことにした。数学教諭は非常食でみんなで夜食を摂った後、彼らに訊きたいことがあった。数学教師は二十五歳。生徒たちは彼よりはひとつ若い程度だろう。

『ねぇ。みんなちょっといいかな?』

『先生なんですか?』

『君たちはどうして今使うことができないお金を拾ってきたんだ? 別に責めるために訊いているんじゃないよ』

『先生。私たち、役に立つか立たないかなんて関係ないんです。私たちは楽しくバカに笑いたんです』

 生徒たちはキラキラ眼を輝かせていた。

 数学教師は会議に出席した。

『まず、この銃たちの反抗はいつになるかわかりません。この町から通っている生徒は帰る家がありますが、汽車及びバスで遠くから通っている生徒が一割ほどいます。その生徒たちは今日はここで過ごしてもらいますがいつまでもこうしているわけにはいきません。何かいい案がある方はいらっしゃいますか?』

 古典教師の問いに体育教師が手をあげた。

『ハウスにしばらくの間入ってもらうのはどうでしょうか?』

『ハウスですか……』

 数学教師もハウスについては聞いたことはあった。ハウス、つまり家だ。でも普通の家と違って普通の家は町の中に家があるが、ハウスは家の中に町がある。手っ取り早い話、とても広い。

『ですが、ハウスって生徒たちに必要な娯楽は何一つなかったのでは?』

『ええ。そうです。ですがここにずっと泊まらせるわけにもいきませんし……』

 数学教師は手を挙げた。

『ハウスにそう簡単に入れますか?』

『入ること自体は対して問題ないでしょう。ただし、先生もしっていらっしゃるでしょうがゲーム、テレビの類は全て持ち込むことはできません。それに服についての規定も細かいですし、若い女の子には化粧の禁止もきついかもしれません』

『ハウスに入った後、元に戻ったらすぐに元の家庭に返すことはできますか?』

『それは十分可能です』

 この一言がきっかけだった。一割の生徒はハウスに住んでもらうことになった。


 ハウスに行ってくれないか。

 これが先生からのお願いでした。町を出られない以上、私たちに断る権限などあるわけありません。私たちが拾ってきた紙幣だって、この町ではただの紙くずなのですから。私がそのニュースを知ったのはケータイ電話の速報でした。『銃たちの反抗』最初は何がなんだかわかりませんでした。ほら、貴方も聴いたことがおありかもしれません。電光掲示板にハッキングして『この先ゾンビ出没中、注意せよ』と掲示板を書き換えた人がいる。――そう。その一種だと思ってそのときは流しました。

 私たち生徒二十名が荷物をまとめてハウスに移ることになりました。

 そのとき、警備員から荷物チェックを受け、私は持っていたケータイ電話や消臭剤とプリクラと云ったものは全て没収されました。ええ、別にかまわないのです。

 私たちは同性同士で二人一組の部屋に管理人に案内されました。

『ここがお部屋よ』

 広さ、調度品の内容、衛生面。どれをとっても十分合格できるお部屋です。私と同じ部屋になった子はさっそくベッドの中に体をもぐりこませて泣いていました。

『お母さん。お父さん』

 彼女はいきなり家庭から放り出されたことが辛かったのでしょう。各言う私も辛くないといったら嘘になります。ですがこの非日常を楽しむ余裕がありました。なのでハウスを見学したらそれを記録に残して史料にもしようと考えていたくらいです。私は彼女に声を書けました。

『大丈夫だよ』

『本当?』

『うん。安心して』

 もちろん、私の言葉に根拠などありません。ですが、彼女を鎮めるための言葉はこれしかなかったでしょう。

『見て』

 彼女は涙を拭きつつ、私の指差した先を見てくれました。

『あんなに人が集まっている。何をしているんだろう?』

 そこには百人近い人々が集まっていました。壇上には二人の老齢の男性がいました。

『窓を開けよう』

 彼女はそう提案しました。私は窓を開け、遠くからの声に耳を傾けました。

『……よって……食料の……ジャガイモを摂るのが良いと私は思います』

 どうやら何かの演説会のようで、私たちはつまらないものと判断してすぐに窓を閉めました。

 室内の時計は午後六時を示していました。私と彼女は気を紛らわすためにくだらないおしゃべりを始めて――そう、本当に雑談にすらならないといって良いでしょう――なんとか家に帰れなくなったことを忘れるしかありませんでした。

 午後七時、食事の時間です。

 食事はお粗末にも良いものとは思えませんでしたし、電球の代わりにランプを使った食事でした。私たちはコーンスープとパンと軽いサラダで食事を済ませてお互いの部屋に戻りました。

彼女はようやく元気を取り戻してくれたようで、私としてはひとつ不安要素がなくなりました。ただ、です。

いつまで私たちはハウスで過ごさなくてはならないのか? 

それがわからない以上、心地よく寝ることはできませんでした。


 この町で一番の見所はどこだろう?

 もしそんなことを訊かれたら経済学部の学生である彼は白の国に違いない。と言っただろう。彼は毎日白の国で一杯のコーヒーを注文するのが習慣だった。一杯のコーヒーで三時間くらい経済学の教科書に当たる。経済学は巨大な学問だ。アダム・スミスより始まってリカード、マーシャル、サミュエルソン。世界の富を作ったヤツラだ。

彼は白の国でいつもどおり『こんにちは、ホワイトスペシャルを一杯頼むよ』ともうお互いの名前まで知っている仲になった店員に告げるなり外の椅子に腰掛けた。銃たちの反抗の影響で大学にも支障をきたしていた。銃たちはネットを壊したため、大学のパソコンから助けを求めることはできない。教授陣はこれからの講義をいったん中止することに決めた。そしてこう教授は付け加えた。

『自分で勉強してください』

 こんなことを言われて素直にサミュエルソンの経済学を読んでいるのは、その学生だけだったろう。他の子たちは毎日何かを楽しんでいるようだ。最も、その学生には何かを楽しむこと自体が考えられないことだろう。『おやおや。今日も勉強熱心だね』医者が経済学部の学生に声を掛けた。『こんにちは。大学の講義がなくなってしまって。でも勉強を止めるわけにはいきませんし』『うむ。宜しい』医者は椅子に腰掛けるなり店内に声を掛けてコーヒーを注文した。『ねぇ。ちょっといいかい?』医者は学生に『いや、たいして大事ではない。親しい人にはみんなに同じことを訊いているからね。君たちにとって、敵は誰?』とたずねた。『私が医者になったのは私の父が戦役の際の疫病で死亡したからなんだ。ここで敵は敵国の首相とも、悪い衛生環境のままほっといた人。といえるかもしれないな』『……そうですね……』と学生は言葉を続けることができなかった。俺にとって、敵って誰? 景気を悪化させた国会議員? テロリスト? それとも俺が就職試験を受けることになったときに俺を蹴落としたヤツ?

『判りません。私に、敵はいません』

 これが学生の答えだった。

 学生はサミュエルソンの経済学をそこそこで読むのを止めて家に帰った。

『誰?』

 来た。この声が。

『俺だよ。気分はどう?』

『まぁまぁかな。あ、そうだ。新作が出来たから読んで』

 彼は学生にワープロ原稿を差し出すなりじゃあ寝るから。おやすみ。とだけ告げて家の納戸まで向かった。

 学生が彼と始めてあったその日のことを、今でも鮮明に思い出せる。

 あの日は夏真っ盛りのこれまで歴史上繰り返されてきた日のひとつだったろう。ある人には子供が産まれ、ある人は死去する。そんな日だ。白の国で微分方程式の勉強をしているときだった。学生は数学にも自信があったが、その日の課題の最後の微分方程式の積分の方法がわからなかった。これに悩んでいたとき、彼がたまたま通りかかった。

『そこは置換積分ではとけませんよ?』

 そのとき学生はえ? と少し絶句した。十代そこそこの子がこのような知識を持っているのか。

『じゃあ、すまない。教えてくれないか?』

『ええ。喜んで』

 彼からの教授の後、陽が傾き始めた。

『そろそろ家に帰った方がいいんじゃないか?』

 彼は口を閉ざした。

『何か家に帰れない理由があるのか?』

『……』

『だったら俺のアパートに来る?』

 学生は思い出せない。なぜ? なぜそんなことを『明日懸賞の締め切りだからすぐに手紙を書かなくちゃ』とでもいえる感覚でいえたのか? ただひとつだけいえることがあるだろう。

 彼は学生の補助なしで暮らすことは不可能である。と。


 図書館に勤めていた司書は銃についての書物をどう取り揃えばよいか考えあぐねていた。銃たちの反抗が始まって一週間経って、市民は銃から身を守るための本を借りたいと要望を出してきたが、行き来ができないので書物を取り揃えられません。と応えるしかなかった。町を出る唯一の方法は、銃たちが封鎖した駅のみ。その駅が封鎖された以上、書物は手に入らない。一応司書として最大限出来る限りのことをしたと後々司書はこうメディアの取材で回想した。

『ええ。私たち図書館に勤務している者は銃たちの反抗に抵抗する義務がありました。当初は市民たちが防衛術の本を借りるために殺到しました。ですが一週間経って一ヶ月経って何も起きないので私たちは日常生活に戻りました。新着の本が入らなかったのでそのための予算は貯めて置きました』

 夏が終わるころだったろうか? 司書は疲れを癒すために白の国で紅茶を頼んでいたとき、青い服を着たとてもきれいな女性が椅子にひとりで座っているのが眼に入った。『まぁ。きれいなお方。私もあれくらい美しく生まれてきたらなぁ』。

 一週間後、その女性が図書館にやってきた。

『すみません。私が帰る場所はどこにありますか?』

 司書は意味がわからなかった。

『どういう意味ですか?』

『いえ、ファン・エイクの受胎告知が載っている写真集があると思いまして』

 ああ、

 司書は思い出した。

 この青い滑らかな服と陶器のような肌は、聖母マリアの肖像だ。

 そしてこの件についても司書は回想している。

『あのとき、私はなぜ絵画の人物がそこにいらっしゃると気が付かなかったのでしょうか? 誰だって絵画の登場人物が現実世界に現れるということは考えられませんが、確かに彼女はヤン・ファン・エイクの受胎告知に登場する聖母マリアなのでした。もしかしたら私たちは何かおかしなものを日常に取り込むと非日常から逃れられ無くなるのではないでしょうか? 銃たちの反抗って結局は死傷者が出たのかも曖昧ですし、銃の発砲によって損壊したものも、私の知っている範疇ではありません』


 ハウスと町の違い。

 それは端的に現すならば直接民主制か間接民主制かどうかという点にあります。十五歳以上のハウスの住民は選挙権と被選挙権を両方持ちます。私たちがハウスに移り住んだとき、ハウスの住民は百人程度だったでしょうか? 私たちの生活はとても決まったものでした。力のある子は力作業を。手先が器用な子は服を作り、私は勉強が出来たのでハウスに居た十五歳未満の子供に勉強を教えていました。毎月の第四日曜日に私たちは議会に集まります。そこで出た提案の採決を取る。これが直接民主制とさっき言った理由です。私たちはいろいろなことにイエスかノーを示さなくてはなりませんでした。『十年後までには牛を飼うことができるハウスを作る』『上水道の整備をもっと行い衛生面の強化』これは私たち二十人の生徒はみな、イエスを示しました。ただしです。私たちまだ幼い高校生に死刑執行の可決か否決かをどちらかを選択しろと提示されたときは悩みました。もちろん、死刑執行は大きなことです。刑法で窃盗罪で有罪になった人には死刑に処すことはできません。なので、とても――その犯罪者が――大きな罪をしたということは私たちにもわかりました。でも、その内容を聞いて驚きました。副議長曰く『ハウス』を探そうとしたそうです。そのときまで私は『ハウス』という人物がいることを知りませんでした。この議会に議長はいません。副議長が形式的な手法を用いて議長の代行を勤めます。そして議長の名前がハウスということを、その会議中に知りました。そしてそのハウスを探そうとして処刑されるかどうかの議決です。

 私は意見を述べました。

『ハウスからの追放ではだめですか?』

『ええダメです』

 副議長はこのようなことを言われるだろうと想定していたのでしょう。驚くほど静かに私の意見に反対しました。

『ハウスを探してはならない。……これは決まっていることです』

『その法令の条文はなんですか?』

『端的に言うならば、ハウスの存在を探した人はハウスの追放以外のあらゆる罰を受けさせる権利が副議長に存在する』

 彼はそう述べました。最後に出てきた副議長の名に恥じない、立派なひげの持ち主です。

『なので、お金と時間が掛からない、合理的にすぐ終わる死刑にするかの議論です』

 副議長はこうも付け加えました。

『ハウスは直接民主制によって成り立っている。そして直接私たちは合理的にハウスの住民を殺すことも生かすこともできる。もちろん、貴方も例外ではなく、各言うわたくしも例外ではないことを覚えてください』

 私たちは友達通しで話し合いました。死刑にするかどうか。

 結論はすぐでました。

 私たち二十人は全員イエスの返事を出しました。

 副議長に圧倒されたという理由もありますが、それ以外に私たちは重要なことを――暗黙の了解として――考えていました。

 

 あなたの死刑賛同票に私は票を投じたのだから。


 その日、住居に戻った私たち二十人のうちその話題に触れる子はいませんでした。死刑は可決されました。私たちはお互いに戦わないといけなかったのです。

 あなたが一番死刑賛同に積極的に回ったのでしょう? と誰かに言われることについてです。

 どんな立派な理論を用いても、私たちの誰が根本の原因を作ったのか? わかるわけもありませんし、わかりたくもありません。

 その日、生煮えの鶏肉が夕食に出ました。調理した人は死刑に賛同するかどうかを考えていたために仕込みが遅れてきちんと中に火が通らなかったと謝っていました。

 そのときの血の味が、私の血の味に思えました。


 この町にあったおおきなプールのそばに大きな金庫らしきものが出来たのはいつだっただろうか? プールそばの家に住む老女は考えた。銃たちが集まっているという噂を聞いた老女は最初は怖くて仕方が無かった。プールのそばに集まって何か金庫らしきものを置いてある。もしそれが高性能の爆弾だったらどうしようかしら? 私は遺体すら確認できず、行方不明者のリストに載って人生を終わるのかしら? 人生の終末期の終わり方として最悪の終わり方に違いない。老女は最初はありったけの老後の資金を用いてプールから離れたホテルに何日か滞在し、ホテル内でテレビと新聞を読み、従業員や他のお客さんとも会話をした。少なくとも死傷者が出ている事件がないことを知って何日か後に家に戻ったとき、金庫を警備している銃は四丁しか存在しなかった。こんなに少ないのかしら。それともどこかに隠れているのかしら。老女は食事の支度をしている最中、ノックがあった。

『こんにちは』

 あの子ね。

『こんにちは。今日はどうかしたのかしら?』

『彼が新作の原稿を完成させたので持って来ました。ちょっと変わったタイトルの作品です。『存在しない敵への宣戦布告証書』というタイトルです』

『あら、ありがとう。お茶いかが?』

『ええ。喜んで』

 経済学部の学生は老女が茶を沸かしている合間に老女のピアノを勝手にいじっていた。

『あら、うれしいわ。その指遣いからするとショパンね』

『ええ』

『そういえばここに来る途中に銃たちが金庫の警備をしていましたけど、いつからですか?』

『ごめんなさいよく覚えていないの』

 学生は老女の茶を飲んで彼が今やっている前民主主義と民主主義と違いの研究が進まなくなってしまったことの愚痴をこぼしながら、銃たちを窓から見た。

『あの銃たちって何をしたいんですかね?』

『さぁ? 何なのかしらね?』

 学生が帰ってから、老女はさっき学生が弾いていたピアノの蓋を閉めた。

 老女の数少ない自慢がピアノだった。小さいころから母親の方針と先生の指導の元で四歳から始めていくつかの賞で入賞したことがある。しかし、そんな彼女はある日、ピアノの音を聴くことができなくなった。理由はわからない。医者に訊いても原因不明としか言われない。彼女は十七でピアニストの道を完全にあきらめた。

『おや、今日もいい曲弾きますね。まだまだ元気でいてくださいね』

 気が付くと、老女はただたどしい指でベートーヴェンの32番ソナタを弾いていた。

 聴衆が集まってくる。それも老女は知っていた。

 最後の高音部のトリルを弾き終わって静かに収斂したとき、人々はみな、老女を世界一のピアニストのように崇め奉ったことだろう。そしてその老女もまた、自分には聞こえない、ゆがんでいるかもしれないソナタを、そして町に静かに溶けいる前に、ピアニストとしてお辞儀をしなくてはならないのは明白だっただろう。

『ありがとう。また聴きにいらっしゃってね』

 と慇懃に礼を述べる老女と異なり聴衆はリクエストをしていた。ショパンは? バッハは? スクリャービンなんて聴きたい。

 老女は微笑んだ。この人たちがいる限り、私はまだ生きている。


 白の国に勤めているアルバイトは、あるとき些細な店の変化に気が付いた。あの人、――確か、マリア――が店に来店してから店が少々忙しくなったということだ。マリア自身は開店時間の午前九時にちょっきり来て決まって同じ軽食のセットを頼んで店で一時間という永い時間を掛けてゆっくりと摂る。彼女は踏んでしまって汚しそうになるのではないかと思う長い青の服を毎日着て軽食が終わった後は広場で椅子に座ったまま、何もしない。ときたま一時間くらい外すこともあるけれど、基本的には何もしないで夕方になると今度は夕食を注文しに来る。そしてそれを見計らって若い男がやってきて彼女を口説き落とそうとする。そうしてゆるやぐときを堪能し、午後十時の閉店を持ってきっちり帰る。

 一度アルバイトはマリアがどこに帰るのかを観察したことがある。

『すみません。私、白の国でアルバイトに従事している者です。いつも当店に来店ありがとうございます。これは店長の命令ではなく、私個人のお礼ですが。

 もちろん、職務の倫理に反していることは申すまでもありません。ですがお客様のご来店と共に職場に人が多く集まり収益が伸びてボーナスが少々出たので感謝を述べたくて』

 そのアルバイトは社会経験に乏しく、なんとかもっともらしい感謝の弁を伝えるとマリアは笑った。

『あら、ありがとう。貴方のひたむきな職務態度は私も好きよ』

『いえ、別に』

 アルバイトはうまくいけばマリアの住んでいる家を見つけることができるのではないかと考えていた。もしここで暴行をすればすぐにマリアはアルバイトがしたことだと警察に証言するだろうから、多少近づいても拒否はしないかもしれない。と。

『あなたは何年アルバイトしていらっしゃるの。ここで立ち話もなんですから折角公園がそこにあるんですもの。ベンチに座りましょう』

『はい』

『ここ最近この街では治安が良くなっているそうね』

『そうなんですか?』

 アルバイトはてっきり銃たちの反抗で人々が緊張感から治安が悪くなっているのではないかと勝手に推測していた。

 ベンチに座った。公園には二人だけで、切れそうになっている電燈が二人を照らしていた。

『最近、犯罪が減ったそうよ。警察署は銃たちの対策に忙しいから絶好の犯罪どきなのにね』

 マリアは笑っていた。

『あなたはあそこでどんなことを働いているの?』

『普通のレジとか、店の掃除とか、接客とか、それくらいです。一応僕は大学で法学部に行ったんですけど、とても弁護士になれるだけの力はなくて。就職難のところでなんとかアルバイトとして雇ってくれたんですけど、店長が正社員にすることも考えていると言っていました。最も、社交辞令かもしれませんけれど』

『そういえば、この町には町があるとガブリエルは言っていました。どういう意味ですか?』

『ああ、ハウスのことですね。ハウスって言う、なんというか、治外法権が認められている地区があるんですよ。ここの丘を登っていって道に沿って行くとハウスに突き当たりますよ。最も、国籍は僕たちと同じですけれどね』

『なんでそんなものがあるのかしら?』

『さぁ? 僕も詳しいことは知りませんが、大富豪がお金を出して国の借金を消したことがかつてあったんですよ。その代わり、その大富豪が求めたのが治外法権です。それは百年くらい前でしたっけ? とにかく昔の話です』

『そう。ありがとう。またお話しましょう』

 マリアは右手を差し出した。アルバイトは下から重ねる形で手を合わせた。――有名なエイクのアルノルフィーニ夫妻像の握手のかたち。

『じゃあね』

 チカチカしていた電燈が消えた。

マリアの足音が規則的に正しく、そして小さくなって完全に聞こえなくなるまでアルバイトはベンチから動くことができなかった。


 死刑が執行される、その当日。私は休みの日でした。

 私がハウスに入るときに没収されなかった小説を何回も同じページをめくっては、死刑の息吹が聞こえないことが不思議でならなかったのです。当然ですが、誰も死刑の話はしません。ですが、牛乳を貰いに行ったとき、おじさんはちょっと時間があるなら、と私をおじさんの家に招いて二つのコップにある牛乳を飲み比べて欲しいと私にお願いしました。一方は普通の牛乳。もう一方はすりつぶした薬草が入っている牛乳だとおじさんは言います。私に断る理由はありません。両方飲んで感想を述べました。『薬草が入っていると少し苦いです。ところで何の効用があるんですか?』おじさんは少し顔を赤らめて、『実は孫娘が美容に興味を持っていてね。孫のために美容に効く牛乳を開発しようと考えているんだ。このことは内緒だよ。私と君の名に誓ってね』

『ええ。もちろん』

 おじさんの話は嘘ではありませんでした。それから一ヵ月後、苦味を薄めた薬草入りの牛乳の開発におじさんは成功しました。そして、私たちが話している間、死刑は執行されていました。

 住居に帰ったとき、もうすでに陽が暮れ始めたころだったので私は今日遣り残したことはないのだろうかと考え、窓から建設中の橋が静かに延びていました。この橋は円形のハウスの上部に十字架の形状のように建設して移動しやすくすることを目的としています。

 私たちはランプのともし火の中で夕食を摂って各自部屋に戻りました。そして午後八時に完全にランプを消さなくてはなりませんし、すぐに就寝して外出は厳禁です。これは私たちの住居だけではなく、どこもそうなので夜は完全な闇の状態となっています。でも、私たちは怖がる必要がありませんでした。別に幽霊は存在しない。とか、強盗が襲ってきたらどうする。の意味ではありません。

 私たちはすでに銃たちの反抗によって、その反抗自身による圧倒的な恐怖のために暗闇程度ではどうとも思いませんし、銃たちが存在しないハウスの方が安全なのですから。


『では、貴方は銃が奇襲してきても良いと仰るのですか? そしてその場合、誰が責任を取るのですか?』

 委員長は議員に高圧的に議員の主張にノーを突きつけた。

『ですが委員長閣下。百年の伝統を持つ、祭典の場所をいまさら代えることができるでしょうか? たしかに閣下の仰るとおりです。舞台は確かに銃たちの縄張りに近いですが、それ以外のどこで大規模オーケストラの演奏が出来る場所があるのでしょうか?』

 委員長は議員に対する代替案は出せなかった。元からこの町は、ある大富豪が町ごと買い取って自分の望む楽園都市として作り上げたため、大規模オーケストラの入れる会場は白の広場の一箇所のみだった。

『広場じゃなきゃダメでしょうか?』

『ダメです。他のところは騒音で近所迷惑にもほどがあります』

 こうしてひとつひとつの場所を検討して行った結果として矢張り白の広場しかないという結論に至った。

 議員が疲れて家に帰るとすみません。と声がしたので振り向いた。

『すみません。お目にかかれて光栄です。貴殿の委員長との議論を聴いていました。貴方は正しいことを言いましたよ』

『貴方は誰ですか?』

『私はガブリエルです』

 ああ、と議員は納得した。厚い赤地の服と華やかな装飾。受胎告知のガブリエルに違いない。

『私になにか用ですか?』

『用というほどでもないのですが、あとそろそろで面白いことが起きるのできっちり覚えていてください。ではまたお会いしましょう』

 ガブリエルは踵を返して白の国の方面に向かった。

 

 経済学部の学生は少年を連れて白の国でコーヒーを飲んでいた。少年の小説をここが良いとか、こうすればもっと良くなるのではないかとアドバイスしながら、アルバイトにもう一杯コーヒーを注文したとき、少年はマリアに目を奪われた。

『ははー。やっぱり年頃なんだな。意外とお前はいわゆる熟女好き?』

 少年は違う。

 と静かに答えた。

『あの人、名前は?』

『マリア。ヤン・ファン・エイクの受胎告知から出てきたとのこと』

『そう』

 少年は原稿の隅に『マリア現れる』の後に『偽者』と付け加えた。

 医者と中年の女のおしゃべりが隣で始まった。ふたりとも同じ昼食のセットを摂っている。

『おや、そこの少年は君の友人かね?』

『ええ』

『あら、私もあったことがないわね。貴方もここに来るの?』

『ええ。先輩がここで僕の小説を評価してもらうんです』

『そう。夢は大きく。目指せ、セルバンデス賞かしらね?』

 と言う中年の女に医者が、

『まぁそんなところだね。そしたら私に一冊くらい本をプレゼントしてくれよ。お礼に私は少しばかりは診療をしてもいいぞ』

 と笑って付け加えた。

『ええ』

 と軽い返事をして少年は学生に小説の講評の続きをお願いした。

 それから一時間くらい経っただろうか? マリアが席を立ってどこかへ行ってしまった。

『あーあ。あんな美人がいなくなってしまったよ。わしの小さな楽しみのひとつなのにな』

『そんなことを言ったらご家族の方が悲しみますよ』

『いいんだよ。男は美人が好きだと遺伝子に刻まれとるんだ』

 中年の女と医者が話している最中、入れ替わりのようにガブリエルがやってきて大きな声で宣言した。

『みなさん。はじめまして。私はガブリエルと申します。聖書を読まない人でもご存知でしょうね。私はここで啓示を致します。本当は預言者の役割ですけれど、代わりの人物がいないので私がここで啓示を致すわけです。マリアはいるかな?』

『マリア様ならどっかに行きましたよ?』

『おお。それはすまない。ではみなさんいいですか?

 明日、銃たちが守っていた金庫はプールに沈みます』

『沈みますって、誰かが沈ませるんですか?』

『確かに『誰か』が居ることは事実です。ですが私たちは誰も、その瞬間を見ることがないでしょう。他にご質問のある方は?』

『それは銃たちが反抗しないのですか? 四丁の銃で大事に守っているものですよ?』

『もちろん反抗します。ですが、その暇もなく金庫はプールに沈むでしょう』

『貴方がするの?』

 ガブリエルは高笑いをした。

『ははは、これは面白いことをおっしゃる方もいらっしゃる。

 ですが私ではない。あくまでも私は啓示のために来ただけです』

 十字を切ったガブリエルは、後一言だけ付け加えた。

『Have A Nice Day.』

 ガブリエルは店内に入ってカプチーノを頼むなり、その場で飲み干してすぐに広場から去ってしまった。


 ある日のことでした。

 私がどうも疲れすぎて寝れないことがたまにあります。夕食のときからみんな、私のことを疲れているように思っていたことでしょう。私は同室の彼女よりも先に部屋に戻って風呂に入ることもなくベッドに倒れました。

 それから何時間という、――砂漠が拡大していくような永いときの――中で、私は眠ることができませんでした。彼女は八時を前に部屋に戻って就寝の準備を始めて八時の鐘と共に寝たようです。そしてすぐに小さないびきが聞こえてきました。このとき、私は少し余裕ができました。ハウスに入ってからどれくらいが経つでしょうか? 私には良くわかりません。何しろここにはカレンダーがないんですから。もしかしたら私が見ているものは幻で、これ自体、何かのブラックなジョークの可能性があったでしょう。

 そんなときです。

 足音が聞こえたんです。

(誰?)

 と私は心の中で見知らぬ誰かに尋ねました。

(見回りなのかしら? でもそんなことは一切言われていないし、でもその可能性も十分あるだろうけれど。それにしても誰だろう?)

 その日はそれでしだいに足音が小さくなったと思い込みたかったです。何しろ、規則を破ったら厳罰があるのですから。

(誰?)

 答えの無い、問題というよりはやりようのない気遣い。と考えた方が正しいかもしれません。

 そして私は足音の音などから気が付きました。

 彼、もしくは彼女は外にいる。

 大問題以外の何物にもありません。

 私は隣で寝ている彼女を起こさないように、窓に耳を近づけました。トン、トンと足音は間違いなく聞こえます。ですが私には懐中電灯などの光源がないので誰かわかりません。音が近づいてきたとき、私は思いきって窓を開けました。

 足音が一瞬止まりました。

 私は外壁を叩いてモールス信号からその相手にメッセージを送りました。もちろん、モールス信号を判ってくれるかなんて、そのときは考えることができませんでした。

 バレタラタイヘン。スグニモドレ。

 そしたら相手も足音を使ってモールス信号を送り返してきました。

 オレハダレニモツカマエラレナイ。

 オマエノキモチハウケトル。

 アンガトヨ。

 彼はトントンという足音を発しませんでした。

 もしかしたらその足音はわざと発していたのかもしれません。

 翌日、彼女は寝ていたために気が付かなかったようです。

 ですが私はちょっと気になるんです。

 もしかしたら、彼はハウスの住人ではないのではないか? ということです。暗闇で行動することは不可能です。――暗視スコープでもない限りは。昔から町からハウスに行く手法が存在すると聞いたことがあります。町の住人が何かの目的のためにハウスに来ている。何のためなのか?

 私がその真相を知ることになったのは少し後のことになります。

 そしてそれが彼との出会いで、彼は確かに誰にも捕まりませんでした。

 ですがそれと引き換えに、彼は死を以ってハウスの外壁が動いている予測が正しいことを実証したのです。


 老女がそれで眼がさめたのはいつもより早い時間だったろう。

 大きな何かと何かがぶつかる音と、ばしゃんと水が大きくはねる音。老女はきしむ体を起こして何があったのかと家のドアを開けた。

『何があったのでしょうか?』

 隣の家の主婦が老女に尋ねてきた。 

 陽が上がる。

『まぁ。見てください。金庫が、ほら、うっすらとですが、なくなっているのが見えませんか?』

 主婦が叫んだ。

『ああ本当ですね!』


 その速報を白の国で『キャピタリズム及びプレキャピタリズムの折衷的概念の建設状況』という、普通の人が聞いたら良くわからない論文の草案を書いていた学生はアルバイトから小声で聴いた。

『聴きました? ガブリエルの予言どおりに金庫がプールに沈んだそうですよ』

『原因は?』

『坂から落ちてきた岩みたいですけど……』

『ど?』

『大学の物理の教授が調査しに行っているんですけれど、どうやら岩を一番高いところから落としても金庫を吹っ飛ばすことができないと考えているみたいなんですよ』

『でも吹っ飛んだんでしょう?』

『ええ。私も金庫の土台の跡を見てきました。金庫はプールの中に沈んでいましたよ』

 ざわめきが聞こえた。二人はそちらの方を振り向くと、ガブリエルがいつもの通りに笑っていた。

『いったでしょう?』

『誰がやったの?』

『私ではありません。犯罪予告をするバカがどこにいますか?』

『金庫を吹き飛ばすことができたのはなぜ?』

 学生が声をあげた。

『ああ、それですけれど、重要な点ですね。

 確かに物理教授の判断は正しいです。ですが、それは間違いでもあります。ある、決定的な間違いがあることに彼は気が付いていないでしょう』

 そしてガブリエルは、

『みなさまに祝福のあらんことを!

 ……演奏会でお会いしましょう』

 と付け加えて白の国から去っていった。

 

 次の次の日でしたでしょうか?

 ドアを叩く物音で目覚めました。

 寝ぼけた声で『どうしたの? まだ朝早くじゃない?』と一応返事をしました。

『そんなところじゃないよ。教会に死んでいる人がいるのよ!』

『死んでいる人って誰ですか?』

『さぁ? ハウスの住人ではないから、町の住人かしら?』

 私はあの人だと直感しました。

『死因は?』

『上空からの転落死。でもおかしいのよね。教会ってほら、壁から三十メートルも離れているでしょう?壁だって十メートルしかないをどうやって渡ったのかしら?』

 もしかしたら、彼は何か技法を使ったのでしょう。むしろ、それ以外に考えられません。

『私も行っていいですか?』

『ええ』

 私はパジャマのまま、教会まで走りました。

 教会には何人もの人がすでにいました。みな、寝起きの表情です。

 私は駆け割って入り込みました。

 そのとき、彼と初対面でした。最も、次に彼に会う機会なんてありませんでしたけれど。

 ぐしゃりと人形をつぶしたかのように、つぶれていました。そして……。

『まぁ。この銃弾はなんなの?』

 誰かが大声で叫びました。

『本当ですね』

 私はかがんで取り上げました。

『銃弾が大量に転がっています』

『ちょっとみんなどいたどいた』

 警察官が来たようです。私たちは全員退去させられました。

 二日後、警察官の公式発表がありました。

 死者は町の住人であること。死因は高いところから落ちたことによる転落死。教会の屋根に穴が開いていて、そちらの方の傷も体に確認できる。銃弾は死因とはまったく関係ないもの。たぶん、銃弾の置き具合から考えて前もっておかれてあったもの。そして銃弾の数はハウスの住人の数と同じ数だけあった。

 これは、いわゆる見立て殺人なのかと配布された文書を見て震えてしまいました。ですが銃弾では焼いたり水に漬けたりして死に様を現すことはできません。ですが、その銃を用いてその人を殺すという、ことなのでしょうか?

 明日、演奏会があります。私たちハウスの住人も演奏会には行きます。


 白の国で、その日は演奏会のために外に置いてあるテーブルと椅子を全て片付ける作業に当たっていたアルバイトは、マリアが壁に寄りかかっているのを見、自費でコーヒーを注文した。

『どうぞ。お飲みください』

『あ、お金。今日は』

『いえいいんです。おごらせてください』

『ええ、ありがとう』

 マリアはコーヒーを少しずつ飲んで、

『ありがとう。美味しかったわ。今日の十二時に演奏会なんでしょう? 私も出るから楽しみにしてね』

『そうなんですか?』

『ええ』

 そして人々が集まってきたころ、町長が宣告を開始した。

『今日は一年に一度の演奏会です。楽しんでください』


 ☆


 二百年後、ある探索者はこの街に訪れた。門をくぐり抜けると、そこでは人々が広場で踊っていた。

『まぁ。人とは懐かしい』

 医者だ。

『本当ね。さぁ。腰掛けて』

 老女が椅子を提示する。

 探索者はコーヒーとパンで食事をしている最中、遠くからピアノの音が聴こえてくる。

 誰?

 誰か歩いている。

『ほう』

『貴方は?』

『議長ノーマン。と述べておこう

 食事はいかがかな?』

『どうぞ。コーヒーです』

『遠慮しなくいい』

『ええ。頂きます』

 探索者はコーヒーを啜った。ノーマンは向かいの椅子に腰を掛けた。

『ここには街があった。と聞いているのですが、今でも普通にあるんですね』

『正しくは違いますね』

 ノーマンは口笛を鳴らした。ヒューイヒューとノーマンが口笛を鳴らすと同時に、街の時計は停止し、人々は動きを止め、ノーマンは永遠に自分の楽園を守る、最後の手段をとるしかなかった。

 即ち、存在自体を葬り去る、

 過去の日々を消し去り、あの日、老女が弾いたピアノも、経済学部の学生が学んだ偏微分も、探索者に悟られて、

 そう、

 ――絶対的な議長として、

――誰にも秘密は漏らせなどはさせるわけにはいかない。

『ここは私の楽園なのだから!』


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