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A-2 ビスケットとハンバーガー

第一話、対人恐怖症の子の続きです。

ひとつ前に割り込み投稿しています。ご注意ください。

「や、やあリーシュ」

 まだぎこちないながらも俺は努めて親しげに声をかける。

 相手は小さな商店を営むNPCの娘。

「こんにちわ! コーランドさん」

 娘は嬉しそうな笑顔を浮かべ、今日は何の御用ですか? と尋ねてくる。

 思えば、NPC相手とはいえ俺のコミュ力も随分向上したものだ……。

 ふと<大災害>直後のことを思い出す。



 ……味のないサンドイッチに落胆しながら眠りについた俺は目を覚ますと、外はもう昼頃のようだった。

 毛布代わりの外套から抜け出ると、俺は落ち着いた頭でさし当たっての問題と対処を考えた。

 まず、食料の調達。

 この世界では餓死しても復活するのではないかと思われるが、避けられるのにあえて死ぬ必要はないし、経験点だって無駄になる。

 問題は味がないことと調達に店員との会話が必要なこと。

 前者はともかく、後者は深刻だ。

 フィールドで採取するという手もあるが、多数のプレイヤーがここ、<アキバの街>を根城にしている以上、採取になんの技能も必要としないものは近場からは遠くないうちになくなるだろう。

 それこそ、人里離れた隠遁生活でもしない限り、現実的ではない。

 そういった生活をするにしろ、もう一つの問題により気は進まない。

 二つ目、寝床の問題。

 一晩固く冷たい床で寝ると、体はガチガチに固まっていた。

 いくらこの体が高性能だとはいえ、あまり続けたくはない。

 最初は様々なショックが勝っていたが、多少なりとも慣れてくるとやはり柔らかいベッドが恋しくなる。

 ただ、ここでも問題となるのは宿屋の店員との会話が必須なこと。

 ……そう、つまり両方俺が勇気をだせば済む話なのだ。

 すぅ、と息を吸って声を出してみる。

 まずは「あー」と言うだけ。

 本当に声を出すだけ。

「…………ぁ」

 今にも消えてしまいそうなかすれ声を出すと、俺は固い床を殴りつけた。

 俺は何度も床を殴りつけたが、痛くもならない拳に虚しさを覚え、深呼吸する。

 ここでは俺は一人。

 床や壁を蹴りつければ親が察して動いてくれることもない。

 自分から動かない限り、誰も助けてくれない世界。

 数度深呼吸を繰り返すと、腹筋に力をいれ、絞り出すように声を出す。

「ぁー」

 大丈夫、さっきよりはいい。

 そう自分に言い聞かせ、久しぶりに聞いた自分の声に違和感を覚えながらも練習をしていくのだった。

 五十音が全部出せたら、外へ出よう。

 NPC相手に会話さえできれば当面の問題は解消される。

 人間相手はまだ無理でも、人形相手なら、と自分に言い聞かせて二音目に挑んだ。



 外にでる頃には昼時もとうに過ぎ、人も少ないだろうと思って一歩を踏み出した。

 相変わらずフードを目深にかぶったままではあるが、ひとつ大きな壁を越えたように感じられる。

 十分も歩くと大地人の娘が店番をする小さな店に行き着いた。

 店構えから察するに、食料品や雑貨類を置いていたのだと思われるが、棚の商品は売り切れと在庫が不自然なほど極端に分かれていた。

 棚の一角は綺麗に売り切れているのに、その他の食料品やポーション等の消耗品類はだだ余り。

 何が売り切れていたのかは気になったが、知ったところでどうしようもない、と思い直してカウンターの向こうにたつ店員の少女を向く。

 フードの下から様子をうかがうと、こちらのことを不思議そうに、もしくは訝るように様子を伺っていた。

 思わず身が竦んでしまう。

 怯えているのだ。

 レベル90の<冒険者>が、レベルにして10にも満たない<大地人>に。

 それでもここで逃げてしまえば、これからも逃げ続けるしかなくなる、と自分に言い聞かせて声を絞り出す。

「……これ、くだ……ぃ」

 余りまくっている商品の一つ、ビスケットか乾パンのようなものを指さした。

 すると少女は驚いた顔をして棚から商品を取り出す。

「こ、こちらですね?」

 こくり、と頷く。

 小さい、掠れた声であったが通じたことでほんの少し落ち着き、忘れていたことを思い出した。

「ぁ、十袋……おねが……ます」

 どうせ味がないのならばと買いだめしておくつもりであったのだ。

 すると少女は驚きを通り越して焦ったほどになり、聞き返してくる。

「え? え? 十袋……ですか?」

 またもこくり、と頷くと嬉しそうにさらに九袋の商品を取り出し、カウンターに並べる。

「えと、金貨20枚になります!」

 俺は懐から20枚の金貨を取り出すとカウンターに並べた。

 少女は一枚一枚数えると、はい確かに! と答える。

 それを聞いて俺は袋をふたつみっつまとめて掴むとそのままマジックバッグに突っ込み、無言で店を後にした。

「あ、ありがとうございました!」

 後ろでは少女が頭を深く下げていた。

 俺はバクバクとうるさい心臓を鎮めるように深呼吸しながら歩くと、人気のない公園につくと手頃な瓦礫に腰掛け、鞄から買ったばかりのビスケットを取り出して一つ口に入れる。

 歯ごたえも味もなかったが、ひどくお腹に染み込むように感じた。



 その後は大地人の経営する適当な宿屋を見つけて一ヶ月ほど先払いで部屋を借りた。

 あれほど怖がっていたことも、一度出来てしまえば二回目は随分と楽になるものだ。

 ……まだ人間には気後れしているが。

 そして徐々に狩りの難易度を上げつつ、何日かに一度あの少女(メニューで名前を確認するとリーシュといった)の店でビスケットを買いだめする生活を続けた。

 俺は何度も通ううちに慣れ始め、ちょっとした会話もするようになった。

 というのも、やけに会話パターンが多いと感じたので、もしかしたら何らかのクエストの起点となるNPCなのではないか? と思ったためだ。


「最初にこのビスケットを十個も買ってくれたときは驚きました! 他の所ではもっと安く、たくさん食べ物を売ってますから……」

「ここは立地もよくないし品ぞろえもよくないし……」

「と、ともかく! 贔屓にしてもらってありがとうございましゅ!」


 ……みたいな感じで。

 話を聞くとどうやら病気がちの父がいるようで、これがクエスト開始のイベントか? と思って手持ちの回復薬を譲ったりした。

 のだが、時々店にその親父さんが立つようになったくらいで、イベントらしいイベントも起こらず。


 そんなこんなしているうちにはや一ヶ月が過ぎてしまって今に至る。

 俺が親父さんが居るときに店を訪れても、リーシュをすぐ呼んでくれるのでキーNPCであること自体は確かだと思うのだが……。

 訪れる回数が足りないのだろうか? まだ起こしてないイベントがあるのだろうか?

 お馴染みのビスケットを受け取りながらそう考えて、リーシュについて探りを入れるようにして会話をする。

「リ、リーシュは何か好きなものとかないかい?」

 それを訊いた大地人の娘は誤魔化しにだろうか、困ったようにも取れるにへらっとした笑みを浮かべる。

「んー、いまはそんなに余裕がないんですよー。 あ、お父さんが良くなったし、ポーション類もぼちぼち売れるようになってきたのでよくはなってるんですけどね」

 相変わらず食べ物はだだ余りですが、と付け足しながら。

「そう……じゃあ、興味があるものとかは?」

「そうですねー……今話題の<軽食喫茶クレセントムーン>とか、ですかね。 高いですけど、手が出ないほどじゃありませんし一度くらいは!

 友達に自慢されてちょっと悔しいってだけなんですけど!」

 そして照れ隠しのようにえへへ、と笑う。

 しかし俺はこれだ、と思った。

 これがクエストを進めるキーなのだ、と。


 <軽食喫茶クレセントムーン>の屋台の近くで聞き耳を立てていると、この店は他のプレイヤーが経営する店で、ここ数日「味のある料理」で多大な利益を挙げていることがわかった。

 おそらく、このクエストは味のある料理の発見まで含めたものなのだ。

 しかし、クエストに必要なキーアイテムをクエストで想定されたイベントでなく他のプレイヤーからの購入によって手に入れることは、このエルダーテイルではままあること。

 だから俺がキーアイテムを金で手に入れたとして何の問題もないのだ。

 俺は内心ほくそ笑みながらと「クレセントムーン」の屋台に並び、二人分の食事を入手した。

 一食分にしてはひどく割高だし、店の前を大きく陣取る行列にも辟易としたが、クエストの報酬は基本的に手間や時間ががかかればかかるほどその報酬も大きい。 これだけの暴利でありながら飛ぶように売れる、つまりはそれだけの価値があるものがキーアイテムならばクエストの報酬はどれだけ貴重なものだろうか。

 注文だけは少し緊張したもののメニューを指さして数を伝えるだけだ。

 一度思い出してしまえば声も自然に出せるようになるもので、やはりNPCとの練習が功を奏しているのだと思う。

 リーシュの店へ向かう途中でギルド会館のあたりが騒がしかったので遠巻きに様子をうかがう。

 ボロボロの低レベルプレイヤー達と武装した少数の高レベルプレイヤー……?

 ギルド同士の抗争だろうか。 戦闘禁止ゾーンである街中で?

 ともかく、厄介事に首を突っ込む必要もない。

 首を突っ込んだ結果クエストの報酬をかすめ取られることも考えられる。

 俺はそそくさとその場を後にした。

 ……しかし、今日はなにやら街全体が騒がしい。

 リーシュの店が見える辺り、つまりかなり街の中心から離れた所まで来たにも関わらず興奮しながら話しているプレイヤーたちがいる。

 もしかして、さっきの抗争に関わる話か?

 街中を騒がせるほど大きな事件なら俺も巻き込まれるかも……。

 俺は心持ち足を遅らせ、立ち話するプレイヤー達の会話に聞き耳を立てる。

 ほぼ同時にリーシュが現れ、話しかけてくる。

「あやや、コーランドさん? 二日連続で来るなんて珍しいですね」

 俺は生返事をしながらも意識はプレイヤー達の方へ傾ける。

 ほう、<付与術士>のシロエがまた何かやらかしたのか……。 懐かしい名前だな。

「あ、私はあれです、仕入れですよ。 最近食べ物以外はぼちぼち売れていきますから。 街もまだちょっとぎすぎすしてますけど、活気が出てきましたよね」

 ギルド会館の購入だと!? 大手ギルドを集めての会議成立に悪徳ギルド潰し……。

 <茶会>の頃とは違った方向にとんでもないことやらかしてやがる……。

「あ、その袋……もしかして<クレセントムーン>ですか? それも二つ……。 も、もしかして。 わたし、期待しちゃっていいんでしょうかっ」

 なに? 会議で採択された不可解な取り決め?

 ……大地人の人権を認めるべき? NPCじゃなく、れっきとした人間だって?

 それじゃもしかして俺のいまやってるクエストはクエストじゃなく……。

 ふと我に返って目の前を見ると今の今までただの人形だと思いこんでいたNPC、いや<大地人>の娘、リーシュがにこにことしながら立っていた。

 その目は俺の持つ袋に釘付けであったが、一度相手を人間だと思うとそういう所も妙に人間らしく感じられる。

「? どうしました?」

 固まったまま動かない俺に向かって首を傾げるリーシュ。

「ぁ……う……」

 相手が人間だと思うと妙に緊張する。

 視線を泳がせながら棒立ちになっているとリーシュがまたにへらっとした笑みを浮かべた。

 ……なんかどうでもよくなってきた。

 人が本気で悩んでいたのに脳天気そうに。

「うん、リーシュのぶんも買ってきたんだ。 一緒に食べよう。 ……あ、親父さんのぶん買ってこなかったな」

 キーアイテムだから一人分あればいいと思っていたが、おみやげだとするならリーシュの分だけなのは少し失礼か。

「いえいえ! 父さんのぶんはいいんですよ! お気遣い無く!」

 確かにあの優しそうな親父さんならなんだかんだと遠慮しそうな気もする。

 ……まあいい、美味しいものも今後はたくさん流通するようになるだろう。

「たぶん、これからは美味しいものがたくさん出てくるから、リーシュも負けずにがんばってくれ。 これはそのための投資ってことで」

 気が抜けたら、冗談を言う余裕も出てきた。

「へ?! そ、それって……。 い、言っておきますけどわたし料理とかしたことありませんからね! 期待しないでくださいね!」

 リーシュが照れた理由はよくわからなかったが、とても楽しくなってきて笑ってしまった。

 笑ったのはいつぶりだったろうか。 人をからかったり冗談を言い合うのはこんなに楽しいものだったか。

 俺は笑いをかみ殺しながらリーシュの店の奥へ通してもらい、二人それぞれ椅子に腰を下ろした。

 手に持つ袋からは懐かしい匂いが上がり、食欲をそそる。

 久しぶりの誰かとのご飯はさぞ美味しいことだろう。

 少なくとも、あの湿気たビスケットよりは。

 自分で作った壁なんて案外脆いものだ、みたいな話。

 アニメだと大地人を普通の人間として扱ってましたが、ただの人形だと思ってた人もそこそこ居たのではないかと思います。

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