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らしいことをしよう◇賢者の啓示

「眠れねーッ」

 ジークである。

 髪をわしわしと掻き乱し、船室を出て甲板に足を向ける。

 夜も更けて静まり返った船上だが、この時間ならキオウが《夜空見上げ》をしているはず。特に悩みなどはないが、賢者と話がしたい気分だった。

 夜風がジークの赤みがかった黒髪を遊び、海を駆けていく。

 甲板に視界が開けたとき、ジークはすぐにキオウの姿を見つけた。

 だが――。

「…」

 紺色のローブを着たキオウ導師が、こちらに背を向けた状態で身をかがめている。

 その肩越しに見えるのは――…栗色の髪。

「…キーシ?」

 夜風に乗り聞こえた、キーシの微かな嗚咽。

 キオウは父親譲りの優しい眼差しを向け、少女の背を撫でている。

「――…大丈夫。お前は大丈夫だ。俺が保証する。だから、何も不安に思うことはないんだ」

「……うん…」

「お前はお前だ。他の誰でもない。そうだろう?」

「うん…」

「……わかった。落ち着いたら、このまま眠ってしまうといい。部屋に送ってやるから。良い夢が見られるように、俺が夢の入り口まで案内するから…」

「…うん…」

「――…覗き見はやめるんだな」

 突然背後から話し掛けられて、ジークは慌てて振り返った。部屋へ戻る途中のカイだ。

「カイ…」

「キオウは気付いているぞ」

「……そうだな…」

 キオウ父子の再会場面を思い出し、複雑な思いが込み上がる。

 やがて、キオウが泣き疲れて眠ったキーシを抱えてこちらにやって来た。キオウの視線の意味を察したカイが、キーシを引き受けて下がっていく。

「………悪かったな」

「ん?」

「勝手に見ていて」

 気にするな、と軽く肩をすくめてみせるキオウ。

「で、お前も人生相談したいのか?」

「違ぇーよ。なんとなく来ただけ」

「…ふぅん?」

 手すりに身を預け、ふたりは夜空を見上げる。

 遮るものなく一面に広がる星くずの瞬き。

「お前さ、なんでいつも夜空を見てるんだ?」

「この時間の夜空には純粋なチカラが満ちている。それを感じると、すっげー気持ちいいんだよ。わかるか?」

「…。意味は違うだろうけど…、こうしているのは確かにいいモンだな」

 同じことさ、とキオウは笑った。

「さっきレイヴの部屋に行ってきた」

「レイヴのヤツ、まだくたばってんのか?」

「まぁなー…。効くかどうかは知らんが、とりあえず解毒魔法かけといた」

「どんだけの破壊力だよ、あの鍋…。

 つーか、結局賢者サマは一体何を作っていやがったんだよ?」

「1:即効性惚れ薬 2:滋養強壮薬 3:不老不死の秘薬 4:風邪薬 さぁどれだ?」

 まだ言うのかよ、と苦く笑うジーク。

「んー……、『2』か?」

「あ、簡単だった?」

「…へ? 正解っ?」

 うん、と真顔で頷くキオウ。

 ジークは拍子抜けした気分で鼻の頭を掻く。

「いや…、ガキの頃のお前は媚薬なんざ作らねーだろ? 風邪薬は選択肢の蛇足って感じもしたしな」

「不老不死は? 賢者っぽいだろ?」

「いや…、なんつーか…。

 俺は、不老不死ってモンは存在しねぇんじゃねーかな、って」

「へぇ?」

 なんで? とキオウは好奇に満ちた目を向ける。

「なんで、って…。そんな気がするから」

「ふぅん」

 視線を夜空へと戻すキオウ。

 ――どこか楽しげな笑みを浮かべている。

「不老不死、興味ある?」

「できるのかよ?」

「できることと、実際に行うことは、まったくの別だろ?」

「………。

 いや、やっぱり興味もねぇな。なんだか今、吐き気までしたぜ」

「なんで?」

「…不老不死、だろ? 老いもせず死にもしねぇ。

 そこまで執着しやがる野郎の心って…、すっげー気持ち悪りぃ」

「…なるほどな」

 キオウは夜空を見上げたままポツリと呟いた。

 そして――…、その視線をジークの背後へと移す。

「お前…、ホントに憑かれるタイプだよな」

「はぁ?」

「お前ほど(おきゃく)を連れてるヤツってレアだぜ」

「…今も憑いてんのか?」

「憑いてるっつーか…、いるにはいる」

 海上にジークがすっ転ぶ音が響いた。

「祓えっ! 今すぐにッ!」

「イヤだね」

「なにっ!? おまっ…、人の不幸を嘲笑うような性悪賢者かよッ!」

「そうじゃなくて――…。

 謝る。『憑いてる』って言葉が悪かった。

 今ジークの傍にいるのは、悪い人じゃない。お前を心配して、守ろうとしている」

「…は?」

「守護霊…のような人、だよ」

「守護霊?」

 顔をしかめるジークに対し、キオウは穏やかな眼差しをジークの背後に向けた。

「今、笑ってるよ。本当にお前が大切なんだな…」

 キオウの視線を追って背後を見たが…、当然ジークには何も見えない。

 微妙な思いでキオウと向き直ると、賢者は変わらぬ微笑みで優しく目を細めている。

「…誰? その、守護霊ってのは」

「ジークの母上」

 キオウに静かな声であっさりと告げられ――…、一瞬ジークは理解が出来ずに目を見開く。

 口を開き、何かを言いかけ――閉じる。

 ――…賢者は静かに空へと顔を向け、目を伏せた。

「…星がお前の《分岐路(みち)》を示し始めた。もうすぐお前は大きな《運命》に出会う。これはどう抗っても避けられない。今までみたいに、逃げられない《分岐路(みち)》だ」

「お前…」

「俺が言えるのはここまで。俺はこれ以上の《分岐路(みち)》を言うことはできない。今回は…、お前の母上が本当にお前を案じているから言ったんだ。

 …ジーク、そろそろ向き合えよ」

「お前…、あのことを…知って……?」

 まぁな、と。苦く呟くキオウ。

「お前の後ろにいるその人が、視せてくれた。だから…」

 ジークはうつむいて唇を噛み、海を睨んだ。

 キオウは視線を天に向ける。

「………。

 俺は誰からも――…特にお前からは、どうこう言われたくねぇ。

 お前に何がわかる? お前のことと俺のことは、別だ」

「俺とお前は確かに違う。でもなジーク――。

 ――…いや、これ以上は言えないか」

「出し惜しみか? からかいか? 馬鹿にしてんのかッ?」

「――昔、世間から隠れずに暮らすひとりの年若い賢者がいた」

 キオウはひとつ息を吐き、夜空に向かって目を閉じる。

「心優しい彼は皆に好かれ、彼も人々を愛した。そして…、ひとりの女性に特別な愛を寄せた。彼は心から彼女を愛し、彼女も彼を愛した。

 ある日、彼女は病に倒れた。当時では不治とされる死の病だった。でも、賢者の彼なら彼女を助けてられる――。人々はそう思い、そう信じた。

 …だが、彼はそのチカラを使わなかった」

 夜風が冷たく吹き抜けていく。

 その風に鋭く目を細め、ジークは口を開く。

 そうして出たのは…、自分でも驚くほどに不安げにかすれた声だった。

「…何故だ?」

「彼は人間(ひと)として彼女を深く深く愛していた。それは紛れもない事実だ。

 だが――…。彼が彼女を助けるためにチカラを使えば、世界中で同じ病に苦しんでいる人々はどうする? 賢者が愛する女性だからという理由で死の病を退けたとなれば、どうなる? 残酷な闘病の果てに今まさに息を引き取ろうとしている彼らは、一体どう思う?」


『どうして自分達は助からない?』

『何故自分も助けてくれない?』

『何と卑怯な贔屓をするのだろう』


 ――賢者のくせに――。


「…彼女は彼の腕の中で旅立った。最愛の人を失った悲しみの中、彼が唯一行ったことは――…、彼女が無事に冥府までたどり着けるように見送ることだけだった。

 そんな彼に、それまで仲睦まじいふたりを見てきた人々は言った」


『何故助けなかった?』

『何故見殺しにした?』


 ――賢者のくせに――。


「…彼は彼女を救いたかった。たとえ世界中の全ての人々から恨まれ憎まれようとも、彼は彼女を失いたくなかった。――…だが、それは出来なかった。

 何故なら…、彼女のその死が決められたものだったからだ。彼女のその死が《絶対》だったからだ。

 どう抗っても――…どんなに自分がチカラを使っても、彼女はこの《絶対の時》に従わざるを得ない。そう、わかってしまってたから…。

 ――…彼は思った」


『自分が賢者でさえいなければ、他の人達と一緒に心行くまで無駄な足掻きができたのに…』


「………」

 ジークは隣にいるキオウを見た。

 若き賢者の表情は、雲に隠れた月光の下では判別ができなかった。

「俺は《運命(みちすじ)》による出来事には《分岐路(わかれめ)》を予告することができる。

 でも…、それが《運命》ではなく《絶対》であったら――」

 ――…俺には…、何もできない。

 キオウは静かに呟いた。

「――…この世で《絶対》なもの。その1つが、生き物の命だ。生命あるモノには必ず死が訪れる。必ず、だ。これは《分岐路(みち)》では選べない。治療や延命は《分岐路(せんたく)》によるものだが、それでも最終的な死は誰にも訪れる。

 その生命が生きられる最大の年月、限界の時間。これが《絶対》だ」

 月明かりのない中、キオウはゆっくりとジークに顔を向けた。

「賢者には不老不死をもたらす術がある。――だが、それは世間が考えている不老不死とは完全に違う。

 不老不死という存在は有り得ない――、それこそが《絶対》だからだ」

「…それじゃあ…」


 ――賢者が説く不老不死とは。


「死んでもいないし生きてもいない。感情もなければ肉体もない。人々の記憶からも、その存在が在ったと証明される物も、何もかもが完全に抹消されること。

 …その存在がこの世に生を受けたという証しが、完全に消え去ることだ」


 ――初めから『存在しなかった』のならば、老いもしなければ死にもしないのだから。


 恐ろしいことだ――、と。

 若き賢者は自身の震える腕を力なく抱えた。

「…この世へと降り生を受けた以上、出会わなければならない《運命》がある。従わなければならない《絶対》がある。

 そして、お前が今回出会う《運命》は――…限りなく《絶対》に近い」

「………」

 体の芯が小刻みに震えるのは、一段と冷たくなった潮風のためか。

 そんなジークを賢者は見つめる。

「俺とお前のことは確かに違う。…でもな、全てが違うとは思わない。

 なぁ…、誤解もあるんだ」

「…誤解、だと? 俺が誤解してるっつーのか? 俺が間違っているっつーのか?

 あ…あいつが…、あいつが正しいって――…そう言いてぇのかよ…!?」

 そうじゃない――、と。

 キオウは痛々しく首を振る。

「…ジーク、俺は前にも言ったろ? お前がこの船に乗った晩に」

「え…?」

「お前が俺の言葉によってお前の《人生(こと)》を決めるのなら、俺は何も言わないし、未来を視ることもしない。

 だから――…後悔しないように、自分の《運命(みち)》は自分で選びな」

「……人のこと言える立場かよ?」

 ジークのげんなりとした目を受けて、キオウは声を出して自嘲した。

「そうだなぁ…、特別に1つだけ言っておこうか。

 ジークは近いうちに、お前の本当の名前を知っている人物に会う。お前がよーく知っている人物だ。そいつがスバラシイ笑顔で、こう言うんだ。

 ――『お前も変わっていないよ』って」

「………今のその口調とか、笑顔とか、すっっっげー心当たりが…」

「ついでに、もう1つ」

「な、なんだよ?」

 完全に怯んでいるジークに、キオウはわざとらしい笑顔をみせた。

「そいつは今、イズベルの街にいる」

「…はぁッ!? だ、だってイズベルって…、明日この船が行――!」

「お前を捜しているみたいだ。

 どうする? どうせ逃げられない《運命》だし、お前の性格だ。こっちから会いに行くんだろ?」

「…」

「行かないのなら、それでも結構。そのうち向こうがこっちに来るだろうから」

「…あいつ、どこにいるって?」

 少しヤケになったような顔のジークに、偉大な賢者サマはまたもやニカッと笑ってみせた。

「ここから先は料金とるけど?」

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