当然性の理論
「ち、ちくしょう!」
俺の身体はロープの反動により上昇と下降を繰り返している。
村の儀式すら猥褻に変える、人間の欲望の深さを垣間見た決死の作戦であったが、結果は後一歩届かず。
バンジーパイ揉み日本代表の俺が、伸縮限度を予測出来ず無念の予選落ちとなった。
仕方ない、俺は全力を出した。そう思えば諦めも付くというもの。
しかしながら、心配なのは周囲の反応である。
俺の下衆な行動を察したのか、やんややんや言っていたギャラリーは静まり返っていた。大方侮蔑の目を送っているのだろう。
若干いい感じの方向に進んでいたゲオとの関係も打ち切られ、山賊の頭領に猥褻を働いた罪で追放も有り得る。
いや、もしかしたら袋叩きにあうかもしれない。
どうする?
選択の余地などない。ロープを切って逃げよう。
しかし切る道具など持ち合わせていない。
ならば紐を解くまで。いたって簡単な理屈。
大便をした後、紙がないのに気付き手で拭いた。
これと一緒だ。
あれがないからこれでやったという人間の創造性理論に基づいている。
俺は腹筋力を活かし身体を持ち上げ、足首に結ばれている紐を掴んだ。
「あっれ…固いな…これ」
解こうとしても結び目が小さ過ぎて思うようにいかない。
四苦八苦しているとロープの先から鈍い音が聴こえた。虎髭がロープを切ったのだ。
「ぐへっ!」
無論、俺は3メートルの高さから地面に落ち、情けない声を上げる。
痛いから呻き声を上げる、これは人間の当然性理論に基づいている。
そんなことより早くズラからないと危ない。
山賊達が倒れている俺を囲むように迫ってきているのだ。捕まれば袋叩きの上火炙りだろう。
しかし、落下による内臓の圧迫と呼吸困難により、上手く立ち上がることが出来ない。
や、やばい、捕まる。
山賊達は俺の身体を掴むと、一斉に真上へ放り投げた。
「うっわっ!」
二度、三度、山賊達は俺を放り投げる度に歓声を上げる。
こ、これは、胴上げ?
そして、一際高く放り投げられた後、山賊達の腕の中に収まった。
「おめでとう!」
「よくやったな!」
え、俺の猥褻行為はバレていないのか?追放どころか、むしろ歓迎されているようだ。
子供、女、男、次から次へと俺の元へやってきて、頭を撫でるや肩を叩くや揉みくちゃにしてくる。
「お兄ちゃん凄いね!」
「軟弱な奴かと思ったが大したもんだ」
「コレ、トカゲ、ウマイ、クエ」
やめろ、トカゲを口の中に入れんな。
手荒い歓迎ではあるが、村民達の笑顔に囲まれて悪い気はしない。
ひとしきり言葉を交わした後、ゲオが群衆の中から引っ張りだした。
「ジロー、見事だったぞ」
「あ、ありがとう」
「これでお前は私の夫となるのだ」
「そうだな…これで俺も…って、はぁ!?え?お、夫?」
「そうだ。この儀式は村にしきたりの一つ、婚姻の儀式だ」
「こ、婚姻!?」
なにがどうなっているのか、さっぱり分からない。
これは村の一員になる儀式ではないのか?
「誰も入村の儀式とは言っていないぞ」
いつの間にか虎髭が木から降り、俺の心を見透かしたように語りかけてきた。少し記憶を辿ってみたが、確かにそんなことは誰も言っていない。でも、婚姻の儀式とも言われた覚えはない。
「ジロー、私では不満か?」
「え、い、いや、不満なんてことは少しもないけど、そんな急に言われても」
「そうだな、確かに唐突ではある。しかし山賊の流儀は強引であることだ。我々らしいやり方だろう」
いや、なんかもっともなこと言ってるけど、急に結婚だなんて心の準備が出来てないぞ。こんな美人と結婚出来るなんて願ってもない話だが、俺はまだデビュー前の売れていない芸人だ。しかも感性の違いにより、売れる要素は全くない。収入もなければ家もない。ゲオを幸せに出来るはずなんてない。
「さ、一先ず湯でも浴びてきたらどうだ。それにそのボロボロの服では我が夫に相応しくない」
俺の葛藤などお構いもせず、ゲオが話を進めてきた。
「う、うん。わかった」
俺は強引な女に弱いんだ。
ゲオに手を引かれるがまま、家に戻ってくると、薄暗い部屋の奥から湯気が立ち込めており、風呂の準備が出来ていることを告げていた。
「では、私はお前の服を用意しておこう。ゆっくりしていてくれ」
そう言い残すとゲオは足早に家から出て行った。
レイチェルに引きずられてボロボロになった自分の世界の服。これを山賊の服に着替えれば、俺は完全に異世界の住人となる。どこからどう見てもこの異世界の人間であり、服を着替えることは自分の世界の存在を否定するような行為であった。元の世界に戻りたいとは思ってはいないが、少しノスタルジックな気分になる。
しかしボロボロのこの服は確かにみすぼらしい。未練がましく服を脱ぐと、産まれたままの姿になる。
ここで全裸になるのは二回目だ。あの時は周囲に冷めた目で見られる違法な行為であったが、今は合法だ。俺はこの家の住人となったのだから。
「あー、気持ちいいー」
五右衛門風呂のような古風な風呂に浸かると、俺は身体の汚れと今までの数奇な体験を全て洗い流したのだ。
そこには、ある種の決意に似た何かがあった。