らしいことをしよう◇らしいことをしよう
「トカゲの肝と、ヘビの干物と、クジラの丸焼きと――」
ぼそぼそと呟きながらそれらを火で炙っているのは、この世界に10人存在する《賢者》の最年少者であった。
「サメの尾――フカヒレだよな?
フカヒレ、ハチミツ、すり潰したカタツムリの殻、ウミウシの血を1滴――」
ごりごりごりごり
ぽとんっ
「ヤギの初乳、または乾燥昆布とアルラウネの種を朝露で煮出し抽出する。……う~ん…。
インパス、昆布ある?」
「あるよ~。はい」
「ん、ありがと。
次に、海竜の鱗を塩粒ほどの大きさになるまで徹底的に砕き――」
ばりばりばりばり
じゃりじゃりじょりじょり
「ソレを前項で作った汁と合わせる。沸騰したら、炙ったトカゲとヘビとクジラも入れて更に煮込む」
ぐつぐつぐつぐつ
ぽこっぽこぽこっ
「んで。フカヒレとカタツムリとハチミツとウミウシの血を投入し…人肌温度で10日間加温…? そんなに? 鍋の時間だけを飛ばすか。――これでよしっ。
って、なんか変な色だなー…。ベツモノになってねぇか? ま、いっか。
えっと、次は――」
「………な、何をやってんだよ?」
「んあ?」
厨房の隅で得体の知れない鍋をかき回していたキオウが、具合の悪そうなジークの声に振り返った。
不気味なモノを見るかのような目で、実際に不気味なモノを凝視しているジークは、見事に顔面蒼白であった。
「見てわからねぇ?」
「わかるかっ」
「いやなに。たまには少し賢者らしいことでもしてみようかなー、って」
「…」
何故か寝間着姿の賢者サマの言葉に、完全にフリーズする“真空のジーク”。
キオウを意識しつつも昼食の支度を粛々と続けていた料理人インパスが、そんなやりとりに喉を鳴らして笑う。
「ねぇキオウ。俺も訊きたいんだけどさ、その鍋の中身は一体なぁに?」
「えーと、だから…、トカゲとヘビとクジラと」
クジラの丸焼き。
「真っ先に気にはなっていたんだけど、よくもまぁクジラの丸焼きがその鍋に入ったねぇ」
「ん。小さくする魔法かけたし」
「それなら納得」
「次は『イチゴの種を大さじ1杯分』だって。
インパス、ある?」
「さすがにないねぇ」
「おっ? 『アジの小骨で代用可』だって」
「なら、さっきラティが釣ったアジがあるよ。今すぐに捌いてあげるね。身はマリネに使おうっと」
「ん…! 俺は今無性にアジのフライが食いたくなった! 昼メシに頼むなー」
「えー? ダメだよキオウ、予定が狂うでしょーが」
ピンクと黒が混ざった鍋の中身。浮き上がっては沈んでいくフカヒレその他。
ますます顔をしかめるジーク。
「…で、何を作ってんだ?」
「当ててみるか?」
「永遠に正解出ねーよッ」
「1:即効性惚れ薬 2:滋養強壮薬 3:不老不死の秘薬 4:風邪薬 さぁどれだ?」
「………」
中身を見た以上、どれでも嫌だ。
ジークは苦悩に頭を抱えた。
「ねぇキオウ、そのノートは?」
キオウが広げているノートに興味を示すインパス。
ノートの字はお世辞にも上手とは言えない上に、自分達がいつも会話で使っている世界共通語でも、キオウ達の故郷ショウカの文字でもない。
「俺が書いた」
「キオウの字…には見えないけど?」
「勉強ノートだ。ガキの頃のな」
「ああ、正真正銘きーちゃん時代の」
「そうそう」
イトミミズのような字だが、そう言われてみれば、キオウが魔法陣やまじないで使う文字…にも見える。当時のキオウはまだこの文字の読み書きが不慣れだったのだろう。
それにしても…、と。勉強ノートとにらめっこするキオウ。
「やっぱ、なーんか違うんだよなぁ…。こんな色にはならねぇはずだぞ、ったく」
「間違えたんじゃないの?」
「だよなぁ…」
少し黄ばんだノートにうようよするイトミミズを最初から読み返すキオウ。
ぶつぶつと呟く声が途切れたかと思うと…、キュッと目を細めたキオウがググッとノートに顔を近づけて、次の瞬間「あーッ!!」と叫ぶ。
「ここだここだッ、材料間違えてたッ!」
「あららー」
「『クジラの丸焼き』じゃなくて『クラゲの丸焼き』だ…ッ! ったく、なんて悪筆だよ俺っ!!」
「…つーか、そもそもクラゲの丸焼きって可能なのか?」
「あ、確かに――…え? じゃあコレはなんだ?
やべぇ読めねーぞっ! 最初の『ク』しかマトモに読めねぇッ!」
「うわッ、俺にノート押しつけんじゃねーよッ! 賢者に読めねぇ文字が俺に読めるワケがねーだろーがッ!」
「てかキオウ。ソレ、どーすんの?」
紫色の煙が立ち上り始めた鍋。
「ジーク食うか? 毒ではないはずだし」
「……やめとく…」
「インパスは?」
「俺も遠慮するよー。みんなの食卓を守る舌がダメージを受けたら一大事」
「ん~…。そんじゃ、とことんやるか。
インパス、いらねぇモンある? あと、調味料」
「俺は余り物だって利用するんだけどなぁ…」
芋の皮、ニンジンのしっぽ、茶がら、かぶの葉、しいたけの軸、ミカンの皮。
酢、塩、黒コショウ、ナツメグ、チーズ、小麦粉、オリーブオイル。
バジル、ローリエ、セージ、オレガノ、パセリ。
牛乳、そして、オレンジジュース。
適当な材料を適当なタイミングで投下していく賢者サマ。インパスは苦笑しつつ、昼食用スープの鍋をゆっくりとかき混ぜる。
厨房にフワリと広がる美味しそうな香り。
「…お、おい。なんか…、少しずつマトモになってきてねぇか…?」
おそるおそると地獄鍋を指さすジーク。
ナスのヘタをみじん切りにしていたキオウは、そこで改めて自分の鍋を覗き込む。
「ん?
……なんか…、シチューっぽいな」
「だよな…」
恐ろしいほど、それはシチューとなっていた。
立派なブラウンシチューであった。
インパスもさすがに目を見張る。
「ええーっ!? どうしてこんなんでシチューが出来るのっ!?」
「さ、さぁ…?」
「見た目も匂いも間違いなくシチューだし…、味は?」
「え゛っ?」
「た、確かめるの…?」
さすがに実食はしたくない。
そこに――なんともタイミングよく現れた、生け贄もとい試食人。
「腹減ったー。インパス、メシはまだー?」
「「「! レイヴ!」」」
「…な、なに? なんで3人とも俺を見るの…?」
すかさず戸棚から皿とスプーンを召喚した賢者サマ。
素早い動きでシチューもどきをレイヴにサッと差し出す。
「ほれっ」
「へ? キオウが作ったの?」
「そ、そうそう。俺が作ったんだよっ」
「さささっ、ずずずいーっと」
「ちゃっちゃと片付けて下さい先生っ!」
「………?」
理解不能な状況ではあるが、レイヴはとりあえず促されるままにスプーンを口に入れた。
「「「………」」」
息を殺してその反応をうかがう3人。
スプーンを口に入れた瞬間――、見事にピタリとフリーズしたレイヴ。脱力した手が下がり、スプーンが皿の縁に当たる。
カチャン…ッ
「「………」」
「…レ、レイヴ?」
「……………からい」
「へっ?」
次の瞬間。
突如として電源が入ったレイヴ。水樽へと猛ダッシュし、とてつもない勢いで水をがぶ飲みし始めた。
んぐっんぐっんぐっんぐっんぐっ
ぐはーーーーッ
「キオウおまえ…ッ! ななな中に何入れ…ッ、げほげほッ!」
「いや、なにって…、それは……」
トカゲとかヘビとかクジラとか、その他もろもろ厳選素材を~…。
しかし、さすがのキオウもこのタイミングでそれを口に出す勇気はなかった。
涙目で厨房を飛び出していくレイヴ。その背中を生温かく見送った後、3人はしばし無言のまま殺人鍋を淡々と見下ろす。
「………」
「…か、辛いんだ?」
「みたいだねー…」
「……どうしよ、コレ…」
「さ、さぁ…?」
「――それで、結局はどうしたんだ?」
平和な時間が流れる昼食後のデッキ。
椅子に腰掛けて新聞を広げる航海士が、日陰で何故か沈没しているキオウに問い掛けた。
「…師匠に処分を押しつけてきた」
「セルディン殿に?」
ぐったりと答えるキオウに、カイは驚きと呆れの声をあげる。
「お前なぁ…、行けば叱られるのが目に見えているだろうが」
「だってさー…、適当にそこらへ捨てるとさー…、生態系を根本から変えちまいそうなんだもん」
「だもん、じゃないだろう」
苦笑しながら新聞をたたんだカイは、親代わりをしてきた賢者に視線を向ける。
キオウは木箱に前のめりで寄りかかり、半分死んでいる。…どうやら師匠の説教をこっぴどく食らったようだ。
「お前な、いい加減に着替えろ。1日中このまま寝間着でいるつもりか?」
「師匠と同じこと言うなよー」
「火に油を注ぐな。寝る(しぬ)なら部屋に行け。熱中症になるぞ?」
「…あーい…」
面倒そうに体を起こして部屋に戻って行くキオウ。その後ろを蛇行して転がりつつ追いかけていくまーくん。
それらを見送り、カイはやれやれとため息をついた。
1日に1度は何かが起こる、相変わらずなデスティニィ号であった。