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水よりも恋

 どこか住居用に改装されたらしきゾーンで、男女が向かい合って座っていた。

 そう広くもない部屋には最近流通し始めた畳が敷き詰められ、二人の間にはちゃぶ台がひとつと、その上に一人分の食事が並べられている。

 炊かれた白米と、汁が入った椀、野菜と肉の炒め物だけの簡素なものだ。

 食事は男の前に並べられ女性はエプロンをしたまま、正座に慣れないのか、はたまた男が自分の作った食事を食べることが気恥ずかしいのか、しきりにもぞもぞと動いている。

 そのたびに女の不健康に見えるほどの白い肌と、その肌と対照的なほど健康的な肉付きの肢体、そして艶やかな黒髪が揺れる。

 男はそんな女の様子を見て微笑みながら椀を持ち上げ、汁物に口を付ける。

「美味しい」

 まだ味噌は少数しか出回っておらず高価なため、味噌汁ではなくすまし汁の吸い物であったがそれは確かに懐かしさを感じる、故郷の味であった。

「よかった」

 その言葉にほっとした様子を見せた女は「他のもがんばったの、食べてみて」と勧める。

 男は見られながら食べるのは居心地が悪いんだけどな、と漏らしながらも箸を進める。

 居心地が悪そうに、けれど満足げに食べ進める男を見つめる女の目は次第に熱を帯びていく。

 そして男が食べ終わり、ごちそうさまと呟いてふうと息をつくと女もまた口を開く。

「ねえ……もういいでしょ?」

 言いながら女は男に近づき、押し倒さんばかりに迫っている。

 男は苦笑しながらもいいよ、と答える。

 女は口元の綻びを隠そうともせず、白く長い指を男の首元に這わせ、

「……いただきます」

 首筋に噛みついた。



 吸血鬼。

 それは<エルダー・テイル>の世界において、いくつか、微妙に違う意味を持つ言葉だ。

 ひとつ。 サブ職に<吸血鬼>を持つ冒険者。

 夜にその能力を強め、昼に弱める。

 吸血によるHP回復能力も持ち、一時期大流行した。

 しかしゲームバランスを崩壊させているとして修正され、回復魔法でダメージを負う仕様となった。

 その見事なまでの隆盛と衰退は、運営会社のさじ加減一つで強くも弱くもなるプレイヤーを語る上での好例としてしばしば取り上げられる。

 ふたつ。 言わずもがな、闇に生き人に害をなすアンデッドに分類されるモンスター、ヴァンパイア。

 いま満足げに自分の唇を舐める女、カミラもその一種<高位吸血鬼>(ハイ・ヴァンパイア)である。

「……うん、ケースケの血もなかなか美味しくなってきたわ」

「そ……それはよかった」

 血を吸われ、貧血を起こしかけているK介はふらつきながら答える。

 そのくせ噛まれた牙の痕は既に治りかけているあたり、流石は冒険者といった所だろうか。

 カミラはひどく色っぽく微笑むと、

「ええ、よかったわ。 家を捨ててはるばるアキバまで来た甲斐があるってものよ」

 と言った。

 カミラは山奥の洋館がダンジョン化した<鮮血の館>、そのボスに相当する歴としたモンスターである。

 レベルはパーティランクで40といった所。

 ボスとは言っても必ずしも戦うわけではなく、ダンジョンを踏破した報酬として吸血鬼の眷属となる(=サブ職<吸血鬼>に転職する)か、ため込んだ財宝を賭けてボスとして戦闘するかを選ぶことができる。

 そのため戦闘以外の選択肢があるモンスターとして、そこそこの知名度を持っている。

 そのカミラがなぜ住処を捨ててアキバにいるのかと言えば、目の前にいるK介に誘われたからだ。

 ――血なら俺のをいくらでもあげるから、一緒に来てくれないか!――

 カミラはその告白のような……いや、本人はまさしく告白のつもりであったろう口上を思い出して、愉快げに目の前の男を見つめる。

「……にやにや笑ってどうしたよ」

「いえ、いくらでもという割に血の量が少ないなと思って」

 告白のことを言っていると気づいたK介は少ない血を上らせて、顔を赤くする。

「……低血圧なんだよ、しかたないだろ。 どうしてもというなら、大神殿送り覚悟で吸い尽くしてもいいけど……」

 言いながらもK介は失血死する感覚を想像してか、ぶるりと身を震わせる。

 その姿が妙に滑稽でカミラは一層笑みを深くする。

「ふふふ……いえ、いいのよ。 最近は美味しくなってきたから少なくても満足できるし」

 言外に最初は酷かった、と匂わせるとK介は顔をしかめる。

「それも仕方ないんだ。 あの頃はまともな飯がなかったから。

 ……あ、やばい。 血が足りなくて眠くなってきた。 おやすみ」

 言うが早いか、K介はそのまま畳に寝そべり寝息を立て始める。

 カミラは毛布をK介にかけてやるとおやすみ、と小さく呟いて散歩でもしようと思って立ち上がった。



 この街は、眠らない。

 そういった表現には語弊があるだろうか。

 K介が故郷の話をするときにそんな表現を使っていて、カミラはアキバこそがそうだ、と思ったのだ。

 カミラの常識では人間は夜に眠るものであり、吸血鬼はその逆だ。 どちらにせよ、一日中起きているなんてことはあり得ない。

 それがこの街では夜にだけ営業する店や、あまつさえ「にじゅうよじかんえいぎょう」なる、休みなく開けっ放しにしている店さえ何軒かある。

 そう思ったことをK介に話すと、向こうはこんなものじゃない、向こうに比べればここは精々「寝言が多い街」くらいのものだ、と笑われた。

 笑われながら、カミラは吸血鬼に住みやすそうな街だなあ、行ってみたいなあ、と思っていた。

 そうしてカミラは眠らない街に思いを馳せつつ、街の寝言を目指して歩く。

 ついたのは小さな酒場。

 例のごとく夜間のみ営業する類の店で、名前は<夜鳴き梟>。

 席が10あるかないかくらいの規模で、<召還術士>で<料理人>のマスターが一人でやりくりしている。 店の隅では店名の由来となったマスターの<従者>である|<風切梟>《ウィンドネス・オウル》が止まり木で静かに目を光らせている。

 この店は夜型冒険者やカミラのように夜に生きる種族らのたまり場となっており、今も|<夜妖精>《インプ》など含めた三人が談笑している。

「こんばんわー。 ウーロン茶ひとつ」

「おー、カミラちゃん。 機嫌よさそうだねえ、ここ来なさい」

 既に出来上がっている様子の女冒険者の隣に勧められるままにカミラは座る。

「機嫌よさそうってことはやっぱり?」

「ええ、頂いてきました」

 からかうような問いに答えてにこり、と笑みを浮かべると女冒険者はお盛んでなにより、と笑ってグラスを煽った。

「でもまあ、程々にしてあげなよー? 冒険者だってつらいものはつらいんだから。 もし足りないってんなら俺の血をやるからさ」

「あんたは下心丸出しすぎ。 もうちょい自重しなさい。 もしくは女の子ゲットするための努力しなさい」

 軽薄そうな男冒険者が茶化すと、女冒険者が半目になりながら突っ込む。

 ……ケースケも、下心はあったけどな。 そう思いながら男冒険者を適当にあしらっていると、無口なマスターがウーロン茶をカミラの前に置く。

 が、手はつけない。 場所代として払ってはいるが、今はお腹がいっぱいなのだ。

「カミラちゃんもいつもお茶だよねえ。 バーなんだからお酒飲めばいいのに。 そうねえ……吸血鬼なんだからブラッディ・メアリとか?」

 あるよね? と女冒険者がマスターに尋ねると、一応出せます、と簡潔な返事が返ってくる。

「うーん……お酒の味はあんまりわかんないんですよねえ。 血のほうが美味しいですし。 ……あ、それともそのお酒は血が入ってるんですか?」

 ブラッディ、というからには血に関係するに違いない。 そう思って尋ねるが、女冒険者はうんにゃ、と首を振る。

「血じゃなくてトマトジュースだね」

「見た目だけじゃないですか……」

 カミラが嘆息すると女冒険者は、うちらに血を飲む習慣はないからねえ、とげらげら笑った。

「ふん、旦那とらぶらぶな吸血鬼は呑気でいいですね」

 一人黙々とグラスを傾けていた女<夜妖精>が突如として口を開く。

「うちのご主人は久々に召還してくれたと思ったらそのまま放置プレイなのですよ!? そしたら思いついたように家の管理しといてー、ってうちは<夜妖精>であって<家妖精>なんかじゃないのですよう!」

 泣き上戸らしく、ひとしきり愚痴を吐き出すとそのままうええええん、と泣き出す<夜妖精>にマスターはそっとちり紙を差し出す。

「うおおおマスターぁ! うちのご主人(マスター)になってくださいよう! お店の手伝いならいくらでもしますから!」

 そう叫びながらちり紙を受け取り、<夜妖精>は鼻をかむ。

 マスターは困った表情をするだけだったが、後ろでは梟が一層目を光らせていた。

「……まあ、あたしが言うのもなんだけどさ、<冒険者>も好き勝手しすぎだよね。 あんたはまあいい例だけど、」

 そこで一度言葉を区切って、カミラを指す女冒険者。 そして目線を<夜妖精>のほうに移す。

「この子みたいに割を食う子もいる。 いや、この子もいい方か。 この前はワイバーンをテイムして連れてきたとか言って、テイムしきれてなくて商店がひとつ壊滅したりもしたしさ」

 ま、<円卓>もいるしがどうにかなるのかねえ、と女冒険者と他人事のように呟くと、グラスの中身を飲み干した。

「……たぶん大丈夫ですよ」

 カミラは曖昧に言葉をぼかしたが、紛れもなく本心であった。

 <大災害>の後初めて冒険者と出会ったときも、K介についてアキバまで来たときも、戸惑いはしたがやがて慣れた。

 お互いに話してわかりあえるのだから、すれ違いはいずれ相互理解で解消される。

 すれ違いで発生する被害も、飲み込んでしまえるだけの器をこの街は持っている、と思う。

「あんたがそう言うなら、そうなのかね」

 女冒険者は眠そうにしながらも酒のお代わりを注文する。

 カミラは飲みすぎないでくださいね、と嗜めるが返事はない。 自分の限界はわかっている人だから大丈夫だとは思うが。

「それはそうと、また新しいお料理教えてください」

 梟と威嚇しあっていた<夜妖精>に声をかけると、彼女はカミラのほうへ体を向け、ふふん、と得意げに胸を張った。

 この<夜妖精>は本人の希望にそぐわず、家事スキル一式を高いレベルで有しているのだ。

「新しいレシピをご所望ですか。 ならば伝授しましょう。

 うちのマスターが大いにほめてくれた料理『らあめん』のレシピを!」

 ラーメンかあ、たまに食べたくなるよね、いいっすねえ、といった声を背景にカミラは目を輝かせる。

「くわしくお願い!」

 そうしてまた今日もアキバの街の寝言は夜を明かしていく。



 朝、目を覚ましたK介はのそのそと立ち上がると、寝室でカミラが眠っているのを確認する。

 吸血鬼は夜活動し、昼眠るのだ。

 毎日起きて顔を合わせるのは夕飯の時だけで、たまにK介がカミラに併せて夜更かししたりする。

 K介がちゃぶ台の上を確認すると、お弁当用に包まれたのサンドイッチとメモがあった。

 メモをめくると、そこにはこう書いてあった。

『今晩はらあめんを作る予定です』

 その文を確認したK介はにやり、と笑って一文を書き足す。

『醤油ラーメンがいいな』

 んー、とひとつ伸びをしてサンドイッチを鞄に入れると、身支度を整える。

 ラーメンといえばチャーシューかなあ。 今日は動物系を狙ってみるかあ。 別にチャーシューに加工する技術は持ってないけど。

 いや、帰りにその稼ぎでチャーシューを買えばいいのか。

 ぼんやりと予定を決めると、お腹がぐう、と鳴る。

 ご飯を作ってもらうんだから、俺もしっかりカミラの(ご飯)を作らないとなあ。

 血を吸われたあとだし、しっかりと食べよう。

 近所の飯屋を思い浮かべながら、装備を整えたK介は玄関のドアに手をかける。

「いってきます」

<冒険者>はスキルがないと料理できない

→モンスターならできるんじゃね?

→モンスターが主婦してるカップルとか可愛くない?

みたいな発想だったんですが、なんか方向性が迷子。


この話には設定周りの自己解釈をかなり詰め込んでますが、自分なりに整合性は取れてるはず……。

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