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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

赤いサンダル

作者: 伽依

 パタパタパタ……


 暗闇に、一つの足音が響く。

 一人の少女が、夜の細い道の中を痛いくらいに必死に足を動かしている。

 その様は、歩いているというよりも足に身体を引っ張られているというほうがピッタリくる。赤いサンダルを履いたその足は、自分の意思では止まらない。まるでそんな風に感じられる。

 少女の目の前に踏切が現れる。

 途端に、少女の脳裏に嫌な未来が頭をよぎる。

 「やっ……嫌、いや、イヤ! お願い、止めて!」

 必死に叫ぶ少女の声に応えることなく、赤いサンダルは線路の中に入り込んだ。

 と、少女の顔色が変わる。

 「あ、れ……?」

 不意に軽くなった足に、少女は疑問を感じる。同時に安堵を感じ腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。

 足が自分の意思で動く。

 戻ってきた感覚に、少女は歓喜した。


 カンカンカン……


 耳に届いたのは、遮断機の警報音だった。

 早くしないと電車が来てしまう。少女は慌てて立ち上がった。

 まだうまく動かない身体を少女は奮い立たせてゆっくり踏切の外に足を向けた。

 どうやら最悪の自体には陥らなくてすむようだ。気を抜いた少女は、線路に躓いて転んでしまった。

 「う、痛い……」

 勢いよくアスファルトの道路に手と膝を打ち付ける。膝は恐らく擦りむいているだろう。早く家に帰って手当をしよう。

 少女は手に力を込めて身体を起こす。

 足を動かそうとして、感じる冷たい感触。その冷たさは、夜風で冷えた鉄とは全く違う冷たさだった。

 おそるおそる振り向いた少女の視線に入ってきたのは、二本の細く白い腕と半透明の血だらけになった、長い髪の顔は見えないものの、恐らく女性。

 女性の顔が動く。ズルリと髪が動いて女性の伽藍堂な瞳が少女に向けられる。

 「ミ、ツケタ……ワタシノ、ア……シ」

 「ぅ、ひっ……いやああぁぁああぁぁぁ!!」

 女性の口元が、うっすらと不気味な笑みを浮かべた。

 うるさいほど聞こえていた警報機の音が消える、女性の声が少女の耳にはっきりと届いた。

 「カエシテ」

 それには、酷く嬉しそうな明るい感情が篭っていた。

 瞬間、眩しい光と激しい音の波が少女を襲った。至近距離に近づくのは、大きな鉄の固まり。

 「えっ?」

 痛みは、一瞬だった。気が付いた時には、自分の足首から先が消えていた。

 「ワタシノアシ、ワタシノアシ」

 耳に届いたのは嬉しそうな女性の声。その声を最後に、少女は意識を手放した。


     *     *

 

 「これで一体何件目だろうね、足切り事件」

 「不気味だよね。一体誰が持って行くんだろう、足なんて」

 友人たちが語るのは、昨日起こったばかりの事件。

 最近、踏切や駅で足首から下を電車によって切断されるという事故が増えている。

 深那は友人二人の話す様子を机に頬杖をつきつつ耳を傾けていた。

 「ね、深那は知ってる?」

 「えっ……何?」

 友人の一人、陽乃に急に話を向けられて深那は慌てる。話を聞いていたとは言っても、しっかりと聞いていたわけではないからだ。

 「もー、聞いてるようでぼんやりしてるんだから」

 仕方ないなあ、ともう友人である優実は溜め息をつきながら、笑ってある噂を教えてくれた。


    *     *


 約一年くらい前に、この高校の近くの駅で人身事故があった。

 飛び込みではなくバランスを崩して落ちたらしいその女性は、電車に思い切り身体を撥ねられて身体のあちこちがバラバラに散らばったという。

 警察や遺族の懸命の捜査で、女性の身体や遺留品はほぼ集まった。だが、二本の足だけは見つからなかったという。

 女性はその時お気に入りの赤いサンダルを履いていた、未だに見つからぬ足をその赤いサンダルを目印にして女性は探している。赤いサンダルを履いている人を見つけると足首を切断して足を持って行ってしまうという。


     *     *


 「へぇ」

 件の駅は近くであるため、この高校の生徒もよく利用している。確かに一年程まえに女性の人身事故は起こっている。

 だが、足が見つかっていないことや当時赤いサンダルを履いていたということまでなぜ分かるのか。

 足切り事件は踏切りや駅でよく起こってはいるが、状況は全て事故だとされている。

 よく出来た噂だとは思う。だが、噂の域はでないだろう。

 「お化けの仕業なんて、馬鹿馬鹿しい。だいたい、そんなのただ未練タラタラなだけじゃない」

 「でも、踏切や駅で事故が起きてて足ばっかりが現場から消えてるのは事実だよ!」

 「被害者の子たちはショックなのか犯人については一切話さないの。でもね、一つのことだけ、ひたすら話すんだって【赤いサンダルを履いたらいけない】って。何度も、狂ったように繰り返し、繰り返し・・・・・・」

 優実と陽乃は意味深な様子で深那に話す。どうやら深那を怖がらせたいようだが、二人がどんなに怖がらせようとしてもそもそも幽霊など信じていない深那には意味もないことだった。


 ……それならば、こちらも付き合うまでだ。


 「じゃあ、明日の土曜日赤いサンダル履いてくるわ。お気に入りのやつがあるの」

 明日はこの友人たちと三人で映画に出かける約束をしていた。

 「映画の終わったあと、それで色んな踏切や駅に行ってみましょう」

 「……危なくない?」

 心配そうに見つめる友人二人に、深那は笑顔を向けて返した。

 「そんなもの、ただの噂に過ぎないって、わたしが証明してあげる」

 

 ……あぁ、幽霊だなんて、本当に馬鹿らしい。


 深那は二人にばれないよう、小さく呆れを込めため息をついた。


     *     *


 翌日。

 すがすがしいのどの青色。空には雲が多いものの、日の光を反射して真っ白く輝いている。

 程よい冷たさの風に心地よさを感じながら、深那は今日の集合場所へと向かう。

 深那は視線を下に向け、足下の赤いサンダルを見る。

 先週末、一目惚れして思わず購入してしまった新しいサンダル。

 このサンダルと出会ったのは、古着屋だった。普段は誰かの身につけた物など若干の潔癖な性格もあり買おうとも思わない。だが、このサンダルは別だった。

 店のショーウィンドウに飾られているこれを見た瞬間、強く思った――『欲しい』と。

 値段も千円程と大して高くもなく、購入を決断するのにそう時間はかからなかった。

 少しくすんだ赤色に、その上に二輪咲く白い花。シンプルながらも少し大人っぽいそのデザインに惹かれた。

 「きっと、あなたにぴったりよ」

 靴をレジに持って行ったとき、レジのおばあさんに言われた言葉を思い出す。

 新しい靴を履けたことのうれしさと、これからの友だちとの楽しい時間を想像して、思わず顔がほころぶ。

 「ほんとにぴったりの履き心地だわ」

 深那は軽い足取りで歩を進める。


 ――ミィツケタ……

 

 耳元に届く、ひどくしゃがれた不気味な女性の声。 

 「っ!」

 思わず振り向くが、そこには誰もいない。

 今歩いているのは、隠れる場所もない長い一本の道。

 「……空耳、か」

 誰もいないことを確認し、深那はそう結論づけることにした。

 「赤いサンダルを狙うお化けなんて、馬鹿馬鹿しい」

 不気味に思う気持ちを振り払うように、目を閉じ頭を左右に何度も振り、それから深那は再び足を進めた。

 しかし、先ほど聞こえた声は耳にねっとりとこびりついてなかなか離れなかった。


     *     *


 待ち合わせ場所に着く。

 陽乃はすでにきているが、優実の姿はまだない。

 「陽乃、お待たせ」

 「さっき着いたばっかりだし、待ってないよ」

 「ゆう……」

 「おはよう!」

 優実は? と声を発そうとしたところに、深那の耳に、元気な少女の声が届く。

 深那と陽乃は視線を同時に声の方に向ける。大きく手を振りながらこちらへと駆けてくる優実の姿が目に入った。 

 「遅いよー」

 「集合時間には間に合ってるよ!?」

 「大丈夫、私たちもさっき揃ったばっかりだよ」

 なんとなくからかいたくて深那の言った言葉に慌てたように時計を確認する優実。そんな深那と優実をおもしろそうに眺めながら、陽乃は言った。

 和やかな雰囲気に、深那の耳にこびりついていたあの不気味な声はもうなくなっていた。

 「じゃ、映画行こっか」

 陽乃の言葉に深那と優実はうなずき、三人は映画館へと向かった。

 

    *     *


 映画が終わり、映画館を後にする。

 これからどうしようかと話しながら歩いていると、陽乃が言った。

 「深那、それ昨日言ってたサンダル?」

 「そう! かわいいでしょ?」

 「ほんとだねー」 

 嬉しそうに見せると、優実がサンダルを見て同意を示した。

 「私も結構デザイン好みだな。ね、どこで買ったの?」

 「……内緒」

 優実に聞かれ、深那はそう返した。

 なんとなく、買った古着屋のことを教えたくはなかった。教えては、いけない気がした。

 「赤いサンダルは怖いんじゃなかったの?」

 「まあ、怖いけど……かわいいのには勝てないかな?」

 「なんだそりゃ」

 優実の言葉に呆れつつも、そんなきっぱりする彼女の性格に笑ってしまった。

 「じゃあ、約束通り赤いサンダルで踏み切り巡りでもしますか!」

 先ほどのやり取りで、昨日の話の緊張感はすでになくなっていた。三人は、笑い合いながら足を進めた。


     *     *


 「五つ目の踏切だね」

 「足が疲れた~」

 「いっぱい歩いたもんね」

 結局。あれから町中を歩き回り様々な踏み切りに向かったが、不気味な女性が現れることもなければ、何も怪奇現象が起こることもない。

 「これで分かったでしょ? やっぱり、ただの噂だったってこと」

 深那の言葉に二人は苦笑しながら応えた。

 「分からない間は信じれるけど、ただの都市伝説だって分かっちゃうと、ちょっと残念だね」

 「まぁ、なんだかんだ楽しかったからいっか」


 夕暮れ時で、青かった空や白かった雲もすでに濃いオレンジ色に染まっている。

 「明日は学校だし、今日は解散にしようか」

 その深那の言葉に、二人は同意の意を示し、三人はここで別れることになった。

 「じゃあね」

 「また明日」

 「帰り、一応気をつけてね」

 「もー、ただの噂だったでしょ?」

 別れ際の優実の言葉に、深那は笑いながら返した。 


 カンカンカン……


 ちょうど踏切が鳴りだし、棒が降りてくる。

 深那が家に帰るためには、この踏切を渡っていかなければいけない。

 踏切の音を聞きながら、深那は優実と陽乃の姿が見えなくなるまで見送った。

 「長いなぁ……」

 二人を見送ったあとも、まだ踏切が開く様子はないし、電車もなかなか通過しない。

 そんな深那の耳に、一人の女性の声が届いた。  「こんばんは」 

 振り向くと、そこには靴を購入した古着屋のおばあさんがいた。

 「その靴、とっても似合ってるわ。やっぱり、あなたの足にピッタリ……」

 「ありがとうございます」

 深那はおばあさんに笑いかける。踏切が上がるまでまだ時間はかかるだろう。様子を見るに、おばあさんもこちらに進むようだ。このままおばあさんの話に付き合うのもいいかもしれない。

 不意に、足に冷たい何かが当たる。それは、まるで何か掴まれているかの様な感触。

 「え……何……?」

 急なことに体が固まる。

 恐る恐る足元に視線を向け目に入った光景に、深那の全身にぶわぁと鳥肌が広がった。

 今自分の足を掴んでいるソレは、おそらく健康的な色であれば美しいであろう、細くしなやかで繊細な指。しかしソレは、青白く決して生きているモノの手ではない。

 錯覚ではなかった感触。

 肌から伝わってくる、冷たい温度。

 ドクドクと、自分の心臓が忙しく脈打つのを感じる。

 青白い手の先には、黒く長い髪の、女性の体が這いつくばっていた。

 ズルリ、と髪の毛が蠢く。

 「ひっ……!」


 ミ……ミミ……ミツケ、タ……アシ……アシ……


 這いずる女性の髪の間から除く口が、歯が、カタカタと激しく音を立てる。

 嬉しそうなその声は、今まで忘れていた――朝聞いたばかりの耳に纏わり付く不気味な声。

 「た、助けて……おばあさん!」

 おばあさんの存在を思い出し、深那はそちらへと助けを求める。

 「今度こそ、ひなちゃんの足が見つけた」

 振り返ったおばあさんは、歪んだ、しかしひどく嬉しそうな笑みを浮かべてそう言った。

 「ひな……ちゃん? 何言って……」

 「ひなちゃんはね、去年電車に轢かれて死んでしまったんだ。足だけが、どうしても見つからなくてね。そのサンダルは、その事故の時ひなちゃんの履いてた物なんだよ。履いていたはずの足はないのに、サンダルだけは見つかった。きっと、誰かが持って行ってしまったんだろうと思ってね。ずっと探していたんだよ、ひなちゃんの足を。ひなちゃんのサンダルが、ぴったりあう足を」

 おばあさんの言葉に、深那は昨日優実から聞いた事故の話を思い出した。

 足を探す事故で死んだ女の未練。


 これが……呪いのサンダル?

 

 「今までの足はみんなすぐ腐ってしまったが、きっとあなたの足は大丈夫……」

 おばあさんは、持っていた鞄から大きな包丁を取り出した。肉も、骨も絶つような大きな肉切り包丁。

 おばあさんの身体が、ゆらりと揺れながら鈍く光る刃とともに近づいてくる。

 「足を切っていたのは、おばあさん……?」

 足は手に捕まれているため、自由に動かない。逃げられないと思ったそのとき、ずるりと足が引きずられた。

 「どこへ行くんだい?」

 おばあさんが言葉を発する。まるで、深那の足を掴む女性が見えていないかのように。

 ずるり、ずるりと近づくのはまだ音を発している踏切。

 まさか、と足を掴む霊のしようとしていることに気がつき、深那の身体からサッと血の気が引く。

 「い、いや……!」

 サンダルを脱げば、と急いで手をサンダルに向ける。しかし、まるで接着剤で固定されているかのようにサンダルの紐は解けない。

 身体がだんだんと踏切に近づく。反対からは、おばあさんが包丁を持って近づいてくる。

 瞬間、ふと頭に浮かんだ。

 あの包丁で、この紐を切れないか、と。

 「こないで!」

 おばあさんの手元に狙いをつけ、持っていた肩掛け鞄を思い切り振り回す。

 「あっ!」

 予想通りに当たらなかった物の、急な反撃に驚いたのかおばあさんは包丁を手放す。

 少し離れた位置に落ちた包丁に向けて、必死に手を伸ばす。

 踏切までは、あと少し。

 手に持った包丁で、サンダルの紐を切る。

 どうしても外れなかった紐は、あっさりと切れた。いい切れ味なのだろう。これで足を切断される光景を考えると、ぞっとする。

 「や、やめてくれ! あの子を、切らないでくれ!」

 おばあさんは焦った様子で叫ぶ。しかし、その声に耳を貸す余裕などない。急いで二つ目のサンダルの紐を切る。

 と、足から手が離れる。

 「こんな物!」

 思い切り、踏切に向かって赤いサンダルを放り投げた。

 助かった、と思った次の瞬間――目の前を誰かが駆け抜けて踏切に侵入する。

 「ひなちゃん!」

 「おばあさん!」

 深那の叫ぶ声は、うるさい警報音とひどく不快な金切り音にかき消された。

 ぴしゃり、と深那の身体や地面に何かが飛んでくる。

 ゆっくりと停止する大きな車体。

 地面に、自分にかかった液体は夕陽で染まった空よりも、なおもまがまがしい赤色をしていた。

 その液体が何かを、そして何が起こったのかを認識し、深那は意識を失った。


     *     *


 あれから、深那は病院のベッドの上で意識を取り戻した。

 深那自体には怪我はなく、その日のうちに退院となった。それからは色々と慌ただしかった。

 おばあさんのこと、現場に落ちていた包丁のこと……様々なことを警察に事情聴取された。

 おばあさんの家では、様々な切断された女性の足と、足のないマネキンが見つかったという。おばあさんは赤いサンダルで噂になっている一年前の電車事故で死んでしまった女性の祖母で、赤いサンダルを履く女性を見つけては、足を切っていた。そして、切り取った足をマネキンにつけては腐ったら付け替えていたようだ。

 退院してからも、事件のショックは抜けず、深那は一週間を自宅で過ごすことになっていた。

 自室の机に向かい遅れないように勉強をする。そうでもしないと、事件のことから思考をそらせないからだ。

 勉強しながら、ぼんやりと警察から聞いた二つの奇妙なことが頭に浮かぶ。

 おばあさんの家から発見された足は、被害者の数の半分ほどであったこと。

 そして、踏切からは赤いサンダルなど発見されなかったということ。

 一体どういうことなのだろうか?

 今まで信じていなかった不思議な現象も、こんな体験をした今となっては何でも信じられる気がする。

 例えば、足切り事件は確かにおばあさんの仕業だったかもしれないが、発見されなかったもう半分は本当に噂通りに電車事故で死んだ女性の霊の仕業かもしれない。

 そんな推測が、あれからずっと深那の頭の中を占めている。


 ピリリリリ……!


 突如、静かだった室内に携帯の着信音が鳴り響く。怖い想像をしていたために、思わずビクッと身体が震える。

 「誰……優実、か」

 画面に表示された優実の文字を見て、安堵の息をつく。

 優実も陽乃も、深那のことを心配して毎日のように電話をするか家まで訪ねてきてくれる。

 滑らかに指が動き、電話を受け取る。受話器からは、優実の声が聞こえてきた。

 「もっしもーし、深那?」

 「優実、どうしたの?」

 「今から深那の家行こうと思うんだけど、大丈夫? あ、陽乃はちょっと用事あるからって来れないんだって」

 「うん、大丈夫だよ。待ってる」

 元気のよい優実の声に、深那の心が落ち着く。


 ――ワタシノ、アシ……


 不意に、あの声が聞こえた。

 受話器の、向こう側から。

 優実の話す声に混じって、不気味な声は聞こえ続ける。

 「ミツケタ、ミツケタ……!」

 「ひなちゃん、今度は私もテツダウヨ」

 二人分の、あの、おばあさんの声。

 「ゆ、優実……今、赤いサンダル、履いてない?」

 声が震える。優実の返答が、深那の耳に届いた。

 「えっ? 何で分かるの? 実はさ、こないだ深那の履いてたのと同じサンダル見つけたんだ。お揃いだよ、って見せてびっくりさせようと思ったのに~。もしかして、陽乃から聞いた?」

 「脱いで! 今すぐに! それ履いてちゃだめだよ!」

 必死な深那の声に、優実の驚いたような様子が受話器越しに伝わってくる。

 「で、でも今靴他に持ってないし……それに、足切り事件の犯人は死んだおばあさんだったんでしょ?」

 戸惑ったような優実の声が聞こえる。優実は足切り事件の犯人については知っているものの、サンダルが見つかってないことやすべての切り取られた足が見つかってないことは知らない。 

 ホームでのアナウンスの声が聞こえる。

 「優実……今、どこいるの?」

 「どこって駅だけど。あ、そろそろ電車がくるみたい。一回切る……え?」

 優実の言葉が止まる。

 「どうしたの? 優実?」

 「足が、動かない……ひっ! 手が……た、助けて……助けっ……!」

 焦ったような声と共に、カシャンと落下音が聞こえる。

 「いやあぁぁぁぁ!」

 車輪と鉄の強くこすれる音と共に、優実の悲鳴が聞こえ、電話は切れた。


    *     *


 「ねぇ、見て! 新しいサンダル買ったの、かわいいでしょ?」

 「ほんとだ~」

 「この赤い色に白い花ってとこと、大人っぽいデザインに一目惚れしちゃってね。思わず買っちゃった」

 

 ――カエシテ、ワタシノアシ……

  

 「……ん? なんか言った?」

 「何にも言ってないよ? それより、はやくしないと電車きちゃうよ!」

 二人の少女は、楽しそうな声をあげながら、駆け足で駅へと消えていった。


赤いサンダル【Fin】

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