そのひぐらし
誰もいない店のカウンターで一人頬杖をつく。
何度目かわからないため息を漏らし、味気なさを誤魔化そうと過剰に塩がかけられている餌(と、俺は呼んでいる食い物)をかじっては水で流し込む。
飯もまずいし街は活気がない。 聞くところによれば、街の外でも縄張り争いが起こっているという。 モンスターが怖くて街から出られない俺にとっては関係のない話でもあるが。
しかしまあ、<大災害>に娘の茉莉が巻き込まれなかったのは不幸中の幸いか。
町から出なければ安全だ、とはいえ殺し殺されが当たり前の世界に娘を連れてくるなんて。 町中で武器を持って歩く子供たちを見る度に、背筋が凍る思いをしているくらいなのに。
餌の最後の一口を口の中に放り込み、指先についた塩を舐めると嫁の飯が恋しくなる。 いや、嫁の飯なんて贅沢は言わない。 コンビニ弁当くらいのものが十分ごちそうだったと今では思う。
……まあ、嫁の飯もコンビニ弁当と比べて格別うまいわけでもなかったが。 帰ることが出来たら、あの薄味の味噌汁を飲みながら嫁に感謝を伝えよう、と決心する。
向こうはどうなっているのだろうか……。
単身赴任していた俺がいなくなっても、貯金を切り崩せばしばらくは大丈夫だと思うが……。 結婚してからもつくづく紀香には苦労をかける。 そういう意味でも、茉莉が巻き込まれなくてよかった。 あれでいて、紀香には寂しがりな所があるから。
……が、今悩むべき目先の問題はもっと別。
思考が一周すると一際大きくため息をついてカウンターに突っ伏す。
生活費、どうしよう。
現状を説明するためにまず、ゲーム時代の俺の生活を紹介しよう。
俺は<守護戦士>とサブ職に<鍛冶屋>を持ち、仲間と自給自足しながら生産職と戦闘系冒険者の合いの子みたいなプレイスタイルだった。
もともとは単身赴任でほとんど顔を合わせなくなってしまう娘と定期的に話す口実が欲しくて始めたゲームであったから、そろそろプレイ歴も一年に達するがレベルは60かそこらで止まっている。
<鍛冶屋>を取得したのは自分に加え<施療神官>である茉莉の装備を調達できるほか、普段はプレイ時間帯が合わなくても話の種にしやすいからだ。
……そうでもなければ、娘と何を話していいかもわからない、なんてのもないとは言わない。
俺たちは年齢もプレイ時間帯もばらばらな、全員が集まれるのは毎週土曜の夜だけというギルドですらない集団でよく遊んでいたのだが、新しい装備を作って誰々とどんなモンスターを倒した素材で作ったんだだとか、これこれこういう装備を作りたいから今日はあそこのダンジョンまで行ってみよう、とかいった話をしやすかったのだ。
そんな仲間達はプレイ時間帯の関係で<大災害>には巻き込まれず、俺一人なわけだが。
自給自足をモットーとした集団の都合上、仲間内で主立った生産職を網羅し、ついにはお金を出し合って共同販売所を購入するに至った。
それが、俺がいまいる、ここ。 一応所有者名義は俺になっているが、仲間内で余らせたアイテムをさながら無人販売所のごとく置いてあるだけの施設だ。
アイテムは余らせたものの上に素材もほとんど自前調達だったこともあり、格安で販売できたため売り上げはそこそこ。 そのままマーケットに流すよりは手数料ぶんとゾーンの維持費を比べて、こっちのほうが多少儲かるかな、くらい。
そんな感じでのんびり遊んでいたのがゲーム時代。
そして今の状況を説明しよう。
まず、現金資産がほぼない。 生活費にして、一ヶ月ぶんと少しくらい。
もともと、金属系の装備とはお金がかかるものなのだ。 買うのはもちろん、維持費も素材も。
そして、装備を作るとなれば単一素材で作れるものはあまりない。
ゲーム時代は、大量に必要となり使い回しが効く素材A――例えば鉱石類――を自前で調達、付随して必要となる素材B――モンスター素材等――は余らせても使い道がないので必要数をマーケットで購入、みたいにしていたので、資産のほとんどは素材もしくはその加工品なのだ。
そして<大災害>後、それらの需要は急激に落ち込んだ。
要因はいろいろあるが……大まかに説明してみようか。 現実逃避に。
ひとつ。 戦闘が現実のものとなったことで生産職に転向、あるいは専門になったプレイヤーの増大。
これは単純に装備や消耗品を含めたアイテムを消費する消費者が減ったとも言えるし、供給が増えたとも言える。
この結果生まれた、生産職のレベル上げをしようとする層によって、アキバの街のアイテム相場が崩れ始める。
一般的には素材アイテムは高く、完成品は低く。
ものによっては加工することでもとより価値が下がる、なんてのもあるほどだ。
ただこれもレベル帯によって話が変わる。
ふたつ。 生産職のマゾさ。
だいたい、レベル30くらいまでの低レベル層では素材の供給があることにより需要と供給のバランスはどうにかとれている。
しかしそれより上となると素材を買ってサブ職のレベル上げをしようとする行為は赤字を生み出す行為にしかならない。
鎧を数十セット単位で製作してようやくレベルがひとつ上がるくらいだ、この状況でサブ職のレベルを上げようとする奴は揃って大手生産ギルドに吸収されてしまっている。
大手は蓄えてある素材アイテムを放出してメンバーの生産レベルを上げて過ごし、相場が高くなっている素材アイテムには見向きもしない。
そんな力業も大手だからできることだ。
これが素材アイテムの売れない理由。
みっつ。 多くのプレイヤーがまだ様子見段階であること。
……装備を新調するのはどんなタイミングだろうか?
新しいダンジョンに挑むので相性を考えて、だとかレイドをクリアして懐が暖かいので、だとか。 そのどちらも、今のままでは勝てない相手と戦うことを想定した準備である。
では現状はというと、ほとんどの者が自分よりはるかにレベルの低い相手で戦闘訓練を積んでいる段階だ。
たとえ訓練で苦戦したとしても、連携を高めようとはしても装備を新調しようとはしないだろう。 現状、十分すぎるほどの性能なのだから。
結果として装備品についても需要が生き残っているのは低レベル層のみとなる。
そして、初心者を卒業して久しい私の在庫にその層に扱える装備はない。 昔はあったが、ゲーム時代のうちに売り切れてしまった。
これが、装備品が売れない理由。
……暇つぶしに長々と並べ立ててみたが、要は金がない、ということだけわかってもらえればいい。
現状に困窮する者は何かに責を負わせたくていろいろ考えるものなのだ。
取れる手段はある。 在庫を格安で投げ売りするなり、あるいは大手のギルドに入って保護してもらうなり。
戦闘
現状どちらもしないのは単に感傷的な理由である。 手段を選り好みしているとも言える。
仲間と勝ち取った素材らは出来るだけ手放したくないし、手放すならばせめて正当な対価と引き替えることがせめてもの矜持だ、とか。
今まで無所属でやってきたのにここに来て大手に吸収されるのは、仲間達に対する裏切りのように感じられてしまう、だとか。
一ヶ月あれば取りたくない手段を取るまでもなく、状況が変わるだろう、と楽観しているのだ。
その展望が当たるのか当たらないのかはまだわからない。
そんな風に腐っていると入り口に影が差し、珍しく自分以外が店の敷居を跨いだ。
「いらっしゃいませ!」
ふとドラマのワンシーンが頭を過ぎり、お客ではなく地上げ屋だったらどうしよう、と思ったがこの世界ではそんな心配はない。
数日ぶりのお客、俺の前に姿を現したのは小学校半ばくらいの男の子だった。 物珍しそうにきょろきょろとしている。
真っ先に見えた髪は、ここ数週間で見慣れたけばけばしい色に比べると随分優しい赤みがかった茶髪。
装備は随分と貧相……というかただの服だが、まあ街中ならこんなものだろうか。 最後に目に入った顔は、多少煤けているが十分男前といってよい。 活発そうな西洋系の顔立ちで、幼さが残るがヘーゼルの瞳と相まって、意志の強さを感じる。
エルダー・テイルは平均年齢はそこそこ高かったが、別に学生、それこそ小学生のプレイヤーでもいないわけではなかった。
現に俺より強くて若いプレイヤーなどいくらでもいるのだし、若いからといって弱いわけでもない。 せいぜい俺の生活費の糧になってもらおう。
「……武器が、ほしいんだ」
萎縮しながらもこちらの目を正面から見据え、少年は勇気を出すように一拍おいてから口を開く。
「どんなものをお探しで?」
そう言って尋ねながらステータスを確認しようと意識を集中させる。
この世界には数え切れないほどの装備があるが、レベル帯や職業、スキル構成などからだいたいのところを見繕うことが出来る。
ステータス画面で確認できるのは前者二つだけだが、目安くらいはつけられるだろう。 あとは話を聞きながら武器に求める役割やら予算やらから候補を絞っていけばいいのだ。
そう思った、のだが……。
「……ん?」
ステータス画面を開いた俺は思わず首を傾げ、いぶかしむ。
その原因は表示されたレベルと職業。
名前:ロイミア レベル:3 メイン職業:二級市民。
「……|<大地人>《NPC》か」
名乗ってもいないのに指摘された少年はびくり、と体を震わせる。
けれど<冒険者>は他人の名前と力量を看破する術を持っていると知っていたからなのか、すぐに気を落ち着けるとなおも強いまなざしでこちらを見据える。
「お金は、はらうから」
「そうは言ってもなあ……」
問題はいろいろある。
言わずもがな、この少年に代金が払えないだろうことが一番大きい問題。
あとは低いレベルに加え二級市民という職業で装備可能な武器はあるのか。
俺としてはきちんと代金が払えるならばお客が<大地人>だろうと特に気にはしないんだが……。
そもそも、この少年は何のために武器を必要とするのだろうか。
「なあ、少年。 なんで武器が欲しいんだ? 言っちゃあなんだが、ここの武器はモンスターを殺すためのもんだ。 性能は保証するが、武器だけじゃ防御力は変わらん。
モンスターを相手にしようってんなら、少年じゃあ下手すれば死ぬぜ?」
そう、<大地人>は戦闘能力が低い。 戦わなくても済むように、<冒険者>の役割を奪わないようにそうデザインされているというのもある。
少年は見たところ狩人などのようにフィールドワークを必要とする家の子には見えないし、それどころか街から出たことがなさそうにも見える。
武器を、あるいは力を、か。 必要とする理由がわからない。
頬杖をつきながら事情を尋ねると、少年は口を開く。
「近所のやつらに、いじめられたんだ。 あいつら、ずるいんだ。 年上のくせによってたかって……」
ふ、と思わず口元がゆるんでしまった。
そうだよな、こんな少年がそう大層な理由で武器を求めるはずがない。 いや、当人にしてみればとても大きな問題なんだろうが。
だがまあ、そういう話なら武器を売るわけにはいかないな。
「少年、そういうことなら武器は売れない。 まあ武器なんて持ち出すと衛兵が来るかもしれんし……」
と、言い掛けたところで再び入り口に影が差した。
一日に二人も客か? と思ったが、おそらく少年の関係者であろう。 親御さんが来たなら話は早い、事情を説明して連れてかえってもらおう。
そう思ったのだが、随分影が小さい。 それに様子を伺うようになかなか店内に入ってこない。
「にいちゃ、だいじょうぶ……?」
「ばか、ミーミア! 外で待ってろって言っただろ!」
顔を出したのは幼稚園くらいの少女。 少年と同じ茶髪を伸ばしていたが、髪はほつれ、砂が混じり、顔にも泥が跳ねている。
ああ、そういう。
なるほど。
「少年とその妹ちゃん、ちょおーっとまっててな」
そう言い残すと俺は店の奥へ素材を漁りに潜る。
茉莉も昔は気が弱くていじめられないまでも仲間はずれにされたりして、よく目に涙を浮かべていた。 ミーミアと呼ばれていた少女の顔に娘の面影がだぶって放っておけなくなってしまったのだ。
……たしかこの辺にあったはず。
宝箱の形をした収納箱を次々と開けて中身を確認すると、三つ目の箱でお目当てのものを発見する。
迫撃鉱。
時期限定の、漫画か何かとのコラボイベントでのみ入手可能な鉱石。
一つだけ残っていたそれを手に取ると脳内メニューに<鍛冶屋>のスキル一覧を展開し、作成を実行。
10秒待ってアイテムが完成した途端に掴み、店内へと戻る。
戻ると兄妹は店内を物珍しげに物色しながら待っていた。
「少年」
声をかけて振り向いた少年に向かって、アイテムを投げ渡す。
「わ、と」
突然渡されたアイテムを一度落としそうになりながらも受け止め、品定めするように眺めながら少年は「なにこれ」と呟いた。
「見りゃあわかんだろ、ハリセンだよ」
そう、ハリセン。
鉱石を加工したにも関わらず、<鍛冶屋>のスキルで作れるにも関わらず紙のような質感の、武器の一種(一応)。
「……おれは武器がほしかったんだけど」
「あ? うちの武器はてめえにゃ扱えねーよ。 それは装備制限がないから大丈夫だがな。 それの効果を説明してやるからよーく聞け」
恨めしげな視線を送る少年を一喝し、静かになってから説明を始める。
「……まず、それは装備制限がない。 だから少年にも扱える。
そして、その武器に攻撃力はない。 だから町中で扱っても衛兵は出てこないはずだ。
その武器の効果はただ一つ、『攻撃をヒットさせた相手に<威圧>のバッドステータスを与える』」
俺は自慢げに説明を終えるが、少年は首をかしげたまま。
ちょっと得意げに説明したことが恥ずかしくなって、後頭部をがしがしと掻く。
どうやら装備制限だとかバッドステータスといった専門用語がわからなかったようだ。
用語を解説しながら丁寧な説明を終えると、少年はようやくハリセンのすごさ、使い方がわかったようで興奮しながらぶんぶんと振り回していた。
「なるほど! これはすごい! ……あ、で、でもお金……これだけしかない……」
しゅん、と見てて面白いくらいに肩を落とし、少年はポケットから硬貨を数枚取り出す。
「足りない……よね」
名残惜しげにハリセンを眺めながら、けれど返そうとこちらへ差し出す少年。
少女はその裾をぎゅっと掴みながらその影に半分ほど体を隠している。
……勢いで作ってしまったけど、考えてなかった。 確かに現金はありがたいが見たところ金貨数枚だけで、言っちゃあなんだがあってもなくてもそんなに変わらない。
それにさんざんかっこつけておきながら、「じゃあ代金は親に用意してもらってね」ってのもなあ……。
うーん、と悩んでいると少女の髪に砂が絡まってぼさぼさしているのが目に付いた。
「いや! それはどうせ余り物だから要らなかったんだ! 商品じゃねえから代金は受け取れねえ!
代わりに少年は妹をしっかり守ってやれ!
……その金で妹にリボンなり髪紐なり買ってやれ。 せっかく綺麗な髪がかわいそうだからな」
腕を組んで、堂々と言い放つと少年はぱあっと顔を輝かせる。
「おっちゃん! ありがとう!」
「あ、ありがとうございます!」
その隣で少女も健気に頭を下げている。
うん、子供の感謝は大人のそれより純粋な気がして、なんとなく気持ちがいい。
「い、いいってことよ。 ほら今日は家に帰りな。 メンテはいつでも受け付けてるからよ」
途中何度も振り返りながら手を振ってくる兄妹を見送ると、再びカウンターの後ろに置いた椅子に座り、息をつく。
……かっこつけすぎたなー! あ、もしかして期間限定アイテムは希少価値から価格が上がってるとかあるんじゃね……?
いくら娘を思い出したとはいえ、いろいろとかっこつけすぎたし大盤振る舞いしすぎたのではないかと頭を抱える。
勢いで行動しすぎるのは悪い癖だなー……。
そのくせ、肝心の金策では何一つ勢いに乗れていないていたらくである。
あー、とひとしきりうめき声を漏らしてから、俺は店の入り口の鍵を閉める。
……明日から頑張ればいいよな。
余談であるが後日、兄妹が果物の盛り合わせを持って店に現れ、喜びすぎて不審に思われるなんてこともあった。
いじめっこらとはどうにか折り合いがついたようだ。
以降、兄妹はちょくちょく店に顔を出すようになる。
<大災害>後、<円卓>成立前の生産職の話をひとつ挟みたかったんです。
名前が思いつかないからそもそもつけないという暴挙。
あのハリセンは大地人内での治安維持に役立てられるようになればいいなと思います。
書いてて思ったんですが、原作でも元の世界に未練がある人はあまり深く描かれてませんね。