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B-1 とある高校生の場合

「キョウジ……か?」

 魔法使いのコスプレとしか思えないようなローブと杖を持った、背の高い少年が隣に立つ同い年の少年に声をかけた。

 髪色こそ紫になっているものの、短く揃えられた短髪と二重瞼が印象的な眼差しは、陰気な魔法使いよりはスポーツマンらしい出で立ちである。

「えーと、マサユキ……いや、キニアスって呼んだ方がいいか?」

 手甲と皮鎧を身につけた少年の答えは冗談を言うように軽い口調でのものであった。

 早くも余裕を取り戻しているのか……いや、単に混乱しすぎて冗談でも挟まないと平常心を保てないのであろう。 よく見れば人の良さそうなたれ目には動揺が浮かんでいる。

 二人はリアルで高校の同級生であり、同時期にエルダーテイルを始め、そして共に<大災害>に巻き込まれた。

 今は菅谷恭二、キャラネーム「キョウジ」が飯田雅行、キャラネーム「キニアス」の名前をからかったのである。

「マサユキでいいよ……と言いたいんだがギルドのみんなと合流するだろうしキニアスのほうが都合いいかもな。 ……はっず! なんか恥ずかしいな!」

 <エルダーテイル>はボイスチャットを全面導入しているため、キニアスの名前で呼ばれること自体は何度もあっただろうが、「実際にそのキャラクターとして」呼ばれるとなると画面越しに呼ばれるとは違った気恥ずかしさがあるのだろう。

 キョウジが恥ずかしさ呻くキニアスを笑っていると、キニアスが何かに気づいて顔を上げた。

「ん、言ってたらギルマスから念話来た。 えーと、どうすればいいんだ……っと」

キニアスがひとしきり額に指を当てて何やら念じたり唸ったりすると方法を見つけたのか嬉しそうにメニューを操作するように宙に指を走らせる。

「もしもし……トルネイラさんですか? あ、こっちはキョウジと一緒にいます。 はい、ホールに一旦集合? 了解しました! ……だってさ」

 念話を切りつつキニアスが声をかけるとキョウジは頷き、二人はギルド会館へ足を向ける。

 すると、キョウジが見慣れた顔を見つけ、声をかけた。

「……ん、ユーリネス!」

 同じギルドに属する<武士>のユーリネスが振り向いた。

 男性<武士>であるユーリネスは髪と同じ橙色の大鎧を装備しているが、装備には似合わずほっそりとした印象を受ける。 快活そうな顔立ちをしていて、キニアスに部活の後輩を思い起こさせた。

 だからだろうか、キニアスはユーリネスの顔をどこかで見たように感じられた。

 しかし当のユーリネスはなにやら慌てた様子でわたわたと手を動かしている。

「もしかして、念話中?」

 キョウジが尋ねるとユーリネスはこくこくと頷く、が声は出さない。

 ユーリネスはゲーム時代からボイスチャットを一切使わない、いわゆるテキストチャッターだったのでまだ喋ることに抵抗があるのかもしれない。

 とはいえ、そんな事を言ってる場合ではないと思うのだが……。 まさか、喋れないということもないだろうし。

 二人は内心首を傾げながらも、動揺しているのだろうと話を進める。

「どうせトルネイラさんからだろ? 一緒にホールまで行こうぜ」

 キョウジの提案に躊躇いながらも最終的にこくり、とユーリネスは頷いた。

 ギルドホールに着くまで、その口が開くことはなかったが。



「ん、これでインしてる人は全員揃ったね。 じゃあぼちぼち始めようか」

 ギルド<同窓の勇士>のギルドマスター、トルネイラが場を仕切り、話を始めた。

 年齢は20代半ば頃。 ホール内では最年長であり、穏和そうながらも場の空気を掴むことが上手く、どことなく上司っぽさを醸し出している。

「と言っても、用は二つだけ。 まず、アップデート<ノウアスフィアの開墾>によると思われるこの状況、ギルドで協力して切り抜けることを提案するよ。

 もし受け入れられない人が居たら申し出てくれ。 ギルドから抜けるなり、抜けるまでしないにしろ別行動をとるなり、対応しよう」

 そう言ってトルネイラは男性割合が100パーセントのホールをぐるりと見回した。

 男性割合はギルド<同窓の勇士>の成り立ちによる。

 <同窓の勇士>は数あるギルドの中でも変わり種であり、はっきりと宣言されているわけでないにしろ、参加条件に性別が男であることを挙げている。

 ギルド創立者一人、のトルネイラはキョウジとキニアスのように高校生の時同級生と<エルダー・テイル>を始めた。

 ある日同じような境遇のパーティと意気投合したトルネイラたちはそのまま合併、ギルド<同窓の勇士>を立ち上げた。 その後メンバーが後輩を誘ったり、野良のパーティを勧誘したりで長い周期で入れ替わりをしつつ続いてきた。

 ちょうど、学校の部活のように。

 そのため、他の創立者は引退したり他ギルドに移籍したりでトルネイラしか残っていない。

 そういった経緯もあってか、ギルドには「現役の男子学生」しか参加できないといった条件をつけているのである。

 誰が言い出した訳でもないルールなので、単にメンバーに女性プレイヤーを勧誘する勇気がなかっただけという可能性も依然濃厚であるが。

 トルネイラが見回すも声を挙げるメンバーはいなかったため、トルネイラはほっと息をつきながら話を続ける。

「よかった。 これからもみんなでがんばろう。

 それで、二つ目ね。 共同生活を送るに当たって、まずやらなきゃならないこと。

 ……改めて自己紹介をしよう」

 トルネイラはゲームじゃなく、実生活のスキルも挙げてくれると助かるかも、と続けて堅い空気を崩すように軽く笑った。

 ギルドのメンバーは総勢10人ほど。 日付変更時に2人ほどログインしていなかったため、現状8人だけの零細もいいところのギルドである。

 じゃあ俺からね、とトルネイラがレベルとメイン職業をはじめ、実年齢やリアルでの職業を挙げる。

 それに続き一人ずつ簡単な自己紹介を済ませていく。

 そして最後、ここまで一言も喋っていないユーリネスの番。

 ユーリネスは深呼吸をしてから緊張したまま話し始める。 その声は裏返ったのか甲高く、メンバーの笑いを誘うもユーリネスはまた口を噤んでしまう。

 さらにもう二度深呼吸を挟んでからのユーリネスの自己紹介。

「……ユーリネス。 レベル90の<武士>です。 よ、よろしくお願いします」

 ……と、甲高いままの声で言い切った。

 一拍置いて場の半数ほどが重なった声と一人分の戸惑った声が響いた。

「女ァ!?」

「……坂上さん?」

 キャラネーム<ユーリネス>、本名坂上悠里。

 ……<キョウジ>こと菅谷恭二と<キニアス>こと飯田雅行の同級生であった。



「えーと……よかった。 あったよ、ほら<外観再決定ポーション>」

 ユーリネスはおずおずとトルネイラが差し出すオレンジ色の水薬を受け取った。

「スミマセン……」

 <外観再決定ポーション>は数年前、とあるリアルのラジオとのコラボ企画によって配布された、今はもう新しく入手できないアイテムのひとつである。

 効果は名前の通りキャラクターの外観情報を決定し直すもの。 とはいえ、<エルダー・テイル>ではサブキャラクターの作成も容易であったし、半端なな希少性も相まって死蔵しているプレイヤーも少なくはなかった。

 しかし今現在の状況ではお金で買うならいくらになるかわからない品でもある。

 何が起こるかわからない以上、お金はいくらあっても多いということはない。

 そんな貴重な品を私のために、という意味での「スミマセン」である。

「いいよ、大事なギルメンのためだしね」

 とりあえず向こうの部屋で飲んでおいで、とトルネイラはユーリネスを促す。

 その言葉に従い個室でポーションを呷り、痛々しい音とともに設定し終えたユーリネスは再びホールに姿を現した。 ……少女の姿で。

 ユーリネスが女の子であること、ここがゲームの世界であることを改めて突きつけられたトルネイラはひきつった笑みを浮かべている。

 そしてその隣ではキョウジが顔にはっきりと不満を顕わにしていた。

「別にユーリネスが女だったのはいいけどよ、なんで同級生だってこと隠してたんだよ。 どうせそっちは俺らのことはわかってたんだろ?」

「それはその、ええと」

絶対言えない、とユーリネスは冷や汗を流し、思いついた先から出任せを口にする。

「実はプレイするずっと前からこのゲームには興味があったんだけど、一人で始めるのは不安で、そんなときにクラスでキョウジくんたちが話してるのを聞いたから、一緒にやりたいなって思ったんだけど女だってバレると避けられそうだから男でキャラメイクしたの。

 でもそれで仲良くなる内にどんどん言い出せなくなって……」

 これで大丈夫か。 論理は破綻してないか、と思いつつもすらすらと口が動く自分に我ながら感心する。

「そりゃまあ、そうかもしれねえけどよ……」

 不承不承ではあるがキョウジもユーリネスの言い分を認めた。

 説得できた! 一分前の私グッジョブ! 何言ったか覚えてないけど! と心の中で叫びつつ、ユーリネスはちらりともう一人の同級生の方を伺う。

 キニアスは温厚そうな笑み(苦笑ではあるが)を浮かべて黙っていた。

 キニアスこと飯田雅行、高校二年生。

 学校ではキョウジと共にサッカー部に所属し、レギュラーでもある。 競技面でも人間関係に於いても部の中心人物であり、部内はもちろん女子からの人気も高い。

 ……かっこいいなあ。

 ユーリネスはしばしの間、現在の状況も忘れてそのキニアスに見入っていた。

 何を隠そう、いや隠しているけれど、ユーリネスが<エルダー・テイル>を始めたのは雅行目当てである。

 自分のことを隠していたことからもわかるとおり、お近づきになりたいというよりは、眺めていられればそれでいい、といった類のものであったけれど。

 そのユーリネスが我に返るのはキニアスの言葉によってであった。

「……まあ、聞きたいことはいろいろあるけど。 とりあえずはこれからもよろしく、坂上さん」

 そう言って差し出された手を、ユーリネスは目を泳がせながら握る。

 少し筋肉質な、男性としても大きい手のひらであった。



 一通り顔合わせが済んだ後、部屋割りをした。

 構成員が30人近くいたころに購入したギルドホールのため、部屋は余り気味であるが、今後メンバーが増えないとも限らず、また倉庫代わりにも使えるようにと2人ずつに一部屋を割り当てた。 ……ユーリネスとトルネイラ以外。

 仮にもギルマスであるトルネイラはともかく、ユーリネスは女だから分けられたにすぎない。

 当のユーリネスは部屋のベッドに腰掛け、深くため息をつく。

「(いろいろ気を遣わせちゃってるなあ……)」

 それもこれも、私が女だって隠していたせいか、と自責するユーリネス。

「(……後悔してても仕方ない。 せめて私に出来ることを考えよう)」

 決して家庭スキルが高いとは言えないユーリネスであるが、整理整頓は得意だし、たまに自分でご飯を作ったりもする。

「(ていうか! この状況ってちょっと特殊だけど好きな人と一つ屋根の下じゃない!? ここでお料理とか頑張れば、『元の世界に戻ったら俺のために毎日味噌汁を作ってくれ』みたいなことが!? きゃー!)」

 そんな妄想をしながら枕に顔を埋めて悶えるユーリネスこと坂上悠里。

 ちょっとミーハーで夢見がちな高校二年生であった。

「こんなエルダーテイルがあってもいい」シリーズ、逆ハーギルド編。

短編という縛りゆえあんまりそれっぽくはできませんでしたが。

続きは来週です。


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