口からでまかせ
「はは、慣れるまで時間がかかりそうだな。よし、私の後ろに乗るといい」
エドガーは気さくに笑っていた。
俺はエドガーの手を借り、恐る恐る馬に跨った。大きい馬だが、二人も乗るとやはり狭いんだな。
「ジロー、街まではまだ遠い。行軍しながら話でもしようじゃないか」
「んー、そうだな」
「君の言霊は見事だな。ワームほどの魔物を怯ませるなんて驚いたよ」
実はかなり気になっていることがある。聞いたことがあるような、ないような。
もしかしたら俺の世界にもあるのかも知れない。だが、あったとしても何を意味しているのかは理解していないだろう。
それは言霊だ。
先程から言霊、言霊って一体何のことなんだ?それに俺のことを言霊師って呼んでたよな。
分からないなら聞いてしまえばいい。出来るだけ早くそのことを聞きたい。だが胸にひっかかている心配があるのだ。例えば俺が言霊師ではなく、ただの漫才師だとバレてしまったとする。
ーーーーーーーーーーーーーー
「な、なあ、エドガー」
「なんだい?」
エドガーは少し後ろを振り向き、白い歯を見せた。その顔はどこぞの王子様のように美しく上品である。
「あ、あのさ。さっきから気になっていたんだけど、あ、あの、言霊ってなに?」
意を決して尋ねてみた。
するとどうだろう、規則正しい足音を鳴らしながら行軍していた隊がピタリと歩みを止めたのだ。
「ジロー、冗談だろ?」
エドガーは後ろを振り返らずに静かで重い声を発した。
や、やばい。
でも今更後には引けない。とことん聞いてやる。
「さ、さっきから俺のことを言霊師、言霊師って呼んでるけどさ。何のことか、わ、分からないんだよね」
エドガーは首を180度回転させ、後ろを振り向いた。その顔は目を釣り上げ、牙を剥いた般若のようであった。
「ひ、ひぃ!」
俺は当然悲鳴を上げる。
「おい、アメリア!この不審者を引っ捕えろ!」
やっぱりこうなったか!
でもアメリアってなんか可愛い名前。もしかして、このむさい軍隊に紅一点の衛生班がいるのだろうか。
赤髪のロングヘアーで鎧も特注のミニスカート仕立て。自然なフェロモンを撒き散らしながら「こーら、逮捕しちゃうぞ」なんて言ってきたりして。
もしそれなら捕まるのも悪くないな。
デレデレと涎を垂らしながら妄想していると、重い足音が近付いてくる。
鎧は確かに特注そうなビックサイズ。自然な汗臭さを撒き散らしながら屈強そうな鎧が立ちはだかった。
え、まさか。
「どら、小僧。逮捕してやるぞ」
岩男だった。
お前なんでそんな可愛い名前してるんだよ。
そして俺の両手首に縄がかけられ、またしても地獄を味わうのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
だめだ。やっぱり聞けない。
もう知ったかぶりで話を合わせるしか道はない。
「そ、そうだろ?お、俺も会得するのには苦労したんだ」
「そうか。資質のない人間では難しいと聞いたことがある。私でも習得することは出来るだろうか?」
「ま、まあ頑張り次第じゃない?いい師匠に出会えればきっと」
「是非私にも紹介してくれないか」
「あ、ああ。そのうちね」
口からでまかせも大概だ。どんどん自分の首を絞めているような気がする。
「レイチェル、君も紹介してもらったらどうだい?」
え、レイチェル?
なんか可愛い名前。
元々は女盗賊であり、エドガーと対立していたが、度重なる敗北で遂には臣下になったという設定の美人騎士ではないだろうか。だとするならば、俺が師匠になってあげようと近付き、これは特訓であると言い聞かせれば、あれこれ卑猥な行為も全て合法となるのではないだろうか?
こんなチャンス二度とない。
機会を活かす男でありたい。俺はそう思う。
「よ、良かったら俺が教えようか?」
「本当か、ジロー!感謝するよ。レイチェル、君も一緒に学ぼう」
待ってました。レイチェルがセットじゃなきゃ意味がない。
で、レイチェルはどこだよ?
辺りを見回したが、それらしき麗しの騎士は見当たらない。すると俺の背後から大きな影が近付いてきた。その影は徐々に大きくなり、やがて俺を多い被さるほどであった。
ま、まさか。
「うむ。よろしく頼むぞ、小僧」
岩男だった。
やっぱりおまえかい!