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インフィニット命

この子は俺のツボを心得ている。強気な性格でありながら不意に見せる女性らしさ。ツンデレと表現するのが的確だろうか。

この子が俺の奥さんだなんて、俺は幸せ者だな。例え売れなくても毎日が楽しそうだ。

しかし、ここは魔物が蔓延る荒野であり、いつ出食わしてもおかしくはない。警戒していると、案の定と言うべきか明らかに人ではない存在を視界に捉えた。

紫色の小柄な身体、背中に小さな羽で空中を漂っていた。二体確認出来るが、あまり強そうではない。


「ゲオ、あれは!」

「さっそくお出ましか。あれは小悪魔(インプ)だな。問題はない、正面から当たるぞ」


そう言うとゲオは億さずインプに向かって歩み進んだ。

逆手に家宝の短刀を構え、どんどん距離を詰めていく。すると、インプも我々の存在に気付いたのか、威嚇するように奇声を上げる。


「ゲオ、気付かれたぞ」


俺は当然のようにゲオの後ろに隠れ、身の安全に努めた。


「望むところだ。ジロー、剣を抜け」


そうか、俺も戦わなければいけないんだ。すっかり忘れてた。

腰に帯びている刀を抜き、取り敢えず上段に構えてみた。

よく時代劇で目にする構え。相手が自分の間合いに入った瞬間に刀を振り下ろす。

大丈夫だ、行ける。


インプは大きく口を開き牙を剥く。三本の指には鋭利な爪が生えている。向こうも攻撃体勢に入っているのだ。

心臓が激しく高鳴り、その鼓動が聞こえてくる。間合いだ、間合いを見極めるんだ。


インプは空中でくるっと半回転すると、一直線にこちらへ向かってきた。その加速はF1カーのように爆発的で一気に眼前まで迫ってきたのだ。


は、速い!


自分の間合いなど気にしている余裕などなかった。俺はやけくそに刀を振り下ろしたのだが、偶然にも刀の軌道はちょうどインプの顔を捉えていた。

運も実力の内、一撃必殺とはこのことだ。俺は振り下ろす刀に力を込めた。


ぶった斬ってやる!死ねぇぇぇぇ!


するとどうだろう、インプは細く小さな両手で俺の刀を挟み掴んだ。これは…白刃取り!


「ギャハハ、オソイ、ヨワイ」


な、なに!?

インプは俺を素人だと察したのか、余裕の笑みを浮かべた。こんな小さい奴に舐められてたまるものか。俺は掴まれた刀を力任せに押し込んだ。


ぐぬぬぬぬ、全く動かん。なんて力だ!


「ヒリキナリ、ヒリキナリ」

「くっ、この野郎!」


しばらく俺とインプの力比べが続いたが、その差は明白。刀を掴まれたまま俺の身体は宙を浮き、ぶんぶん振り回された。


「うわわわわ!」


やがてジャイアントスイングのように空中でぐるぐる回される。異世界の景色が高速で回っているのだ。


「や、やめろ!一回止めろ、一回!」


俺は高速で回転しながらワンチャンスを懇願した。しかしインプはまるで苛めっ子のように笑いながらその速度を上げた。


うっわ、気持ち悪い!


俺は胃から込み上げてくる吐き気から恐怖と死を感じた。俺とゲオの冒険は初戦でラスボス的存在に遭遇し、ゲームオーバーとなるのか。

一頻り回された後インプは掴んだ刀を離し、遠心力の付いた俺の身体は遥か先の岩に爆音を立てて激突した。岩肌が崩れ、俺の身体がめり込んでいくのが分かる。


不思議と痛みは感じないが、身体が全く動かない。そうか俺は死んだのか。


いや、指先は動く。ん?腕も動く。

こ、これは…。

効いてない、全く効いてないぞ!


岩肌に手を掛けて、這い出るように身体を起こすと、俺を投げ飛ばしたインプも不可解な表情を浮かべている。


「はっはっは、効いてないぞ!お前も中々非力のようだな」


目一杯の強がりに見えるかも知れないが、本当に効いてない。

しかし、勝つ手段もないのが事実。刀さえ当たればと言うところだが、奴の動きが速すぎる。

なんとかして当てないと。

俺は再度上段に構えてインプの接近を待った。攻撃を仕掛けても俺の技術では避けられるのが必然。ならば待ちの姿勢が最善策。

インプは再び空中で反回転すると、加速を付けた突進で俺に迫ってきた。

集中しろ、良く見るんだ次郎!

まるで弾丸のように飛んでくる紫色の塊が、俺の眼前にやってきた。インプが腕を引き、爪を俺の身体に突き刺そうとした刹那、渾身の力で刀を振り下ろした。


「ここだぁぁぁ!」


ジャストミート!軌道は完璧、タイミングもバッチリだ!

俺の刀はインプの小さな身体を一文字に切り裂い…ていない!確かに捉えたはずのインプの身体をすり抜け、地面を叩いていた。


「バカメ、ソレハザンゾウダ!」


驚愕のスピード。あろう事か目の前にいたはずのインプの声が、背後から聞こえてきたのだ。

なんて奴だ。

お前どう考えても雑魚キャラだろ。スライムとかゴブリンの類だろう。

普通の転生物であれば「あれ、なんだこの力は!俺ってもしかして強いの?」みたいな展開になるはずの所謂やられキャラだろうが。

いきなり残像とか、本気で殺しに来てるじゃないか。あと、漫画の読みすぎだぞ。


そして、突如背中に襲ってきた鋭利な圧迫感。肺や腸に直接触れられるような感覚。

さ、刺しやがった。

そして身体から刃物を引き抜かれる感触。きっと血が溢れていることだろう。

俺はゆっくりと地面に崩れ落ちた。


負けた。今度こそ駄目だ。

だって刺されてるもの。今はアドレナリンが出ているから平気だけど、その内激痛が来るはずだよ。


…。


あ…あれ、痛くない。痛くない!身体も…動く!

一体どうなってるんだ?なぜ死なないんだ?

もう死んでもおかしくないくらいのダメージは受けているはずだ。

不思議なことだが俺はまだ生きている。

俺はゆっくりと立ち上がると、驚きの表情を浮かべているインプに刀を向けてこう言い放った。


「インフィニット命!!」


意味は分からないが、なんかそれっぽい。つまり不死身と言いたいんだ。


三度目の正直。俺は刀を上段に構えた。

インプは初めて目の当たりにする不死身の男にたじろいでいる。


チャンス!


俺は遂に自分から攻撃を仕掛ける。大きく一歩を踏み出し、刀をインプに向けて一直線に振り下ろした。


「チェェェストォォォォ!」


避けられた。


もうなんだよ!いい加減にしろよ!どんだけ尺を使うんだよ!つか、下手すぎだろ俺!


自分の下手さ加減と空気の読めない雑魚キャラに憤慨していると、突如インプが燃え上がった。

悲鳴を上げて朽ちてゆくインプ。やがて、真っ黒な消し炭となったのだ。


「意外と手こずったな。さあ、先へ進もう」


背後を振り返ると、煙が上がった短刀を構えたゲオが立っていた。

あ、精霊の力か。そして、もう一匹は片付けたんだな。

壮大な雑魚キャラとのバトルは最強の伴侶によって終止符を打たれた。特別自尊することもなく歩み進めるゲオを追いかけた。


「ゲオ、あ、ありがとう」

「ん、大したことではない」

「インプってもしかして弱いの?」

「いや、奴らによって命を奪われた人間も多い。よく生きていたなジロー」


俺も生きているのが不思議だよ。でも俺には謎の力が備わっているんだ。痛みを感じない、不死身の身体。異界へ転生したことにより会得した力なのだろうか。未だに半信半疑ではある。

ちょっと試してみようか。


「な、なあ、ゲオ」

「どうした?」

「俺を思いっ切り殴ってくれないか?」

「急になんだ?痛みを伴うことにより、快感を得られる性質なのか?夫婦と言えど、私はそのようなプレイはあまり好かんな」

「ち、違うよ。試してみたいんだ。俺の力を」

「よく分からんがどうしてもと言うのなら仕方がない」


ゲオの右ストレートが俺の顔面を素早く射抜いた。俺は鼻からの出血と激痛で顔を歪め、その場でうずくまった。


「いってぇぇぇぇ!」

「一体何だと言うのだ。相変わらず不思議だな、お前は」


あれぇ、おかしいなぁ。さっきは大丈夫だったのに。

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