一話
…歌について無知な私は調べ調べでやっております…。
「迷惑をかけた詫びだ。茶でも御馳走しよう。」
自分でも支離滅裂なことを言っていると思った。
「…き、聞きたいこともあるしな…」
確かにあった。この娘の名前も聞いてない。何故歌っているのかも分からない。
「…大変申し上げにくいのですが、私には仕事が残っています。この宮に来てばかりの私が仕事をサボり、説教をされてしまいます。申し訳ありませんがまたの機会にしていただけませんか?」
…コイツ…またか?そこは頬を赤らめて「少しなら…」とスリよってくるだろう…なんだコイツの淡々とした口調は…
ムスクは自分のことを知っている。長身でガタイが良く、切れ目、整った顔立ちをしているだけでも女は寄ってくる。(実際女に困ったことはない)その上男のステータスである職務だってそこら辺の男とは比べ物にならないだろう。腕っぷしだって自信がある。おまけに王とも面識がある。それなのに、今目の前に居る可愛らしい少女はそんな男の誘いをキッパリとバッサリと断った。
それは歳が幼すぎる故だと思っても少々悔しかった。
「………公爵であり、お前たちが仕えるべき相手の誘いを無下にして俺の機嫌を損ねても良いのか?」
もともと低い声をもうワントーン落とし、
小さい(彼から見たら)少女を鋭い眼光で見据えた。
あくまで強要はしないという風だが、遠回しに「断ったらどうなると思う?」と脅していた。職権乱用である。
「…申し訳ありませんでした。」深々と首を垂れる娘。
「詫びはいい。一緒に茶にするぞ。」傲慢に言うムスク。
ドアの前の少女の手を掴み部屋へ連れ込んだ。
少女はチラと時計を見た。
時計はもう3時を指していた。
あと30分ほどでお暇しないと怒られてしまう…
メイドである自分が公爵様にお茶を淹れさせるなど言語道断なのでお茶は彼女が淹れた。
「「…………」」
ムスクの思考が停止した。
俺は茶の好みを言ってはいない…
それなのに出された紅茶は彼好みの後味に少し渋みのある砂糖入り激甘紅茶で少し驚いた。(顔には出ないが)
この歳で宮で働けるのだ。かなり優秀なのだろうとムスクは黙っていたが、ここまでとはと感心した。
「おい、メイド」呼び名に困った。
「はい。なんでございますか?」
お茶を淹れた当の本人はソファーには座っているが仕事なのでとお茶は飲まなかった。
「何故、この茶なんだ?…これも教えられたのか?」
「いえ。教育はされていません。前に公爵様の部屋へ掃除をしに来た時に砂糖が置いてあったもので…お気に召しませんでしたか?」
「いや…とても好みだ。」
「身に余る光栄でございます。」
コイツのしゃべり方…少しばかり硬すぎないか?
「…しかし、砂糖位どこにでもおいてあるだろう」
「はい。しかし、毎日取り換えているはずの砂糖の減りがとても早かったのでそうだと思いました。」
「少し渋みが出ていたのは?」
「あ、申し訳ありません。渋みが出ていましたか?以後気を付けます。」
…たんなる偶然か…
「いや、あのままでいい。」
「わかりました。」
「「…………」」
沈黙。
少女はおとなしくムスクの真ん前のソファーに座ってはいるが彼から話さない限り少女は決してしゃべらない。
「お前の主人は?」
「いません。全体に仕えるしがないメイドです。」
可愛らしいがどこか淡々としていて大人びている。
「好きな食べ物は?」
「鶏肉が好物です。」
「いい天気だな。」
「そうですね。」
…なんだこれは…面接試験か?いや…気まずい見合いみたいだな…
ムスクは良い質問を思いついた。
「好きなことはなんだ?」
「!!」
眼を見開いて恥ずかしそうに言った。
「…う、…歌…です。」
「好きな歌はなんだ?」
「!!」
微かに目が煌めいた。
「す、好きな。歌…。」
鉄仮面のようだった彼女の顔が緩んだ。
…可愛い
「う、歌は。何でも好きです…甲乙は、つけられません…。」
「お前の歌は美しく聞くものを安らげるよな。…俺もその一人だ。」
「!!!も、もったいなきお言葉…感激の極みでございます…」
きっと本当に思っているのだろう白い頬はバラ色に、口元には無自覚に笑みが広がっていた。
ムスクはもっといいことを思いついた。
「ここで、歌ってはくれないか?」
「!!!」
毎日聞いてはいたが、姿を見たのは今日が初めてで歌っているところを見たことはなかった。
「よ、よいのですか?」
「ああ、というか歌え。命令だ。」
「で、では、お言葉に甘えて…」
歌い始めたのは典礼聖歌集391番
…少し今日は切ないな…
しかし、頬はずっと赤く身振り手振りをつけていた。そして、自分では気づいていないのであろう。とても自然に微笑んでいた。
美しい…ずっと…見ていたい…聞いていたい…
しかし、安らかなときはすぐに終わってしまった。ピタリと歌をやめる娘。
時計が3時半を指したのだ。
「誠に申し訳ありませんがお時間ですので、退室させていただきます。」
「!!まだ、いいじゃないか!もう少しだけ…」
自分でも何故こんなにも彼女にかまうのかわかっていなかった。
彼女は眉間にしわを寄せ
「誠に名残惜しいです…こんなにも気分よく歌っていたのに…」とだけ言った。
「…なら、また来て歌えばいい。」
「…え?」
「午後2時から3時の時間は…というか、基本自室にいる。歌いたくなったらまた来い。」
「結構です。」
…コイツ
「ここは部屋の中です。他の人に迷惑がかかります。」
「…なら、庭で歌っていてくれ。俺は、…見に行く…」
絶対毎日行く。会って話そう。
クスリと彼女は笑った。
「当たり前です。一日一曲は私の日課ですので。」
あれ日課だったのか…。
「では、失礼いたします。」
「まて。」
…早くしてほしい
「名前を聞いていない。俺は、お前のふ、ファンになった。だから自分の星の名前を知らないとダメだ。」
「!!!」
めちゃくちゃなことは自分でもわかっていた。しかし、こじ付けでもしない限り彼女は言わないだろう…。
「……ローナです。公爵様。以後、お見知りおきを…」深々とお辞儀をする。
「また、明日…ローナ…」
「では、失礼いたします。」
ローナは終始堅苦しい敬語のままだった。
やっと、名前を出せましたね…。