何故かヒロインに壁ドンされてます
短編とやっていることは同じですが、ヒロイン視点をなくして、全て詩音視点です。文章もちょっと変えました。
私こと八重山詩音は、花も恥じらう16歳。
そんな私には前世の記憶がある。
どうやら私、前世でやっていた乙女ゲームの世界に、悪役令嬢として転生したようです。
ルートによっては学園追放エンドや最悪殺害エンドもあるキャラクターだけど、運命に逆らう気なんてさらっさらございません。
ということで、悪役令嬢の使命を日々全うしていたんだけど――――
何故今、私はヒロインに壁ドンされてるんだ!?
どうしてこうなった!!
と、とりあえず、ここに至るまでの経緯をおさらいしよう! そうしよう!
今日も今日とて悪役令嬢の使命を全うすべく、私は放課後にヒロインを呼び出した。
教室には私とヒロインだけで、私はネチネチとヒロインに嫌味を言っていた。
しかし、ヒロインの様子がおかしい。いくら私が嫌味を言っても、終始満面の笑みを浮かべている。
え、何か怖い。
恐怖を感じた私は思わず後退る。しかし、すぐに壁にぶつかってしまった。
そして、私が戸口に向かおうとしたら――ヒロインの両手が、私の顔の両脇に置かれておりましたとさ。
――アカン。
回想したところで、ヒロインに壁ドンされる意味が分からない。
まあ、とりあえず。
「退いて下さらないかしら」
「詩音が俺のものになったら、退いてあげる」
「はあ?」
ちょっと! ヒロインが意味分かんないことほざいてますよ!!
……というか、この状況何?
女子が女子に壁ドンされるとか。いくら、壁ドンに憧れてたって、同性にされてもときめかない。
あれ? 同性?
さっき、ヒロインの一人称『俺』だったような……。
そこで私はヒロインをまじまじと見つめる。
胸の辺りまで伸ばされた栗色の髪、エメラルドグリーンの瞳はまるで宝石のようにキラキラと輝いている。クラスの男子が彼女のことを天使と揶揄するのも分かる気がする。
しかし、よく見ると、腕や足には私の周りにいる女子達とは違って、程良く筋肉がついている。あと、身長が高い。平均よりちょっと小さい私が彼女の肩までしか身長がない。そして――胸が壁のようにペチャンコで……。
え、もしかして――ヒロイン、男?
乙女ゲームのヒロインが男ってあり!?
なんか言葉が矛盾している気がするけど、今はそれどころじゃない。
「あんな、顔だけが良い奴等じゃなくて、俺を見て。俺のものになって、俺だけを見て」
「ひゃあ!」
耳元で吐息と共にそう囁かれて、思わず変な声が出てしまう。
仕方ないだろ! 私は耳が弱いんだ!!
恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤になるのが分かる。
私は思い切りヒロインを睨み付けた。
すると、何を思ったのか、ヒロインが抱き締めてきた。
「そんな顔されたら、理性が吹っ飛びそうなんだけど」
「な、なな何を仰っているの!」
近い、近い!
ヒロインから距離を置こうにも、ヒロインに思い切り抱き締められているせいで、全く離れられない。
「離れなさい!」
「嫌」
「嫌じゃない! さっさと離れ――っ!!」
目玉が飛び出るかと思った。
私が喚いている途中でヒロインの顔が近づいてきたと思ったら――唇に柔らかいものを押しつけられた。
……なにしてくれてんじゃぁぁあっっ!!
「わ、私のふぁ、ファーストキスがぁぁぁ」
「マジで。なんか場慣れしてる雰囲気だったから、てっきりキスなんてやりまくってるんかと」
「……あなた、私のことをなんだと思ってますの」
私は悪役令嬢だけど、ビッチじゃない!!
ああ、前世の記憶がある私だって理想のファーストキスのシチュエーションがあったのに。なのに、なのに! ファーストキスの相手が女か男かよく分かんない奴だなんて……。
神様は悪役令嬢に対して、無慈悲過ぎる。
もう完全に現実逃避してるけれど、そんななかでもキスは続いておりまして。
何度も何度も唇を合わせるうちに息が苦しくなってきた。空気を求めて口を開くと、空気の代わりに何か生暖かいものが口に入ってくる。
「んぅっ!!」
ヒロインの舌が私の口内を蹂躙する。私の舌が逃げるように動くけれど、すぐに捕まって絡め取られる。
どのくらいキスしていたか分からない。
ヒロインが満足したのか唇をやっと離し、ヒロインが私の口から溢れた唾液を舐めとった。その瞬間、肺が空気を求めて呼吸をする。まるで運動をした後のように、息が荒い。
なんかもう、クタクタだ。肉体的にも精神的にも。
「詩音の初めては全部俺がもらうから」
ニヤリと口端を上げてヒロインは笑うと、ヒロインは私の制服のボタンに手をかける。
……ええっと、これは貞操の危機に直面してるんだろうか。
これは、あれだよね。今、コイツを殴っても正当防衛になるよね。
と、いうわけで。
ドゴッ
「っ!!」
女の私ですら惚れてしまいそうな、可愛らしい顔を力の限りぶん殴った。
そして、腕が緩んだ隙に脱出し、ダッシュで廊下に飛び出す。
……もしこれで、ヒロインが女の子だったら殴ったのは可哀想だったかも。
でも、そしたら、内面も外見もイケメンな攻略対象者達が助けてくれるよね!
あは。私、今日も悪役令嬢の使命全うしちゃったわ!
ルンルン気分で、しかし、足の速度はそのままに私は帰路についた。
だから私は知らない。
「――これから、よろしくね。詩音ちゃん」
一人教室に残されたヒロインが誰もが見惚れてしまうような、とろけるような笑みを浮かべて、そう呟いていたことを。