良きタイミングで
何がどうなったらこの岩がレイチェルなんだよ。
ふざけてんのか。
この世界の親が付けたい名前ランキングで1位にでもなって、将来性の見えない馬鹿親が血迷って付けたとしか思えないぞ。
「自己紹介がまだだったな。俺の名前はレイチェル·ドラグノフ。エドガーと同じく第一歩兵隊の兵長だ」
聞いてねえよ。
お前の名前は岩だ。山岳歩兵隊の岩だよ
「言霊はこの世の力ではないと聞くが、どこで習った?師の名前は?」
うわ、グイグイ来るよコイツ。グイ系は嫌いなんだよ。
いるんだよな、他用でたまたま訪れた服屋で「あ、最近こうゆうのもあるんだー」って観察してただけなのに唐突に視界に現れ「サイズお出ししますよー」とか寄ってくるグイ店員。明らかに嫌な顔してるのに「あ、もしかして合わせるのが難しそうだなーって思ってます?例えばこちらのシャツをラフに着てー」とか追い討ちをかけてくるの。
ラフに着てーじゃねぇよ。なんだよラフって。
先日作者が体験したノンフィクションじゃねぇんだから。
「ふ、秘密ということか。金脈の場所は家族にも教えないというが、似たような物か。確かに言霊は貴重だがな」
なんか勝手に解決したー!しかもマツタケ山みたいに例えてるし!
俺はこの展開に嫌気が差し、話題を変えることに努めた。
「そ、そういえばさ、やっぱり軍隊って女は入れないんだ。見る限り皆男みたいだけど」
「ん?…そうだね。やはり難しいと思うよ」
エドガーが静かな声で答えた。
そうだろうな。色々とめんどくさそうだ。
「ジロー、君の出身はどこだい?」
「ん、うーんと」
回答に困る質問だ。
言っても分からないだろうし、当然この世界にはない。
俺はなんとか唸りを上げて誤魔化した。
「いや、すまない。愚問だった」
「おい、エドガー」
「構わん。聞かなかった事にする」
「この小僧はもしかして…」
「レイチェル、聞かなかったんだ。いいな?」
え?なになに?愚問?もしかして?
良く分からないが、都合の悪い会話が途切れて安心した。
「ジロー、この国では近隣国との領土権をめぐる抗争の真っ最中だ。当然我々もその任務についている」
「え、近隣国との抗争って戦争?」
「そうだ。簡単に言うと我がセントラルハイランド国を東西南北四カ国が囲むようにこの大陸が形成されている。古来より均等に分け与えられていた領土だ。これ以上領土を拡大しようものなら、隣接国との戦争は避けられない」
淡々と話を続けるエドガーに耳を貸すように黙して聴き込んだ。
領土拡大、戦争。どの世界でもやってる事は変わらないんだな。
今ある物で満足出来ない子供ばかりなのか。
エドガーは俺の心を見透かすように補足を入れた。
「無論、戦争による領土拡大は避けるべき悪政であり、愚策だ。永らく繁栄を築いた五カ国の均衡は崩されてはならない。それは皆理解しているよ。しかし、昨今凶暴性を増した魔物との度重なる戦闘行為によって兵士や兵糧が不足しているんだ。今の五カ国が分散している現状では、やがて力負けしてしまうというのが各国の意見だ」
「じゃあ、同盟とか組んで協力したら?」
「ああ、組んでいたよ。昨年までね。しかし、古来より各国に伝わる施策には特徴があり、協調出来るようなものではなかった。どの国も主張が強すぎて譲らない。一年、たった一年で五カ国を結んだ同盟は崩れたよ」
「それで…戦争?」
「そうだな。表立った衝突は少ないが、諜報戦、工作戦、破壊活動が蔓延している現状だ。誰が敵で、誰が味方かも分からない。信じられるのは自身が率いる隊だけだ。先の手荒い扱いも緊張が高まっているせいなんだ」
なんか、急にそれっぽい言い訳で弁解を始めたな。無論、俺は許すつもりはない。
「そこで君の処遇だが」
「え?」
「我が隊に迎えたいと思う」
「え?俺を?」
「そうだ。お世辞にもこの大陸は安全とは言えない。先ほどの魔物や他国の兵士に見つかれば命はない。我々と一緒にいれば多少は安全だ。貴重な言霊を他国に譲りたくないというのが本音だがね」
「え、でも隊に入るなら戦わなきゃいけないんでしょ?それはちょっと…嫌だな」
そうだ。
徴兵制のない日本に生まれ、なぜ自ら兵士として戦わなければならないのか。
「入隊と言っても保護みたいなものさ。戦いは我々に任せておけばいい」
「ん、うーん。それなら」
「うん、歓迎するよ。いざという時にはその言霊で助けてもらうよ」
エドガーは気さくに笑った。
しかし、一体どこまで誤魔化して行けるんだろう。このまま嘘をつき続けてもいつか限界がくる。そうなってしまったら目も当てられない惨状になる可能性だってあるんだ。出来るだけ早く本当のことを話そう。
そうだ、街に着いたら打ち明けよう。
俺はこの世界の人間ではなく、言霊師でもない。この世界の人間を笑わせたくて来たんだ。戦争に巻き込まれたらお笑いどころではなくなる。しかし、この世界での体験は唯一無二。自身を高めるには必要な経験かもしれない。
よし、決めた。
良きタイミングでバックれよう。