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人の輪

 いつの間にか、リィンの姿が消えていた。

 いや、正確には姿じゃない。 フレンドリストのログイン状況を表すマーカーが消えていたのだ。

 つまり、この世界から脱出したのでなければ、海外サーバーへと移ったことになる。

 どうしてそんなことをしたのか、心当たりはある。

 どうやって行ったのかも。

 ただどこへ行ったのか、心当たりはない。

 だから、彼女の行先を割り出すために、記憶を振り返ろうと思う。



 私、針千はりせんと彼女はありふれた<冒険者>だった。

 私が<盗剣士>で、彼女が<森呪遣い>。

 プレイの頻度は週に一度程度。 そこそこ仲の良いプレイヤーたちで集まってはいて、けれどギルドを作るわけでもなく。

 野良パーティで出かけることもあったし、逆に知り合いだけでパーティを組むことも、人が集まらなくてダベるだけでゲームのウィンドウを閉じたこともあった。

 そしてプレイ歴が長くなるにつれダベりの割合は高くなった。

 個人的に仲良くしているプレイヤーは何人か居たが、私と彼女両方と、となると段々と数を減らし、二人だけが残り、アップデートの話を受けてゲームに戻ってくることもなく、<大災害>が起きた。

 <大災害>に巻き込まれた時の私たちのレベルは70ほど。

 プレイ歴は二年に差し掛かろうというところだったのだから、けして熱心なプレイヤーではなかったろう。



 彼女はもともと気の弱い所のあるひとだった。

 リアルでの友人関係に疲れ、ネットの、それも男性割合が高いネットゲームに逃げ。 そこでは逆に女性プレイヤーだからと優遇されたり、彼女を巡っての争いが起こったりした。 本人に一切その気がなくても。

 そのせいか、彼女のフレンドリストにはどうにか二桁を超える程度しか名前がない。

 そんな中どうにか仲良くなれたのが私たちだったのだが。 ともかくそんな事情もあり、彼女は軽度の対人恐怖症になってしまった。

 他人の悪意に敏感だ、とも言える。

 そんな彼女は空気の澱んだ街に出ることをやめていた。

「ほい、適当に食べるもの買ってきた」

 借りた宿屋に一日中引きこもっている彼女に私は定期的に食べ物を届けた。

「別にいいのに。 どうせ餓死しても復活するし。 ……でもまあ、ありがと」

 そう言うと、ベッドに腰掛けながら袋から私が買ってきた食べ物を取り出し、もさもさとかじっていた。

「……味つけはいらないのか? 塩と砂糖もこの前買ってきておいただろ」

 あまりにも作業的に、口に入れては飲み込んでを繰り返していたので、つい尋ねてしまう。

「んー、いらない。 味気ない食事には慣れてるし。 あ、でもせっかくだから何か話してよ」

 楽しい雰囲気が一番の調味料って言うでしょ、と話を促され、私はうーん、と話題を探した。

「相変わらず、楽しい話はないかな……。 ギルド間の縄張り争いであちこち小競り合いが起こってて、このまえPK沙汰が起こったりしてたな。 あと中小ギルド連合会ってのが企画倒れしてたくらいか」

 彼女はふうん、とつまらそうに相づちを打つと最後の一口を口に放り込んだ。

「いまのアキバにはまともな調味料もないんだね」

 これ以上まずくなりようもないからいいんだけどさ、とこぼすと彼女はごちそうさま、と手を合わせた。

「……よかったら、ちょっと散歩にいかないか? 遠出すれば果物か何か見つかるかもしれないし」

 別に無理に連れ出そうとするわけではないが、少し心配になって思いつきで誘ってみると、答えはすぐに返ってきた。

「嫌よ、だって外にはモンスターがいるじゃない」

「死ぬのは怖くないんじゃないのか?」

「死ぬのは怖くないけど、殺されるのは怖いの」

「怪我くらいならいいの?」

「程度によるかしらね」

 そういうもんかね、と呟くとそういうものよ、と呟きが聞こえた。

「それともあなたが私を守ってくれるのかしら、騎士様?」

 おどけた彼女に、私もおどけて返せればよかったのかもしれないが、残念ながら恥ずかしさが邪魔してしまった。

「……<守護戦士>じゃなくて<盗剣士>だからな、どうだか」

 そうふてくされるので精一杯だったのだ。



 しばらくそのまま引きこもりをしていた彼女だったが、<円卓会議>の成立を受けてそれは随分と緩和された。

 味のある料理が提供されるようになった、とは言ってもそこまで味にこだわりがある様子ではなかったから、やはり街の雰囲気が改善されたことが大きいのだと思う。

 それでも進んでは外に出ようとしていなかったのだが、一度、ピザを出汁に食事に誘ってみた。 しばらく躊躇っていたがおごるよ、と言ったらどうにか折れてくれた。

 味にこだわりがないと言うより、案外食費を切り詰めているだけなのかもしれない。 稼ぎに出ている様子はないし。

 ピザはちょっとかじっていた程度の<冒険者>が出した店のものだったらしいが、冷凍ピザかチェーンのものくらいしか食べたことのない私にとっては綺麗に焼き色のついたマルガリータはとても美味しく感じられた。 やはり食材が新鮮なのだろうか。 単にあの湿気た煎餅に慣れてしまったからかもしれないが。

 彼女は食い溜めをしようとしていたが、粗食で胃が縮みでもしたのか元々小食なのか、三切れほど食べるとさらに残ったピザを睨みながら、ちびちびと冷えたお茶を飲んでいた。

「……もう二ヶ月くらいたつのかしら。 今夜は満月だものね」

 彼女は口を付けていたグラスをテーブルに置き、感傷に浸るように切り出した。

「不満そうだね?」

「まあ、ね。 皆、この世界で生きることに順応しちゃってて、なんか置き去りにされた気分」

 水滴に濡れたグラスの表面をなぞりながら、寂しそうに彼女は言う。

「そんなこと言ったって、帰る目処も立ってないんだから足下を固めるのは大事だろ」

「それはわかってるけど……理屈じゃなくて感情の話だから。 どうしようもないのよ」

 そういうものかな、と呟くとそういうものよ、と返ってきた。

「それでもこの世界に慣れていかなきゃならないだろ? 街から出たくないなら生産系かな、何か仕事探さなきゃいけないんじゃないか」

 少し気になっていたことを聞くと、彼女はあー、と呻いてテーブルに突っ伏した。

「わかってはいるのよ、でも考えたくないー」

 彼女は誰か養ってくれないかしらと言って、ちらりとこちらを見る。

 ……なんとまあ都合のいいことを。

「きっとその誰かさんも、進んでヒモを養おうとは思ってないんじゃないかな」

「まあ、甲斐性のない誰かさんだこと」

 この野郎……! いや女だけど! また皮肉で返してやろうか、と言葉を探したが、帰りたいな、という小さな呟きが聞こえてしまったので、諦めた。

 代わりに出てきたのは、

「ちょっとしたデザートならあるみたいだけど、食べる?」



 そして、その三日後、彼女は姿を消した。

 気づいたのが三日後だっただけで、もしかすると二日後だったかもしれないが、多分三日後だと思う。

 それが今日。

 多分、一人になりたかったのだと思う。

 誰もいないところへ行って、気持ちの整理がしたかったのだと。

 移動手段はわかっている。 <妖精の輪>だ。

 そうでもなければサーバ間移動などそうそうできない。

 ゲーム時代もよく利用した……というか私たちのメインの移動手段であった。

 世界各国に存在するワープゾーンのようなもので、それぞれ月齢30×24時間の720通り、移動先テーブルが存在する。

 攻略サイトを確認できないこと、アップデートによってテーブルが変わっている可能性を鑑みて<大災害>後はそうメジャーではないが、<円卓>を通していくつかの情報が入っている。

 ひとつ、ゲームでは5分ごと(ゲーム内24時間が現実の二時間相当だったため)に変わっていた移動先テーブルは現在、一時間ごとに切り替わる。

 ふたつ、今のところゲーム時代から移動先が変わった報告はほとんどない。 わずかな報告例も、ただの記憶違いである可能性も否定できない。

 つまりゲームでの<妖精の輪>テーブルを覚えており、多少のリスクに目をつぶることができれば、問題なく<妖精の輪>を使うことができるのだ。

 私たちは無駄に長いゲーム歴とプレイスタイルとの兼ね合いもあり、<妖精の輪>を多用していたため、条件を満たしてはいる。

 攻略サイトを見ての架空旅行なんかもしていたのだ、そこらへんの<冒険者>よりは詳しい自信がある。

 つまり、私と彼女は与えられている前提条件がほぼ同じなのだ。

 ならば、追加条件も同じものを当てはめれば彼女がどこにいるかわかるはず。

 ……ここから徒歩で一時間(引きこもりで、この世界の歩き方もわかってない初遠出ならそのくらいが限度だろう)以内にいける距離にある<妖精の輪>は二つ。

 プレイヤータウン<シブヤ>と、<シンジュク御苑>。

 しかし<シンジュク御苑>は高レベルモンスターが現れるゾーンだ。

 殺されるのは嫌だ、と言っていた彼女ならここは使わないだろう。

 <シブヤ>はここからそう遠く離れておらず、<タウンゲート>がないとはいえ、道中にそう高いレベルのモンスターも出現しない。

 次は、行き先。

 私が彼女の不在に気づいたのは今日の朝9時頃。 前にフレンドリストを確認したのは前日の同じ時間。

 つまり、あり得る行き先はおおまかに24通りあるわけだ。

 シブヤはプレイヤータウンにある<妖精の輪>ということもあってか、少し特徴的な構成をしていて、まず一日分の転移先テーブルが十種類ある。

 そして三十日を六日ずつに分け、六日を二種類のテーブルを交互に三日ずつ埋める。

 ゲーム時代は実時間一日のうちにゲーム内で十二日が過ぎてしまうので、転移先の数とわかりやすさ、使いやすさの兼ね合いの結果だったのだろうと思う。

 すると、考える時間は一日だけある。

 その間に24の転移先からただ一つを見つけだせばいいわけだ。

 私は転移先をリストアップし、消去法で探していこうと思った。



 候補が三つほどまで削れた所で、消去法は行き詰まり、私の思考も逸れ、自問自答を始める。

 自問する。 そもそも、私が追いかけていく必要があるのか。

 自答する。 必要はないが、誰かがやるべきで、やれる人は私しかいない。

 彼女は自他ともに認めるほど、面倒だ。 面倒くさがりなのではなく。

 ログインしてきて、ひとりぼっちで寂しいからと私たちに話を強要したかと思えば、話が盛り上がるとうるさいと怒る。

 ダンジョンに潜ろうとして遠征した先で、大地人のイベントが気になってダンジョンそっちのけでクエストをこなしていたりする。

 そして……地元が嫌になって突然家出したかと思えば、その先で迷った挙げ句心細くなって警察に逃げ込んだりもする。

 この世界に警察はなく、転移先が他のプレイヤータウンであった場合、<帰還呪文>で帰ってくることもできなくなる。

 だからせめて、一人くらい、知っている人が近くにいないとだめなのだと思う。

 「自分にしか出来ないこと」なんて、前の世界ではひとつもなかった。 なら、ちょっとくらい格好付けてもいいかな、なんて思ってしまったわけだ。

 残った候補を吟味する。

 まず海外であること、そしてレベル帯やサーバーの混雑状況、モンスターのアクティブ率など諸々を鑑みて削った結果だ。

 残ったのは

 中東サーバの大神殿があるだけの廃墟

 ロシアサーバの湖のほとり

 オセアニアサーバの砂漠

 しかし、これ以上絞りきれない。

 <帰還呪文>を計算入れても回れるのは二カ所だけ。

 しかも廃墟へ向かうならホームタウンは上書きされしまう。

 まだ時間に余裕はあるが、かといって遅れてはならない。 次の機会を逃せばもう一ヶ月待つことになってしまうから。

 ここに来て消去法は通用しなくなった。 

 失敗してはいけない。 だが、情報が足りない。

 私はまた、手がかりを求めて思い出の海に沈んだ。





 針葉樹によりかかり下生えの上で膝を抱えながら、私はぼーっとしていた。

 たまに思い出したように鞄から何か取り出してはもそもそと齧り、また同じ体制に戻ると遠い眼をする。

 風と葉擦れ、たまに小鳥のさえずりが聞こえるだけのここで、珍しく誰かの気配がしたので、そっと耳だけ傾ける。

「よかった、ここであってたんだな」

 それはここ数年で一番会話した相手の声。

「わざわざ、ご苦労さん。 どうせ食べるものがなくなったら戻るつもりだったのに」

「ならせめて一言のこしてから行けよ……」

「そんな義理はないじゃない」

 まあそりゃそうだけど、心配するだろ、と不満げな声が聞こえた。

 返事はしない。

 数秒の沈黙ののち、返事ではなく質問を返した。

「それにしても、よくわかったね、ここが」

 実際、私は条件を満たすところならどこでもよかったし、ここにしたのも思い付きみたいなもので、深い意味はなかった。

 だから嫌味でも賞賛でもなく、純粋な疑問であった。

 追いかけてきてほしいな、と思ってはいたけれど針千には無理だろう、とも思っていたから。

「ああ、わかるさ。 俺たちがパーティで初めてクリアしたダンジョンだからな、ここは」

 深い意味はなかったが、浅い意味はあった。

 ここの湖はダンジョン前の休憩ポイントといった意味合いで、辺りにはモンスターがポップしない。

 近くにダンジョンである洞窟があって、そこに封印されている水の精霊の加護がなんたらかんたらという設定があったが、それはよく覚えていない。

「……わかってたんだ。 ちょっとびっくり」

 針千は今だけを見ていて、過去を振り返るような人ではないと思っていた。 私と違って。

「楽しい思い出は記憶に残る性質なんだ」

 いつのまにか私の隣まで来ていた針千が座ったまま私の頭に手を載せる。

 長い付き合いだが、頭を撫でられたのは初めてだ。 当たり前だ。 パソコン越しにしか話していなかったのだから。

 無遠慮に髪に触る男はモテないよ、と言おうと思ったがそう不快でもなかったので黙った。

「帰ろうぜ」

 ぽんぽん、と私の頭を軽くたたきながら針千がそっとつぶやいた。

「そうだね、戻ろうか」

 どうせ帰れと言ったって帰るまい。 また一ヶ月後に来るとして今日はここらで折れておこう、と思った。

「『戻る』じゃなくてさ、帰ろうぜ」

「……私の家はアキバにはないから」

 そこだけは譲れない。 割りきってしまえば簡単なものを割り切れないのが私なのだから。

 すると針千は少し詰まったようだったが、意を決したように口を開いた。 心なし、髪越しに触れる手の体温が高くなった気がする。

「ないならさ、作ろうぜ」

 予想していなかった……ありていに言って「らしくない」返しだったので座ったまま針千のことを見上げると、案の定少し照れていた。

「ヒモを養うつもりはないんじゃなかったっけ」

「おいおいそいつは誰の話だ。 甲斐性のない野郎だな」

 少し皮肉ってみたら、とぼけられた。 ちょっとヤケになってるな。

「……そこまで言うなら手伝ってあげなくもないかな」

 なんだか照れがこっちのほうまでうつってきた。

 なぜか気恥ずかしくてそっぽを向く。

「ま、よろしく頼むよ、リィン」

「まったく、腐れ縁だね、針千」

 ……この腐れ縁がずっと続くといいんだけど。

 口に出さないまま、少しだけそう思った。

 <妖精の輪>の設定を見たとき、パズルみたいだと思ったんです。

 なら、ミステリーみたいな構成に出来るかと思ったんです。

 そんなことはありませんでした。


 数字の標記揺れがありますね。

 一応、個人的にしっくりくる、桁の小さいものは漢字、大きいものは算用数字……って言うんでしたっけ。 にしてますが、揃えたほうがいいのでしょうか。

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