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泥だらけの誇り

二つ前に一話、割り込み投稿しています。ご注意ください。

割り込み投稿だと更新報告されないみたいですね。

 <円卓会議>成立にまつわる一連の事件。

 あの事件はこのアキバ、ひいてはヤマト全体、ひょっとするとサーバの壁さえ超えて全世界に多大な影響を及ぼした。

 そして、他のプレイヤーらからの反応は様々であった。

 俺も今までの状況には辟易していたんだ、と<円卓>を歓迎するもの。

 ルールがないのが良かったのによ、と反発するもの。

 <円卓>のような組織は必要であるが、参加ギルドの選抜方法など主催者であるシロエの独断が入りすぎていると批判するものなど。

 いろんな奴がいるのは当たり前だが、そのほとんどが形はどうあれ<円卓>の存在を認めている。


 そして、俺がこの事件において最も重要視した部分がその手法である。

 この事件においてシロエは、シロエにしか出来ないことは何一つとしてしていない。

 味のある料理もコロンブスの卵的な問題であり、気づいてしまえば誰でもできるものだし、各ギルドマスターを呼びつけて<円卓>の設立を提案するというのもある程度名が通っていれば済む話だ。

 <ハーメルン>とかいうギルドを潰したのだってゾーンを購入しただけ、まあ金を集める手法はうまくやったと思うが、金額だけでいうなら<海洋機構>あたりなら単独でも出せただろう。

 他の誰かでも出来ることなのに、実際にできたのはシロエだけ。 それがすげえと思う。

 そして、それがまた付け入る隙でもある。

 ちょっと頭を働かせれば、おいしい所だけかっさらうのも案外簡単にできるもんさ。



 俺はギルド<ダーティ・プライド>のマスター、死泥藻泥しどろもどろ

 いくつか存在するギルドホールのうち、一番小さいものに俺の声が響く。

「おいおまえら! ちょっと金集めてこい! 悪いことするぞ!」

 その声を聞いたギルドメンバー、総勢15人がわらわらとホールに集まってくる。

 どいつもこいつも小物臭さを滲ませ、我ながらよくもここまでと思うくらいのチームワークを持つ、自慢の仲間だ。

「シドさん、金ですか? いくらくらい?」

 シドというのは俺のあだ名だ。 死泥藻泥を略している。

「そうさなあ……。 実際にいくら必要かはいま見てくるが、多分30万くらいかねェ」

「さんじゅっ……そらまた大きく出ましたねえ。 まーギルメンらからかき集めればなんとかなるかな……」

「おう、よろしく頼む」

「へいへい、金は工面しときますんで晩にでも何企んでるのか教えてくださいな」

「おう。 俺は現地調査に行ってくる」

 いってらっしゃーい、という気の抜ける送り声を受けながら俺はギルド会館を出て、アキバの街の外へ向かった。



 次の日、とある初心者プレイヤーらが装備を整え、アキバの外へ踏み込もうとしていた。

 <ハーメルン>に囚われていたプレイヤーだろうか、男3女1、前衛後衛のバランスもよいパーティで談笑しながら歩いていた。

 <ブリッジ・オールエイジズ>を渡り、<戦闘行為禁止区域>から出るから気を引き締めようとしたとき。

「痛ぇ!」

 先頭を歩く<武闘家>の少年ががつん、と何かにぶつかった。

 少年はそのまま尻餅をつき、何にぶつかったのか前を見る。

 しかしそこには何もあるようには見えない。

 少年の仲間がおそるおそる調べると、見えない壁のようなものがあるようだ。

 極めて透明度の高いガラスのように。

「なんだこれ……誰かがガラスの壁でも仕掛けたか?」

 魔法攻撃職の少年が訝りながら杖でこつんこつん、と見えない壁を叩くと不意にメニュー画面にメッセージが割り込んできた。

 <このゾーンには通行料が設定されています。 このゾーンに入った場合は金貨10枚が自動的に支払われ、所持金がそれに満たない者はゾーンに進入できません。

 ゾーンの所有者:死泥藻泥>

「通行料……? なんだよ、これ」

 この疑問に答えるものはなかった。



「まさかゾーンを買って通行料を設定しちまうとは! さすがシドさん! 俺たちにできないことを平然とやってのける!」

「へっへっへ、もっとほめてくれてもいいんだぜ」

 <ダーティ・プライド>のホールにはいま、露店で買い込んできた食べ物と酒が並んでいた。。

 結局、アキバの街のすぐ隣のゾーン購入にかかった金額は28万ほど。

 余った金貨で宴会をおっぱじめたのだ。

 シロエの行動はとても先進的だった。

 公共の場所ゾーンを購入し、占有してしまう、という手段。

 維持費を捻出するために取った手段、自動的に利用料が徴収される仕組みを作ることができるという意外な事実。

 シロエはそれを<円卓>の維持のため、言わば守りに使ったが、その手段を攻撃的に応用すれば、

『誰もが通る道を買い取って強制的に通行料を徴収する』ことができるってわけだ。

 もっと金があればアキバをぐるりと囲むように買い占めてやったんだが、残念ながらうちの規模ではゾーン一つが精一杯だった。

 だがまあギルド会館に近く、アキバで一番利用率が高い出入り口を抑えることが出来たのは大きい。

 その気になれば他の出入り口を使うなり、<ブリッジ・オールエイジズ>から川に飛び込んでゾーンを迂回するなりはできるのだが、ある程度のレベルがあるなら、そんなことするより一度でも多く狩りをしたほうが効率がよい。

 そういうラインを狙った通行料だ。

 初日だから知らずに通り抜けた者も多かったろうが、それでも既に金貨五千枚に届きそうな勢いである。

「でも、大丈夫なんすか? <円卓>に目を付けられるかも」

 メンバーの言葉に笑い声がぴたり、と止む。

 確かに、そうだよなあ、とあちらこちらで呟きが漏れ、メンバーらの不安げな視線が俺に集まるのを感じる。

「……ふっふっふ。 俺がそのくらい考えてないかと思ったか?」

 勿体ぶってそう答えてやると、うおおおお、さすがシドさん! と歓声が巻き起こる!

 俺は歓声を聞きながらワイングラスを傾け、薫り高い赤ワインを一口だけ、口に含む。

 ……まあ、出たとこ勝負だよな。 なんとかなるって。



 <ダーティ・プライド>のギルドホールに<円卓>からの使者が訪れたのはそれから二日後であった。

 早ければゾーンを購入したその日、遅くても次の日くらいだと思っていたのだが、<円卓>が成立したばかりで余程忙しいのだろうか。

 現れたのは二人組で、ギルドタグには<第8商店街>と表示されていた。

 強面の大男と標準体型の大学生くらいの青年。

 口を開いたのは青年のほう。

「今回訪れたのは、ギルド<ダーティ・プライド>によるゾーン占有の件について相談があるからです」

「ええ、でしょうね」

 俺はギルドマスター用の席に着き、使者を威圧するように続きを促した。

 ある程度の脳内シミュレーションはしたが、ほとんど行き当たりばったり。

 さて、論戦の始まりだ。

「<円卓>はゾーンの占有を解除してもらいたいと思っています」

「なぜ?」

「は?」

 俺は勿体ぶって、それこそドラマでしかやらないようなオーバーリアクションをとる。

 椅子を後ろに向けて顔も見ずに話す、というのもやってみたかったがまだこの世界に回る椅子はない。

「この世界に法はない、と<円卓会議>は言いました。 そして自らを縛るために法を作るべきだ、と。 であれば、ゾーンの購入及び利用料を課す行為は違法になりえません。 なぜなら、<円卓会議>も同様のことをしているからです」

 それとも、<円卓会議>は自らの作ったルールさえ守らないのですか?

 そう言って威圧するように睨みつけると、青年のほうはひるんだようだったが大男のほうは微動だにしない。

 ぐ、と青年が言いよどんだため、今度は大男が口を開く。

 図体に似合った、低くて重さを感じる声だ。

「<円卓>、あえて今は政府と呼びましょう。 この……いえ、元の世界では政府にのみ許された行動というものがあります。 しかしそれは特権を振りかざした結果ではありません。 信用のない組織に許したら社会が壊れてしまう領域というものがあるからです」

 ふむ、確かに。

 道路などの交通網、戸籍管理などの社会サービスなど、政府以外では手がけることができない、してはいけない領域というものは確かに存在した。

 なら細かい所をつついてみよう。

「なるほど、ごもっともです。 では<円卓>が信用のある組織だとはどうやって証明するのです?

 <円卓>の成立に選挙のようなシステムは存在しませんでした。 また、<円卓>で雑務をこなす方々も別に公務員試験を抜けたわけでもありません。 今後どうなるのかはさておき、現状一部の武力や影響力を持った特権階級が集まり、暴力によってアキバを支配しているとさえ言える状況です。 そんな組織の信用とはどういったものでしょう?」

 今度は大男も言葉をつまらせ、絞り出すように反論を続ける。

「……確かに、現状の<円卓>はそうでしょう。 しかし、あなたたちは選ぶことができます。

 この世界に街はアキバだけではありません。 このヤマトサーバーだけでも五つのプレイヤータウンが存在しているのですから、アキバが嫌だというなら他に移ればよいのです。 ですから<円卓>が成立したにも関わらずアキバに住んでいる。 それが<円卓>への信任と言えるのではないでしょうか」

 苦しい反論だ。 この程度の反論しかできないのであればこのまま引き下がらせることもできるだろう。

 そして長引けば長引くほど俺たちの懐は潤う。

「それは酷い言い分ですね! 人の遊び場に銃を持って入ってきて、『ここは俺たちのものだ、従うか、さもなくば出て行け』ですって? <円卓>が暴力団だとは知りませんでした! 言われてみれば洒落た名前のヤクザにも聞こえますねぇ!」

 わざとらしくあざ笑うと、大男の顔に一瞬怒りが浮かんだ。

 こんなわかりやすい煽りに反応を示すとは、甘いな。 まあこいつらだってごく普通のネットゲームプレイヤーなわけだし、そんなポーカーフェイスを期待するほうが間違っているか。

 青年のほうはぼそぼそと何かつぶやいている。 念話で誰かに助言を求めているのだろうか?

 だとしたら、長引かせるとまずいかもしれないな。

 ここは早めに切り上げて……。

「やれやれ、その程度の話しかできないのですか。 <円卓>からの使者だというから時間をとったのに、とんだ時間の無駄でしたよ。 さあ、今日はもうお引き取りください。 私だってギルドマスター、そう暇なわけで羽はないのです。 これ以上の話がしたければもっと偉い人、<円卓>構成ギルドのマスターくらい連れてきてもらわないと、ねえ」

「あ、来るそうです」

 <円卓>のギルドマスターなら俺以上に忙しい(というか俺はそんなに忙しくもないが)と踏んで使者を追い返そうとした所、予想外の言葉が聞こえた気がする。

「……いま、なんと?」

「来るそうです。 <円卓会議>構成ギルドのマスター、<ログ・ホライズン>のシロエさんが」

 しかも、よりによって!



「こんにちわ、<ダーティ・プライド>の死泥藻泥さん。 <ログ・ホライズン>のシロエです」

 言った以上は相手の援軍を待たざるを得ず、苛々していると十分ほど後にシロエが現れた。

 もともと<円卓>の本部はこのギルド会館にあるのだから、話し合う時間さえ取れるのならば移動にはそう時間をかけずに来られる。

「ああ、<円卓>成立の立役者様をわざわざ呼びつけてしまってすみません。 死泥藻泥です」

 俺はもとからいた二人とともにソファに腰掛ける眼鏡の青年を油断なく見つめる。

 こいつはいま最も敵に回しちゃいけねえ奴だ。 いや、<D.D.D.>の鬼畜眼鏡も同じくらい嫌だが。

 こいつが出てきた時点で、もう時間稼ぎすらできない。

 相手の出す要求をどれだけ飲まずに済むか、それだけを考えろ。

「いや、本当にシロエさんが出てきてくれて助かった。 さっきまでは<円卓>の使者を名乗る割にてんで話が通じなくてね。 シロエさんが出てきたからには<円卓>としての公式な回答をしてくれると思っていいんですね?」

 まずはジャブ。 シロエも二十代の青年である。 街ひとつを治める組織の代表としてはいささか若すぎる。

 この発言で少しでもプレッシャーを感じて後込みしてくれれば儲けものだ。

 シロエの隣で話が通じない呼ばわりされた二人は苦々しい表情を顔に浮かべていたが、そういう所が甘いんだ。 シロエを見習うべきだな。

 プレッシャーをかけたのにてんで効いた様子がない。

 ……ほんとに眉一つ動かさねえな。

「それは大変失礼しました。 なにぶん<円卓>もまだばたばたしていましてね、実務経験のある者が少ないこともあってうまく回っているとは言い難いんですよ。

 そして、もちろん私の発言は<円卓会議>としてのものです。 変な責任逃れをするつもりはないのでご安心ください。

 ああ、そちらさまも随分と忙しいようですし、いきなり本題に入らせてもらってかまわないでしょうか?」

「……忙しいっても、そちら様にはかないませんが。 いいでしょう、話に入ってください」

 この物怖じのしなさはなんなのやら。 見た目はただの青年だが、中身に底知れないものを感じる。 これが怖いものなし、ってやつか?

 ……いや、怖いものがないんじゃなく、怖いものは知っているがもっと怖いものを知っているから躊躇わない感じかね。

「では。

 先ほども二人から聞いたかと思いますが、こちらの要求はゾーンの占有と通行料の強制徴収の解除です」

「ああ、それは聞きました。 だがそれは法に背かないし、取り締まる法を作ったとしても、法律の遡及適用にあたるわけで仮にも法治国家を目指すものとしては……」

 用意してあった反論を並べようとすると、シロエは呆れたようにため息をついて、こちらの言葉を遮った。

「理屈屁理屈のこねあいをしに来たのではありません。

 あなたの行いはこのアキバに害をもたらしており、それを見逃すつもりは<円卓>にはありません。 どうしてもというのなら、<円卓>を敵に回すと受け取らせていただきます」

 そう言い放ったシロエのまなざしはひどく冷たいものだった。

 ……だめだな、これは。 相手の立場が強すぎて、ごねることさえできねえ。

「わかった。 要求を飲みましょう。

 ただし、そちらの後出しで言い出したことです。 ゾーンの購入費用と迷惑料くらいはもらえるんでしょうね?

 両方合わせて、そう。40万くらいですかね」

「ええ、それはもちろん。 40万の内訳を伺っても?」

 内訳をうやむやにしたまませしめる手も通用しないか。 要求が通ったと安心してる相手ならうっかり流したりもするんだがな。

「ゾーン代金は28万。 迷惑料の12万も私一人じゃなく、ギルドとしてのもの。 ゾーン購入にあたってギルメンには無茶をさせてしまいましたからね」

 シロエはふむ……と考える仕草をすると、眼鏡を上げた。

 その際きらん、と眼鏡が光ったがこれはおそらくゲーム時代のエフェクトが適用されているのだろう。

「30万」

「ああ!?」

 値引きを要求するシロエを威圧するように睨みつけるが、てんで動じた様子がない。

 ……粘っても無駄か。

「……わかった。 それでいいです」

「ありがとうございます。 話が通じる方で助かりました」

 は、皮肉かよ。

「そりゃどーも」



「シドさーん、これからどうしましょうかー」

 結局、ゾーンは再発を防ぐため<円卓>に委譲することになり、代償に得た子供の駄賃程度の迷惑料とそれまでに稼いだ通行料を山分けし、ギルメンはホールに集まっていた。

 俺ら<ダーティ・プライド>は小悪党ギルド。

 PKなんかじゃない、もっと小さくて面白い悪戯することが主な活動内容というギルドだ。

 悪戯すれば必ず誰かが止めにくる環境は願ったり叶ったりなんだが、相手が後出しでルールのほうを書き換える大物ってのはなあ……。

「いっそ、本当にアキバを離れてみるか」

 嫌ならアキバを出ろ、とはあの使者の言葉だったけれど。 それも悪くないかもしれない。

「ススキノは遠いし、シブヤは近すぎる。 西……ミナミにでも行ってみるかあ」

 おまえらはどうしたいー? と問いかけて帰ってきた答えは、シドさんについていきますよー、という気の抜けたもの。

 ……まったく、自分の行く先のことくらいもっと真剣に決めろってんだ。

元々が正しいものだったとしても、悪用する人はいるよね、みたいな話。

多分シロエの怖さを描ききれてないとは思うんですが、それでも書いてて敵に回したくないと心底思いました。

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