世界は俺を中心に
冷たい…。
なんだ…。
何かが顔にポタポタと。
脳内で記憶がフラッシュバックしてくる。
包囲を突破する歩兵隊。俺は落馬して、山賊に囲まれた。
そうか、ここは牢屋か何かか?
暗い、何も見えない。手足は…動く。縛られてはいない。
しかし、静かだな。
ぴちゃぴちゃと水の音だけが耳に入ってくる。先ほどの冷たさは天井から落ちる水の雫だろうか。
うっ…。
身体が痛い。落馬した時に強く打ったか。
我慢出来ないほどの痛みではないし、まぁいいか。
この世界に来てから何一ついい事ないな。
俺は記憶を振り返って溜息をついた。
蹴っ飛ばされて起こされて、引きずられて落馬して。
はぁ。
けっとばさーれてー、むりやーりーつれてかれるー
きょうもすべるー、おちるー、しばられそしてひきーずられるー
歌でも歌わなきゃやってられないよ。完全に某ゲームのパクリだが。
ところで盗作は芸人にとってかなりシビアな問題だ。ちょっとした動き、リズムがどこかしらの他芸人と似てしまう。完全なオリジナルとなると生み出すのは難しい。やってはいけない事ではあるが、多少の理解はお願いしたい。
今は誰も聞いてないし、歌をパクるぐらいいいよね。つか、今パクられてるの俺だし。
しかし、どこなんだよここ。
ほんとに誰もいないのか?
「へーーーうぷ!!」
ふふ、ちょっとやってみたかったんだ。よく映画とかであるだろ?
一人でいると、こういうことやっちゃうタイプなんだよね。
家に一人でいる時、全裸で「バッハの旋律!バッハの旋律!」とか言ってエアピアノを弾きながら踊り狂っていたら、親がいたんだよね。
そしたら親が「えっ…」みたいな顔してんの。
えっ、じゃねーよ。そりゃこっちのセリフだよ。
この時間いつも仕事行ってるじゃん、ふざけんなよ。
その後、何事もなく「ご飯まだ?」って言って事無きを得たんだけども。
思い出したら、またやりたくなってきたよ。
俺は手探りで服を全て脱ぎ捨て産まれたままの姿に。痛めた身体も気にせず立ち上がった。
そして、ここ一番の大声で叫ぶのだ。
「へーーーうぷ!あいにーじゅあへーーーーうぷ!」
ああ、気持ちいい。
誰かに見られれば即ゲームオーバーのこの状況。スリルと隣り合わせの日常。これがたまらないんだよ。
「おまえ…先ほどから大丈夫か?」
「え」
「ん?」
目が闇に慣れてきたのか、周囲の風景が見えてきた。
ここは…部屋だ。
洞窟のような空間にテーブルや、棚が並べられている。そして、声が掛けられた方に目をやると、衝撃の光景が映されたのだ。
赤狐だ。赤狐が俺の奇行を一部始終見ていたのだ。
「おわったーーーーーー!!俺おわったーー!!」
もう終わった。
一番見られてはいけない狐に見られてしまった。普段の俺なら「ご飯まだ?」と即座にボケられる余裕はあるが、状況が悪すぎる。この世界で今のところ紅一点、嫁候補である狐に見られてしまったのだ。
「落ち着け、異人」
頭を抱えて絶叫していると、狐からなだめられた。
「え、あ、異人?」
異人ってなに?異なる人って意味?
確かにここ数分の奇行は人にあらずって感じだったけど。
「お前はこの世界の者ではないね?」
「え、ああ、知ってるの?」
「やはりそうか。噂には聞いているが、昨今身元不明、不審な人間が増えているそうだ。お前の容姿はこの世界とは掛け離れているよ」
「そ、そうかな。俺は鎧甲冑なんて珍しくもないけど」
「だが、窮地を未然に防ぐ事が出来て良かったよ」
「窮地?今まさに窮地であり、未然に防ぐどころか監禁イベントが発生してしまっているけど」
「イベント?捕縛はしないよ。お前を保護する。間違ってもエドガー達には渡せないな」
保護ってこの前も聞いたような。
それにエドガー達には渡せない?
よく分からないが、物語が俺を中心に回ってきている。
そんな気がする。