第一話 日常との別れ
人は何かを得るとき、何を対価にする?
俺は昔、少し周りとずれていた。
小さい頃、クラスの子が事故にあった。その子はあまりクラスに馴染めず、いつも一人だった。だが事故にあったと聞いてクラスのみんなは、大丈夫?怪我痛くない?といい心配した。事故にあった子も嬉しそうに、大丈夫だから心配しないでと言っていた。
みんなに囲まれたその子に俺はこう言った。
「残念だったね、死んでいればみんな泣いてくれたかもしれないのに」
それは俺の本心から出た言葉だった。けれど、それを聞いた直後、その子は泣き出した。それを聞いた周りは皆信じられないものを見るような目をして口々に、サイテー、クズ、人間失格、と罵ってくる。
なんでだよ、君の為に、みんなが泣いてくれるんだぞ。それはとてもうれしいことじゃないのか。死ぬくらいでみんなが自分の事を、嘆いてくれるんだぞ。素晴らしいことだろ。
自分を非難する皆の罵声を浴びながら、俺は言ったが、その子は最後までまるで赤ん坊ののように、泣きじゃくっていた。
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べろり
頬を何かに舐められるような感触で、目が覚めた。
「んあぁ・・・?」
目を開けると、ペットで飼っている三毛猫が自分のすぐ目の前にいて、こちらをじっと見ている。
・・・・ああさっきのは夢か・・・
ベットから起き上がり、寝起き特有のぼーっとした感覚に身を任せながら、いまだにこちらを見ている猫の頭を撫でる。猫は撫でられると、気持ちよさそうにのどを鳴らし、目を細めた。ふと時間を見ると、すでに時計の針は十一時を指していた。
「そろそろ学校行かないとな・・・」
猫を撫でるのをやめ、学校へ行くために制服へと着替える。着替え終わったら、鞄を持って部屋から出る。リビングに降り、軽い朝食をとる。食べ終わったら、食器を片付け玄関に向かう。
いつもどうりだ。いつもどうりの朝なのに、どこかもう、この日常には戻ってこれないような気がした。
ニャー
扉を開け、出ようとすると後ろから猫の鳴き声がする。振り向くと、猫がちょこんと座ってこちらを見ていた。
ニャー
再度、猫が鳴いた。
・・・まるでいってらっしゃいと言っているようだな。
どこかうれしく思い、行ってきますというと扉を閉めた。
学校に着く頃になると、すでに時間は、午前の授業は終わり昼休みの時間になっていた。中庭や廊下には生徒たちが楽しそうに話していたり、ふざけあって遊んでいた。だが、どこか違和感を感じる。なんだこの違和感は?
周りを見渡しながら、違和感の正体を探すとあることに気付いた。
「いない・・・?」
そう、いないのだ。ほかのクラスの生徒や先生はいるのに、自分のクラスの人が誰もいないのだ。いまは昼休みだ。どのクラスも関係なくいるのに、自分のクラスの人だけがいないなんておかしい。
不思議に思いながらも、自分の教室に向かう。どうせ先生の話が長引いているだけだろうと思い、教室の扉を開ける。
「・・・なんだこれ・・・」
自分の視線の先には、クラスメイトや先生の姿はなく、まるで地震でも起きたかのように物が散乱していた。よくみるとイスや机などは、何かに叩き付けられたかのように壊れていた。
これからどうしようと考えていると、急に後ろから声をかけられた。
「やっと来てくれましたね」
まるで、心に染み込むような心地の良い女性の声。振り向くとそこには一人の女性がいた。銀髪で肌が白く、かなりの美人。まるで神話に出てくる・・・
「まるで、神話に出てくる女神さまのよう、ですか?」
「ッ!」
今、俺は声を出してはいなかったはずだ。なのに目の前の女はあたかも心を読んだように言った。
有り得ない
心を読むなんてそんな非現実な事、小説や映画じゃあるまいし、できる訳がない。しかしこの教室の惨状。この目の前の女が何かしら関係していことは間違いない。
「そんなに警戒しないでいいですよ。危害は与えません」
「信じられないな。他の奴らはどうした?アンタはなんだ?この惨状はアンタがやったことか?」
女に質問を聞きながら、入ってきた開きかけの 扉に意識を向ける。誰もいない教室に、目の前の女。こんな異常な時じゃなければドキドキしたが、今はそれよりも逃げること考えろ。こんな得体が知れない女、相手にしない方がいい。
取り敢えずあそこまで行けば・・・
「逃がしませんよ」
その言葉を合図に教室全体が、真っ白に塗りつぶされた。
「・・・・・・は?」
なにか起こった?さっきまで教室にいたのに、急に真っ白な空間に変わった?
「まったく、少しは話を聞いて欲しいですね」
女は、やれやれといった感じで言った。
「ほんと何もんだよアンタ」
俺は逃げることを諦めて、この女と話すことにした。本当は嫌だけど。女は待ってましたと言わんばかりに、胸を張って言った。
「私は女神です!今日は貴方と貴方とクラスの皆さんに異世界を救ってもらうために来ました!」
普段なら頭大丈夫か?と聞き返すところだが、この状況だ。信じるしかないだろう。
しかし異世界か・・・本当にあるんだな。
「異世界を救ってもらう、か・・・ということは他の奴らはもう異世界に行ったのか?」
「はい、貴方が来る前に先に彼らには、異世界に行ってもらいました。少し反抗する子はいましたが、[力]を与えると言ったら喜んで行ってくれましたよ。まぁ、それでも行きたくないと言った子には、少し強引に行ってもらいましたが」
「少し強引に・・・か
その様子じゃ断ることは無理そうだな」
「はい、元から貴方達には選択肢はありません」
女もとい女神は笑いながらそう告げた。逃げ道を塞がれ、かつ相手は自身のことを神と名乗り、ありえない力を持っている。
・・・辞退する事は出来なさそうだな・・・仕方がない、
「わかった。大人しく異世界に行くとするか」
「賢明な判断です」
そう言うと女神は嬉しそうに、異世界についての説明を始めた。話が長ったらしく、わかり易くまとめると
1、異世界はアルカナと呼ばれ、こちらとは違い魔法や魔物、幻獣などが存在する。
2、様々な人種がいて、代表的なのが人、獣人、エルフ、ドワーフ、魔族の五種族
3、現在、アルカナは7人の魔王と2人の魔神と邪神によって、滅ぼされようとしている。
4、世界を救うため、各種族の王達は勇者召喚を決行した。
5、アルカナはこの女神が管理している世界での一つで、アルカナを壊されると他の世界にも影響が出るため必ず世界を救って欲しいとの事。
「つまり俺は、勇者として異世界に召喚されるのか」
勇者なんてガラじゃないんだがな。そう思い聞いたが女神は俺の言った言葉を否定した。
「いいえ、貴方は勇者として召喚はされません」
「勇者として召喚はされない?・・・ああ、既にクラスの奴らが召喚されたんだ。今更勇者として召喚されても、対応に困るだけか」
「そういう事です。あなたにはただの人として向こうに行ってもらいます」
ただの人としてか・・・ま、そっちの方が気楽でいいな。
「ところで行くのはいいが、[力]はどんな力が貰えるんだ?」
聞いた話だと魔物が出るんだ。使えない[力]を貰っても死ぬだけだしな。
「ああ、[力]に関しては私も分からないです」
女神は平然と言った。
分からない?コイツは何言ってんだ?
「そんな目で見ないで下さい。元々[力]は貴方たちの[魂]を具現化したもので、私には分からないんです。むしろ貴方の方が分かるんじゃないんですか?」
[魂]を具現化?
「心配しなくても向こうに行けばどんな[力]かは理解出来ます」
・・・仕方がない、こればかりは諦めよう。
「じゃあ向こうに着いたら・・・・・・」
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一通りの質問が終わり、女神がそろそろ送ります、と言った。
何か他に忘れてる事はないか?・・・おっと、あぶないあぶない、(あいつ)の事を忘れる所ところだった。
「待ってくれ」
おそらく向こうに送るための魔方陣を展開させている女神に、俺は止めの声をかける。
「なんですか?」
少し不機嫌そうに女神はこちらを見る。
「向こうに行けばもう戻ってこれないんだよな?なら1つ頼みがある」
頼みですか?と首を傾げる女神に、俺は人差し指を立てながら続ける。
「俺は猫を一匹飼っているんだが、そいつも一緒に連れてっていいか?」
「猫・・・ですか?」
「そうだ、猫だ」
思いもよらない頼みだったのか、女神はキョトンとした声で言った。
「いいですけど、その猫に[力]は付きませんよ?」
「ああ、それでいいから」
それならいいですけど・・・
女神はそう言うと、再度魔方陣を展開した。
とうとう異世界か・・・せいぜい死なない様に愉しむとしますか。
「では今から貴方を、アルカナに送ります。向こうに着いたら、貴方の猫も一緒にいる筈です。
それでは、必ず世界を救ってくださいね
千生天楽さん?」
女神の歪んだ笑みを見ながら、俺の視界は暗転した。
次の話から主人公の素が出ます。