ハートブレイク!
「荒野へ出て、西へ半日歩いた洞穴に魔物の群れが住み着いている。今のところ害はないが、芽は若い内に摘んでおかねばならない」
「どこの老兵だよ、あんたは。言っておくが俺は素人だからな。討伐中足手まといと言われてもどうにもならないぞ」
「二人で協力することに意味がある、そう思わないか?」
「もちろん努力はする」
「十分だ。さあ出立しよう」
家を出た後、広場で談笑している山賊達に声をかけると、俺達の健闘と無事を祈るように手振りした。
保険でコイツらも連れていけばいいのにな。危なくなったら弾避けなり、肉壁なりに使えるだろう。あ、一緒か。何れにしろ、ゲオの目的とは相容れぬ戦術であったため、早々に諦めた訳だが。
山賊の村は山の北東部、街側に位置しており、荒野へ出るとなると全くの反対方向になる。スタートラインに立つまでが一苦労だぞ。不平不満を頭の中で噛み潰しながら、ゲオと共に下山を開始した。
「なあ、ゲオ。魔物の棲家ってやっぱり危険なんだよな?」
「危険でなければ討伐はしない。それともお前は弱い者虐めが好きなのか?」
「そんなんじゃないけど。一応聞いてみただけ」
「そう緊張するな。いや多少の緊張感は持って欲しいのだが」
「どっちだよ!」
「固くなるな、心を穏やかに、そして冷静に、だ」
「さっぱり分かんねーよ」
「この世界では如何なる事態でも取り乱さず、冷静でいることが大事だ。戦慣れした狡猾な人間が多く、そのような人間に隙を見せるのは命取りとなる。例えそれが人間ではなく、魔物であっても」
「あー、なんとなく分かったよ。要は落ち着けってことだろ?」
「そうだな。それと初めてではないだろうが、魔物と出食わしてもはしゃぐなよ?絶対だぞ?」
「はしゃがねーよ!なんだよそれ、フリかよ!」
なんだか子供扱いされているようだ。
しかし、ゲオと他愛もない話をしているのは楽しい。テンポの良い会話、ツッコミを誘導させるフリ、この子芸人の素質があるのかもな。
冴えない男と美人の夫婦漫才。完全に色物臭が漂っているが、プチ一発屋ぐらいにはなれるかも。
ゲオと一緒にいる時間は忘れかけていた芸人の感覚を思い出させてくれる。
「なあ、ゲオ。上は洪水、下は大火事、これなーんだ」
俺は低レベルな古典的なぞなぞでゲオのボケを引き出そうとした。
そして、すかさずキレのあるツッコミを入れるのだ。ボケの導きからのツッコミ、基本ではあるが存外難しい。
ゲオに俺の技術を見せてやろうと、したり顔で返答を待った。
「ふむ、さては風呂だな?」
「ふ、なんでやねん…って合ってるやないかーい!!」
「ん、どうした?正解なのか?」
「違う!合ってるけど芸人としては0点だ!そこは敢えて正解とは掛け離れた回答をして、俺のツッコミを引き出すの!」
「む、そうか。では、ミュットバインバインでどうだ」
「なにそれ!?どこの言葉だよ!しかもバインバインて!」
「…」
「…」
「なあ、ジロー。面白いか?」
「いや、あんまり」
やっぱり急造のボケで笑いを生むのは難しいか。
しかし、久々に芸人らしい自分を見ることが出来て良かった。
あっさりすべっているのも俺らしい。この世界に染まり過ぎて大事なことを忘れるところだった。
ゲオに感謝しなくてはな。
「そろそろ門だぞ」
「あ、門…山賊門か」
これは忘れもしない、エドガー率いる歩兵隊との別れ、そしてゲオとの出会いの場、そして決死の脱出劇。
辺りを見回してみると、その時の残骸が幾つか確認出来る。馬の死骸に、射られた矢、あれは…人間の腕か?目眩がするような、壮絶な体験であったと改めて認識した。
「ジロー、覚えているか?」
「もちろん、人間同士の戦に巻き込まれたのはあれが初めてだから」
「しかし、この世界で生きていくには戦いは避けられない。慣れろ」
簡単に言ってくれる。平和な時代でぬくぬくと育ってきたんだ、無茶を言うな。
山賊門をくぐり、足場の悪い岩道に入る。そこを抜けると、次第に広大な平地が見えてきた。
あれ?
数時間は覚悟していた下山もあっという間に感じた。身体もそれほど疲れてはいない。身構えていた分、拍子抜けしたぐらいだ。
「もう荒野か?」
「この山道を短く感じたのだとすれば、楽しい時間を過ごせていたからだろうな。余程同伴者が退屈させない優れた女であったと察する」
「自分で言うなよ。で、ゲオは?長く感じたか?」
ゲオは俺を見つめた後、今までの凛々しい顔が嘘だったかのような、女性的な笑顔でこう言った。
「とても短かったよ」
俺のハートはブレイクした。