第3話 消えた右腕
崖から落ちていく赤い人の姿を、天楽は呆然と眺めていた。
・・・うわぁ、あの人崖から落ちていっちゃたよ。 大丈夫なんこれ?罪に問われたりしないよな?てかあの・・・人?本当に人間だったのか?全身赤色だし、角生えてたし、デカいし。いやでもちゃんと二息歩行してたし・・・ああ、それなら猿も二息歩行できるな。
思いもよらない展開に戸惑いながらも、天楽は、きっとあれは猿かゴリラかなんかだろう。うん絶対そうだ。と思い、深く考えないようにした。
「それよりも・・・」
天楽は、自分を恐怖の淵から救ってくれた、一匹の猫を見る。
猫は相も変わらず、何事もなかったのようにぺろぺろと自分の顔を洗っている。己のしたことを誇らず、あくまで自然体なその佇まいはさながら森の王者のようだ。
その姿を見て、天楽は
「よくやったぁ〜!やはりお前を連れてきて正解だった!!愛してるぞぅぅ!!」
と言いながら、猫に抱きつこうとする。そんな天楽に猫がとった行動は・・・
フシャー!
ガリッ!
「ノオォォォォ!?」
猫は、思っきり天楽の顔を引っ掻いた。
猫は元来、警戒心の強い動物である。
流石に叫びながら抱きついてくる男がいたらそれは、いかに飼い猫で人に飼い慣らされた猫でも嫌がるというものであろう。
「イテェェェェ!!」
先程の赤い人のように、顔を抑えながらゴロゴロと転がり回る天楽。
ちなみに殆どの猫は外を歩いたり、いろんな物をその手で漁っている為、その爪には様々な雑菌がついており、当然引っ掻かれたら滅茶苦茶痛い。
そして俺は、引っ掻かれた痛みで数分間地面を転がり続けた。
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「すまなかったな。少し落ち着いた」
顔を引っ掻かれて 数分後、ようやく顔に痛みも引き、落ち着きを取り戻した天楽。
急に変な人に追いかけられて、殺されそうになって少しパニクってたな。
しかし今のでわかったが、やはりこの世界は危険だ。一番最初にすべきなのは街に行くよりも、一人でも生き残っていける力を付ける事だろう。
「と、いうわけでまずは、俺の[力]を使いこなすことから始めよう」
そもそも[力]自体はこっちに来た時点で使えるようになっているはず。
どんな力かは知らんが、取り敢えず使ってみないことには始まらない。
「試しに、腕に力を込めてみよう」
俺はその場で立ち上がり、右腕に力を込める。
「ハァァァァァ!!」
その瞬間、俺は右腕に違和感を感じた。その違和感が最初はなんなのか解らなかったが、しだいに違和感はどんどん増していき、それがなんなのか俺は理解した。それは・・・
「なんか腕折れてね?」
俺の腕があらぬ方向へ折れていることだった。
え?なんで?なんで俺の腕折れてんの?しかも全然痛くないんだけど。なにこれキモイ
人間、気がついたら寝ていた、なんてことはよくあることだろう。けど気がついたら腕が折れてたなんて、そんなショッキングなこと聞いたことが無い。
しかし何度見ても、俺の右腕はそれはもう綺麗に90度逆に折れていた。
うわぁ・・・これどうなってんの?指は動かせるみたいだけど、腕全然曲がんねぇ。
折れた腕を動かしてみるが、指しか動かすことしかできない。
「しっかし、なんでこうなったんだ?」
しばらく考えてみるが、皆目検討がつかない。まぁ現状痛くもないし、結局[力]を使えなかったし、どうすっかな〜。
そう考えていた時、腕に変化が起こった。
「うお!なんだ?腕が消えていく・・・?」
折れていた天楽の右腕が、赤黒い光を放ちながら消えていく。
そして腕が完全に消えた時、天楽の目の前に一本の刀が現れる。
「なんだこれ?」
突如現れた刀を天楽は手に取ってみる。鞘は真っ黒く、刀を抜いてみるとまるで人の腕のようにいくつもの血管らしきものが、刀身全体に張り巡らされていた。
「気味わりぃな
だけど・・・」
自然と手に馴染む。まるで元から俺の身体の一部だったかのように。
身体の一部?
いや・・・まさか、な。
自分の脳裏に浮かんだ一つの仮説を消し去り、天楽は消えてしまった腕がついていた己が右腕を見下ろしていた。