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ノーミュージック・ノーライフ

<大災害>は2018年5月3日の出来事ってききました。

 時間は朝八時。

 アキバの街の片隅で一つの喫茶店が開店する。

 喫茶店とは言っても、酒場に使われていたと思われる建物をゾーンごと買い取り、掃除して表に看板をかけただけの簡素な作り。

 看板がかかっている以外はほとんどそこらの廃墟と変わりない。

 けれど、店主が扉を開けるとすぐに二人の<冒険者>が現れる。

「いらっしゃーい」

「おう、サンドイッチと紅茶をくれ」

「こっちもだ」

 テーブルに置いてあるメニューを見もせずに、二人の客は注文する。

「はーい、マズメシとお湯ですね」

 店主が返事を返すと二人はマズメシとはあんまりだな、事実だけどよ、と笑い声を上げる。

「じゃあお願い、ソプラちゃん」

「了解ですー」

 店主が<大地人>とおぼしき少女の店員に声をかけると、ソプラと呼ばれた少女は注文の品を取りにカウンターの奥へ引っ込む。

 それを確認すると店主は客に向き直り、にっと口角を上げる。

「で、リクエストは?」

「まあまずはあれだろ」

「そうだな、あれを聞かないと俺らの一日は始まらん」

 うんうん、と頷きながら二人の客は声を揃える。

「「エルダー・テイルのオープニングテーマ!」」

「承りました!」

 リクエストを聞くや否や店主は何の変哲もないギターを手に取り、一段高くなっている所に置かれているいすに腰掛け、ギター用にアレンジされた、お馴染みの曲を奏で始める。

 ここは今のところアキバ唯一の、音楽喫茶、<ムジカ>。



 店主と同じ名前の、喫茶<ムジカ>にメニューは二つしかない。

 サンドイッチ金貨10枚と、紅茶金貨7枚。

 セットで頼めば金貨15枚。

 品数が少ないのはともかく、金貨一枚でも一日を十分に過ごせる食料を入手できるというのに、その十倍以上の値段をつけているのは、ぼったくりとしか言えないだろう。

 けれど、営業時間中にこの店から人が絶えることは開店以降、ほぼないと言ってよい。

 それもゾーン維持費の調達という意味が強いし、来店しても何も買わなかったり食料を持ち込んで居座る者もいるが。

 ともかく人の絶えない喫茶店の、酒場時代の名残であろう壇上でムジカも休む暇なくギターを弾き続けていた。

 今奏でているのは00年代に流行った歌謡曲。

 男性ボーカルを中心とした三人組のグループが作った、恋人への愛を歌った雪の歌。

 少し嗄れてざらざらとした声で、感情を込めて歌い終わると、くつろぎながらも息を潜めていた観客達が楽しそうに騒ぎ始める。

「いやあ、やっぱりいいねえ! 原曲とは違うけど、マスターの声もまた味があって!」

「ほあぁぁ……いい曲ですねえ。 初めて聞きましたけど」

「初め……えっ? そのころ生まれてないってことはないだろ?」

「え? ……これいつの曲ですか?」

「いつって言われると……いつだっけ」

 店内では最年少の女子中学生の発言で店内がざわざわとし始める。

 時は日々過ぎてゆくと頭ではわかっているが、まだ30歳にもなってないし、体感的には00年代以降はまだ最近としか思えない。

 幼い頃ほど記憶は曖昧になるのだから、女子中学生の子も聞いたことはあるのに覚えていないだけに違いない、と大人たちは思う。

 けれど、具体的に何年かと言われるとどうにも思い出せない。 その時期にどんな出来事があったのかは朧気に覚えているのだが……。

 紛糾していく議論は、壇上のムジカによって一度止められる。

「あ、俺覚えてるよ」

 汗を拭いながら水を飲むムジカが口を挟むと、客達が声を揃えて叫ぶ。

「「「いつだっけ!?」」」

「えーっと……俺が初めてギターを買った頃だから……2005年かな?」

 ムジカが記憶を辿って答えを出すと、あー、という声が広がる。

 初めてギターを買って、弾くのがとにかく楽しくて、耳に入った曲をなんでも弾いた。

 ムジカがそんな記憶に懐かしんでいると、中学生の子が納得したように頷いている。

「それなら、私はまだ小学生にもなってない頃ですね」

 うんうん、と中学生の子が呟くと、その周りの客達がうなだれる。

「そんなに昔か……こういう時、年食ったなあって思うよな」

「おうそれはアタシに喧嘩売ってるのかい? あんたもまだまだ若造だよ!」

 どこから持ってきたのか、酒瓶を片手にぶら下げながら、三十路前後の男性にそれより少し上くらいの女性が絡む。

 もっとも、ゲームのアバターの影響で美形となっている彼らは言うほど歳を取っているようには見えない。 女性も口調や立ち振る舞いはともかく、見た目だけなら二十代で十分通る。

「まあまあアネゴ、落ち着いて」

「あんたに言われると余計にダメージ食らうんだよこのピチピチJCがああああ!!」

 けれども、現役中学生に比べてしまうとやはり越えられない壁のような何かがあるらしい。

 中学生がにこにこしながら窘めると女性は叫びながらテーブルにうつ伏せてしまった。 女性はうええええん、とわざとらしく泣き声を上げている。

 それをにこにこと眺めていたムジカはそれじゃあ、と前置きしてギターを構える。

「次はピチピチ女の子アイドルの歌ってた歌にしようか?」

「マスター容赦ねえ!」

「うーん、なにがいいかな……リクエストある人ー」

 ムジカが野次を受け流しながらリクエストを取ると、懐メロの域に入りつつある曲名を叫ぶ声に混じって、さきほどの中学生がぴしっと手を伸ばしていた。

「ん、じゃあ梨鎖☆ちゃんどうぞー。 あんまり新しいと弾けるかは保証できないけど」

「あ、はいっ! えーと、結構新しいけど……大丈夫かな」

 不安げに、ここ一年で大ブレイクし、ブームを巻き起こしたアイドルの代表曲を挙げた。

 曲名を聞いたムジカはんー、と呟きながらじゃーん、じゃーんとギターのコードをかき鳴らす。

「それならいけそう。 でも歌詞がうろ覚えかも?」

 梨鎖☆ちゃん歌う? と訪ねると中学生は嬉しそうに頷き、マイク代わりにティースプーンを構え、叫んだ。

「私の歌を聴けぇぇぇっ!」

 場のノリにあてられて、わき上がる歓声。

 伴奏が始まり、合いの手まで出始めたのをよそに、喫茶店の隅ではこんな会話が交わされていた。

「あ、それは知ってるんだ」

「いた、原作知らないけどネタだけ知ってる可能性が……」

「なんたって、中学生だもんなあ」

「な」

 二人の男性はサビにさしかかり、歌に加えて踊りも付け始めた中学生を眺めながら、すっかり冷めた紅茶を呷った。



「ありがとうございましたー。 またよろしくお願いしますー」

 閉店時間を迎え、ムジカはぞろぞろと出て行くお客達を見送っていた。

 持ち込んだ酒と空気に酔い、一曲歌い上げた挙げ句に倒れたアネゴをお姫様だっこで運ぶ男性を最後に見送ると、ムジカは店の中に戻った。

「今日もおつかれー。 洗い物と掃除を済ませてちゃっちゃと帰ろう」

「はいっ」

 今日も疲れたなー、とぼやきながらテーブルを拭いてゆくムジカを眺めがら、ソプラはお皿とカップを洗っていた。

 洗剤はないけれど、そもそも汚れがこびりつくような食べ物もないので、楽なものだ。

 特に会話があるわけではなく、ソプラはやがて視線を手元の洗い物に落としながら、小声で鼻歌を歌いはじめた。

「~~♪ ~~♪」

 洗い物の音に紛れて聞こえにくくはあったものの、それは確かに昼間、中学生の子が歌っていたアイドルの歌であった。

 ムジカは床に箒をかけながら、黙ってそれを聞いている。

「~~♪♪」

 歌も洗い物も終盤にさしかかり調子が上がってきたのか、鼻歌ではなく歌詞をつけた歌声になってゆく。

「あなたの見せる~何気ない仕草で~♪ 手強いライバルがまた一人~♪」

「やっぱソプラちゃん歌うまいよねぇ」

「へああぁぁっ!?」

 ムジカが何気なく声をかけた直後、がしゃん、と響く陶器の割れる音。

 声を出して歌っていることに自分で気づいていなかったのか、ソプラが慌ててしまい、手に持っていた皿を床に落としてしまっていた。

「ご、ごめんなさいっ! べ、弁償しますから!」

「あ、いやこちらこそ驚かせて悪かった。 皿は一山いくらの安物だから別にいいよ」

 箒とちりとりを持ったまま駆け寄り、割れた皿の破片を始末する。

 ソプラはぺこぺこと頭を下げているが、割れたのは「料理」をする度ついでに出てくる皿なので、買うとすれば金貨一枚で30枚くらい買える程度の安物である。

「それでまあ、皿はいいとしてさ。 どう? ソプラちゃんお店で歌ってみない?」

 ちりとりの中身をゴミ箱に放り込みながら、ムジカが尋ねるとソプラは照れながらうつむいている。

 歌うことの楽しさと、恥ずかしさや自分の歌への不安がせめぎ合ってうーん、えーと、とソプラは悩むそぶりを見せたが、やがて顔を上げてムジカの顔を正面から見据える。

「その……私なんかでよければ。 ……その代わりってわけでもないんですが、ひとつお願いがあるんです」

 にっこりと微笑んで続きを促すと、ソプラは少し躊躇ったあと決心したように口を開いた。

「わ、わたしにギターを教えてほしいんですっ」

 その後、吟遊詩人に憧れていたとだとか、最初見たときからギターに興味があっただとか言葉を連ねていく。

 が、ムジカはその言葉を聞き流し、ただ懐かしさを覚えていた。

 自分も初めてギターを買ったときはこのくらいの年齢だったかな。 お年玉をはたいて買った安物のギターで憧れのバンドの曲をかき鳴らした。

 ムジカは熱弁を振るうソプラの頭を愛おしげにわしわしと撫でる。

「よおし、じゃあ教えてやろう!」

「はいっ! よろしくお願いします!」

 ムジカは嬉しそうなソプラにギターを持たせて椅子に座らせると、コードの押さえ方から、ひとつひとつ教えてゆく。

 いつか師弟二人で歌うことを夢見ながら。

 二人だけの店内に、おそるおそる鳴らされた、一音欠けたメジャーコードが響く。



 2時間ほどギターを教えたあと、ソプラを自宅まで送った。

 お互いつい夢中になってしまったとはいえ、遅くなりすぎた。

 明日からどうやって練習時間を確保するかをぼんやり考えながら、自宅も兼ねている喫茶店を目指す。

 なんというか、ひどく遠くまで来た気がする。

 まだ一ヶ月経つかどうかというはずなのだけれど。

 ひとつ深いため息をつくと、歩きながら<大災害>からのことを思い返した。

 ……この世界は寂しいなと感じていた。

 なんというか音がないな、と。

 今時は街に出れば人々の喧噪やら、開け放たれた喫茶店から流れるオシャレなBGMやら、CMをたれ流すテレビやらがひしめき合って、人々の耳を独占しようとするように自己主張している。

 それが、この世界では街を歩く人々には活気はなく、街で常時流れているはずの、お馴染みのBGMはそのなりを潜めている。

 そして、それに影響されたかのように街の人々は下を向いて歩いている。

 そのことがどうしようもなくもどかしくて、前を向けよ、と叱りつけてやりたくて。

 寂しいなら俺が代わりに音楽を奏でてやろう、と決意した。

 アキバの町中でギターをかき鳴らすことから始めて、店を開いた。

 人手が足りなくなるからと音楽っぽい名前の大地人に声をかけたら、音楽を愛する同志だった。

 ちっぽけかもしれないけどここには確かに居場所があって、それは今も広がり続けている。

 「楽しかったあのころ」じゃなくて、「楽しいいま」を向いていられる。

 この街に広がる嫌な空気を払うのは俺じゃないかもしれない。

 俺より力を持ってる奴がいくらでもいるのに、まだこのままってことはそもそもそんなことできる奴はいないのかもしれない。

 でも。

 俺は、やってる。

 音楽というでかい力を借りてやっとこれっぽちではあるけど、俺でもできてる。

 ならそのうちできる、と根拠なく思う。

 できなきゃ俺がもっと頑張るだけだ。

 半ば開店のテーマにもなりつつあるエルダーテイルのオープニングを口笛で奏でながら、<ムジカ>の扉を開けて、中に入る。

 真っ暗な店内で漏れ出たあくびが曲を飲み込んでしまったので、口を閉じて大きく伸びをする。

 今日はもう休もう。

 そして、明日もまたお客(愛すべき同志達)の前で歌い散らそう。

 俺にできるのは、それだけだから。

アキバで頑張ってた人の話。

毎週更新は守れませんでしたが、ネタ数に余裕が出来れば追いつけるように頑張りたいと思います。

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