妄想と逃走の果てに
「三日ぶりのお帰りか、第一歩兵隊。少し人数が減ったか?大方ワームにでもやられたのだろう」
赤狐が腰に手を当てながら部隊を見回した。俺も負けじと赤狐をじっと見据える。
うーむ、何がどうなったらコレからアレが生まれるのか。岩男と赤狐を見比べ、遺伝子操作の可能性も視野に入れた。
「目敏いな赤狐。だが仲良く談笑するつもりはない。さっさと金を受け取り門を開けてもらおう」
エドガーが珍しく攻撃的且つ排他的に返答した。
「相変わらず高飛車だなエドガー兵長。さすが名門武人の家柄」
「家柄は関係ない。おい、渡せ」
エドガーが前線に立つ小柄な兵士に指示をすると、紐で結ばれた小さな袋を赤狐に手渡した。
なるほど、アイツがこの部隊の財布か。いざとなったらアイツから金をかっぱらって逃げるとしよう。
「いいだろう。おい、門を開けろ」
赤狐が声を上げると複雑に絡んだ枝の扉がゆっくりと開かれた。
部隊が進み出し、次々と扉を潜って行った。
そして、俺とエドガーが乗っている馬が扉に差し掛かったその時、赤狐によって呼び止められたのだ。
「待て、お前は何者だ」
「え、俺?俺は…」
「お前には関係ない」
俺が名を名乗ろうとすると、エドガーが静止させるように会話に割って入った。
なんだよ、俺の名前を覚えてもらうチャンスなのに。野暮ったいぞエドガー。
「怪しいな、そいつはここに置いていけ」
え、マジで?
一緒にいられるチャンスが舞い込んできた。自ら馬を降りようとすると、エドガーに力強く掴まれた。
もう、なんだよ邪魔するなよ。
正直な感想を言わせてもらうが、このへっぽこ歩兵隊よりあの山賊衆の方が強そうだ。右も左も分からぬ未知の世界、荒野には魔物が蔓延り、エドガー率いる歩兵隊は戦争中。どう考えても自然の盾と呼ばれるゲートで、あの女と仲良く暮らした方が賢明だ。俺の言霊はどうやらこの世界では大変貴重なようだ。どの時代、どの世界においても、女と言うものはミーハーである。
言霊とは言わばタレント力である。
つまり、俺はこの世界において反町〇史であり竹野〇豊なのだ。
例えに少し時代を感じるだろうが、この二人は当時アイドル以上の人気を持っていたのだ。何が言いたいかって、俺ほどのタレントがこの山賊衆に加入すればちやほやされるに違いない。そして、トントン拍子で赤狐との婚約までことは運ぶというわけだ。
しかし、そんな妄想展開もエドガーによってあっさりと打ち切られるのであった。
「ダメだ、我が隊で保護している客だ」
「力ずくでも奪うぞ。大人しく置いていけ」
すると100人の山賊達が一斉にこちらに武器を構えた。
え、やばいよこれ。
やはりこの隊はへっぽこだ。場が全く見えていない。
大人しく降りようとすると、またしても邪魔が入った。
「ゲオ、いい加減にしろ。どこまで家名を汚すつもりだ」
「親父殿こそいい加減に子供扱いしないで欲しいものだ。それに私はドラグノフの名は捨てている」
「ならば腰に付けているその家宝の短刀を返して貰おう」
「それは無理というもの」
あれ家宝なんだ。よく見ると柄の部分に宝石が散りばめられていて綺麗だ。
ふむ、高く売れそうだな。
金勘定に夢中になっていると、エドガーがそっと耳打ちしてきた。
「ジロー、しっかり掴まっていろ」
え、なに?
訳も分からずエドガーの腹部に手を回すと怒鳴り声とも言うべき大声が上がった。
「全軍突破!」
その号令と共に第一歩兵隊が一斉に動き出した。盾を前に構え、槍を突き出し、前方を塞ぐ山賊の群れを目掛け突撃しだしたのだ。
「逃がすな!囲め!」
次は威勢の良い赤狐の声。
エドガーが馬の腹を蹴ると甲高い鳴き声と共に馬が走り出した。
うっわ!落ちる!
俺は必死にエドガーにしがみついた。
エドガーは群がる山賊をものともせずに突撃していく。
視界不良の狭い森の中で兵士や山賊の叫び声が上がり、敵味方入り乱れる壮絶な脱出劇が繰り広げられた。
これが人間同士の戦いか。俺は沸き上がる恐怖から顔を下に向けた。
歩兵隊は地鳴りを鳴らしながら次々と包囲を突破していく。
一体どこまで逃げるというのか。まだ入山したばかりだ。そしてどこまで追いかけてくるのか。山を登りきり、下山し、森を抜けるまで走り続けるのだろうか。
気が遠くなるような逃走経路に目眩がしてくる。
あまりの緊張からか、しっかりと掴んでいたはずの両手がいつのまにか離れていた。体を勢い良く地面に打ち付け、大の字で倒れると、俺は一斉に取り囲まれた。
遠くで俺を呼ぶ声が聞こえてくるが、それに返事をすることは出来ない。
意識が薄れていく。