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トラップ式会話法のお時間です

集落を出てから数時間。日も大分前に落ち、松明の灯り一つでほんの少しの視界だけ照らしている。電気が普及する前の日本もこんな感じだったのだろうか。虫の鳴き声でもあれば風情があるのだが、辺りに響くのは正体不明の呻き声だけ。魔物から発せられる声なのか、それとも人間の苦痛の声なのか。どちらにせよ、薄気味悪いことに変わりはない。

俺はというと、ゲオの衣服をガッチリと掴み、不測の事態があっても隠れられるように体勢を整えていた。愛する妻をも盾にする売れない芸人のなんと悲しきことか。


「ゲオー、まだ着かないの?もう足が疲れたよ」

「もうすぐだ。成人男子がこの程度で音を上げるんじゃない」

「この世界の基準と一緒にしないで欲しいな。文明の利器によって怠惰を貪っている世界の俺達には、十分過ぎる程の疲労量だよ」

「よく言う。ジローの世界にも体力のある人間と怠け者、二通りいるはずだ。それはこの世界でも変わらん」

「そうじゃなくて比率の問題だよ。俺の世界では圧倒的に怠け者の方が多いの。全て人力のこの世界とは根本的に違うんだよ」

「身体は動かずとも口はよく動く。不思議なものだな」

「俺芸人だよ?口が動かなくてどうすんの」

「ジローはやはりこの世界でも芸人とやらを続けたいのか?」

「そりゃもちろん。俺の夢だから」

「夢…か」

「ん、どうしたの?」

「いや、何でもない。気にしないでくれ」


急にトーンダウンし出したゲオ。こういう時は大抵「どうしたの?」と会話を引き出させてからの自分語りのターンだ。

私はこういうのがやりたくてー、とか、昔は〇〇になりたかったのーとか、大して面白みもないことを延々と喋り出す。

これは所謂トラップ式会話法だ。この会話法は避けてもダメージを伴い、掛かってもダメージを喰らうという厄介な性質を持っている。


例えば、ジロー、ゲオ子という恋人同士の会話があったとしよう。


「ジロー、夢ってある?」

「うーん、消防士になりたかったかなぁ」

「そっかー、消防士ねぇ…ふーん、そっかー」

「うん」

「ふーん、へー」

「ど、どうしたの?」

「ううん、何でもない。気にしないで」


はい、ここでSTOP。

この時点でトラップが仕掛けられています。これは自分の夢を語りたいが為、敢えて一度こちらに振ってきているのです。

この会話法のタチの悪さは、第一にこちら側の話は最初から興味がない、という点です。僕の消防士という幼い頃からの夢、喘息を患い、体力的にキツく断念せざるを得なかった大変思い入れのある憧れの職業への夢が、完全に捨て石のフリに使われているのです。

まず、ここで怒りを覚えます。


次は実践してみましょう。

トラップであることを承知で、彼女を愛する優しさから敢えて引っかかってみます。


「ううん、気にしないで」

「気にしないでって、気になるじゃないか」

「実はー、私ー」

「う、うん」

「昔からCAに憧れてたの。昔って言ってもスチュワーデスの頃よ。最近CA、つまりキャビンアテンダントって呼ばれているんだけど、やっぱり女性の憧れって感じよね。女性のエリートって言っても過言ではないと思うの。お給料ももちろん高いし、ステイタスとしても一流よね。でも大学も法学部を出ていなきゃいけないの。私の家ってあまりお金がなかったからさ、まともに大学も行けなくて。あ、私の家は母子家庭なの。どうしてそうなったかと言うと、お父さんがギャンブルにハマっちゃって、借金が1千万を超えちゃったの。そしたらお母さんが激怒して「もう貴方とはやっていられない!」って離婚届けを叩きつけたんだって!ウチのお母さん強いからさ。あ、私はその時1歳ね、バブー!なんちゃって(笑)それでね…」


(うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)


惨劇ですね。

支離滅裂、脈絡のない自分語りを延々と聞かされます。

では、トラップには引っかからない性格地雷処理班の場合はどうでしょうか。


「ううん、気にしないで」

「そうか、わかった」


構わずプレイ中のゲームを続けるジロー。


「え、気にならない?」

「は?気にしないでって言ったじゃん」

「普通気になると思うけど」

「いや、だから。気にしないでって言ったよね?気にしないでって言われたのに気にするのはとっても無駄なことだと思うよ。時間は無限ではなく有限。であるならば、効率良く一日を過ごす為には無駄を省きノーストレスで生きることが大切なの。だから余計なことは一切しません。はい、論破ー」


ブチッ(ゲームが消える音)


「なんなの余計って?私の話が無駄だって言うの?ジローはいっつもそう。私の話は全然聞いてくれない。ゲームばっかり。たまには外でデートしたいのに、いつも家ぐーたらしてさ。私の気持ちなんて全然考えてくれないじゃない。女子会しても、皆彼氏の良いところばかり言ってるのに、私は愚痴ばかり。ホントに恥ずかしいよ。由香の彼氏なんて毎日サプライズのスイーツを持ってきてくれるんだって。ちょっとは見習ってよね?この前の付き合って183日記念日のプレゼントもまだ貰ってないんだよ?あ、今日は188日だから二個ね。ジョエル(ロブション)のシューアラクレームがいいかなー、あとー」


(うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)


はい、ジョエル(ロブション)です。

間違えました、惨劇です。

どうやってもダメージを喰らうのです。全くもって厄介な会話法だと思います。まだ前者の方が精神的に楽でしょうか。

今回も前者で対応したいと思います。


「気にしないでって言われると余計気になるな」

「そうか?」

「うん」

「…」

「…」

「お、あそこだ。あそこが魔物の棲家だ」


ホントに何でもないんですね。助かります。

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