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七福神トーテムポール

ミノタウロス真田という男の存在を知ったのはちょうど20歳のときだった。


俺はキャッスルレコードというCDなどのメディアショップでバイトしていた。


その日俺はフロアであった。

確かちょうど春と夏の境界で、フェスなどがあと二週間後とかにあり、店ではフェスに出る注目アーティストの特設コーナーをつくっていた。

「あ」から五十音順に並べていき、「し」で手が一瞬止まった。


「七福神トーテムポール」


七福神トーテムポールのメンバーは3人で、いずれも顔は白塗りだった。

だがこれは。明らかに。

アルバムジャケット正面の男は真田達也ではあるまいか。

アルバム名「キリサク」の題字は真田と思われる男の左奥でキーボードをひいている久保田と思われる男が書いたのではないか。

ジャケット背表紙のヘッタクソなトーテムポールは美術が毎回「2」であったキーボードよりさらに奥のドラムにいる灘と思われる男が書いたのではないか。

ダッサいジャケットである。そもそも「七福神トーテムポール」ってなんだよ。

オレンジ色な「キリサク」を持ったまま硬直していると、喝がはいった。


業務終了後、「キリサク」を買って、家に帰る。アパートの螺旋階段をのぼりながら、これでホントに俺の勘違いだったらショッキングピンクのギターへし折るぞと思った。

そう。まだ真田にもらったギターはアパートに残っていた。

部屋の鍵をあける。

貧乏学生丸出しなインテリアから床上60cm浮きながら、未だにソレは傷ひとつつかず神々しく、なおかつ図々しく部屋に仁王立ちしている。

靴を脱いで鞄を放り出した。

ギターの正面に座る。

事実。

この「キリサク」を開ける姿も、監視されているのだ。


どきどきとオレンジな外見を眺め、がさごそとビニールを破き、ついに「キリサク」を開封する。

歌詞カード、ディスクと共に薄桃色の紙が入っていた。


「you're lucky! JAPAN・ROCK・fes2012招待券!!キミは日本で5人しかいない特別招待客だ!!」


状況が理解できない。できるもんか、こんなの。

なんだこれは。なんなんですかこれは。このチケットは一体全体なんなんですか。

大の字に寝転がった。絨毯の毛が首筋を撫ぜる。

どこかで真田・・・ミノタウロス真田が仕組んでいるのではないかと無防備な自分はあっちらこっちらきょろつく。

だって、こんな漫画みたいな、小説みたいなドラマッチック&ロマンチックな話に自分が巻き込まれているというのは小学の修学旅行の時に学年1のデブに告られたという笑い話以来でありまして。

バンドを抜けてぼんやり生活してる奴が、今や売れっ子となったバンドのCDを買って天文学的な数字の果てにある確率であたる生ライブのチケットを手に入れる。

改めて「なんですかこれは。」と口に出して言う。

商売が上手いじゃないか。こんなのファンにならざるをいないじゃないか。反則だ。

あとは・・・肝心の曲の出来である。


「キリサク」をCDプレイヤーにセットして、震える人差し指で突き指をしてしまいそうな力で再生ボタンをプッシュする。

ディスクが回った。

一曲目。



なんだこれは。白塗りとか嘘じゃないか。

普通のロックだ。ヴィジアルでもない。あえて特徴を言うのであれば、歌詞が特異であるという点ぐらいだ。

「中学生銀河で切腹」「湿布貼ります一枚千円」「前転後転得意じゃないです」歌詞が、ハバオナの頃から進歩していない。なんてこった。


確信する。これは紛れもなく旧ハバオナのアレである。間違ってたら大学生銀河で切腹という罰を受けてもいい。

ご丁寧な事に、歌詞カードのおわりに、「ボーカル&ギター/ミノタウロス真田、キーボード/ロストエンジェル久保田、ドラム/ボルケーノ灘」と書いてある。とことんふざけているようだ。

一人ワンルームラジカセの前で、はじめて酒を飲んだ時のように、俺は興奮した。


翌日のことである。またしてもバイトであったが、またも俺は爆弾を発見する。

「マンスリーJROCK!7月号」

見ての通り隔月発行の音楽雑誌なのだが、表紙は白塗りの3人組がへんてこりんなポーズをしているというものである。「七福神トーテムポールまさかのマジ語り!!」との見出しが踊る。「マジ語り」の前にまさかとついちゃうあたりが悲しいが。

どうしよう。昨日のCDの時点でかなりの出費だ。今月はまだ始まったばかりである。生活か、過去の友情か。


結論としては、俺はレジに立っていた。頭の中で「一ヶ月一万円生活よりマシ、一ヶ月一万円生活よりマシ」と念仏をとなえながら。


地下鉄である。iPodからカーチェイス・デットヒートのうなるギターを耳に浴びながら、買ったばかりのマンスリーJROCKを開く。

当然フェス特集も兼ねていて、タイムスケジュールを見ると彼らは1日目のメインステージでトリをつとめるらしかった。



うっすらと俺はその光景を夢想する。


闇夜のステージの前には、かぞえきれない数のファンが押しかけ、今か今かと興奮をたぎらせる。

そしてその刹那、もうもうとスモークがあがり、大熱狂の中ハバネロ、じゃなかった七福神トーテムポールがやってくる…


イマイチだ。なんだこの出来の悪い想像は。ちっともかっこよくないぞ。中2丸出しだ。

俺は終点近くで、なかなか乗客もすいてきた地下鉄で、雑誌を抱くようにうなだれた。

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