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二番目に尊いもの

 産業革命という言葉がある。

 世界史は苦手だったのでよく覚えてないんだが、確かイギリスの紡績業で立て続けに技術革新が起こった結果、社会構造まで変革が起こった、みたいな事件だ。

 俺は今、その産業革命を目にしていると思う。

 <円卓会議>成立が……いや、「味のある料理の調理法」がこの街に与えた影響は大きかった。

 「対応するサブ職を持った人間が手作業でアイテムを制作する」。

 その手法を俺が知った時には既に蒸気機関が開発(正確には再現、だろうか)されていたし、その後も開発ラッシュは続いた。

 蒸気機関をはじめ、この世界ならではの魔法の力は主に動力面で活かされたが、中には元の世界でも再現できないのではないか、と思われるものさえあった。

 例えば、ほんの五センチ宙に浮くことができる靴とか、日の光を完全に遮断して真っ暗闇を作り出す傘、各種状態異常を引き起こす毒がふんだんに使われたゲテモノ料理(たいてい、解毒剤とともに供される)などだ。

 もちろん元の世界のものを再現したものも多く発売され、私も冷蔵庫や洗濯機、ラジオにはお世話になっている。

 そんな発明ラッシュのアキバで私がなにをしているのかというと、

 ……「約束屋」だ。



 まず、私のサブ職業は<筆写師>である。

 能力は主に書物系アイテムの生産、複製。

 ゲーム時代は特技の階級を上げるためのスクロール系アイテムや、地図、クエストで必要となる巻物などを扱うことができた。

 ならば、今は何ができるのか。

 何をすればこの技術革新から置いて行かれずに済むのか。

 そうしてたどり着いた結論が「契約」であった。

「おーい、イワタニさん、また頼むよ」

 そうしている内に客が一組。

 服飾系の中規模生産ギルドマスターと、昆虫系モンスターを専門とする戦闘系ギルドマスターの二人。

 何度も仕事を頼まれている、いわゆるお得意さんだ。

 ……私が<筆写師>で契約を作れることに気づいた理由はファンタジー世界の小説などに登場する、冒険者ギルドに貼られた依頼書から。

 「○○という労働、物品に対して○○の報酬を支払う」という最も基本的な契約。

「またですか? そろそろ卒業してもいい頃じゃないですかね」

 本来契約書など作るまでもなく直接やりとりするだけで済むことだが、契約書を作ることにはいくつかのメリットがある。

 ひとつ。 システム的に銀行の口座から口座へ移動されるため、実際に金貨をやりとりする必要がない。

 <魔法の鞄>を用いてなお金貨のやりとりが負担になるほどの大規模ギルドとなると、大抵メンバーに<筆写師>を抱えているため、そういうお客は私の所にはあまり来ないが。

 ふたつ。 商品と現金の引き替えタイミングをずらすことができる。

 いわゆる、先払いとか後払いという、あれだ。 この場合、戦闘ギルドが素材を先に納品し、後日その代金を受け取ることになる。 少し形を変えた借金とも言えるだろうか。

 借金とはお金が足りない時にするもの。 この生産ギルドは需要の高い(需要の割に供給が少ない)昆虫系の素材を作った服飾品の商売はうまくいっているようだし、借金しなくても素材の仕入れをするくらいには儲かっているはずなのだが。

 契約の準備をしながらも不思議に思って尋ねると、生産ギルドのマスター、人の好さそうな細身の中年男性は、へへ、と笑って言った。

「確かにそこそこ儲けは出るようになってきたが、作っただけ売れるなら借金してでも作るほうが得だろ?」

 安定志向の私は選ばない選択肢だが、売る目処が立っているなら、それも道理か。

 この契約によって生産ギルドは元手以上の素材を仕入れる事ができ、

 戦闘ギルドは取引の額が大きくなるうえ、細々と納品先を探す必要がなくなるし、入金日に街にいなくてもよくなる。

 まさしくWIN-WINの関係と言える。

「ま、私としては儲かるんで文句のつけようもないですけどね。 支払日はまた週末でいいですか?」

 契約の内容を尋ねると二人はこくり、と頷く。

「甲は商品の昆虫系素材、金貨5000枚相当を先に納品、乙は日曜日にその代金を支払うものとする。 内容に間違いがなければ双方サインをお願いします」

 そう言って羽ペンを渡すと、やはり使い慣れないのだろう、少し手間どりつつ二人はサインを終える。

「それでは手数料として金貨30枚になります」

 契約が有効である印として、薄く光り始めた契約書を確認すると、私は代金を請求した。

 二人はそれぞれ金貨15枚ずつを出し、契約書は戦闘ギルドのマスターが鞄にしまった。

 私は金貨を確認すると、確かに、と呟いて微笑んだ。 ここにまた一つ尊い契約が成立した。

「まいどあり。 今後ともご贔屓にお願いします」



 別に私とていつもこんな地味なことをしているわけではない。

 もちろんそういった地味な仕事が大半なのは認めるが、ちょっとくらいは晴れ舞台があったのだ。

 ちょっとした自慢話になるが、それでよければもう少し付き合ってもらおう。

 ……事が起こったのは数週間前、<円卓会議>が成立した少しあと。

 <大災害>によって、ギルドホールをはじめとする各種ゾーンが維持費を徴収されるにとどまらず、もっと生活に関わった管理が必要となったことが原因として挙げられる。

 小さなギルドであれば自分たちで掃除もするのだが、規模が大きくなってくるとどうしてもそれでは限界があるし、そもそも掃除に特別なスキルを必要とする特殊な調度品があったりもする。

 そこで<円卓会議>は安価な労働力として、また相互理解のために<大地人>を管理人として雇うことを推奨した。 一部のゾーンではゲーム時代から設定上の管理人が存在し、そしてそれらが<大災害>後も問題なく機能していたどころか、友好関係を築いていたことも大きかった。

 現代に例えるならば家政婦……だろうか。 自分たちではろくに食事を作ることも出来ない<冒険者>たちに対する仕事として、それらは(<大地人>にとって)割のいい仕事として定着し始めた。

 ……そして生まれた問題、企業スパイである。

 生産系ギルドは日々工夫を凝らして新製品を開発し、その技術革新はまさに日進月歩である。 それだけに、秘密保護は重要だとされた。

 扱いが難しく大きな被害を生みかねないものから、今後生まれうる敵対勢力への対抗策。 物騒な話以外でも、苦労して開発した技術を横からかっさらわれるのは納得がいかないだろう。

 <円卓>にも名を連ねる<ロデリック商会>など、研究者のような気質のせいか規模の割に機密意識が薄く、何度か機密漏洩を起こしていた。 研究の規模がまだそう大きくなかったこともあり大事には至らなかったものの、一部では研究の効率が下がることを覚悟で管理に人を雇うことをやめるべき、という話にまでなっていた。

 ……ここまでが前置き。

 ここからが本題ということは、そう。 私が華麗に「契約書」を用いてこの問題を解決したわけだ。

 私が作り出したのは、機密保持契約と言えるだろうか。

 「被雇用者が雇用されることにより得た情報を外部に漏らすことを禁止する」といった契約だ。 実際は期間指定なんかでもう少し書き足したが条件を増やしすぎると契約がそもそも成立しなくなるので、そう複雑なものではない。

 「契約者の行動を制限する」ということで、かなりのランクの素材を必要としたが、まあそれだけの価値はあったのではないだろうか。

 その後、私は<ロデリック商会>を通して<円卓>「大きな影響力を持つ主要ギルドはこの機密保持をするべき」と提案したのだが、それは却下されたようだ。

 <円卓>で言うならほか二つの生産系はそんなこと言われるまでもない、ということらしいし、

 中小ギルド組はそもそも雇うような規模ではない。

 戦闘系は「人を見る目くらいはありますよ、それに変に隠し事をしないほうが<大地人>との相互理解進むのでは?」

「そういう面倒臭いことは嫌いだ」

「重要だとわかってはいるんですが、大切なギルドメンバーの行動を制限するのは……ちょっと」

 ……ということらしい。

 そんな感じでいまいちぱっとしない私の武勇伝であったが、まあ狭い<筆写師>業界に一つのブレイクスルーをもたらせたのではないか、と勝手に思っている。



「約束屋、やってるかい?」

 ぼんやりしていると客がまた一組。 見慣れない男ばかりの四人組。

「ええ、やってますよ。 ご用件は?」

 内心、「アレ」だろうな、と思いつつ用件を尋ねる。

 男たちのうちの一人がにやり、と笑ってカウンターを指でとんとん、と叩く。

「罰ゲームを頼む」

 やっぱりな。

 ……さっきの話、「契約によって契約者の行動を制限できる」という発見は、必ずしも高尚なことに使われているわけではない。

 あらかじめ条件を記しておき、その結果に応じて行動を制限する「罰ゲーム」はその代表例だ。 契約のランクと素材との兼ね合いで、奴隷制を実現することは不可能なのは幸いだったが、あまり気持ちのいいものではない。

 一通り条件を聞いた後、仮の文章をランクの低い紙に起こす。

「勝負方法は、麻雀の10番勝負、最終的に最も順位の低い者に罰ゲームを行使する。

 罰ゲームの内容は……三日間、語尾に『にゃん』をつけなければならない、でよろしいですか?」

 内容を確認しつつ、四人の顔を伺う。

 ……全員いい大人、というかおっさんだ。 この内の誰かがにゃんにゃん言うことになるわけだな……。 想像してしまって、僅かに顔をしかめる。

「ああ、それでいい」

「では、契約書の作成に取りかかります」

 といってもランクの高い紙を用意して、スキルで文章のコピーをするだけだ。

 コピーを終えると、羽ペンを渡して四人に署名させる。

「それでは、手数料として金貨200枚になります」

 全員署名を終えたことを確認して、代金を請求すると四人はそれぞれ金貨50枚ずつを懐から出し、カウンターに並べた。

 私は金貨を数えながらげんなりとする。

 ……この「罰ゲーム」が一番の主力商品ってのが、どうにも。

「まいどあり。 今後ともどうぞご贔屓に」

 私はどうにかため息をつかずにそう言い切った。



 ランクの高い素材を必要とするぶん、儲けも大きいのは道理なんだが。

 未だに割り切れず、罰ゲームの注文があるたび気落ちする。

 お客が大抵おっさんだというのも一因かもしれない(MMORPGの男女比からすればそう不思議ではないのだが)。

 私はうーん、と伸びをすると、買い食いで気晴らしでもしようと立ち上がる。

 閉店時間には少し早いが、今日はもうお客は来ないだろう。

 元の世界より随分涼しいとはいえ、幾分夏めいてきた夕風を吸い込みながら歩く。

 夕暮れ時の風に乗って、屋台の匂いが鼻を擽る。

 唐揚げもあるし、たこ焼き、フランクフルト、串焼き……。

 屋台巡りはいつになっても楽しいものだ。

 そろそろ店に戻るか、と思って口の中をさっぱりさせようと黒薔薇茶を買ったところ、耳に不思議な話し声が引っかかった。

「ふーむ、おいしそうなトマトですにゃあ。 今日はパスタにしますかにゃ」

 ひどく男前な声なのだが、ミスマッチすぎる、とってつけたような語尾がいろいろと台無しにしている。

 ……ごめんよ! でも、それは純然たる契約の結果なんだ、恨むなら契約書を作った<筆写師>でなく、サインした自分を恨んでくれな!

 心の中でそう言い残すと、よく冷えた黒薔薇茶を大きく呷って、私は逃げるように帰路をたどった。

 年末年始、何かとばたばたしてました。

 更新がないのにも関わらずお気に入り登録が増えててありがたいやら申し訳ないやら。

 更新再開していきます。


 今回はアニメでもぼそっと言われていた、契約術式の話。

 多分、こういう使い方もできますよね。

 契約書の書き方や実際の効用等、おかしい部分があるかもしれません。

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