家族って何だろ◇探り合い
「――…お前、相変わらずワケわかんねーヤツだな…」
隣で警戒心なく酒のグラスをあおる相手に、ジークは失笑しつつ眉を寄せた。
「そうかい?」
「そーだよ」
「僕はただ嬉しいだけさ。長年捜し続けていたお前が、自ら僕に声を掛けてきてくれた。
いやぁ、こんなに素晴らしいことはない…!」
「…酔ってんのか?」
「シラフだよ。ほらほら、もっと呑みな。僕がおごるから」
「いらねー」
「やっぱりつれないなぁ。僕に会えて嬉しくないのかい?」
「哀しくはねぇ」
「つれなさ過ぎだよ。ほらほら、もうちょっとは僕みたいに」
「馴れ馴れしく触んなッ。てめーみてぇになんかなりたかねーよッ!」
伸びてきた手を冷たく払い、非情に吐き捨てたジーク。相手の心にダメージを与えるには充分な言い様だ。
しかし。
青みがかった黒髪の青年は小首を傾げた姿勢でたっぷりと5秒は静止した後、
「…ああ、照れ隠しだね?」
懲りる様子もショックを受けた気配もなく、にっこりと笑った。
ガク…ッ、と脱力するジーク。
「…どこをどう解釈すりゃあ、そーなるんだよっ」
ガシガシと髪を掻き乱すジークだが…、相手にはこの情動が伝わっていないらしい。
「照れなくていいから呑みなよー。僕のおごりだからね、遠慮しないでどーんどん頼んで〜」
実に楽しげにさえずりながら、鼻がつくほどの目前にメニュー表を突き出してきた。「…」
――…こいつ、意地でも黙らせてぇ…。
かなりイライラしてきたジーク。腹いせとして、この店で最も高価な酒を「じゃ、コレな」と仏頂面で指差してやる。
「………」
相手が10秒ほど沈黙したので「勝った…」と内心で勝ち誇るジーク。
しかし。
「おじさーん、コレちょーだーい」
まるで八百屋さんでネギを買うかのごとき気軽さで本当に注文しやがったので、絶句する。
「ちょ…ッ、マジで頼みやがったな!?」
「あれ? いらないの?」
「……お…おいシュウ、大丈夫か?」
「なにが?」
キョトンとされてしまい、今度はジークが黙り込んでしまった。
いや…、わかっている。わかってはいるのだ。コレがこいつの「手法」なのだと。
わかってはいる…の…だが……。
――…ダ…、ダメだ…。調子が狂う…。完全にペースをとられた……。
偏頭痛にこめかみを押さえるジーク。
頭痛の原因であるシュウは、カウンターにトンと置かれた酒を見て無邪気に手を叩き笑っている。
「わー、来た来た。本物を見たのは3度目だ。僕にもくれる?」
「…どーぞ」
「あ、オヤジさーん。コレのお代わりもー」
今度は真の抜けた声でピリ辛ウインナーを追加注文している。…のんびりとした存在感のくせに、何かと忙しないヤツだ。
やれやれ、何を考えているのやら…。
「…今いくら持ってんだ?」
「財布見る?」
はい、と差し出された財布をジークは覗き込み――…、予想外の中身にギョッとした。
ジークの嫌な予感には反し、財布の中身はしっかりと入っていた。
しかも、複数回分のジークの仕事の報酬に匹敵する大金が。
大金貨5枚前後、金貨20枚前後、その他もろもろ。
「…お前、ここ来るまでに何かしたのか?」
「ん?」
「仕事したのかよっ?」
「うん」
「どんな…ッ!?」
反射的に椅子から立ち上がり身構えたジーク。無意識に剣の柄に手が掛かっている。
それほどまでにジークを警戒させたシュウだが、不思議そうにジークを見上げて3秒後、
「迷子の猫捜し」
と、答えた。
再び、ガクッ…、と脱力するジーク。
「………ネコ?」
「うん」
「……猫を捜して、ソレ?」
「うん」
「…どこの親馬鹿だよ、飼い主は」
「ほら、向こうの丘に大きなお屋敷があるだろう? そこの女主人だよ。フワフワでモコモコな白猫のミーちゃんを」
「…そーですか」
――…たかが猫捜しでそれだけの大金が手に入るのなら、俺は……。
「何か言ったかい?」
「………」
――…心の中だけの呟きが、無意識に口に出ていたのだろうか…?
ジークは顔を背けて素っ気なく「…別に」と応えた。
「…俺を捜していたんだろ?」
「うん、まぁね。
あぁ…、安心して大丈夫。ここには僕しかいないから」
他にも店内に見知った者がいないかと改めて警戒するジークに、優しく手を振ってみせるシュウ。
怪訝な顔を向けてやると、シュウは穏やかに笑っている。
「…で?」
「あれ? まだ開けていないの?」
自分の緊張を殺して先を促したのだが…、肝心の相手は先ほどの高級酒に手を伸ばす。
ジークのげんなりとした眼差しなど完全にお構いなしに、シュウは鼻歌混じりに栓を開けた。
「よーし、取れた。はい、まずはお前から」
「…どーも」
向けられたのは悪意の欠片もない笑顔。
つられて口元をほころばしたが――…その瞳の奥に宿る鋭い光を察知し、緊張を保つ。
――…嫌な感じだよな、この感覚は…。
「美味しい?」
「…そこそこは」
「お前にしては素直な賛辞」
カウンターに頬杖をつき、飽きる様子もなくニコニコと見つめてくるシュウ。
この眼差しには覚えがある、とジークは思った。
「…」
――…そうだ。
キオウに向けるアゼルスの――あの温かな眼差しと同じだ。
…ジークは少し表情を緩めた。
「……ったく…。シュウは全然変わらねぇな」
「そうかい?」
「昔と変わってねぇよ、シュウは」
「お前も変わっていないよ」
「…」
その言葉で自分の中に感じる奇妙な違和感。
ジークは静かに動きを止めた。
「……俺は…、少し変わったかもな…。
自分で言うのもさ、なんつーか…、変だけどよ。でも…。
――…なぁアニキ、俺は変わったかもしれない」
「……うん…。ユウは変わったね」
手元を見つめたままの自信のない呟きに、目を細めて穏やかに微笑む――4歳上の兄。
ふいに後ろであがった歓声。
見ると、客の笑顔と拍手と指笛の中、ギター弾きと踊り子が観客に会釈をしている所だった。