前編
<登場人物>
ロジーナ・・・師範魔術師。世界でも1,2を争う魔力の持ち主。
クレメンス・・・師範魔術師。ロジーナの師匠で夫。
ロジーナは帰宅すると、乱暴にバックをソファーの上に置いた。
クレメンスはその様子をチラリと見ながら、買ってきた荷物を置く。
ロジーナはクレメンスを押しのけるように荷物の前に立つと、黙々と袋の中の購入品を出しはじめた。
クレメンスは一瞬怪訝な顔をしたが、そのまま居間を出て台所へと向かった。
お茶を持ったクレメンスが居間に戻ると、ロジーナは自分のモノだけ並べて確認しているところだった。
クレメンスの荷物はしっかりと袋に入ったままだ。
袋の奥にあったロジーナのモノを出す際には、上のモノも出さなければ出せないはずだ。
その奥にあったモノもロジーナの前に並んでいる。
どうやらロジーナは一旦出したクレメンスのモノを、わざわざ袋の中に戻したようだ。
クレメンスはテーブルにお茶の入った湯呑を置いた。
ロジーナはまるで気づかないという風情で、購入品を確認している。
クレメンスは軽く首をかしげ、しばらくロジーナの様子を覗っていたが、おもむろに口を開いた。
「ロジーナ。先ほどから、何をそんなにカリカリしているのだ」
「カリカリしてなんかないわよ」
ロジーナはクレメンスの方を見ようともせず、早口でこたえた。
その様子に、クレメンスは思わず噴きだしそうになったが、ぐっとこらえた。
「怒っているではないか」
クレメンスは穏やかな声で指摘する。
「怒ってなんかないわよ」
ロジーナはきつい声を出す。
「ではなぜ私の方を見ない? 何か気に障るようなことをしたのか?」
ロジーナは口をへの字に曲げ、少々乱暴に購入品を並べ替えている。
どうやらクレメンスの質問に答えたくないようだ。
「ロジーナ。言ってくれなければわからない。私は何かお前の気に障るようなことでもしたのか?」
ロジーナは手に持った購入品を、投げつけるように置くと、キッとクレメンスを睨んだ。
「もうあのお店には行かないでちょうだい」
そう言うと頬を膨らませた。
怒りのせいか、黒い瞳がうるんでいる。
「あの店?」
クレメンスは首をひねった。
ロジーナの言っている意味がよくのみこめなかった。
「村のよろず屋よ!」
ロジーナは声を張りあげた。
クレメンスはさらに首をひねる。
村のよろず屋は、ちょっとしたモノを買いによく利用していた。
小さな村にある商店にしては、なかなか心憎い商品を取りそろえてある。
ロジーナも普段から便利に利用していたはずだ。
しかも、先ほどもロジーナと一緒に買い物してきたばかりだった。
そのよろず屋に行くなとはどういう意味なのだろうか。
クレメンスにはさっぱり見当もつかなかった。
ロジーナは真っ赤な顔をしてクレメンスをじっと睨んでいる。
怖いどころか、可愛いと思ってしまう自分を、クレメンスは叱咤した。
そんな寝ぼけたことを考えている場合ではない。
ロジーナは真剣に怒っているのだ。
なんとか手を打たなければ、ロジーナの怒りはさらにヒートアップするだろう。
あまり怒らせてしまっては、後々厄介だ。
「よろず屋で何か不当な扱いを受けたのか?」
ロジーナは無言で首を横に振った。
「では、なぜなのだ? 教えてくれ」
クレメンスは真剣なまなざしでロジーナを見つめた。
ロジーナはクレメンスから目を逸らすとポツリと言った。
「おかみさんよ」
「女将の態度が悪いのか?」
「違うわ」
「では、女将の何が気にくわないのだ?」
ロジーナはうつむき、両手の拳をギュッと握った。
「あの人、あなたに色目を使ってる」
耳まで真っ赤に染めながら、小さく震える声で言った。
「フッ。フフフフフ」
クレメンスは思わず笑い出した。
「ひどい。ひどいわ、笑うなんて」
ロジーナは目に涙をためながら抗議する。
「すまない。つい……」
クレメンスは笑いながら謝ると、ロジーナを抱き寄せた。
「もうあの店には行かない。それでいいだろ?」
ギュッと抱きしめながらロジーナの耳元でささやく。
ロジーナはクレメンスの腕の中でこくりと頷いた。
「それにしても、あの女将には感謝せねばならんな」
「え?」
ロジーナは顔をあげる。
「こんな風に、お前がやきもちを焼いてくれるなど、おそらく、はじめてではないかな」
クレメンスはそう言うと「フフフフフ」と嬉しそうに笑う。
「もう」
ロジーナはそう言うと、クレメンスの胸にコツンと軽く頭突きした。